なかったことにしてください  memo  work  clap
恋だと思うと 自分に問うてみる―航路―



 オレは雨宮修弥という人間をみくびっていた。

 コイツは、オレとの約束を寸分違わずきっちりはっきり守りやがったのだ。
「約束は守るためにあるものだろう」
これは、数年後、雨宮の口癖となる。
 そんな約束を破らない男、雨宮は、オレが学校から帰ってくると、オレの部屋で茶を
すすっていた。
 ドアを開けたら、雨宮がのん気そうな声で、おかえりと呟く。
「な、な、なんで!なんで、お前がこんなところにいるんだ!!」
オレは驚きすぎて、声がひっくり返った。
「なんでって、ひどいな。天野が呼んだんじゃないか。学校が終わったら、ソッコーで来い
って。だから、俺は補講も蹴って来たって言うのに」
「そうだけど・・・!」
確かに、オレは昨日言った。来いと。オレの部屋に来い、確かに言った。言ったけど!
「まあ、そんなとこ、突っ立ってないで、座れば?」
雨宮は湯のみをテーブルに戻すと、まるで自分の部屋でもあるかのように、座るように
促してくる。
 オレは鞄をベッドの上に放り投げると、雨宮と斜向かいに座った。
百歩譲って、来たことは、許してやる。(許すも何も、オレが来いって言ったんだけど。
雨宮はそれをただ忠実に守っただけで、批難されるいわれはない)
 だけど・・・。だけど!
「なんで、お前がオレの部屋で茶なんて飲んでるんだよ」
「なんでっていわれてもなあ・・・お茶出してくれたから?」
「そういう意味じゃねえよ」
さっき、家に帰ってきたときに、アツシがオレに何か言おうとしてたのは、多分コイツが
来てて、お茶でも出したからだろう。
 オレは全然頭がまわってなくて、玄関に雨宮の靴があったことも、アツシが何か言って
たことも何も聞いちゃいなかった。
 それで、部屋を開けてびっくり。

今日は、朝から内心そわそわしっぱなしだった。思い出せば思い出すほど、自己嫌悪に
陥る。オレ雨宮に「オレの家に来い」って言ったんだよな?あれはホントの事だよな?
嘘だったらいいのに。雨宮がそんな約束無視してくれればいいのに。そう願って、祈って、
家に帰ったら、心の準備でもしようかと思ったのに。
 オレは準備運動もろくにしないまま、真冬の極寒プールにでも突き落とされた気分だ。
今更、何を話せっていうんだ。
あ、J高受験するのやめろって言わなきゃいけないんだった。そんな約束も、オレの
バクバク波打つ心臓の前では、もうどうでもよくなっていた。
 溺れる前に、プールから上がらなきゃ、オレ心臓発作でも起こして死ぬ。
 適当にしゃべって、とっとと、追い返す。それしかない。
・・・って、あれ。オレ、今、雨宮と普通にしゃべってなかったか?

