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仮面の告白―再開―



 世の中の人間は、楽しいか楽しくないかの二種類しかない。
でも、僕の知っている人間の多くは楽しくない種類の方で、楽しい方の人種に出会える
のって、それだけで奇跡なんだと思う。




「なあ・・・・・・」
「・・・・・・」
「アツシ?」
「・・・・・・」
「なんだよ、寝るのかよ?」
体中の体力が奪われるようなダルさの中、眠りに就こうとしている僕の隣で、さっきから
耳元でゴタゴタと話しかけてくるけど、はっきり言ってうるさくて仕方ない。
 終わったんだから、静かに寝かせてよ、っていうか、それくらい分かってよ。毎回の事
なんだから。
 それを口にするのもダルくて、僕は寝返りを打って背を向けた。
「ちょっ・・・オイ!」
なのに、コイツには逆効果だったのか、背中に手を掛けて、無理矢理顔を覗き込もうとして
くるから、腹が立ってその手を叩いた。
「・・・・・・あー!もう、うるさいなあ、散々やりたい放題僕の中で出したんだから、少しは
休ませてよ。疲れてるの!」
振り返って文句を言ってやったら、むっとした顔で反撃してきた。
「なんだよ、終わったらその態度?」
その態度も、どの態度もないだろうに。別に、恋人でもあるまい、なんでお前と睦言で楽し
まなきゃなんないの。
「だって、ただのセフレでしょ!?」
「そうだけど・・・・・・」
そう言ったら、急に声のトーンが下った。
 セフレの言葉に傷つくなって。初めからそういう約束だったでしょ?ウザイなあ。
気持ちが一気に萎えた。
「もう、そういうんだったら、二度としない」
「アツシ・・・・・・」
鬱陶しい。こんな気分になるためにセックスしてんじゃない。元々、テクだってそんなに
よかったわけじゃないけど、後腐れないからセフレになってたのに。
「僕、帰る」
ベッドからだるい身体を引き起こすと、泣きそうな顔は無視してシャワーに向かう。
 彼とも終わりだ。
こんな詰まんないセックス、やるだけ自分の価値を下げる。

 シャワーから出てきても、そこら中に散乱した服をかき集めて着替えているときも、
ベッドの上でぐだぐだ文句を言って来るコイツに、僕は耳を塞いだ。
 こうなったら何を言っても昔のようには遊べない。
「ホテル代、ワリカン。文句無いよね!」
そう言ってテーブルの上に3000円叩きつけると、ホテルを後にした。


 こうして夏休み最後の日は、最悪な気分で終わった。







 奇跡って、早々起きないから、奇跡って言うんだろうけど、僕は生まれてから奇跡だって
思うことに2回、遭遇した。
 一度目は今年の春、高2になったときの事。
新学期を向かえた教室は騒がしく、担任が教室に入ってきた時もクラスは静かにならな
かった。担任は若い男で、新任だった。
 緊張で硬くなっているというより、何を考えているのか分からないような動作で、教卓
の前に立つと、新任教師は教室に向かって、小さく挨拶をした。
 顔を上げて、周りを見渡すその顔と、目が合う。
そこで、僕は目を疑った。
「うっそー!」
思わず叫んだその声で、教室がしん、となる。回りがこっちを注目してるけど、構わずに
にっこり笑って、教室の右隅から僕はその名を呼んでやった。
「名倉センセ!」
クラス中が名倉先生と僕の顔を往復して、やがてざわつきが戻る。
「知り合い?」
隣の席に座っていた笹部が小声で話しかけてくる。その後ろの方から、小さく『愛人』って
声が聞こえたけど、そっちには振り返らなかった。
「うん。中学校で教育実習に来た先生。めちゃんこ、お世話になった。って、笹部、僕と
同じ中学だったよね?覚えてないの?」
「・・・・・・いたか?あんな暗そうな人」
名倉センセは、豆鉄砲食らった鳩みたいな顔をして、僕を凝視した。
先生と会うのは中三の時の教育実習以来だ。先生は連絡先を当然のように教えてくれな
かったし、僕もそれを追いかけるほど暇ではなくなってしまった。なんせ、3年の2学期から
は学年中が受験に向かってまっしぐらってカンジで、僕もそんな空気に押し流されてし
まったから。本当は先生の後を着けて、追いかけたかったんだけど、それも叶わず、中学
を卒業して、高校に入学して、今に至る。
 一年半の時を経て、再び教師と生徒として奇跡の再会を果たしてしまったらしい。
先生、高校の教免も取ったんだ。どういう仕組みなのかわかんないけど、中学校の数学
の免許と高校の数学の免許は同じように取れるって名倉先生が言っていた。
 あの時も、本当は高校の教師になりたいって言ってた気がするし。
夢、叶ってよかったね、センセ。
「名倉センセ!今年もヨロシク」
ニッカリ笑って先生を見つめ返すと、先生は僕から視線を外した。これもまたあの時と全然
変わってない。
このときの胸の高鳴りったら、自分でも驚くほどだった。これを奇跡と呼ばずになんて
言うんだ。運命?赤い糸?どんな名前で呼んだって構わない。関係に名前なんて必要ない。
 退屈だった日が終わる。またあの楽しい追いかけっこの日が始まる。その事実に、心が
浮かれて、顔が緩んだ。
 名倉センセをどうやって困らせようか、そんなことで頭いっぱいになって、僕は上機嫌
で先生を見つめ続けていた。

