なかったことにしてください  memo  work  clap




 黒田が玄関の鍵を開けると、むわっとした空気が押し寄せた。
蝉のけたたましい鳴き声に裏庭からは犬の鳴き声が聞こえる。家の中には人の気配が
なかった。
「誰もいないの?」
「みんな出掛けてる」
「そっか。久しぶりにおばさんにも会いたかったのに。夕方には帰って来る?」
黒田の母親は、黒田に全く似てない性格と形容の持ち主だ。豪快なしゃべりで湧井とは何故か
気が合う。自分の母だったらいいのにとは思わないけれど、知り合いのおばちゃんとしては
湧井の中では3本の指には入るくらい気に入っている。
「俺以外、みんな親の実家。誰も帰って来ない」
「え?」
「お盆休みだから帰省してる」
黒田は玄関で靴を脱ぎながら、湧井を中へと促した。
 黒田には小学生だか中学生に弟と妹が1人ずついるはずだ。湧井が中学の頃に数回会った
記憶があるが、2人ともやっぱり黒田には似てなかった気がする。
 黒田は父親似なのかもと、湧井はどうでもいいことを思いながら黒田の後について部屋に
上がった。


 黒田の部屋には昔から動物がいる。中学の頃はわりと頻繁に黒田の部屋に遊びに来ていた
湧井は懐かしみながら黒田の部屋を見渡した。
 中学時代にはなかったテレビや家具。無機質な中に水槽やらケージが置いてあるのは昔
と変わりはしない。
「・・・・・・あれ、魚はやめたのか。熱帯魚」
「弟の部屋にいる」
「んで、今はこのネズミ?」
湧井が指差した先には別々のケージに入った2匹の小さなハムスターがキュッキュと小さな
鳴き声をあげていた。
 黒田は動物が好きらしい。黒田がというより、黒田一家全員が動物好きなのかもしれない
のだが、犬やら猫やら黒田の家にはペットがやたらといるのだ。
 海野が
「黒田はペットと会話するのが趣味らしい」
と冗談めいて言っていたが、それを想像するとおかしくて堪らなくなった。
「ジャンガリアン」
「ん?」
「ネズミじゃない。正確にはジャンガリアンハムスターだ」
「ハムスター?ネズミだろ」
湧井はゲージの隅を指でトントンと叩いた。ハムスターはそれに驚いて一匹は近づいてきて、
もう一匹は隅の方に隠れてしまった。
 こんな小さな生き物、湧井なら捻り潰してしまいそうだ。
「んで、名前は?」
「ん?」
「ハムスター、名前ついてんだろ?」
「・・・・・・『ワクイ』と『ヤマト』」
「はあ?!」
湧井が大声をだして振り返った所為で、ハムスター達がまたキュッキュと鳴いた。
「冗談」
「くーろーだぁ!」
黒田はしれっと真顔で否定した。
 湧井は瞬間、二匹のペットに「ワクイ」「ヤマト」と話しかけてる黒田は想像して身震い
してしまった。
「そう言う顔で冗談言うな、バカ。心臓に悪いだろ」
「本当はそうしたかった」
「アホか!」
恥ずかしくなって黒田から顔を逸らすと、黒田は湧井の後ろに並んでハムスターを覗き込んで
きた。
「・・・・・・こっちの影に隠れて、いるのかいないのかわからないのが『エース』。好奇心旺盛
の方が『ルーキー』」
「うちのピッチャー達じゃねえか」
「こっちの方が先だけど」
湧井は二匹のハムスターを見下ろしながら、歩と陽斗を思い浮かべた。よく考えれば2人とも
可愛いハムスターみたいな気がしてくる。
「あいつら、来年大丈夫かな」
「大丈夫だ、きっと」
湧井も黒田もこの2人がどんな関係になっているのか知らない。決勝戦以来会ってないのだ。
「・・・・・・」
思い出して、湧井はまた少し胸が痛んだ。



「湧井」
ふと、背中に生暖かい感触を感じて湧井は固まった。
「!?」
湧井はそのまま後ろから黒田に抱きすくめられる。黒田は湧井の耳元に唇を寄せて低音で
囁いた。
「今は俺の事だけ考えろよ」
「黒、だ・・・・・・?」
耳たぶを舐められるくらい声が近い。冷房で一気に冷やされた身体が張り付いて、黒田の
体温がやけに熱く感じた。
 腰に手を回されて、先ほどの感覚が一気に戻ってくる。


