なかったことにしてください  memo  work  clap




 山下陽斗が野球部入部の挨拶で興奮して口走った言葉は
「ピッチャーの宝田先輩に憧れて、追いかけてきました。去年、先輩のフォーム見て一目惚れ
したんです!」
だった。


 言葉にした後、陽斗は直ぐに後悔に苛まれた。周りのメンバーのドン引く姿がありありと
想像できる。
 やっちまった・・・・・・。
陽斗は言い訳の台詞を必死に考えていたが、周りの対応は陽斗の予想を遥かに超えるもの
だった。
「今年は宝田かあ」
「こうやって、また憧れて入ってくるヤツがいると、野球部はどんどん強くなるな」
「山下は中学の県大会でいいとこまでいったんだろ?そういう逸材がうちに来てくれるって
いうのは頼もしいよな」
「はい・・・?」
ぽかんと、口を開けて陽斗は先輩部員を見る。馬鹿にされると思っていたはずなのに、この
先輩部員達は陽斗の台詞を寧ろありがたがっている。
 その疑問を解決してくれたのは3年部員の海野瑞樹(うみの みずき)だった。陽斗よりも
僅かに背の高い浅黒く焼けた彼は、ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべて、陽斗の前に立つと、
豊山南高校の野球部の歴史を簡単に語って聞かせた。

「山下は以前の南高の事知ってる?」
「以前ですか?」
「そう。俺達が入部する―――いや、湧井と黒田が入部する前の南高野球部のこと」
「知りません・・・・・・て言うか南高がこんなに強かった事も知りませんでした」
陽斗は豊山南高のある市の出身者ではない。高校の名前くらいは聞いたことあるが、この
高校の特色は勿論、野球部が強かったことすら知らなかったのだ。
「元から強かったわけじゃないよ。少なくとも俺の兄貴が野球部にいた4年前までは、毎年
地方予選1回戦負けだったんだから」
「そうなんですか!?」
陽斗が驚いて回りの部員を見渡すと先輩部員は誇らしげに笑っている。
「何で・・・・・・」
独り言に丁寧に答えたのは、陽斗から一番近くに立っていた2年の青木彰吾(あおきしょうご)
だった。
 彼も、海野以上に黒く焼けた顔をしている。春先なのにこれだけ日に焼けてるのは、地黒
なのか、練習熱心なのか。どちらにしても、少なくとも好青年には見えた。
 青木は真面目そうな顔で陽斗に言った。
「湧井先輩と黒田先輩がこの学校に入学した所為だよ」
今でこそ、間近で2人のプレーを見ている陽斗にとって2人がどれほど凄い選手なのか十分
分っているが、入学当時の陽斗にとって歩以外の豊山南高の選手など皆のっぺらぼうみたい
な存在だったのだ。
 2人の名前を出されても、陽斗にはぴんと来ない。
「はあ・・・・・・そうなんですか?」
「知らないの?!」
青木に逆に驚かれて、陽斗は曖昧に笑う。
「湧井先輩と黒田先輩といえば、中学県大会優勝に導いた天才二遊間だぞ!?」
そういえば・・・・・・
 去年の夏の大会で、華麗なゲッツーを見た気がする。気がする程度にしか心に残ってない
のは、それ以上に歩に釘付けになっていた所為だ。
 歩のピッチングの前では完全に彼らのプレーなど霞んでいた。
 海野瑞樹は苦笑いを浮かべながら青木の後を次いで話を続けた。
「俺は元々、豊山南は地元だったから入学したんだけどさ、湧井と黒田は、何故だか突然
この学校に入ってきた。強豪の誘いを断ったなんて噂まであるんだぜ?」
自分と同じような境遇だ、と陽斗は思う。だけど、自分は歩という存在があったからで、
この2人の奇特な先輩はそうではないはずだ。
 陽斗は湧井と黒田を横目で見た。湧井はニヤニヤ笑って黒田は無表情のまま海野を見ている。
2人とも性格は違えど、全く心が読めないタイプに見えた。
「弱いチームを強豪にして甲子園に出るのが夢なんだ」
湧井は陽斗の視線に気づくと、高飛車な態度で言う。
「お前なあ・・・」
海野がそれを呆れながら受け流すが、事実彼らが進学してから野球部は変わった。
「な?なんだか、よく、わかんないだろ。湧井の考えてる事」
「俺はカッコイイと思いますけど」
陽斗のフォローに海野はまた呆れる。
「・・・・・・まあ、そのへんの事情は未だによくわからん。直ぐこうやってはぐらかすし。でも
湧井と黒田が豊山南に入学するって知って、ココに入ったやつもいるんだぜ」
海野は3年の野球部員を振り返ると、何人かが照れたように笑った。
 根っからの野球馬鹿みたいなやつらだ。海野は懐かしむような顔になる。
「俺達が1年の時なんて野球部存続の危機くらい人がいなくてさ、入部して経験者なら即
レギュラーくらいの勢いだった。3年が2人と2年が3人しかいなかったんだから」
今の部員の数を見るとにわかに信じられない。
「始めはそこそこ苦労もしたけど、俺達は確実に強くなった・・・・・・らしいよ。万年1回戦負け
の南高が初めて4回戦まで行ったんだからさ」
「流石にその年は、4回戦までが限界だったけどな」
他の3年が口をだす。そこに湧井が割って入った。
「あれは、対戦相手が悪かったんだよ。K高じゃなければ・・・あいつじゃなければ余裕で
勝ってたぜ」
「K高には因縁のライバルがいるんだ」
海野がぼそっと付け足す。
「あんなアホがライバルなわけないやろ」
目ざとく湧井が突っ込むと、隣の黒田も頷いた。
「・・・・・・でもK高は今年も強い」
途端、回りがざわめく。
「黒田がしゃべった・・・・・・」
「神が口を利いた!」
どよめきに、陽斗が圧倒される。
「なんだあ・・・?」
「お前らなあ・・・・・・。クララが立ったわけじゃないんだから。黒田だってしゃべるって」
「瑞樹は不思議なお友達だから、テレパシーでしゃべってるんだろうけど、俺達にとって
は貴重なんだよ!」
海野はげんなりして、部員の話を無視した。
 どうも、黒田という人物は部員の中でも異質な人間らしい。陽斗は部活内で上手くやって
いくための処世術として、湧井と黒田、そして目の前の海野という3人の先輩の性格を
いち早く掴む必要があると思った。
「とにかく。この2人が入ってきたことによって、うちの野球部は変わった。そこにきて、
コイツだよ」
やっと長いフリが終わって、海野は歩を指差した。群集に埋もれて消えかけていた存在が
急に顔を現す。確かに今までずっとそこにいたはずなのに、こんなに惚れこんでいる陽斗
ですら存在を忘れかけていた。
「俺?」
歩は今までの話を聞いていたのかさっぱりわからない顔で首をかしげる。
「そう。お前、なんでうちの高校入ったの?」
「湧井先輩と黒田先輩に惚れ込んで、追いかけてきました」
歩は何でもなさそうな口調で言うと、陽斗は絶句した。
 海野は「どう?」という表情を浮かべる。
「うちの野球部はね、湧井と黒田に憧れて集まってきたようなチームなんだよ。それで、
その2人に憧れて入った宝田に、また山下が惚れて入って・・・・・・。強いチームはそうやって
人が集まるんだって」
自分の発言に驚かない先輩の神経に陽斗は納得した。でも、陽斗は同時に口に出せない一言
を心の中で呟いた。

