なかったことにしてください  memo  work  clap



「・・・かみ、深海、・・・深海!!」
俺は3度名前を呼ばれて漸く顔を上げた。
「ったく、聞こえてるのか?お前のその腐った頭は!」
「ひどい言われようですね、俺・・・」
目の前には怒っても美しい吉沢課長が手に資料を丸めてそれをぽんぽんと叩きながら
俺を見下ろしている。
「お前が、ぼうっとしてるから悪い!」
ぼうっとしてたんじゃありません、あなたのことを考えてただけです。あなたのあーんなことや
こーんなことや、昨日のセックスはすっごい大胆だったとか、そういえば、この前車でしたときは
さすがにちょっときつかったとか、やっぱり、会社でするのは男のロマンだとか・・・。
あ、やべ、股間が・・・。
 顔がにやけてきたのを見透かされ、吉沢さんは手にした資料で俺の頭をばすっと殴った。
「ふーかーみー。お前、ちょっとこっち来い!その腑ぬけた頭に説教してやる!!」
え、そんな、吉沢さんと個室だなんて。まずいですよ、真昼間の会社で・・・!
 完全に腐っているらしい俺の頭を吉沢さんは今度は素手で殴った。
「・・・っ痛て」
「こっちこい!」
俺が頭を抑えて悶えていると、吉沢さんは、怒ったままブースを出て行ってしまった。
残された俺は顔をぽりぽり掻きながら席を立つ。前の席で立川さんがいやみをたっぷり含んで
小言を言ってきた。
「『深海主任』、相変わらず、吉沢課長の足引っ張ってばっかり!」
「あはは・・・面目ない」
「気をつけてくださいよ、ただでさえ今、うちの会社大変なんだから!」
俺は立川さんの言葉を背中で受けながら吉沢さんの後を追った。

 吉沢さんと俺は、恋人だ。
・・・多分。
毎晩のように会って、セックスして、好きだの愛してるだの囁いているのだから、恋人と
呼んでも間違いないだろう。
 ただし、これは極秘だ。
なんせ、俺は男だし、吉沢さんも男だ。しかも同じ会社の上司と部下という世にも奇妙な
めぐり合わせは、吉沢さん曰く、「俺がお前に暗示を掛けたから」実った恋であり、俺は
そんな吉沢さんの手管にみごとひっかかり、「落とされた」らしいのだが、はっきりいって、
そんな馴れ初めはどうだっていい。
 どっちが先に好きになろうが、関係ない。だって、俺、今、モーレツに吉沢さんが好きだ!
・・・っといけねぇ、思わず口に出して言ってしまうところだった。
 とにかく、俺達が付き合い始めてからもうすぐ1年が経とうとしている。

 1年というのは現状を変えるのには十分な時間だ。
下半期のプロジェクトが終了する頃に、うちの会社はとんでもない事件が発覚した。
俺の大っ嫌いな営業部長が、経理の女(どうやら愛人だったらしい)と結託して会社の金を
使い込んだ挙句、経理の女は逃亡してしまったのだ。
 使い込み事件は内部告発で、巨額な金が動いていたせいか、ちょっとしたニュースにもなった。
当然、某巨大掲示板には毎日のように有象無象が言いたいことを書き込み、おかげで、会社の
信用はガタ落ちした。
 それでも、俺達が進めていたプロジェクトは(吉沢さんの必死の努力により)なんとか
取り付けることに成功したが、社内の売り上げ目標には60%も満たないという会社始まって以来の
大赤字になった。
 勿論会社の金を使い込んだ部長は懲戒解雇となり、その穴を埋めるために緊急の人事異動が
あったわけだが、基本的にピストン運動で、上の職に上がっていくため、3課の黒田課長が部長に
なり、空いた課長職に1課の杉本さんがあがった。1課から課長職が出るのは予定外だったが、その
おかげというか、あおりというか、1課も繰り上げ人事になった。
 そうして、めぐりめぐって、一番下の、「主任」のポストが俺に回ってきたのだ。
主任なんて、役職でもなければ、役職手当がつくわけでもないが、それでもただのぽんこつ平社員
の俺にしてみれば、大出世なわけで。
 主任昇格を吉沢さんと2人、こっそり祝ったりもした。勿論、俺を主任に押してくれたのは吉沢さん
なのだけれど。
「まずいですよ、公私混同は」
「別に、贔屓目でみてるわけじゃない。お前ならやれるって思ったから押したんだ、俺は」
そうやってにっこり笑う吉沢さんも、きっと脳みそイカレてるに決まってる。
 俺達の一年はそうやって、いろんな波乱に巻き込まれながらも、秘密は保持されたまま、なんとか
上手くやっている。
 この先のこととか、考えなくちゃならないことは山積みなんだろうけど、今は目の前にある
幸せを一分一秒でも長く続くように祈るばかりだ。


