なかったことにしてください  memo  work  clap




 7月の照り返す太陽の下に、球児たちの声が響く。球場前に付けられたバスから、続々と
メンバーが降り立った。
「いよいよですね、アユ先輩!」
「うん。絶対勝つよ、今日は」
「アユ先輩なら楽勝ですって!三振ショー見せてください!」
「・・・・・・がんばるけど、楽勝じゃないよ。そんな気持ちにはなれない。でも、へたれて陽斗
にマウント譲るようなことだけはしないからね!」
歩は陽斗に向けてガッツポーズを見せる。その拳に自分の拳をぶつけて陽斗も頷いた。
「交代要員はいますから、ダメになったらいつでも言ってください」
「言ってくれるじゃん」
「・・・・・・でも、俺は、やっぱりアユ先輩がマウンドでバシバシ三振取るのみたいっす」
「うん。がんばる」
歩は少し笑って、陽斗を見上げる。心が通じているような、二人の仲は少しずつ近づいて
いるようなそんな錯覚すらした。
 昂揚して思わず口を滑らせそうな気持ちをぐっと噛み締めて陽斗は歩の隣を歩く。
しかし2人きりの甘いムードをぶち壊したのは、やはり陽斗の天敵だった。
「歩!」
仲良くロッカールームへと歩く2人の後を、颯太の声が飛んでくる。
 陽斗が振り返ると、不機嫌そうな颯太の顔が飛び込んできた。
「颯太先輩」
「朝っぱらから、熱いんだよお前ら」
「そう言う先輩だってこの間に入りたいんでしょ?」
颯太への挑発も今ではすっかり慣れた。陽斗は不敵な顔で颯太を見上げる。
「気持ち悪いこと言うなって。お前らの青春ゴッコに巻き込むな」
あくまで歩への気持ちには白を切るつもりでいる颯太は、陽斗の挑発には乗るつもりはない
ようで、直ぐに歩へと視線を移した。
「颯太、何?」
「今日の配球、一応打ち合わせしとこうと思って」
「ああ、うん」
歩は颯太を見上げると、一呼吸考えて頷いた。
「颯太に任せるよ。相手高校のデータないし、様子見ていこう。基本は直球で?」
「そうだな。気を抜いてもいい相手じゃないけど、難しい相手でもないだろうから」
2人がバッテリーの会話を始めると、陽斗は急に疎外感を感じ始める。あからさまな牽制は
絶対にしてこないくせに、颯太はこうやって歩と2人きりの空間を上手く作って、さりげなく
そこから陽斗を弾き飛ばすのだ。
 一直線の陽斗にネチネチの颯太。まるでマウンド上のプレーと同じような性格の2人だが
その2人とも、当の本人――歩へのストライクは決まってない。
 陽斗は面白くない気持ちだが、今日の試合の話になれば、ここで口を出すわけにも行かず
2人の会話を大人しく隣で聞いた。
「スライダーの調子は?俺から見る分には結構いい感じに見えたけど」
「朝の練習はまあまあだったかなあ。颯太がいい感じに見えたってことは、多分調子はいい
はずだよ。大丈夫、俺、颯太のリード信頼してるから。颯太の構えたところに絶対投げる」
「歩は逆球が少ないから、安心してミット構えられるからな」
颯太はニヤリと笑って、急に陽斗を振り返った。
「なっ」
「・・・・・・どうせ俺はコントロールが悪いですよ!アユ先輩に比べて!」
「そんなこと誰も言ってないぜ?お前もコントロールはいい方だと思うってせっかく言って
やろうと思ったのに」
ニヤニヤ笑う颯太に、陽斗は口を尖らせた。
 この人はホントに絡みづらい。
陽斗と颯太に挟まれた歩がそんな2人の様子を見かねて、思わず口を出す。
「まあまあ、2人とも。陽斗はスピードで捩じ伏せる球投げるし、ちょっとくらい外れても
バッターが振っちゃうから、気にしなくてもいいって」
「アユ先輩、それ全然フォローになってないっす・・・・・・」
「あれ、そうかな」
颯太の馬鹿笑いと、陽斗の引きつり笑いの間で、歩はぽかんと口を開いていた。
青年達の頭上は、晴天。光り輝く太陽が3人を照らす。




