なかったことにしてください  memo  work  clap
小悪魔失格―句眼―



「天野君って、ホント最低ね」
朝一番に会った子にこんな事言われるのってどうなんだろう。
「あれ、忌々しい今井サン」
へラッと笑って返事をすれば、目の前の今井サンは爆発寸前だった。
「どんだけ、男を手玉に取れば気が済むのよ!」
「どんだけって、誰も取ってないよ」
「男のくせに、淫乱なんて、最悪ね」
「ちょっとー、それ酷くない?」
「ふん」
今井サンは怒ったまま、僕を通り過ぎていく。
 あれかな、西との噂が耳に入って、また頭にきてるのかな。でも、今井サンって名倉センセ
に狙いを切り替えたんじゃないのかなあ。
 女の子って複雑。
今井サンの香水の匂いが、鼻の奥を刺激して、むず痒くなった。
駅から学校までの道は、同じ高校の学生が道一杯に広がって歩いていて、時々通る車に
何度もクラクションを鳴らされていた。
 僕もそんな集団の中を1人歩く。
学校に行く楽しみが減った。名倉センセとあんな風になったことなんてなかったから、
どうやって、修正しようか・・・修正できるのかちょっとばかり、不安。
 やりすぎたのかなあ、と似合わない反省までして、余計に気持ちが落ち込んだ。
楽しいことだけ、集めて生きてたいのに。足取りは何時も以上に重い。何人もの生徒が
僕を追い越していく。
 10月の空は、澄み切っていて、昨日までのぐずついた天気が嘘のようだった。



「おはよう、天野君」
「あ、西君おはよう」
校門を潜ったところで、後ろから西に声をかけられた。相変わらず爽やかそうな笑顔で、
西はこの朝のすがすがしい天気にも似合ってる。
「・・・・・・さっきの、今井さん?」
「見てたの?」
「うん。遠くからでも、彼女の罵声が聞こえたから」
「あはは、やんなっちゃうよね」
溜息交じりに見上げると、西は薄っすら笑いを浮かべていた。
「今井さん、あんなに一生懸命になっちゃって・・・・・・カワイイね」
「西君?」
「・・・・・・まあ、天野君の可愛いさには負けるかもしれないけどね」
「西君、シャレにならないよ、そういう発言」
西はどこか歪な笑顔のまま、僕を見下ろした。
 ゲームに参戦って、一体どういう意味だったんだろう。僕の事が好きってこと・・・・・・なのか
と思ってたけど、どうも西には裏がある。
 僕だってそれくらいは分かるけど、何考えてるんだろうな。
こんなイイ男を隣にしても、僕はなんだかやるせなくなって、昇降口で西と別れるまで、
何度も心の中で溜息を吐くことになった。





「おいおい、なんだよ、この空気は」
昼休みに、昼食を食べ終わった笹部が僕の前の席に戻ってきて、顔を顰めた。
「うーん?」
「うーんじゃねえよ、この色ボケアツシ」
「色ボケって、酷いなあ、相変わらず」
「お前の周りのオーラはピンク色か。その乱れに乱れた関係をさっさと始末しろって」
「始末ねえ・・・困ったことに、どうも動けないんだけど」
「だから言ったのに。お前なんて誰でもいいからくっついてしまえって。有馬っちでも西
でも、なんなら今井サンだっていいよ、俺は」
「・・・僕、出来れば名倉先生がいいんだけどなあ」
笹部は露骨に嫌な顔をした。
「名倉っちも、最近おかしいし、お前の所為だな」
「僕の所為じゃないってば」
「どうみても、あれは恋わずらいだ」
「・・・・・・笹部って時々面白い事言うよね」
「真実を言ったまでだ。っていうか、お前等みんな、目を覚ませ。世の中間違ったことが
王道になろうとしてるが、こんなのはおかしい」
笹部は、隣で突っ伏してる(席替えしたら、優斗が今度は左隣になった・・・)優斗の机を
蹴り飛ばした。
「・・・って、何すんだ、馬鹿」
「馬鹿はお前だ。あんだけ、ガンガン攻めといて、なんで止めちゃうんだよ。さっさと、
お前等がくっついてしまえば、この歪みまくった世界も最小限の被害で済むっていうのに」
「はあ?」
「俺は、こーいう、気持ち悪いのは、勘弁なの」
「だったら、アツシに近づかなきゃいいだろう」
「・・・・・・馬鹿、それが出来たら苦労はない」
「笹部、お前ねえ・・・」
「俺のデバガメ根性が、アツシに引き寄せられるんだ。でも、キモイもんはキモイ」
笹部、それはムチャクチャだよ・・・・・・。
 笹部はフンと鼻息を荒げて、頬杖をついた。笹部が黙ると、場が一気に沈黙する。
隣を振り向きづらい。優斗は、きっと、僕の適当さに呆れてるか、怒ってるだろう。
悪いのは僕・・・なんだろうけど、謝る気はさらさらない。
 だって、優斗だって楽しんでたデショ?
取り繕う言葉が出てこなくて、振り向けば、優斗は黙って僕を見ていた。
「ゆうくん?」
「・・・・・・アツシ、西には気をつけろ」
優斗が真剣な顔で言った。久しぶりに口を利いたと思ったら、出た言葉がこれだ。正直ムカ
っとしたけど、でも、僕も西にはなんとなく違和感を感じていて、それを優斗が知ってる
ことに少し驚いた。
「何が?」
「あいつは、優しい優等生でもなんでもねえよ・・・多分」
「・・・うん」
とりあえず、その忠告だけは貰っておくけど、西のどこに気をつければいいんだろう。
 優斗はそれだけ言うと、席を離れていった。





