なかったことにしてください  memo  work  clap
物や思うと 家の人にはばれている―関門―



 夏休み明けの9月は体育祭や文化祭で校内が一気に華やぐ。そういう浮き足立った環境で
オレも雨宮のことは、なんとなく心の隅に押しやっていた。
 たかが、あんな風に別れただけだ。オレと雨宮が喧嘩したわけじゃない。アイツだって
オレに怒ったわけじゃないし、会いたければ会いに行けばいい、それだけのことだ。
 そう思って過ごした1ヶ月。実際、中学最後の体育祭はめちゃくちゃ盛り上がったし、
オレ達のクラスは優勝して、オレも参加したクラス対抗リレーでは、2人抜きして、優勝に
貢献したと思う。歓声とか、気持ちよかったし。
 更に、それに興奮したクラスのヤツが、同じクラスの女に告白するなんてハプニングも
起きて、いろんな意味で祭だった。
 そうしてオレ達の中学最後の夏は終わって、季節は秋になった。(体育祭が終わった瞬間
に、秋が来る気がするって言ったら、タケにロマンチスト〜って笑われた)

「お前等、祭は終わったんだから、頭切り替えて、受験勉強に専念しろよ」
担任の声に、オレ達はあっという間に現実に引き戻されて、クラス中、ため息の嵐だ。
「おいおい、もうすぐ、2学期中間なんだからな。ココで頑張らないと、お前等が大変に
なるんだからな」
 分かってはいるけど、目の前の辛い現実から、逃げたしたくもなる。まあ、そうやって
逃げ出したヤツは、中間テストの惨敗した結果を見て、落ち込むことになるんだけど。

  オレは、クラスのお祭ムードがおもむろに消えていくのを見ながら、自分の心の中で
押しやっていた気持ちが、それに反比例するようにでかくなっていくのを感じていた。
 授業の合い間の短い休み時間は、ぼうっと机に向かってることが多くなったし、ぼうっと
してるときに思い浮かぶのは、大抵アイツのことだ。
「雨宮、元気かな・・・」
思わず口に出した独り言に、タケが驚いて振り返った。(タケは3年で同じクラスになった
んだ。ちなみに、ヒデキは隣のクラス)
「丘?」
「あ?」
ぼうっとしていたオレにタケが首を傾げる。
「何、お前、雨宮と遊んだりしてんの?」
あ、あれ?オレ、今、口に出して雨宮のこと呟いてた?
 タケの不思議そうに見つめる顔に、自分が赤らんでくるのが分かる。
「い、いや。別に。塾でい、一緒だったんだ。夏休み、オレ夏期講習行ってただろ?そこで
偶然雨宮に会ってさ」
「へえ、雨宮って中学行ってもやっぱり勉強してんだな」
「アイツ、めちゃめちゃ頭いいぜ」
「俺に言わせれば、丘だって頭いいと思うけど」
「そんなことねえよ」
「あるっつーの。俺どうひっくり返ってもJ高なんて受けれないぜ?」
「・・・うん」
タケとは高校はバラバラになるんだろうな。ヒデキもそうだけど、タケも小学校の頃から
ずっと仲良くて、遊んだりしてたけど、これでお別れなんだなあ。
 そう思うと、淋しさはあるけど、仕方ないとも思う。別々の人生が待ってるんだし、いつ
までも一緒っていうわけには、いかないんだから。
 それに、離れ離れになっても、タケやヒデキはずっと友達でいるだろうし、会えなくなる
わけじゃない。
会えなくなるのは、友達じゃなくなったときだ。
雨宮・・・。
 そういえば、雨宮は志望校、どうしたんだろう。J高受けるなんて言ってたけど、きっと
冗談だよな。
 冗談じゃなくても、反対されて、あいつのことだから、大人しくT高受けるに決まってる。
「雨宮と同じ高校か・・・」
「何?雨宮もJ高受けるのかよ?」
またしても、心の声が・・・。オレ、そういえば最近、部屋の中でブツブツ独り言、言ってる
って父さんやアツシに言われたばっかりだ。
「いや、なんか、受けるかもしれないって言ってただけだけどさ。アイツの頭ならT高だって
狙えると思うし」
「T高!」
ひっくり返えった声でタケが叫んだ。そうだよな。うちの学校じゃ、T高なんて受けるヤツ
すらいない。
 富田だって、J高に専念するって言ってたし、あんな超エリートな私立の高校なんて、
オレ達、庶民には無理なんだよ。頭のレベルも、金も。
 オレがどんだけ勉強しても、T高のレベルまで(万が一)達したとしても、やっぱりオレは
T高なんて通えないだろう。
 家がビンボーってわけじゃないけど、あんな金食い私立に行きたいなんて言えないもんな。
「T高かー。雨宮って、マジですげえヤツだったんだな」
「でも、どこ受けるのか、わかんないけどさ」
そう言いながら、J高だったらいいのになんて、女々しいこと考えてた。
 雨宮と同じ高校の制服を着た自分を想像して、照れくさくなる。例えば同じクラスに
なったら?帰りに、ゲーセン立ち寄ったり、遊んだりする姿を、思い起こして、ワクワク
した。そんなことって、あるんだろうか。
 そして、それが、すぐに虚しい妄想であることを思い知る。
 オレと雨宮が、同じ高校?・・・あんなの、嘘だ。雨宮のただの戯言だ。アイツはきっと
T高に行くんだ。オレの手の届かないところへ。
 せっかく塾で再会できたっていうのにな。
「はあっ・・・」
「どうした、いきなりため息なんて吐いて」
「・・・別に、頭いいヤツはいいなって」
「丘、お前、それイヤミかよ」
「へ?」
顔を上げると、タケが呆れた顔でオレを見ていた。


