なかったことにしてください  memo  work  clap
今も昔も かに転がりける―界面―



 土日は塾は休み。それがちょっと詰まらないなんて、オレどうかしてるのかな。
せっかく雨宮と和解(?)できたっていうのにさ。
そう思ってだらだら過ごす休日が終わって、月曜日はいつになく張り切ってた。遠足前の
アツシよりも、張り切ってるんじゃないのか、オレは。
 夏休みっていうのは、朝9時前だというのに、炎天下の中を歩いてるように暑かった。肩に
下げたバックの紐の部分からは汗が滲み出て、Tシャツにかっこ悪い染みを作っている。
 塾のいい所っていうのは、とにかく冷暖房完備ってことだ。女の子達なんて午後になって
くると寒いとまで言うけど、オレは丁度いい。そんな事言ったら、父さんが
「丘は子ども熱だからな」
って言ってた。その隣で天が大爆笑して、オレは子ども扱いされたことにちょっと腹がたった。

「おはよ、天野」
塾の玄関で雨宮に会った。コイツ、ホントに先週までの事がなんでもなかったように話掛けて
きやがる。
「うーっす」
オレはぶっきら棒に返事すると、雨宮の隣に並んだ。コイツ、ホントに背デカくなったなあ。
そんなことを考えながら、教室に入ると、クラス中が一斉にオレ達を見て、どよっとした。
 これじゃ、まるで、みんなの前で告白した男が次の日彼女同伴で学校行くみたいじゃんか。
自分でもよく分からない例えで、オレは雨宮からさっさと離れた。まあ、今までのオレ達を
思えば、驚くのも当たり前なんだろうけどさ。
 オレが席に着くと(どうでもいいけど、塾のクラスには席順とかはない。なのに、毎日同じ
顔ぶれで集まると、勝手に自分の席が出来上がってしまい、オレも毎日同じ席に座ってる)
隣の席の来本が、早速話しかけてきた。
「どうしたんだ?お前等。仲直り?」
「・・・うーん。まあ、そんなもんかな」
仲直りなんて、喧嘩した後にするもんじゃないのか、とオレは思うわけだけど、コレを仲直り
以外になんていうのか、オレには分からない。・・・和睦?
 クラス中にオレのストーカー行為が報われたことは、あっという間に広まって、オレは昼
休みに、大して親しくない奴等にまで声を掛けられる羽目になった。

「ストーカー行為がやっと実ったのね」
「はあ、いや、まあ・・・」
これが実ったっていうことなのか?オレはただ、雨宮と普通に話したかっただけなんだけど。
オレがどもってると、するすると人に囲まれてしまった。
「実はねー、わたし達、影で応援してたのよ」
「はあ・・・?」
「そうそう、天野君のアタックに感激してたんだから」
そう言ってきゃっきゃはしゃいでる女の子4人に、オレは、たかが友達と仲直りするくらいで
どうしてそんなに他人を応援できるのか、不思議に思う。
 とりあえず、応援してくれてたっていうんだから、礼くらいは言っておかないと。
「あ、ありがとう・・・お、オレ達、もう、大丈夫だから」
顔を上げれば、4人ともハートマークみたいな目をしてオレを見ていた。なんだ、コレ。
「でもさ、ホントよかったなー、ストーカー君」
その隣にいる男子からも肩を叩かれる。
「どうやって、仲直りしたんだよ。昨日まであんなに、険悪だったのに」
険悪なわけじゃないだろう。あれは、雨宮が勝手に無視してたんだから。しかも、くだらない
理由で。
 雨宮の名誉の為にその理由を口にはしないけどさ。
「まあ、あれだ、意見の相違ってヤツ?」
よく分からない言い訳で逃げるしかない。しっかし、よくもまあ、みんな他人の喧嘩にそこまで
興味持てるよな。
 たかが、男2人が喧嘩(じゃないけど)してただけなのに。
「じゃあ、今は相思相愛なのね?」
「あはは、なんだそれ」
「でも、ストーカー君、振り向いてもらえてよかったじゃん」
「ま、まあね」
オレに掛けてくれる言葉は何故かどれも微妙に的外れなんだけど、まあ、みんな心配して
くれてたみたいだし、オレはありがたく頂戴しておいた。

