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放課後ホケカン倶楽部
好きな人にはツンツン。唯それだけの事なんですが・・・




 浮き足立った4月が駆け抜けていくと、伊純の噂はぽつぽつと広まり始めていた。
『丁寧で優しく処置してくれたよ』
『フレンドリーで気さくだから、何でも話せるのがいいよな』
『オバチャンとの掛け合いも面白いんだよね、これが』
口にする生徒は皆、伊純の事を好意的に見ているようで、中には
『新しい保健の先生、結構かっこいいよね〜。ちょっとタイプかも』
こんなことを言う女子までいた。
「・・・・・・だってさ。天敵の煌成君!」
頬杖をついていた煌成は袴田に声を掛けられて、不可解そうに顔を向けた。
「何が?」
「何がって、う・わ・さ」
「俺の?」
「お前の噂なんて、今更騒ぎ立てるもんじゃないんだろ?伊純ちゃんだよ、保健の伊純。
煌成が思いっきり嫌われてる伊純ちゃんの噂!」
「はぁ?」
煌成は自分の噂にも疎いが、他人の噂にも疎かった。
 聞きたくも無い伊純の名前を聞いて、眉を顰めて袴田を睨みつけると、袴田は面白そうに
顔を緩めた。
「お前は、未だに優しくされたことが無いんだよな」
「・・・・・・悪いかよ」
「いんや〜。悪かないけど。でもさ、噂じゃ、優しいだの気さくだの、煌成の言ってる人柄
とは180度別人の伊純ちゃんが、なんで煌成だけに、そんなツンツンしちゃうのかは、興味
あるな」
デバガメよろしく袴田が言うと、煌成はふんと鼻を鳴らした。
「どうせ、一番初めのあのベッドの件が未だに許せないんだろ!」
そうでなければ、ここまで煌成を邪険に扱う理由が見当たらない。煌成は、この1ヶ月で、
既に3度も保健室のベッドのお世話になってしまったのだが、3度とも同じ対応をされた
のだ。
「で。伊純ちゃん、実際の所、ホントに優しいの?」
煌成は、伊純の噂など知らなくても、伊純がどれだけ他の生徒に優しく接しているのか十分
知っているつもりだ。ツンツンな態度でベッド使用許諾を貰って寝ている間に、いやと言う
くらい伊純の柔らかい笑い声を聞いたのだから。
「・・・・・・俺以外には」
初めは、ベッドエロ使用事件を忘れてくれたら自分にも少しは優しくしてくれるのかと少し
は期待していたけれど、1ヶ月経っても、相変わらずの伊純の態度に、煌成はもう諦めて
いた。
「あらま。カワイソ」
「男に期待なんてしたって、イイコトあるかよ」
「それもそうだわな」
袴田は、色恋沙汰ではないことには興味はないらしく、それ以上突っ込むことはなかった。





 保健管理委員会の仕事の中でも、馴染みの無かったものに「水質検査」というのがある。
煌成はこれまで、保健管理委員がそれをやっているのを目にしたこともなければ、聞いた
事もなかった。
「嘘でしょ。なんかのジョーダン?」
「今まで誰がやってたんだよ、こんなクソ面倒くさいこと」
「時々見かけたわよ」
「幻を見たんだ、お前は」
真桜は呆れながら水質検査のキッドに水と薬品を入れた。軽く振り混ぜると色が変わって、
その色を見てpHを測る仕組みになっているらしい。これが何の役に立つのか、煌成には
いまいちこの存在意義を図ることができないのだが、役目なので仕方が無い。
 真桜は水質の結果を煌成に言うと、さっさと日誌に記録するように急かした。
「・・・・・・てか、これあと何箇所あんの・・・・・・」
煌成はげっそりしながら言われたように日誌に書き込むと、真桜を恨めしそうに見た。
「あと5箇所よ!・・・・・・さっさと行くわよ」
試薬セットを抱えてると、一階の手洗い場にはもう用はないといわんばかりにすたすたと
歩き出す。煌成も真桜を追いかけるように付いて行った。
 放課後の廊下は生徒も殆どおらず、2人の声だけが響いている。
「ちょっと、待ってって・・・・・・あー、面倒くさい・・・・・・」
「それはこっちの台詞よ!大体ね、何で私と煌成がチームになってるのか、そっちの方を
説明してほしいわ」
真桜は低い声で呟いた。
 あれから、真桜とは仲直りらしい儀式もなく、何となくで今の状態になっている。微妙な
空気で初めはぼそぼそと一言挨拶。それから、「俺達一緒のチームらしい」という煌成に
「知ってるわよ!」という喧嘩腰の真桜に、煌成も開き直って今に至る。
 そもそも真桜とこんな所で一緒に水質検査なんてやっているのかといえば、保健委員の
水質検査が2人1組のチーム行動だからだ。しかも、この当番を決めたのは、保健委員長に
選ばれた藤だった。
「・・・・・・そんなに言うなら、藤にでも聞いてみたら」
俺の所為じゃないと全面的に自分に非のないことを押し出すと、真桜はぶずっと膨れて、
煌成を睨みあげた。
「私、まだ、煌成の事許してないんだからね」
藤にどんな真意があったのか煌成も真桜も知らない。藤が2人の噂を知っているかどうかすら
知らないのだから、藤がお節介を焼いたのか、唯の偶然なのか、見極めることが出来なかった。
 しかし、自分と真桜の仲を気遣ってこの組み合わせにしたのなら、真桜に取っては中々
切ない展開だろう。
「せっかく同じ保健委員になれたのに、この仕打ちじゃ、お前も腹立つのは分かるけどさ〜」
つい呟いてしまった一言に、真桜は過剰に反応した。
「ちょ・・・!何、言って」
それを見て、煌成はそういえばこれは自分がこっそり気づいたことだったと思い出す。
 それから、悪びれた様子もなくムヒヒと笑って真桜を見下ろした。
「いい、いい。言わんでも分かってる」
「何のことよ!!」
真桜の顔が見る見る赤くなっていって、煌成はその女の子らしい反応を可愛いと思った。
「『あ、藤君と一緒の保健委員だ!キュン』ってなってただろ」
初顔合わせの時の事を言って聞かせると、真桜は半泣き状態で煌成の背中を叩いた。
「さいてー!さいあく!」
「何でだよ」
「・・・・・・なんであんたみたいな鈍感馬鹿に気づかれたのよ・・・もう、最悪」
「いいじゃん、井沢に知られるよりマシだろ」
ウケケと意地悪そうな顔になると、真桜は急に真剣な目つきになった。
「あんた、井沢に少しでもそんな話したら、コロスわよ」
「はいはい、わかってるって」
2人は水質検査を終えるまでずっとこんな調子だった。