「丘ー、飯の時くらい、ぼうっとせずに、ちゃんと食えよ?」
天に指摘されて、オレは箸を持ったまま、固まっていたことに気づく。
 やべえ、また雨宮の事考えてた。
「最近、丘、ぼうっとしてること多いけど、なんかあったの?」
そう言ってきたのは父さんで、オレはそんなにも自分がうだうだ悩んでるのが、バレてる
なんて思ってもなかったから、びっくりしていた。
「別に、なんでもないよ」
「でもさあ、にいちゃん、部屋でも、ぼーっとしてるよ」
「アツシ、余計なこと言うな」
アツシを睨んだら、アツシがぷうっと膨れて、それを見た天が間に入ってきた。
「こらこら、そう言う、言い方しないの。何、悩み?」
「別に、違うったら」
家族中の視線が集まって、オレはどうしていいのか分からなくなる。だって、雨宮の事で
悩んでるなんて、恥ずかしくて言えるわけないだろ?
 黙っていたら、父さんが、取り繕うようにわけの分からないことを言い出した。
「あれだなー、丘は、好きな子のこと考えてるんだろー」
「はあ?何いってんの、父さん!」
だ、誰が好きな子だって?!
 なんで、こんなにも過剰に反応しちゃうんだろう。別にただの友達だってーのに。
「だって、丘のそれって、恋わずらいみたい」
楽しそうに笑う父さんに、オレは思わずキレた。
「そんなんじゃ、ねえよ!」
ご飯もそこそこに、オレはそのまま、キッチンを逃げ出すと、自分の部屋へ一直線。
 なんだよ、恋わずらいって!

「晴さん、ダメだよ、そんなこと言っちゃ。アレはきっとまだ自分でも気づいてないんだから」
「そうなの?丘はにぶちんだな。誰に似たんだろう」
「ねえねえ、天ちゃん、兄ちゃん、好きな人いるの?」
「どうかな?」
家族の団欒は、オレが抜けた後も、普通に続いていた。


 暗い部屋の中で、ベッドにもぐりこんで、自分の気持ちの渦の中で溺れてた。雨宮の事を
考えると、イライラしたり、切なくなったり、自分でもどうしていいのか分からなくて、
そんな時に、父さんに恋わずらいなんていわれて、雨宮の言葉が蘇った。
「俺の事好きになる」って、何バカなこと言ってんだよ、からかうのもいい加減にしろって。
だけど、ドキドキしてるのはなんだ。雨宮の笑った顔が思い出せない。雨宮の顔が見たい。
 あー、もうダメ。何こんなにうじうじ、悩んでるんだろう。こんなの、オレの性分じゃ
ない。考えるのも、悩むのも止めた。

 行けばいいじゃん。会いに行けば。
そうだ、その通り。気になるなら、会いに行って確かめればいい。ホントにアイツがJ高
受けるのか、アイツはオレと今でも友達でいるのか。
 そんなの、会って確かめずして、どうやって確かめるんだよな。悩んでたって、雨宮が
来るわけでもないだろうし。
 よし、決めた。会いに行こう。

