なかったことにしてください  memo  work  clap



「深海、あんまり頭に血、上らせるなよ」
斉藤さんが席を立って、帰りがけに声をかけてくれた。
「すみません。以後気をつけます」
「まあ、深海が悪いわけじゃない」
そう言って斉藤さんは吉沢さんをチラッとみた。俺も釣られて振り向くと、吉沢さんは席
に座って手を頭の前で組み、じっと考え込んでいた。
「・・・吉沢課長にも謝っておきます」
「ん・・・まあ、そうだな」
苦笑いを浮かべながら斉藤さんは会議室を後にした。次々と会議室からメンバーが足早に
出て行く。
 腕時計を見ると、もう6時をとっくに過ぎていた。足早になるのも分かる。一日の終わり
がこんなに後味の悪い会議なんて、本当は皆たまらないのだろう。
 やがて会議室は俺と吉沢さんだけになった。
「吉沢課長」
声をかけて近づくと、疲れた顔が目に入る。
「さっきはすみませんでした」
俺が頭を下げると、吉沢さんは首を横に振った。
「いや、深海が悪いわけじゃないだろう。謝ることはないよ」
「でも、俺、会議中断させたし」
「大したことじゃない、気にするな」
いつもより弱弱しい口調に俺は驚いた。園田に否定されることがそんなにも堪えてるんだろうか。
 吉沢さんが独り言のように呟く。
「深海と園田は同期だよな」
「え?あ、はい。そうです」
「親しいのか?」
「いえ、全く。顔は知ってるし、社内で会えば挨拶はしますが、このプロジェクトが始まる
までまともにしゃべったこともありませんでした」
「そうか」
「あの、吉沢課長・・・?」
「いや、気にするな」
気にするなといわれても、その園田のせいでこんなに落ち込んでる吉沢さんをみて、気に
しないわけにはいかないだろう。
「あ、でも、プロジェクトに入ってからは何度かしゃべってますから、俺、もうちょっと
園田と話してみます。確かにあんまり性格のいいヤツじゃないかもしれないですけど、頭
の悪いヤツじゃないと思うし。吉沢さんのことあんな風に言うのは、きっと理由があると
思うし・・・」
吉沢さんはふと表情を変えてまじまじと俺の顔を見つめた。
 ・・・あれ?俺何か変なこと言ったか?
「あ、俺、何か、出過ぎた真似ですか・・・?」
1拍置いて、表情を戻すと、吉沢さんは首を振った。
「いや。・・・深海はホント、いいヤツだな。皆が深海を気に入るのが分かる」
「何ですか、それは。誰が俺を気に入ってるんですか〜」
「気づいてないのが深海らしいとこだけど」
吉沢さんは淋しそうに笑った。そして、本当に珍しいことなんだけど、(珍しいどころか、
多分初めてなんじゃないかと思う)吉沢さんはポツリと弱音を吐いた
「俺も、お前くらいの心の広さがあれば、よかったな」
「俺のどこが心が広いんですか。俺、忍耐力のある男になろうと努力はしてますけど、吉沢
課長に比べたら、全然ダメですよ。吉沢課長らしくないですよ〜」
俺はこの状況の対処に困った。年上の上司を慰めるなんて、おこがまし過ぎる。
「らしくない・・・か」
「そうですよ、らしくないですよ。吉沢課長なら、園田くらい、ガツンって言ってしまえば
いいんですよ!」
上目遣いで俺を見上げる姿がしおらしかった。
「でも、深海は知らないから」
「何をですか?」
すかさず問いかける俺に、歯切れの悪い返事が返る。
「うん・・・いろいろ、な」
「よく、わかんないです」
「わかんないか。そうだよな、わかるわけないもんな」
独り言のように納得したその返事に俺は些か腹が立った。俺にわかるわけがないなんて、
納得されても、俺にどうしろっていうんだ。大体、園田が絡んでから、吉沢さん、変だ。
「俺、吉沢課長のように頭が切れるわけでもないし、人の気持ち汲み取るのも下手だから、
吉沢課長が、なんで悩んでるのか、わかんないです。俺に説明してくれなくてもいいです
けど、少なくとも今の吉沢さんは変ですよ。園田のことで振り回されてるように見える。
そんなの気にする必要ないじゃないですか!」
「園田の意見も分かる。俺は少し、独走しすぎたのかもしれない」
「そんなことない。今までもちゃんとみんな吉沢課長についてきたじゃないですか」
「でもな、そうでない場合もある」
「俺、ホントにめちゃめちゃ吉沢課長のこと尊敬してるんです。園田のこと、嫌いなわけ
じゃないけど吉沢課長のこと否定するあいつが言うことが許せないんです」
「でも、園田が言っていることは間違ってるわけじゃない」
「いえ、間違ってます。だって、このプロジェクトの中で吉沢課長の役目はプロジェクト
の意思決定なわけでしょう?だったら、吉沢課長が決めたことはそれで進んでいかなくては
理がたたないでしょう。俺は、営業周りをする、園田はリサーチ結果を分析する、そういう
一つ一つの役割の中で、統括するのが吉沢課長の役目なわけ。園田が言ってるのは、決定
事項の軌道修正が柔和にできるようにって言ってるわけじゃない。あいつは、そもそも、
吉沢課長の役目そのものの廃止を言ってるんだ。だったら、それは間違ってると俺は思い
ます。俺達はそれぞれ役割の中で動いてるんです。現場を知るもの、分析のエキスパート、
交渉する者、そういう役割を持つ奴等の上には必ずそれを一つの方向に持って行く人が必要
なのは、吉沢さんだってよく承知のことでしょう?」
「ああ、そうだな」
「だったら、なんで、園田の言葉に惑わされたりするんですかっ・・・」
「それは、お前が・・・」
「俺が?俺が、なんだって言うんですか?」
俺は咳き込んだように一気に捲くし立てた。言ってから沈黙が出来る。俺も吉沢さんも少し
放心したようだった。
 先に切り出したのは、吉沢さんだった。消え去りそうな小さな声で遠慮がちにしゃべる。
「・・・お前、園田のことどう思ってるんだ?」
「は?」
あまりにも予想外な質問に思わず声を上げる。
「どうって・・・」
一瞬、吉沢さんが泣いているのかと思った。ただ、そう思ったのは錯覚だったようで、
少し悲しそうな顔をして、吉沢さんは小さく謝った。
「すまん、なんでもない。俺はお前と最高のパートナーになりたいと思ってる。だから
仕事もいろいろ教えてきたつもりだった。ただ、お前は俺の私物じゃないから、そのやり
方に園田は反発してるんだと思う」
 どうしてそこに俺の名前が出てくるのか俺には理解に苦しむ。部下の扱いに腹を立ててる
とでもいうんだろうか。確かに俺によく気を掛けてくれているけど、そんなの利益ばっかり
で、損なことなど一つもないじゃないか。園田もそういう扱いを受けたいのだろうか。
 逡巡したが、俺にはその答えは見当たらない。困って、吉沢さんを見れば、吉沢さんも、
自分の発言に収まりが付かなくなったか、俯いていた。
 その俯き加減の吉沢さんの顔からは、いつもの凛々しさは微塵も感じられず、それでも、
悲壮感や焦燥といったものを飛び越えて、俺には儚げに見えてしまう。
 なんとなく、漠然と、俺が守らなくてはいけない、と俺は考えていた。
女に持つ感情と寸ぷん違わない気持ちに、俺の心臓は異様に早く打ちつける。
・・・俺、こんなときに何考えてるんだ。園田のことで揉めてるっていうのに、傷ついた横顔を
見ているうちに、自分でも分からない感情がムラムラとわきあがってくる。
 そして、もう一度吉沢さんと目が合った瞬間、俺は自分でも信じられない行動に出ていた。
 向き上げた頬に手を添えると、吉沢さんを引き寄せ、唇を静かに奪った。
 硬直したままの吉沢さんの背に手を回し、優しく何度も頬を撫でる。弾力のある唇に自分の
カサついた唇が密着している。