 オレは雨宮修弥という人間を侮っていた。

 コイツは、あの夏休みの最後の出来事をまるでなんでもなかったかのように消去して、
何時もの腹黒さ満点な雨宮のまま、オレに接してきたのだ。
 ちょっとでも、心配したオレがすげえバカみたいじゃんか。
「お前ってさ、何なの」
「どういう意味だよ、それ」
「オレのこと無視してからかうし、かと思えばオレと友達みたいにしゃべるし。だけど、
小学校のツレの前じゃあんなになるし・・・どれがホントのお前なんだよ」
そういうと、雨宮はにっこり笑って、どれもだよと言った。
 なーにが、どれもだよ、だ。この腹黒大魔神。
「まあ、いいじゃん。ね、それよりも、俺の事、家まで呼んで、何の話?」
雨宮はニコニコした顔を崩さないまま、オレに向き合う。
 そんな顔をされると、門永に頼まれたことなんて言えなくなるじゃないか・・・。
「あの・・・あいつ・・・」
「あいつって?」
「昨日、一緒にいた・・・」
「ああ、歩のこと?」
あ、あゆむ〜〜〜!?・・・随分、親しそうじゃねえか。下の名前で呼んじゃってさ。
 別に、妬いてるわけじゃねえけど!
 オレは気がつかないうちに雨宮を睨んでいた。
「天野こそ、どこで歩と知り合いになったの。全然気がつかなかった」
気がつくもなにも、しゃべったのは1回きりだし、知り合いでもなんでもない。
「オレは別に・・・っていうか、お前こそ・・・仲、よさそうだったけど・・・」
「うん、まあね。小さいときから一緒だったし」
「は?」
「あれ。歩、何にも言ってないの?」
「はあ?」
「従兄弟なんだよ、歩は」
「なに〜〜〜!?」
驚いて、立ち上がったオレをみて、雨宮は暫くポカンとしていたが、やがて、何か納得した
ように、笑い出した。
 オレは真っ赤になって、頭を掻き毟る。
 あいつ、一言もそんなこと言ってないじゃないか!
「お前も!笑いすぎだ!」
「ごめん、ごめん。・・・ひょっとして、天野、妬いてたの」
「そんなんじゃねえ、バカ」
真顔でそういう冗談を言うな。オレはぷいっと顔を逸らして座った。なんだよ、どいつも
こいつも、オレをおちょくりやがって。
「で、天野、話は?歩が何か関係あるの」
もう、一瞬の間に脱力。いとこ同士なら、そりゃあんな風に笑ったりするよな、きっと。
それに、いとこ同士なら、雨宮の行く高校だって、心配するだろうし・・・。
 なんだ。オレ、1人で勘違いして、暴走して・・・恥ずかしい。
「・・・あいつが・・・門永が、オレに言ってきたんだよ。雨宮がT高辞めてJ高受けるから、オレ
に止めるように言ってくれって」
そういうと、雨宮は口元に手を当てて、むうっと唸った。
「母さんだな」
「何が」
「母さんに、J高受けるってこと言ったんだよ。すごく怒ってたけど、俺ももう決めたし。
それで、歩の母さんに相談して、歩のところまで、話が伝わったんだろうな・・・。だって、
俺、親以外にまだJ高受けるって言ったの、天野しかいないからさ」
「・・・」
なんだ、このくすぐったい気持ちは。
「あ、あ、雨宮、ホントにJ高受けるのか」
「うん。前に言ったでしょ。信じてなかったの」
「信じられるかよ!」
信じられないけど・・・でも、もしそれが本当なら・・・。心が沸騰しそうだ。ぐつぐつ。どくどく。
雨宮と同じ高校。学校の中で雨宮見つけたら、オレ今みたいにちゃんとしゃべれるのかな。
 オレがおかしな妄想をしてると、雨宮が現実に引きずり戻してきた。
「ところで、天野の方こそ、J高どうなの」
「オレ?・・・まあ、なんとか・・・」
今のままの成績を落とさなければ、余裕じゃなくとも、合格は出来るだろうというのが、
担任からのありがたい言葉。油断はするなと念は押されたけど。
「中間テストってどこの学校でも、同じ時期にやるよね?どうだったの」
そう言って、雨宮は手をだした。成績表?あれ、どこだっけ。鞄の中だったかな。
 オレは、鞄の中に入れっぱなしにしてある順位表を取り出して、雨宮に手渡そうとした
ところで、ふと気づく。
「なんで、お前になんてみせなきゃいけないんだ」
この前のときもそうだったけど、こいつ、見せるのが当然みたいな顔してくるから、恐ろしい。
 見せるかよ、バカ。
オレは慌てて鞄に詰め込もうとした。そしたら、雨宮がそれを無理矢理もぎ取りやがった
んだ。
「ば、バカ、やめろって、見るなよ」
「いいじゃん、ちょっとくらい。あ、天野すごいね、7位だ」
雨宮はオレの制止を振りきって、この前の中間テストの成績表を見始めた。
「見るなよ、恥ずかしい」
お前みたいに、万年1位のヤツからしてみれば、平凡な順位だろ?
「天野と同じ高校になったら、天野と順位も競うことになるのかな」
「お前となんて、競えるか!どうせ、オレの方が負けるに決まってるだろ」
「でも、塾の模擬テストで1位とったじゃん」
「まぐれだ、あんなの」
「まぐれでも、なんでも、取ったのは事実でしょ」
雨宮はニコニコしながらオレの成績を眺めている。
 国語だけどうしてこんなに悪いのと言われて、それが、自分でもどうしようもなくて、
くだらない理由だった事を思い出した。
 国語のテストの小説文の中に「雨宮」ってヤツが出てきて、それ見た瞬間に、雨宮のこと
思い出して、そしたらテストに集中できなくなったなんて、口が裂けても言えない。
「あー、もう、いいから、返せよ!」
オレはムキになって、雨宮から順位表を取り返そうとした。雨宮がのけぞる。オレは更に
手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと、待ちなって」
「返せって」
そんなことを言い合いながら、オレは腰を上げ、さらに雨宮を追う。
「もういいだろ、順位見たんだから、返せって」
「順位見られたなら、もう焦る必要もないんでしょ」
雨宮はオレの手をかわしながら、後ろに反り返る。オレは机から這い出て、本格的に雨宮
から取り返そうと、思いっきり手を伸ばした。