 で。
当然、オレと雨宮の仲直りを快く思ってないヤツらもいるわけで。
帰り際に、塾の廊下を歩いていたオレを呼び止めたかと思うと、オレは雨宮の取り巻きに
囲まれてしまった。
「ちょっと、仲直りできたからって、いい気になるなよ」
「雨宮君は、君なんかと違ってエリートなんだからな」
雨宮がエリートなのは認めるけど、なんでコイツらにオレと雨宮のことでぐちゃぐちゃ言われ
なきゃならないんだ?
「あんたらには、関係ないだろ?」
「関係ないことない!」
「俺達はな、中学も一緒だし、塾だってずっと雨宮と一緒に通ってんだよ。勝手に友達面
すんな」
なんだ?お手て繋いで、友達ごっこか?雨宮、随分と趣味の悪い友達つくってんだな。もう
少し人選考えろよ。
「お前等、女かよ」
そう言ったら、そのうちの1人が逆切れして、オレに殴りかかってきた。
 オレは喧嘩も強くないし背もずば抜けて高いわけじゃないけど、こんながり勉君のヘナチョコ
パンチを食らうほどヤワじゃない。
 動体視力と俊敏さはいい方だ。そのおかげで、こんな身長でも中学のバスケ部でレギュラー
取ってたんだからさ。
 オレは飛んできたパンチをかわすと、そいつの腕の後ろに捻って、背中に押し付けた。
「い、痛い。離せ」
「あんまり馬鹿なこといってんじゃねえよ」
オレが腕を締め上げていると、ちょうどそこに、雨宮が現れた。お前のタイミングは神か!
「・・・何してるの?」
雨宮はニコニコ笑ったままこっちに近づいてくる。お前その笑顔怖いって。
 オレよりも先に慌てだしたのは取り巻き連中だった。
「あ、いや別に・・・」
「そう?」
「天野、そいつ、俺のツレだから、あんまり痛くしないでくれるかな」
オレは渋々腕を離すと、奴等は一斉に逃げ出した。け、根性なし。
「天野、大丈夫?」
雨宮はそう言ってオレの隣に並ぶ。
「大丈夫にきまってるだろ。あんな奴等、10人束になって来たって負けねえよ」
「あの子達、うちの病院に入ってる製薬会社の息子だったり、その関係者の息子だったり」
はあ、それで雨宮が大事なわけね。
「あーあー、そりゃ大変なこった。でもさ、お前そういうしがらみなしで、友達作ったり
できないのかよ?」
ため息がでるぜ、お前の感覚には。
「しがらみ無しで?・・・いるよ、ここに1人」
・・・。
ったく、そういう照れること簡単に、するっと、さらっと言うんじゃねえよ!
「帰ろうぜ」
照れ隠しの為に呟いた言葉はひどく乱暴になってしまった。