「湧井」
バスから降りた湧井は、そこで呼び止められた。振り返れば担任の藤木――部活の顧問が
ひどく真面目な顔をして後ろを歩いていた。
「先生?・・・・・・なんすか」
「なんすか、はないだろ。どうだ?」
「・・・・・・気分はいいですよ。いよいよ始まるんだなって感じで」
湧井は青空目掛けて伸びをする。
 いよいよ、豊山南高校の戦いが始まろうとしているのだ。
「今年で最後だから、気合の入り方も違うんだろうな、お前達3年は」
「そりゃあそうですよ」
「・・・・・・すまんな」
「何がですか」
「うちの高校がもっと金持ちで、監督を別に雇えるくらいの余裕があれば、お前達も、もっと
楽に出来ただろうから。俺は「野球部の監督」としたら、ただの素人だし、指導の経験も
少ないからさ」
湧井はその言葉に首を振った。
「ジョーダン。藤木センセじゃなかったら、ここまで好き勝手させてもらえなかったもん。
俺、誰かに命令されるとテンション下がる性質だから」
「お前らが入部したとき、『試合に絶対勝つから、練習メニューは自分達で組ませてくれ』
って言われて、俺は馬鹿にされた気分だったけどな。・・・・・・でも、実際やらしてみて、結果
出すお前達に感心したわ」
「でしょ?」
湧井が嬉しそうに笑う。そこをすかさず藤木が突っ込んだ。
「ずば抜けた野球センス、冷静な判断、集中力、野球にかける情熱。どれをとっても湧井は
一品だ・・・・・・それを、もう少し英語の能力に反映してくれたらなあ・・・・・・」
「先生、それを今言うん?」
「そりゃそうさ、担任として、英語教諭としてお前をみれば、湧井なんて落ちこぼれも
いいとこなんだぞ!」
「でも、この前のテスト、ギリギリで赤点免れたっしょ!」
二ヒヒと子どもの笑いになって湧井は藤木に反論した。
「おいおい、それで満足するなよ。・・・・・・大会終わったら、みっちり補習してやるからな!
特に湧井と海野は」
「げえっ」
潰れた蛙のような声を出すと、藤木は湧井の背中を押した。
「・・・・・・でも、今日は全部忘れろ。がんばれよ。俺はベンチで俺の仕事をする。お前は
お前の仕事しろ」
「・・・・・・ウイッス!」
そう言って湧井は拳を握り締めた。







 試合開始直後。一回の表、いきなりスタンドが沸いた。
オーラ全開で歩がマウンドに立つと、そこから3者連続の3奪三振を奪ったのだ。球のキレ
スピード、コントロール、まずまずの立ち上がりに、颯太も手ごたえを感じているようで
アウトを重ねる度、気合の篭った声がグランドに響いた。
 スリーアウトで交代になると、彰吾はライトの守備位置からベンチに戻りながら、ライト
側応援席を仰ぎ見た。
応援団、ブラスバンドの女子、そしてちらほらと豊山南の生徒もいた。
1学期の期末テストが終わったから午前中で授業は終わる。それで駆けつけてくれたのだ
ろう。彰吾の馴染みの顔もあった。その彼らがマウンド上のピッチャーを指差しながら、
不思議そうに顔を傾けている。

"あれって、ホントにうちのクラスの宝田?"
"別人じゃん"
"すごーい、あの子ってあんなにかっこよかったっけ?"
"可愛いよね!ファンになりそう!"