(憧れてって・・・・・・惚れこんでって・・・・・・多分、俺の思ってる意味と違うんだけど・・・ま、いっか)





 6月。
熱くなる日差しを急転するような土砂降りの雨。湿気だけが身体にまとわり付いて、じとじと
と気持ちが悪い。
 この季節、歩はくせっ毛の髪の毛が耳の後ろでカールしていくのが痒くて、気になって
仕方ないらしい。今日も何度か、髪の毛に手をかけながら雨の部活メニューをこなしている。
 梅雨がやってくると野球部の練習は室内の筋トレや素振りなど、個人練習が主なメニュー
になってしまう。
 私立の設備の整った学校ではないので、室内の練習場など持ち合わせていないのだ。
 それはどの部活も同じで、屋外組みは雨の日になると教室の廊下や階段などを使って
ダッシュやら筋トレやらを、所狭しとやっていた。
 野球部の面々は3階廊下に集まると、いつものようにストレッチから始める。陽斗も歩と
組んで開脚をしてた。
「先輩、前から思ってたけど身体硬いっすね」
「そうかなあ?日常生活に困らないくらいの柔軟はあると思うよ」
「・・・・・・スポーツ選手の身体じゃないくらい硬いです」
歩は床に座り、両足を広げられるだけ開脚して手を前に出すが、掌が床に辛うじて付く
程度の柔軟しか持ち合わせていないらしい。
 陽斗は歩の背中に手を添えると力を加えて押した。
「痛いっ・・・陽斗、もっと優しく!ゆっくりやってよ!」
「こういうのは、始めに一気にいけるトコまで無理矢理にでもやっちゃった方がいいんです
って。細かい筋切れたって、直ぐに戻りますから」
「恐ろしいこというなよ」
「痛いのは初めだけですよ。あとは気持ちよくなりますから」
「うぐぅっ」
「ほら、こんなにいけるじゃないですか」
「痛い・・・痛いって・・・陽斗、離して」
「あとちょっと。ほら、息吐いて・・・」
「ふぅっ・・・う!ぐ!」
歩の身体が少し床に近づく。歩の息遣いに、陽斗は何故だか後ろめたい気分になった。
 触れている背中も急激に色付いて見えるから困る。この細い身体を抱きしめたら、どんな
気分になるんだろう。
 先輩、いい匂いとかするんじゃないのか・・・?