 まるで今までもそうだったみたいに、オレ達は仲良く並んで帰えっていた。こいつの凄いトコ
はそれが全部自然に感じてしまうことだと思う。
 オレも中学に入ってからの事とか、タケやヒデキのこととか、べらべらと口に出して、時々
雨宮がくすっと笑うのが嬉しくてたまらなかった。
 そうやって、歩いていると、雨宮がふと足を止めて、神妙な顔つきになった。
「雨宮?」
オレが首を傾げると、雨宮は言いにくそうな顔でもごもごしていたから、オレはなんだよって
催促した。
「お前、まだオレに隠し事かよ」
「そういうわけじゃないけどね」
だったら、もじもじしてないで、さっさといえってーの。ほらいっちゃえよ、オレとお前は
もう友達に戻ったんだろ?そう言おうとしたら、先に雨宮の口が動いた。
「ねえ、天野って、俺の事好きなの?」
「はあ?」
なんだそれ。突拍子もない雨宮の発言にオレの口はあんぐり開いたまま。オレがなんで雨宮
のこと好きにならなきゃなんないんだよ。意味わかんねえよ、その質問。お、オレが雨宮を?
なんだ、なんだ、それ!
 瞬間湯沸かし器よろしく、オレの頭は一気に沸く。
 バカじゃねえの、そう思って雨宮を見上げたら、コイツ口押さえて思いっきり笑ってやがった。
「天野、マヌケ面」
こ、こいつ!
 雨宮、本気で殴ぐるぞ。しかもオレの拳、今「グー」だぜ。
睨んでいると、雨宮はまあまあとオレの肩を宥めるように叩いた。触れた箇所が何故だか
熱くて、オレが熱いのか、雨宮の手が熱いのか、オレは一瞬そんなことを思た。
「お前ね、いくらオレの家があんなんだからって、オレはそんな趣味じゃねえよ」
「そうなの。残念」
雨宮はどうでもよさそうにオレの言葉に返事をする。完全に雨宮ペースで、今日もオレは
おちょくられてる。
 オレが雨宮を好きかって?・・・そりゃ嫌いじゃない。こいつ、小学校の時はいいヤツだったし
(今はよくわかんないけど)頭いいし、かっこいいし、女の子にもてるし。
 そう思って、塾でクラスのヤツが呟いていた言葉が蘇る。
『ストーカー君、遂に恋の成就だね』
『振り向いてもらってよかった、よかった』
『相思相愛ってヤツ?』
どれも、この前までのオレと雨宮の関係を単に茶化してただけの台詞だと思ってたけど、
もしかして、オレって、本気で皆に雨宮の事が好きなんじゃないのかって思われてる?
 さあっと、体中の血の気が引いていく。熱くなったり寒くなったり、今日のオレは大変だ。
「天野?」
雨宮が心配そうに顔を向ける。
 うわっそんなドアップで見るなっつーの。
 オレは顔をぶるぶる振って、頭の中に浮かび上がった文字を消滅させた。
ないない、断じてない。オレが雨宮の事好きなんて、あるはずないだろ。こんな自分勝手で
腹黒く変わっちまったヤツ。
 その否定材料に、雨宮の性別が入ってなかった辺り、オレもすっかり天野家の洗礼を受けてる
んだろうか。
「お、オレは、確かにお前の事、友達だと思ってるけど!」
「うん」
「お前のこと、好きとか、絶対ありえないんだからな!」
言って清々したはずなのに、何故か胸の辺りにチクリと痛み。なんだろ、これ。
 雨宮はオレのデカイ声の告白にちょっと驚いてたけど、そのうち、ニタニタ顔になっていた。
「天野、顔真っ赤。かわいいね」
「かわいいっていうな!」
コイツ頭いいくせに、かわいいの意味分かってないだろ。ホントはバカなのかお前。っていうか
バカなんだろお前!
「大丈夫だよ、俺の頭も視力も。メガネかけててもちゃんと天野の事見えてるし、可愛いよ
天野は。そうやってすぐ怒ったり慌てたり、拗ねたりするところが特にね」
「じゃあ、お前の頭の中が腐ってるのか」
オレは本気で雨宮の頭の構造が心配になった。中三男児を捕まえて、可愛いなんてほざくその
頭は、絶対におかしいとしか思えないね。
「天野さ、あんまり、頭の中で俺の事、バカバカ言うのやめてよね。コレでも学年トップ
なんだからさ」
え?こいつ、オレの心読めるのか?半笑いの顔が固まった。
 そしたら、雨宮は何でもなさそうに、顔に書いてあるって言って、オレは自分の顔をぺたぺた
さわりまくった。
「ぶっ・・・天野、面白すぎ」
雨宮は1人でゲラゲラ笑い出した。取り残されたオレはポカンとしたまま、そんな雨宮の姿を
見ている。こいつ、どこまで性格変えたら気が済むんだ・・・。
「お前、笑いすぎ」
「ごめん、ごめん。でもさ」
雨宮はそこで言葉を止めると、オレの耳元まで顔を近づけてきた。
「?」

「天野、きっと俺のこと好きになるよ」

唇が耳に掠るくらい近くで囁かれて、俺の身体はまた熱くなった。
 硬直したままのオレをその場に、雨宮はじゃあねと手を振って去っていく。

あ、あ、あいつ〜〜〜。

オレは、唇の感触が残ってそうな耳を手で塞いで、頭をぶるぶる振った。
バカバカ、変人雨宮。1回死ね。いや10回ぐらい死んで来い!!
 心の中で散々悪態を吐いて、それでやっと雨宮の言葉に向き合った。
オレが雨宮を好きになるだなんて・・・そんなこと・・・
 お、オレが雨宮を好きになるはずない・・・だろ・・・?ないよな・・・うん。あるわけがない。
そうだ、そんなことないない。だって、オレがだろ?雨宮をだぜ?
 耳たぶがじんと痺れる。雨宮の言葉がまだそこに残ってる。
オレが、雨宮を好きなんて!
 絶対ない。多分、ない。きっと、ない。そう、ない。ないはずだ。


・・・ない、と思う。

脳みそまで雨宮の息で痺れてたオレは、その時既に完全に雨宮マジックに掛かってたんだろう。





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【天野家古今和歌集】
今も昔も かに転がりける(いまもむかしも かにころがりける)
人の気持ちが変わる瞬間というのは、細い糸の上を綱渡りでもしているように
一つ踏み外すと、あっという間に落ちてしまうものだ。恋と言う底なし沼に。






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