 あーあ、それにしても、この2年半、会わずに過ごしてなんで平気だったんだろうな、オレ。


 膳は急げじゃないけど、そうと決めたら、待っていられなくて、オレは次の日、学校が
終わると、雨宮の通う私立中学まで会いに行った。
 正門を出て来たところを捕まえれば何とかなるかな、そう思って、門から少しはなれた
ところで、雨宮が出てくるのを待っていた。
 10月も半ばを過ぎると、夕方は寒くなる。自転車飛ばして来たから、暑くて脱いでいた
学ランを羽織って丁度いいくらいだ。
「雨宮、もう帰っちゃったかな・・・」
もうあと10分待っても、来なかったら、恥ずかしいけど、雨宮の家に行ってみよう、そう
思っていたときに、ブレザーの集団が正門の方に向かってきた。
「補習、やっと終わったなー」
「僕、これから塾」
「あー、俺もだった・・・」
オレの前を通り過ぎていく学生達は、話から言って、3年らしかった。補習授業ってことは
雨宮も受けてるんだろうか。
 ブレザー姿のヤツにジロジロ見られて、オレは自転車を引いて正門から離れた。雨宮を
見つけたら、近づけばいっか。

 雨宮は集団の最後の辺りにいた。
「あ、雨宮・・・」
オレは雨宮を見つけた途端、駆け出そうとして、そして、足が止まった。
 雨宮は隣に並んで歩くヤツと楽しそうに笑っていた。隣のヤツが手を叩いて笑う。雨宮は
それに、答えるように、口元に手を当てて笑った。
雨宮・・・。
 心臓が痛い。苦しい。
 なんで、そんな楽しそうな顔して笑ってられるんだ?
 自分でも分からない苦しさに、オレは戸惑う。たかが、友達としゃべってるだけじゃん。
オレだって、塾の帰り、雨宮としゃべって、笑って、楽しそうにしてた。
 別に、今のだって、それだけの事。オレが出て行けば、雨宮はびっくりするだろうけど、
さすがに、前みたいに無視なんてしないと思う。
行けよ、オレの足。

足元を見下ろしたら、ぼたっと、水滴が地面に落ちた。
――・・・。
ちくしょうっ・・・。
なんだよ、この気持ちは。なんで、オレ泣いてるんだよ。恥ずかしい。友達に会いに来て
友達に話しかけられずに、きょどってんじゃねえよ。
 手で顔を擦って、涙を拭く。自分の涙の意味が分からない。
 でも、今の気持ちだけは、はっきりしていた。イライラ、ムカムカ。そしてその後にやって
くる、悲しみと悔しさ。
 出て行って、雨宮に話しかければいいじゃん。自分に檄を飛ばしても、オレの足は地面と
一体になったかのようで、張り付いたまま、一歩も歩けなかった。

 雨宮がオレの前を笑いながら過ぎ去っていく。楽しげな横顔。優しそうに笑う姿。
初めに思ったのは、「羨ましい」だった。オレはあんな顔、見たことない。そして、その
後で、「なんで、あんなヤツが雨宮の隣で笑ってんだ」って気持ちが湧き上がってきた。
それって、オレ嫉妬してるみたいじゃん。
 それから、自分の事考えて、落ち込んだ。オレが雨宮と最後にしゃべったのは、あの
夏休み最後から1日前の日。
 冷たい瞳で、「くだならい」と吐き捨てて行った雨宮。バスケ部の奴等に言ったはずの
言葉は、オレにまで向けられてるようで、オレは雨宮を追いかけることが出来なかった。
 オレはまた拒絶された。そんな気がして、気分は急下降。
もう、雨宮と笑い合えない。オレの代わりにあの隣にいる奴が、きっと雨宮のこと楽しま
せてやってるんだ。
 だったら、オレなんて、雨宮の隣にいなくても、アイツ困らない。オレがいない高校なんて
後悔する、そんなこと、微塵も思ってないんだ。

 オレは、自転車のハンドルを握り締めた。もう、帰ろう。
雨宮がオレの前を通り過ぎたとき、何故か、雨宮が顔をこっちに向けて、オレの真っ赤に
なってる目とばっちり視線が重なった。
「あま、の・・・?」
「・・・」
驚いているのは、お互い様。なんて顔してんだよ、お前。
 雨宮が歩いてくる。
「待って」
オレは慌てて自転車にまたがると、雨宮の声を無視して、一気に走り去った。







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【天野家古今和歌集】
物や思うと 家の人にはばれている(ものやおもうと いえのひとにはばれている)
朝食は毎日全員揃って食べるような仲良し一家で、少しでも様子がおかしければ
クラスの友達が気づかなくても、ましてや本人に自覚がなくても、家族には
ばれてしまうもんだよ。恋わずらいってやつは。






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