 そう、僕の花の高2ライフはこうして始まったわけだけど・・・・・・。

 まあ、案の定というか、名倉センセは相変わらず鉄仮面みたいな無表情のダメダメ教師
で、僕のお誘いになんて、さーっぱり乗ってくれない。
 放課後の地歴準備室で(数学の先生は何故だかみんな地歴準備室にいる)名倉先生1人の
所を狙って会いに行っても、手を握るだけで逃げてしまうんだ。
 あんな濃厚なキスまでしたくせに。本当はすごくイヤラシイことだって、好きなくせに。
僕とのキス、あんなに気持ちよさそうにしてたのが、何よりの証拠でしょ?
だけど、知ってる。先生の顔が真っ赤になって照れてるってこと。だから、僕は諦めたり
なんてしない。
あーあ、先生、もっと積極的に求めてくれないかな。先生の為ならなんだってしてあげる
んだけどなあ。
 そのために、日々、先生を喜ばせるテク磨いてるんだから(なんていうのは先生には絶対
に秘密だけど)




奇跡の話。
それで、2度目の奇跡は、まさに今、起きていた。
2学期初の登校日は、夏休み明けのダルさで誰もが死んだ顔をしている。登校してきた
クラスメイトは自分の席に着くなり机に突っ伏した。
 9月に入っても暑さは絶好調で、夏の間クーラーの中で過ごした身体はすぐにバテる。
始業のチャイムが鳴る僅かな時間ですら、クラスの空気はだらけていた。

「みんな、おはよう」
名倉センセが教室に入ってきたのは、始業のチャイムが鳴って直ぐだった。1学期の間で
先生の評価はあっという間に決まり、やっぱりクラスの大半が先生を嘗めていたけど、
高校生にもなって、あからさまに先生をからかう馬鹿もいないから、大体はの学生は「話
を聞いてる振り」をしている。
 だから、新学期が始まって教室に先生が入ってきても、だらけた空気のまま、誰もが、
そこに気を持っていくことはなかった。
「せんせー、だりい。帰ってもいい?」
「まだ、来たばかりでしょう。始業式もまだ済んでないのに」
正面一番前の席の笹部が先生に文句を垂れてるけど、先生はお構いなしに、話を始めた。
「えっと、2学期ですが、転入生がいますので、紹介します。その後で、始業式があるので
体育館に行ってください」
その声に、途端クラスが沸いた。
 この頃の男って、常に刺激を求めてるんだ。僕も人の事は全然言えない。転入生という
ミステリアスな響きに少しだけ胸が高鳴る。
「誰?女?」
「先生、その子可愛い?」
クラスの視線が一気に先生に向く。だけど、その視線をポッキリ折るように先生は答えた。
「理系クラスですよ、ここは」
先生のその言葉に、クラス中の溜息。だけど、僕はひっそりと机の下でガッツポーズをした。
 ぶっちゃけ、僕は男の方が好きだ。遺伝?家系?環境?そんなのは、わかんないけどね。
理由なんてどうでもいい。だけど、ちっちゃい頃から僕はずっと男の子の方が好きだったし、
それが当たり前みたいな家系で育ったし。女の子が苦手ってことはないけど、それ以上に
男の子が好きってだけ。
 理系クラスを選んだのだって、クラスに沢山男がいるから。そんな理由で選んだ進路を
天ちゃん(パパの結婚相手)は「さすがだ」って褒めてくれた。天ちゃんは真性のゲイ
なんだって。
 あー、かっこいい子だといいな。
「なんだよ、男かよー」
「せんせー、女じゃなきゃいりませーん」
「・・・・・・そういうこと言わないで、仲良くしてください」
先生は教室の外に待たせていた転入生に声をかけると、中に入るように促した。