好き勝手言うギャラリーに彰吾は苦笑いを浮かべる。
「あのオーラを四六時中出し続ければ、歩も相当モテるはずなのに」
どうせ試合が終わって、明日学校に行けば、がっかりされるだけだ。歩という人間は、
そういう人種なのだから仕方がない。
 それを気にしないところや、モテたいとか女の子を意識したりとか、取り巻き全てに
興味がないところが、彰吾は逆に好感を持ってしまう。
 純粋な野球小僧。歩はただ投げたくて、ただ野球が好きであそこに立っている。だから
あんなオーラが出せるんだろう。
 周りの評価なんてどうでもいい、野球がしたい。その思いがあるから自分も歩について
いける。歩の後ろをちゃんと守っていようと思うんだと、彰吾は思った。
 歩がベンチに歩き出すと、ライトスタンドから黄色い歓声があがった。
「すげえだろ俺等のエース。お前ら、知らんかっただろ!」
振り向くといつの間にか、彰吾の隣を湧井が歩いていた。ベンチに向かいながら、湧井は
上機嫌で呟いている。
「明日には一般人ですよ」
「試合の中だけでいいんだよ、あいつは。それでこそ力を発揮できるんだから」
湧井はベンチに向かう歩の背中を見つめながらほくそ笑んだ。





「アユ先輩っ!くぉーっ!カッコイイ!最高!」
歩が三振を取る度、ベンチの中で陽斗が叫ぶ。
「落ち着け、山下」
「だって!だって!」
歩のピッチングは芸術的だ。ミットに吸い込まれるように綺麗にボールが収まっていく。
 こんな風に興奮してピッチャーを見るのは陽斗にとって歩が始めてだ。ましてや同じ
ベンチの中で、自分は試合にも出られない状況なのに、陽斗は少しも悔しさがない。
 自分も試合で投げたい気持ちははっきりとあるのに、歩のピッチングを前にすると、自分
のピッチングよりも、歩の姿を見ていたいと思ってしまうのだ。
 彼に惚れている。歩の人間性、そして歩の野球に対する姿勢。全てに惚れていると陽斗
は思った。
 あの人を手に入れるには、どうしたらいいんだろう。どうしたら自分の気持ちが届くんだ
ろう。想いが通じたとき、どうなるんだろう・・・・・・。





 試合は一方的な展開になった。海野の兄が見たら「相手チーム、4年前のウチを見てる
みたいだ」と言い出しそうな状況になっている。
 6回を終えた時点で8対0。次の回を抑えたら、コールドゲームになる。7回のマウンドに
向かう歩に陽斗はベンチから声を掛けた。
「アユ先輩、あと1イニング!」
「点さえ取られなければ、だけどね」
「アユ先輩なら絶対大丈夫」
「その気持ちではいくつもりだよ」
ベンチの前で湧井が声を上げた。
「・・・・・・お前ら、これで決めるぞ!」
「ウッス!」
気合の篭ったナインの返事が響く。けして楽勝ムードが漂っていても誰もが気を抜いたり
しない。
 最後の一球まで勝負の行方は分らないということは、彼らが一番知ってることだ。
野球の神様は真剣勝負を捨てない方に微笑むということを。
「後、アウト3つ!全力で行く!」
ナインは一斉にグランドに駆け出していった。