俺、部室で黒田とキスしたんだった・・・・・・。


けして華奢ではない身体のはずなのに、黒田の巨体の前では自分の身体は細くて脆く
見えてしまう。
 黒田に回された腕に力強く引っ張られて湧井は黒田のベッドにひっくり返っていた。
「ちょ、ちょっと・・・黒田!?」
「うちに来たってことは、そういうこと覚悟してきたんじゃないの?」
「!?」
黒田を見上げて、湧井は自分が何も考えていなかったことに気づいた。
どこの乙女だ、俺は。
自分の迂闊さに恥ずかしくなる。さっきまで黒田と何してたんだ。カマ掛けられて告白させ
られて、しかも黒田は自分も好きだといっているのだ。
 奪われた唇の感覚はあっという間に戻ってきてぞわぞわと身体が震えた。
これでノコノコ部屋に付いて来ておいて、そんなつもりなかったなんて、どの口が言える?
純粋で可憐な乙女ならまだしも、自分達はお盛んな高校生男児だ。
 黒田が続きを欲しても何の不思議もない。
 それでも、湧井は釈然としない思いが未だに心の中を駆け巡っている。
「・・・・・・お前さ、ホントに俺でいいわけ?俺なんかとどうこうなっても、何のメリットも
ない」
「好き嫌いにメリットもデメリットもないだろう」
「それはそうだけど・・・・・・俺、正直お前の気持ちが未だに信じられない。ホントに俺の事
・・・・・・好きなのか?」
「口で言っても分らないなら、体に叩き込んでやるよ」
「そ、それ!俺の野球の口癖だろ!」
「同じだ」
黒田は湧井の肩をベッドに押し付けると、湧井の上に覆いかぶさった。
「や・・・黒・・・んんっ」
湧井がしゃべりだす前に黒田は湧井の唇を塞いだ。
 それだけでビリリと脳が痺れだす。3度目のキスは容赦なかった。



「はっ・・・ふっ・・・」
キスで唇を塞がれているうちに、気がつけば黒田の手は湧井のジャージを引き摺り下ろそうと
している。湧井はトランクスの上から股間を握られて腰が反りあがってしまった。
「んんっ!?」
驚いて黒田を見ても黒田の手は止まる事は無い。それどころか湧井の反応を楽しむように
更に力を込めて握り締めた。
「んんっ・・・はうぅ・・・・・・黒田ぁ・・・」
握り締められた股間が堅く膨れ上がっていくのが自分でも分る。他人から受けたことの無い
刺激に、湧井は過剰に反応した。
 もがいて首を振ると黒田と唇が離れる。てろっとした水滴が自分と黒田の間で糸を吐き、
湧井のTシャツに零れ落ちた。
「やめろってぇ・・・・・・ああっ」
「湧井、初めて?」
「・・・・・・そうだよ、悪いかよ。男も女も誰とも経験ないんだよ、こんなこと!」
顔を赤く染めて湧井は黒田に食って掛かる。
「悪くない。純粋なのが湧井のいいとこだ」
「なっ・・・」
黒田の言葉にパクパクと金魚みたいに口を動かして唖然とする湧井に、黒田は平然として
次の行動に出る。
 湧井のTシャツの中に手を突っ込むと黒田は一気にTシャツも脱がせにかかった。
 なすがまま、湧井は黒田の手でTシャツを剥ぎ取られ、トランクス1枚でベッドの上に仰向け
になっていた。
 湧井の腹筋は綺麗だ。部室で着替えてる時もよく皆に言われた。湧井自信、自慢して後輩に
触らせて遊んだ事もある。
「綺麗だな」
けれど、今のこの黒田の言葉は単純に自分の筋肉を褒めているのではないことくらい湧井に
だって分る。
 含まれた色に湧井はゾクっと身体が揺れた。
 黒田は手を伸ばすと、湧井の腹筋を指でなぞる。くすぐったくて湧井は小さな声を上げた。
「ちょっ、やめっ・・・」
腹筋のあたりを撫でた指はそのまま上に這い上がって、湧井の小さな突起物を弾く。
「んっ!」
両腕で身体を隠そうとすると黒田は湧井の腕を凄い力で頭の上にねじ上げて、それを片手で
押さえつけた。
「やめろって・・・!ああっ」
黒田は湧井の上に覆いかぶさると、今度は顔を近づけて突起物を口に含んだ。
 ぷくりと膨れる乳首に毛穴が開いたり閉じたりして、体中がもぞもぞする。
「やだって、ば・・・・・・はあっ」
気持ちいいと気持ち悪いの間を這っているような感覚だ。
 けれど、黒田に身体を吸われる度、自分の股間の強度が増していくのは確かで、腰の辺り
が落ち着かなくなっていく。
 次に触られたら、直ぐにでも爆ぜてしまいそうな気がした。