・・・吉沢さんの唇、気持ちいい・・・。



って、えっ?ええっ??
俺、今何してるんだ??
わずか数秒の時間に俺の頭はカオスと化した。更に困ったことに、吉沢さんもこの展開が
読めなかったのか、然したる抵抗もせずに大人しく俺に唇を塞がれているものだから、
俺は調子に乗って、わずかに開いた唇の隙間から吉沢さんの舌を絡み出してしまった。
 俺のスーツを掴む吉沢さん腕がわずかに震えていることに気が付いて、薄っすらと目を
開くと目の前にアップの吉沢さんが映る。その目はきつく閉じられていた。
 まつ毛が艶やかに濡れている。なんて色っぽいんだろう。
あ・・・やべぇ。
朦朧とした思考の中でも俺の男の性質は素直らしく、現状の刺激を受けて身体はオスと
化した。
下腹部の変調に自分でも収まりが付かなくなりかけている。ああ、自分からキスして
おいて、何のいいわけができると言うんだ。密着した体で、きっとコイツは吉沢さんにも
伝わっているだろう。
 俺、殆ど変態じゃねーか。上司の唇を奪って、興奮してるなんて・・・。
そう思うと、急激に脳が正常に戻ろうとして、俺の興奮は一気に萎んだ。
 ダメだ。この状況は、どう説明するんだ。謝って済む問題じゃないだろう。でも、あから
さまに拒まない吉沢さんには付け入る隙があるってことなんだろうか・・・。
頭の中がグルグルになって、俺はこの後の展開を想像できなくて、唇を放した瞬間に、
真っ赤になると
「済みません」
を三回繰り返して、会議室をダッシュで逃げた。
後ろを振り返る勇気などどこにもなかった。

<<6へ続く>>








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