 第一印象は、あれ?って感じ。
 あれ?っていうのは、あれ?なんか、どっかであったことある?っていう意味のあれ。
転入生は、先生よりも落ち着いて挨拶をした。
「有馬優斗です。親の転勤で地方を転々としてましたが、またここに戻ってくることに
なりました。よろしく」
一番前の席の笹部はその顔を覗き込んだ。
「なんだ、ジモティー?」
「ああ、うん。っていっても保育園の時までしか、こっちにいたことないんだけど」
「ふうん。あー、有馬っち、モテそう」
「そうでもないよ」
ありま、ゆうと?
なんだ、この響き。あれ、なんだっけ。
 保育園まで地元・・・・・・っていっても、高校なんて市内中から集まってるんだから、どこ
に住んでたかなんて、わかんないし。
「はい、おしゃべりは、後にして、とりあえず連絡事項があるので、有馬君は後ろの空い
ている席に座ってください」
「はーい」
僕の隣の席か。
 近づいてくるその顔を見て、かっこいい顔だなって思った。それで、僕が見上げて
にっこり笑うと、有馬優斗の顔が固まった。
「・・・っくん」
「え?」
「あっくん!」
「えっと・・・」
「あっくんでしょ!?俺だよ、俺!優斗!覚えてない?『ゆうくん』」
「!?・・・ゆうくんってもしかして、たんぽぽ保育園のゆうくん!?」
「そう!『けっこん』の約束までしたゆうくん!」
静まり返った教室に優斗の声が響いて、みんながぎょっとした顔でこっちを振り返った。
「ゆうくん、あの約束覚えてたんだ・・・」
「忘れるわけないよ!一生の約束って言ったじゃん!」
確かに、あの時、僕は優斗に向かって、結婚すると言った。あれは天ちゃんとパパの所為
なんだけど、あれは、あれで本気だった。
 結果、世の中の厳しさを知って僕は号泣したんだ。
その結婚まで誓った相手が目の前にいる。あの頃、僕よりも小さかった優斗が、こんなにも
でかくなって戻ってくるなんて、やっぱりこれも奇跡なんだと思った。
 あのころ、ゆうくん泣かせて遊んだよな。なのに、なんで結婚するなんて言ったんだろう。
泣かされてばっかりの優斗は、どんなに泣いても僕に立ち向かってきたし。(戦隊モノ
ごっこで、僕はゆうくんを殴りまくってたように思う)
「びっくりしたー。でっかくなったねー」
「あっくんは、まんま、変わってないな!」
感激だー、そういって、優斗は座ったままの僕に思いっきり抱きついてきた。
「ちょ、ちょっとぉ」
さすがの僕もそれには参って、その巨体を必死に剥がしにかかる。クラスの何人かはそれを
ニヤニヤした顔で見てるんだと思う。
 僕の性癖を知っている奴は意外と多いんだ。
優斗は僕から離れる前に、耳元で囁いた。
「ねえ、あの時の約束って、まだ有効なの?」
「ん?」
「『けっこん』の約束」
「ええ!?」
一瞬、引き剥がす僕の腕の力が止まる。ちょ、ちょっと、それって、どういう・・・・・・。

「こら、そこ。早く席に着きなさい」
教卓から名倉先生の声が響いて、時が動き出す。
 優斗は僕から離れると、僕の隣の席に座って、ニシシと笑った。
教卓では、名倉先生が僕の方を向いて、困った顔を浮かべている。
 あ!センセ!今、妬いてた!?ねえ、それって、どういうこと?
 今すぐその意味を確かめたくて、うずうずしちゃうけど、我慢。だってこんなのって、
絶好の駆け引きチャンス。先生の心に火をつけて、焦らせなきゃ。
僕は優斗の方を見て、笑い返した。


 込み上げてくる嬉しさを必死に押さえる。原色でスパークしちゃってる頭の中。楽しい。
楽しすぎる。文字の後ろに音符マーク3つくらい付けて、スキップでもしたいくらい。
だって、これって、三角パラダイス!
教卓の先生を振り返れば、先生はもう仮面を被りなおして、連絡事項をしゃべりだしていた。
先生、その仮面の下で、何を思ってる?ちょっと、優斗にイラっとしてたよね、さっき。
それって、僕が優斗に取られるかもって思ったから?僕の人生に興味持ったから?

ねえ、先生。早くしないと、僕、優斗と「けっこん」しちゃうよ?





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【天野家国語便覧】
仮面の告白(三島由紀夫 著)
言わずも知れた、ホモまみれ、1人エッチまみれのお耽美小説(ん?)
彼の学習院時代の青春がこんもり詰め込まれた私小説だが、読むのには、本当に苦労する。
彼流の解釈が多すぎる。そういう意味で三島由紀夫は世間から飛びぬけてるとは思う。
しかし少なくとも、夏休みの宿題の読書感想文にこれを選んではいけない。



よろしければ、ご感想お聞かせ下さいvv

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