 水質検査を終えて保健室に戻ってくると、保健室には伊純が一人事務机に向かっていた。
「失礼しまーす。伊純先生、水質検査終わりました」
「はい。お疲れ様でした」
伊純は真桜に向かってにっこり笑って頷いた。
「先生、仕事?」
「来週から始まる身体測定の準備ですよ。あ、身体測定の手伝い、保健委員の仕事ですから
お願いしますよ」
「はぁい」
真桜は、あのベッドエロ事件をもう忘れているかのように、伊純に接した。
 そして、伊純もそんな真桜を他の生徒と同じように優しく声を掛けている。煌成はそれを
目の当たりにして、妙な違和感を感じた。
 真桜がベッドエロ事件を忘れたがってることも、それをなかったことのようにして振舞う
のも分かる。けれど、伊純の態度はなんなんだろう。
 あの事件を引き摺って煌成に厳しくしていたのなら、同罪と思われる真桜にだって、それ
なりの態度を取るはずじゃないんだろうか。
 それとも今日、突然改心(?)して、2人とも許す気になったんだろうかと、煌成は淡い
期待を込めて、伊純に話しかけた。
「せんせー」
真桜の斜め後ろに立って、座っている伊純を見下ろすと、伊純は急に顔の表情を硬くして
煌成を振り向いた。
「はい」
その僅かなやり取りだけで、期待は幻だったことを煌成は悟る。
「・・・・・・いえ、別になんでもないっす。保健日誌戻しと来ます。んで、終わったんで帰ります」
煌成はどうせ睨まれて小言を言われるくらいなら、触らぬ神に祟りなしだと素直に退散を
決めた。
「ちょ、ちょっと・・・煌成、待ってよ??」
真桜は突然保健室を出て行こうとした煌成を驚いた様子で引き止めた。
「・・・塚元さんもお疲れ様。暗くならないうちに早く帰った方がいいですよ。海老原君、
ちゃんと送っていってあげてくださいね」
煌成の背中に冷たい口調で投げかけると、真桜の方にはニコリと笑って伊純は手を振った。
「先生も、がんばってねー」
「はい」
真桜は2人の空気を不審に思いながらも、煌成を追って保健室を出た。