ぴちゃり、身体の奥の方で水滴が鳴る。かき混ぜられているのは自分の中。
 散々暴れて、黒田に罵声のような悪あがきのような言葉をかけて、最後は受け入れた。
黒田に主導権を握られて、身体をひっくり返されてもこの行為に対する恐怖は捨てきれず
湧井は黒田が自分の中をかき回す度に、身体の外に胃やら心臓やら、汗、涙、あらゆるもの
が飛び出してしまいそうになった。
「はっ・・・はあっ・・・」
 力の抜き具合をやっと見つけて、湧井は肩で呼吸を繰り返す。落ち着いて来たと思うと
黒田はまた腰を動かし始めた。
 ゆっくりとした動きからスピードが上がる。快感よりも痛みが先に来て、湧井の瞳から
涙がにじみ出た。
「いや・・・・・・だ・・・・・・もう、無理だって・・・・・・」
「湧井が泣くの、見たかった」
「!?」
部室でも、黒田はそんなことを言っていた。
「お前・・・・・・悪趣味過ぎっ」
「湧井の泣き顔なんて、滅多に見られないだろう」
「男が・・・簡単に・・・泣けるかっ・・・はうっ」
「だから、余計に泣かせてみたくなる」
「ホントっ・・・最低だっ」
半泣きの顔で黒田を見上げると、黒田の動きが止まった。
「湧井」
「・・・・・・」
「好きだ。ずっと、手に入れたかった。お前の隣で野球やってるだけで幸せだったけど
本当はそれだけじゃ我慢できなかった。湧井は自分の所為で俺の進路捻じ曲げたって言った
けど、俺は俺の意思でここに来た。湧井と一緒に野球する為に。湧井と一緒にいる為に」
「黒田・・・・・・」
「後悔なんてするはずがない。お前が好きだから」
好きだ。
 その単純でストレートな言葉に、6年間の重みがある。一緒に築いた絆。
思いが届くまでの遠く長い道のりも、幸せな時間になる。
黒田の隣が自分でよかったと、湧井は心底そう思った。
「黒田、ありがと」
湧井は黒田の顔を引き寄せて、唇を合わせる。自分から唇を開いて黒田の舌を絡めだした。
 黒田はゆっくりと腰を引く。最大限まで引くと重力に任せるように湧井の中に落ちて、
あとはひたすらそれの繰り返しになった。




 痛みとその向こう側で確実に踊っている快感で湧井の呼吸は乱れる。受け入れられるのは
相手が黒田だからだ。
 黒田以外、こんな無様な格好も、こんな表情も誰にも見せたくない。
「黒田っ・・・」
名前を呼ぶと、黒田は身体を密着させて湧井の唇をぺろりと舐めた。
 きゅうっと心臓が搾り取られるような音を上げて湧井の中で踊る。もうすぐそこまで来て
いる慣れた感覚。
「黒田・・・もう・・・いきそう・・・なんだけど・・・」
その言葉に黒田のピッチが上がった。それを合図に2人の呼吸が激しくなる。自分の中で
大きくなっていく黒田を感じて、湧井はしがみついていた感覚を手放す。
「ああっ・・・いくっ」
「ううっ」
黒田の精液が自分の中に流れ込んでくる。それを受け止めて、湧井の意識は遠のいていった。









 湧井はまどろみの中から微かな音で目を覚ました。
顔を上げてみると黒田の部屋の中でテレビが甲子園の試合の模様を中継しているらしかった。
ぼんやりしながらそれを見つめる。
 丁度試合前らしくキャッチボールをやめてグランドから選手が引き上げてくる所が目に
飛び込んできた。
 自分達の甲子園にかけた夏は終わった。これから目指すものはみんな違う。ばらばらの
方向に進んでいく。彼らもこの試合が終われば自分と同じ道が待っている。夢の終わる時間
が早いか遅いか、それだけの違いだ。
自分はもうこの舞台からは降りてしまったけれど、それは誰もが通る道だ。何時までも
しがみついているわけにはいかない。
一つの夏が終わって、湧井は感傷と新しい時代を手に入れたのだ。
 テレビの中で選手が並び、挨拶を交わす。真剣な眼差しに眩しさを感じるけれど、湧井
はもう振り返らない。


「プレイボール!」


審判の声とサイレンがテレビの中で響いた。
 自分には新しい試合が始まったのだ。黒田との新しい関係。甲子園を目指すよりも複雑
できっと長い試合になりそうな、人生の試合が。
 周りを見渡すと、黒田はすっかり着替えてハムスターに餌をやっているところだった。
「黒田?」
「起きた?」
「うん・・・・・・」
湧井はだるい身体を引き摺り起して、散乱した服をかき集める。Tシャツの袖に腕を通しながら
湧井は頭の中でもう一度審判の声をならした。
『プレイボール』
自分達の試合は始まったばかりだ。






2008/08/19

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