ガタン。

のけぞりすぎた雨宮が後ろにひっくり返った。追いかけてたオレは、当然その上で、バランス
を崩す。
「痛・・」
「痛ってえ・・・」
オレは雨宮の顎の辺りに頭を直撃したらしい。オレは頭を押さえ、雨宮は顎を摩っていた。
「天野、頭硬いね」
「お前の顎が尖ってるのが悪い・・・うう、痛い」
押さえた頭を上げてみれば、雨宮との距離は、わずか数センチ。
 雨宮の息遣いが聞こえる。耳に、雨宮の息が掛かって、ぞくっとした。その瞬間、オレの
思考回路は完全に壊れていた。たぶん、頭の打ち所が悪かったんだ。

よく見れば、組み敷いた格好のオレ達。
オレなんか馬乗りに近い。どうして、こんな体勢になってんだ。
倒れた勢いで、雨宮のメガネがずれていた。鼻の下にずれ込んだせいで、雨宮の顔がマヌケ
に見える。それが単純におかしくて、喉の奥でくっと笑いが漏れた。
 雨宮のメガネに手を伸ばす。
 なんでそんなことしたのか、自分でもよく分からないけど、多分、雨宮の素顔が見たかった
んだと思う。オレは雨宮のメガネに手を掛けると、それをすっと抜き取る。
 細いシルバー縁のメガネを外すと、まじまじと雨宮の顔を見た。
雨宮の目は切れ長できれいだった。真っ黒な瞳を見つめて、吸い込まれそうになる。
頭よくて、顔も綺麗で。コイツホントに中学入ってから、モテるようになったんだろうな。
そして、その顔がゆっくりと近づくいていった。いや、オレが近づいてるんだ。
 こんな角度で見下ろしたことなんてないから、不思議な気分だった。自分より背の高い
人間を見下ろす。見たことのない雨宮の顔。
 お互いの鼻先が当たった。
「天・・・」
慌てた様子の、雨宮が何か言おうとしていたけど、その声は、オレによって塞がれた。


 びりっと、全身が痺れるような気分だった。――いや、実際痺れてた。


 雨宮の唇、鼻からぬけて行く息。ざわざわとさわがしい心音。
その時、思ったんだ。なんて気持ちいいんだろう、って。
 それが、どれくらい続いてたのか、オレもよく分からない。数秒だったのか、数十分だった
のか。時間の感覚すら麻痺しそうなほど、強烈で甘い体験だった。

雨宮の唇が動いたその瞬間、バンっと激しい音がした。
「あー、兄ちゃん達、パパと天ちゃんと同じことしてるー」
・・・!!
アツシの無邪気な声で、オレは正気に返った。思い切り開かれたドアの先にはアツシの姿。
 唇に、雨宮の感触。
って、オレ〜〜〜!?こ、こ、こいつと何した!?
起き上がって、慌てて離れる。何、何してたんだ、オレは?
見渡せば、アツシはがははと笑って、階段を駆け下りていく。雨宮は隣で寝転がったまま
だった。
 ・・・。
オレ、今、絶対、雨宮と、キスしてたよな?
き、キスって!しかも、オレの大事なファーストキスを!!
なんで〜〜〜。
わかんねえ、わかんねえ!自分がわかんねえ!
ホントにもうよくわからなくて、オレは立ち上がると、寝転がったままの雨宮を残して
部屋を飛び出した。
 そして、部屋どころか家も飛び出して、途中で仕事帰りの天とぶつかって、驚かれて
それでも、立ち止まることができなくて、オレは30分くらいずっと、走り続けてた。

くっそー、雨宮、オレの大事な大事なファーストキスを奪いやがって〜〜〜!!!

あ・・・奪ったのはオレだ。
馬乗りになって、メガネひったくって、顔近づけたの、オレ・・・。
ん?どういうことだ?
お、お、オレって、それって、もしかして、あ、あ、雨宮の事・・・。






2話 物や思うと 人の問うまで 終わり

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【天野家古今和歌集】
恋だと思うと 自分に問うてみる(こいだとおもうと じぶんにといてみる)
周りに気づかれ、固められ、あまつさえ、行動にでてから、やっと自分の気持ちのありか
に気づく。鈍感なのか、計算なのか。しかし本人を見ると、計算できるような余裕は
持ち合わせていないことなど一目瞭然。滑稽に見えるか、愛おしく見えるかは、その人の
心次第。






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