 僕の気持ちなんて、本当に初めから決まっていて、人生楽しいか楽しくないか、その
判断基準で選び取ったのは、名倉先生ただ1人だ。
 だけど、あの日、先生に拒絶されて以来、僕の中で、名倉先生は「楽しい」でも「楽しく
ない」でも、どちらでもなくなってる。
 持て余してる?あえて言うならそんな気持ち。
簡単に手に入るとは思ってなかったけど、気持ちは絶対こっちに向いてると思ってた。
なのに、先生の気持ちが本の少し、遠くなったような、もどかしさ。

 帰りに、地歴準備室に行こうか散々迷って、部屋の前でやっぱり引き返した。やっぱり
先生に会う気になれない。これ以上、拒絶されたら、と思うと、ムカつくんだ。
南校舎の3階の階段をだらだらと下りていると、運の悪いことに、そこで名倉先生に鉢
合わせしてしまった。
「名倉センセ・・・・・・」
「あ・・・・・・天野君」
見合ったまま、固まる。階段の途中で見上げる先生と踊り場で立ち尽くす僕の距離は僅か。
 先に動いたのは名倉先生で、踊り場まで上がってくると、僕の前に立った。
嗅ぎなれた先生の苦い匂い。先生が教師用の更衣室で隠れてタバコをすっていることも
左手にしみこんだタバコの匂いも全部知ってる。
 僕の事が好きで、だけど、教師としてのモラルに必死にしがみ付いてることだって、なん
だって知ってるつもりでいたのに、今の先生はよく分からない。
 先生は、僕が逃げても、全然追いかけてくれない。
「帰るところですか?」
「・・・・・・うん」
「気をつけて帰ってくださいね」
全然、追いかけてくれない!
「先生は?」
「地歴準備室で、仕事しますよ」
「そう」
久しぶりに2人っきりになった。ここ数日避けていただけなのに、随分と時間が経っている
気がした。
 あの気まずさは、まだ残ったままで、緊迫した空気が僕と先生の周りをぴたっと閉じ込めて
いるようだった。
 会話もぎこちないまま、距離だけがやたらと近くて、それが苦しい。
「じゃあ、また明日ね、センセ」
こんな苦しいのは嫌だ。楽しくない。優斗と「ホンキと遊び」の間で揺れてる方が、西と
無駄な掛け合いをしてる方が、ずっと楽しいじゃん!
 ずっと楽しくて・・・・・・ずっと虚しい。
歩き出そうとしたところで、先生が小さく呻いた。
期待して、振り返ると、先生はやっぱり困った顔で口を押さえている。言いたいことがある
のなら、はっきり言って!
 いい加減、僕をちゃんと捕まえてよ。もっと僕の事欲して。
「あ・・・・・・」
 先生は何度か、何かを口にしようとしているけど、それのどれも言葉になってない。何時も
の自分なら、そんな先生を可愛いと思うけど、流石にイライラする。
「センセ、何か用?」
「天野君・・・・・・」
「僕、忙しいんだよね。先生に振られたから、次を探すのに!」
「そうですか」
売り言葉に買い言葉、じゃないけど、思わず言ってしまった言葉に、先生はなんでそう
簡単に引き下がってしまうんだ。
 僕の事、もうどうでもいいってこと?
「そうだよ!」
今度こそ、頭に来て僕は先生を押しのけて階段を一気に駆け下りた。
 先生の意気地なし。根性なし。