「ちょっと、煌成?!」
真桜が保健室を出ると、煌成は既に廊下を歩き出していて、真桜はその背中を慌てて追い
かけた。
「何なの、突然」
煌成は足を止めて振り返ると、珍しく神妙な顔をしていた。
「俺じゃない」
「何が?」
「態度がおかしいのは、俺じゃないの!」
「・・・・・・?」
「あいつさ、おかしいんだよ。俺にだけなんでか冷たいの!」
「まさかー。気のせいでしょ」
「真桜だって見てただろ、あの冷たい視線」
そういわれて、真桜も何となく気になったと頷いた。
「煌成、先生に怒られるようなことでもした?」
「しただろ、俺もお前も」
苦笑いして真桜を見下ろすと、真桜は眉を顰めて「あれは煌成が・・・」とぼやく。
「・・・・・・俺さ、あのベッドの件でずっと怒ってると思ってたんだけど、真桜に対する態度
見てなんか違う気がしてきた」
「違うって?」
「ベッドの事で怒ってるなら、お前にだって冷たくあしらうだろ」
「・・・・・・あたしが女の子で、ヤラレそうになってたからじゃない?」
「あの一瞬じゃわかんないだろ、合意か無理矢理かなんて」
「先生にはわかったのよ!」
真桜はふん、と鼻を鳴らした。
「・・・・・・そういうもんかなあ」
「そうに決まってるでしょ。・・・・・・それにしても、あの優しい伊純先生が煌成に冷たい
なんて意外ねー」
「俺に何の恨みがあるんだって感じ!ホントなら二度と関わりたくないっつーのに」
そこまで言って、煌成は最後の「に」の口のまま固まってしまった。
「関わりたくないのに、すみませんね」
いつの間にか保健室から顔を出していた伊純がそこに立っていたのだ。
 しかも、伊純の話をしていたことまで聞かれ、煌成はかなりバツの悪い状態になって
しまった。
 伊純は怒ったような泣きそうなような顔をして、煌成を見た後は直ぐに顔を逸らした。
煌成達に用事があったようで、手元のプリントを仕切りに弄っている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互い何とか言えと、牽制し合って、重い空気が漂った。
 こうなると何のフォローもしようがない。見かねた真桜が助け舟を出してくれて、その場
の沈黙は回避された。
「伊純センセ〜?私達に用事?」
「・・・・・・あ、ああ。・・・・・・来週の身体測定の予定。クラスごとに時間が書いてあるから、
各クラスの保健委員に渡して、生徒に知らせるように言ってもらえるかな」
「はあい、分かりました〜」
真桜は極力明るい声を出して返事をすると、ぺこっと頭を下げた。
「・・・・・・海老原君も忘れないように」
気持ち睨まれた気がして、煌成は小声で返事をする。それに伊純がまた小さく溜息を吐いた。
「・・・・・・はいはい、わかってますよ!」
「お願いします。遅くならないように、早く帰りなさい」
伊純は事務的な声で煌成に言うと、保健室へと戻って行った。



 残された真桜と煌成は微妙な間にしばし固まっていた。
「・・・・・・ここまで来ると、確かに何らかの意思は感じるわよね」
「だろ?」
煌成がぴくりと頬を揺らして真桜に同意を求めると、真桜もやや呆れ気味に保健室の扉を
眺めた。
「ものすごーく嫌われてるって感じ?・・・あんた一体何やったの」
「何もしてねえよ!あー、もう、俺、あったま来た。なんで何にもやってない俺が一方的
にこんな扱いされなきゃなんないんだよ!」
じわりと怒りがこみ上げてきた後で、残った疑問。理由が分からなきゃ、納得も出来ない。
ただの保健教師に嫌われても、今後の人生に問題は無いだろうけれど、煌成の中のどこかが
それを許してくれなかった。
「・・・・・・決めた」
「何を?!」
「今、決めた。俺、アイツの本心、引き摺り出してやる!」
煌成も保健室の扉をじっと見つめると、拳を握り締めた。それから保健室に背を向けると
足早に歩き出す。とりあえず帰って態勢立て直しだ。
 廊下を歩いていると、数歩後ろの真桜が軽やかに煌成の背中目掛けて言った。
「じゃあ、私も協力してあげようか?」
「は?」
驚いて煌成が振り返ると、真桜は腕組みしてニヤリと笑っていた。
「は?じゃ無いわよ。伊純先生の本性引っ張り出すの手伝ってあげるって言ってるの」
「下心アリアリだな」
「下心なんて失礼ね。ギブアンドテイクって言ってよ」
真桜は偉そうな態度で煌成を見上げている。
「・・・・・・俺は何すりゃいいんだよ」
「どうせばれたんなら、とことん活用させてもらうわよ。・・・・・・藤君との噂を流されない
ように、井沢から私をガードしながら、藤君に近づけるように裏工作するのよ」
「なんだその面倒くさそうな工作は」
「あ、勿論あんたとの噂も流されないようにしてよ!」
「だから、一体何すりゃいいんだ」
真桜は既に作戦を持っているようで、煌成の質問にびしっと答えた。
「放課後に保健管理委員で集まる会を作るのよ」
「はぁ?」
「放課後ホケカン倶楽部よ!」
「はぁ・・・・・・」
「いいわね!決定だからね!」
真桜は満足そうに頷いて、一方的に煌成を引き摺りこんでしまった。
 訳の分からないうちに、煌成の前には大波がやってきて、ざぱんと飲み込まれていくので
あった・・・・・・。





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