疚しさ満点の心で、陽斗の意識が白昼夢に囚われそうになっていたその時、いきなりそれを
さえぎる声がした。
「・・・・・・なんか、お前らの会話、やらしいな」
隣で黒田と組んでいた湧井が、突っ込んでくる。
(!?)
心を見透かされた気分で、心臓が踊りだす。見れば湧井はニタ付いていた。
「エロい会話やな!」
(!!!)
湧井も黒田に背中を押されて開脚をしているのだが、床までべたりと身体が張り付いて、
黒田は背中に手を乗せているだけだ。
「ぐっ・・・陽斗、痛い!限界!・・・って、はい?」
苦痛で歯を食いしばりながら歩が湧井を見る。
「なあ、黒田もっ、そう思うやろ?」
対照的に湧井は息一つ乱さず言った。
「・・・・・・そうかな」
黒田の呟きは殆ど聞こえない。
「やらしいわあ」
「先輩?!」
陽斗も驚いて歩を押す手の力を緩める。歩は力開放されて、妖しい声を上げた。
「はあんっ」
「うは。なんだ、それは」
ゲラゲラと笑い出す湧井に陽斗が恨めしそうな顔で牽制する。どうも、この先輩にはかなり
初期の段階で、自分が本気で歩に惚れていることを見抜かれているらしい。



ぽつぽつとしゃべりながらストレッチをこなしていくと、ふと湧井が真面目な顔に切り替えて
歩たちに言った。
「ところで、来週のT高との試合なんだけどさ」
湧井は黒田と交代すると、今度は黒田の背中を押し始める。歩も陽斗に仕返しとばかりに
強めにストレッチを施すが、陽斗のしなやかな身体には心地よい痛みでしかない。
「軟体動物みたい」
「先輩が硬いの。毎日風呂上りに柔軟したほうがいいっすよ。・・・って来週のT高ですよね?」
「・・・・・・山下ってさ、T高の誘い蹴ってウチに来たんだって?」
「誰がそんなこと!?」
「そういう噂があるの。どうなの?」
「陽斗ホントなの?何で、何で?!・・・・・・勿体無いなあ」
歩も興味があるらしく話題に乗っかってくる。陽斗は背中にある歩の掌から急激に熱を
奪われていくような苦しい気持ちになった。
 この人さえいなければ今頃確実にT高に通ってたはずだ。自分の人生を狂わせてくれた人。
その凄さを本人にはどんなに伝えようが、全然伝わっていないみたいだけど。
「まあ、軽くですけど、来ないか?みたいなことは言われた事ありますよ。本気だったのか
どうかは分りませんけどね」
「ふうん、やっぱりそうなんだ」
「えー、何で何で?なんで、陽斗うちに来たの?」
にや付く湧井を尻目に、陽斗は真面目腐った口調で言った。
「そりゃあ、何度も言ってるじゃないですか。アユ先輩に一目惚れしたからって」
「はうん?」
「間延びした返事しないでくださいよ。俺の愛の告白なのに」
天然になんて負けるもんか、陽斗は歩を困らせようと更に愛の告白とやらを続ける。
「一目みて、俺のハートを鷲掴みにしたんですよ、アユ先輩は。罪な人だ」
芝居がかった台詞に歩は素で答える。
「俺の球にそんなに惚れてくれたんだ。・・・・・・陽斗って、野球が大好きなんだなあ」
「・・・・・・」
「話、戻していい?」
「・・・・・・ハイ」
苦笑いの湧井に、陽斗の顔が赤くなった。
「お前さあ、T高の試合、投げてみない?」
「え?」
「監督には俺から言ってやるからさ」
「投げさしてもらえるんですか!?」
「・・・・・・実はさ、T高の試合でタカラを出したくないんだ」
「そうなんですか」
「相手は確実にうちのデータ取りに来るわけだし。夏のデータ取られたくないっていうの
が正直なところなんだけど・・・」
この時期の練習試合には大きな意味がある。チームの仕上がり具合を確かめるのもあるし、
相手校の実力をリサーチするためでもある。既にチームが出来上がっているであろうT高に
とって、練習試合のウエートは後者の方が重いに違いない。
「まあ、そんな思惑もあるんだけど、正直山下がどこまでやれるのか見てみたいって言うのが
3年全員と監督の気持ち。どう?やる気ある?」
そう振られて、陽斗はじわじわと胸が熱くなる気がした。所詮自分だって野球馬鹿だ。
「あ、あります!」
「T高にはさ、逃がした魚はでかかったって、思い知らせてやろうぜ」
「・・・・・・はい!」
「すごいじゃん、陽斗。初登板」
「はい!」
自分の実力が歩の前で見せられる。陽斗はその思いで心が躍った。かっこいいところを見せて
歩にも自分と同じ気持ちにさせてみたい、そんな下心満載で陽斗はニヤニヤ顔が止まらない。
 その後の展開まで妄想して、身体まで熱くなった。



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