 何もかもが空中分解。後一歩のところで完成しそうだった立体パズルが力加減を間違えて
一気に破壊されたみたい。
 名倉センセ、優斗、忌々しい今井サン、それから突然出てきた西。
振り回してたのは自分だったはずなのに、気がつけば僕が一番かき乱されてる。こんな
のは、嫌だ。全然楽しくない。



 駅からの道を1人で歩いていたら、懐かしい顔にあった。
「あ、修ちゃん」
「なんだ、アツシか」
修ちゃん。兄ちゃんの小学校からの同級生で、そんでもって兄ちゃんがひたすら隠し続け
てる兄ちゃんの恋人。
 修ちゃんはバレてることなんてとっくにお見通しなんだけど、それも兄ちゃんには秘密
にしてるんだから、修ちゃんも、底意地が悪いというか。「そういう優しさなの」と前に
笑っていってたけど、絶対面白がってるだけだ。
「兄ちゃんは?」
「実験レポートがまとまらないから、大学に置いてきた。締め切り今日中なんだけど、
あれは、きっと間に合わないな」
「・・・・・・助けてあげないの?」
「俺がいつも丘を助けると思ったら、大間違い」
修ちゃんは僕と同じ方向に歩き出す。雨宮病院とは反対方向だ。
「ウチ来る予定だった?」
「・・・・・・助けるつもりはないんだけどね。俺も甘い」
修ちゃんはウチに兄ちゃんの忘れ物をとりに来るらしかった。修ちゃんらしい。兄ちゃんと
2人でいると、いつも喧嘩まがいなことばっかりしてるのに、肝心なところはやっぱり優しい。
ちょっと羨ましい。天ちゃんとパパもそうだけど、こういう関係って、どうして築くことが
できるんだろうな。
「アツシ、浮かない顔してるけど、どうした?」
「あれ、わかる?」
「分かるよ。兄弟ソックリだから、そういうところ」
よく見てるなあ。修ちゃん兄ちゃんにベタ惚れだから(そう言うとはぐらかされるけど)
兄ちゃんにソックリな僕のことも分かったりするのかなあ。
「じゃあ、僕がなんで悩んでるか、分かる?」
突っかかってみたら、修ちゃんはふふんと鼻で笑った。
「アツシが悩むって言ったら・・・やりすぎて病気にでもなったとか?」
「ちょ・・・酷いねそれは」
「って、丘なら言いそうだけど」
「・・・・・・」
「お前が勉強の事で悩むとは到底思えないから、意中のヤツが上手く落とせないとかそんな
ところだろ?」
「鋭いね」
修ちゃんは銀縁のめがねをキラッと夕日に輝かせた。

「ねえ、兄ちゃんのこと、どうやって落としたの?」
「何、急に」
「・・・・・・ちょっと参考までに」
「落としたんじゃないよ。落とされたの」
「ええ!?」
うっそー、信じられない。あの兄ちゃんが?うわー、興味ある。食いついたら、修ちゃんは
ちょっとだけ嫌そうな顔をした。
 あ、弱み握られると思ってる。
「若かったんだよ、俺も丘も。今のアツシ以上にね。・・・お前もふらふら遊んでるから、痛い
目にあってるんだろ?」
「・・・・・・本命に逃げられそう」
修ちゃんは、自業自得だと、冷たいことを言う。
それから、少しだけ考えて、僕にありがたーい教えをくれた。
「押してだめなら、押し倒せ」
「え?」
「それな、多分、天野家の家訓になるぜ」
手に入れたいものは、唯一つ。
 振り回されるのは嫌だ。暴走が天野家のお家芸なら、僕もそれに乗っかるしかない。





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【天野家国語便覧】
小悪魔失格(あっくん 策)
人生初の挫折。周りを翻弄することはお手の物だった小悪魔ちゃんが、気がつけば、問題
のど真ん中で、グルグルに回っちゃって、踊らされて、こんなのやだー!
だけど、このまんまじゃ、終わらせない。小悪魔の逆襲が始まる・・・!



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