「アユ先輩、ホント最高でした!」
終わってみれば11奪三振の好投で、打たれたヒットはたったの2本。格下相手とは言え、十分
な結果が付いてきていた。
 初戦にしてはまずまずの結果だと歩自身も今日の結果には満足しているようで、陽斗に
迎え入れられて、球場から学校に戻ってきても顔はニコニコ笑ったままだった。
 部室での軽いミーティングが終わり、部員は続々と帰り始めている。試合後はキャッチ
ボールとストレッチだけで練習は切り上げになった。
 身体を休めて、また明日からの練習に励まなければならない。次の試合は4日後だ。
「でも今日は今日。これで終わり。明日からはまた気合入れなおさないとね」
「アユ先輩なら、2回戦だって余裕で行けますよ!」
「余裕なんて思ったこと、今までに一度もないよ。陽斗もそうだと思うけど、マウンドに
上がれば真剣勝負だもんね」
歩はそういいながら陽斗と共に部室を出ると、駅まで一緒に歩き始めた。
 今日は邪魔者の颯太もいない。陽斗は久しぶりの2人きりの道のりを噛み締めながら歩む。
脳から幸せなオーラが零れ落ちそうなほど顔が緩んで、陽斗は小さく何度も拳を握った。
 そんな陽斗の気持ちなど歩には勿論届いてないのだが、歩は少しだけ顔を曇らせて言った。
「ねえ、陽斗」
「何すか」
「・・・・・・陽斗だって本当は投げたいでしょ」
「え?」
歩は申し訳なさそうな顔で陽斗を見上げる。
「俺ね、この前のT高の試合見て思ったんだよ。マウンドで人が投げてるのみると、無性に
自分も投げたくなるって。あの試合で陽斗が苦しそうになってたとき、俺に代わりを投げ
させてくれって、監督に何度言いそうになったか。マウンドって特別なんだよ。俺達
ピッチャーにとってさ」
「・・・・・・」
「で、いざ自分がマウンドに立つと、絶対誰にもこの場所は譲らないって思っちゃうんだ
よね」
「エースの性ですね。中学の時はそう思ってました。自分より凄いピッチャーが間近に
いなかったから・・・・・・。でも今は、アユ先輩の方が絶対凄いピッチャーだし、俺、アユ先輩
が投げてるの見るの好きです。めっちゃ痺れます。もし自分が投げててダメになっても
アユ先輩に交代するなら、俺マウンド素直に譲れますよ」
「ありがと。でも、ホントにそうかな。初めからこの回から交代って分ってれば別だけど、
俺、陽斗でも自分の失敗でマウンド譲るなんて絶対いやだけどな」
その気持ちは陽斗にも分かる。自分だって中学の時、そう言う思いがあった。自分の失敗
の所為で後輩にマウンドを譲ったときの屈辱はなかなか消えるものではなかったから。
「大丈夫ですって!アユ先輩がそんな失敗するわけないですもん。もし、途中で歯車狂った
としても、絶対自分で立て直せますって」
「そうかなあ。陽斗ってなんでそんなに俺のこと持ち上げてくれるの?」
「だって、俺、アユ先輩の事めちゃめちゃ尊敬してて、めちゃめちゃ好きですから!」
陽斗は歩を見下ろして力強く言った。
「好き・・・?」
「はい」
歩が不信そうに陽斗を見る。そんなことが根拠で、自分にマウンドを委ねてもいいと、陽斗
は本気で思っているのだろうか。
 その「好き」の本質を歩は知らない。
「そうなの?」
「何回も言ってるじゃないですか!アユ先輩に惚れてここに来たって。すっごい好きなん
です、アユ先輩が!」
力説して告白した陽斗に、歩の顔が緩む。ほんのりと頬を赤らめて、歩も頷いた。
「ありがと。・・・・・・俺も、陽斗の事、好きだよ」
ポリポリと頬を掻きながら、歩は笑う。
「ほ、ホントですか!!」
「うん、好きだよ、だって・・・・・・」
嬉しさの余り、陽斗は思わず歩に飛びついていた。3ヶ月間言い続けてきた思いがやっと
通じたらしい。
「ホントにホントに!俺、ホントにめっちゃ好きなんです!」
 振り向いてくれた。自分の気持ちに歩も答えてくれた。
颯太先輩に勝った・・・・・・!
肩を抱き寄せると、歩の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「痛てて・・・苦しいよ、陽斗!」
陽斗は歩を抱き上げそうな勢いだ。
「だって・・・だって・・・」
こんな嬉しい事、夢じゃないんだろうか。真逆、自分の思いが通じるとは。
 全然伝わってないと思ってたから。鈍感な歩には一生掛かっても伝わらないと思ってたから。
陽斗の思いは暴走して、1人で絶好調に盛り上がっている。
 だけど、そこには大きな落とし穴がちゃんとあったのだ。陽斗は全く気づいていない歩の
何気ない一言。

"だって・・・・・・陽斗って大きい弟っていうか、うちの犬みたいで可愛いからさ"

あまりにはしゃぐ陽斗には、歩の言葉の続きなど届いてないようだった。陽斗の「愛の告白」
を歩はそうとは捕らえていなかったのだ。
 友情、尊敬?歩の中の言葉で置き換えればそんなものだ。
 この誤解が後にとんでもない事態を引き起こすなんて、今の陽斗には想像もつかないだろう。
 この時点で、陽斗はとにかく1人で勝手に幸せになってしまったのだ。



俺、両思いになったっ!やっと、やっと手に入れたっ!



2人は本当に両思いになった・・・・・・・・・のか?





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