「だいたい、お前は、呆け過ぎなんだ!」
「だって、吉沢さんが、あんまりにも綺麗で・・・」
「・・・お前、目、ホントに大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと、吉沢さんのこと、見えてますから!」
そう言って、俺は吉沢さんの鎖骨にちゅうっと吸い付く。
「ば、ばか、やめろって。俺は今、お前に説教中なんだか・・らっ・・あっ・・・」
語尾が色っぽくなったのは、俺がたくし上げた服の中で吉沢さんの乳首をぺろっと舐めたからだ。
あー、いい声。
「ばっか・・・ふか、み・・・。お前、主任って自覚、ちゃんと持って、あっ、やあっ・・・」
反対の乳首を手でこね回すと吉沢さんはとろけるような声でないた。
「吉沢さーん、こんな時くらい、仕事の説教、辞めてくださいよー」
俺はベッドに押し倒した吉沢さんの口を塞ぐべく、吉沢さんの顎に手を掛けて、唇を奪った。そのまま
ねっとりとした舌を絡ませあい、その感触を楽しむ。
「・・・すっげー、色っぽい」
舌を離すと、俺の下で荒い息をしながら吉沢さんの顔が紅潮していく。ほら、吉沢さんだって、ここ
こんなにビンビンになってるじゃない。
 あれから、空き会議室に呼ばれ、本当に説教を食らった俺は、ほんの少しばかり反省して、午後の
業務に勤しんだ。
 だったら、仕事帰りに、吉沢さんの家に寄って恋人と楽しいひと時をおくらせてくれたっていいじゃ
ないか!
 なのに吉沢さんときたら、開口一番、コレだ。説教の続きは会社で聞くから、ちょっと黙ってよ!
俺はこんな風にしか吉沢さんを黙らせられないから、卑怯だとは思うけれど、吉沢さんをベッドに
引き込んで、身体をまさぐってやった。
「・・・深海は、仕事と、プライベートを、ごっちゃにし過ぎなんだ・・・ああっ・・・」
こんなに淫らになりながらも、説教を続けるとは、さすがというか、なんというか。
「だったら、吉沢さんも混同しちゃダメですよ!」
「・・・え?」
「今は、プライベート。仕事の話は会社で聞きますから」
俺は吉沢さんのベルトのバックルに手を掛けて、スラックスをずり下げる。反りたったペニスは
興奮している証だ。
 俺はボクサーパンツの上からそいつに甘噛みしてやった。
「はぅ・・・」
じわじわとボクサーパンツが濡れていく。外側は俺の唾液で、内側は吉沢さんの先走り。じゅっと
吸い込むと微かに吉沢さんの味がする。
 パンツの上から感触を楽しんでいると、吉沢さんはむずむずと腰を動かす。その気になった証拠だ。
「・・・でも、吉沢さんに怒られながらするっていうのも、なんかいいですよね。なんかのプレイみたいで」
俺は行ったことないけど、イメクラという、あるシチュエーションになりきって遊べる大人の遊び場が
ある、らしい。電車の中で痴漢ごっことか、医者と看護婦だとか。
 そういう状況設定嗜好はないけれど、スーツ姿の吉沢さんの姿見てるとムラムラしてしまう。
ああ、今日このスーツ着てばりばり仕事こなして、俺に説教して、なのに、今はそんな上司を
組み敷いてる。
 異様に興奮しながら、俺は吉沢さんのパンツを剥ぎ取った。
「深海の変態」
吉沢さんは事ある毎にそう罵ってくれるが、もう、それは俺の称号だと思ってありがたくいただいている。
「吉沢さんが、いやらしいのがいけないんだ」
だって、ほら、こうやって、吉沢さんのペニス、咥えてやったら、もう、こんないい声であんあん言ってる
んだもん。俺だって興奮するってーの。
 一年も近く身体を重ねてると、大体のことは分かってくる。例えば、なぜか右の乳首より、
左の乳首の方が感じるとか、亀頭を甘噛みされるのが好きとか、袋を嘗め回すとふにゃふにゃに
なって力がぬけるとか、吉沢さんのいいトコなんて大体知ってる。
 それでも、時々、思わぬところで感じるのを発見すると、俺は嬉しくて、心の中の「吉沢攻略ポイント集」
にそっと書き込んで、吉沢さんを喜ばせるバリエーションを日夜増やしているのだ。
 もう、ホント自分でも変態だと思うくらい、吉沢さんにはまってる。
こんなに、かっこよくて、仕事ができて、綺麗でキュートで、いやらしくて、なのに、俺のこと
好きって・・・。
 あ、そういえば、最近、吉沢さんに好きって言ってもらってない。
最近、俺、強引だからなぁ・・・。まあ、嫌がってるようには見えないけど、この人のことだから、
何考えてるかわんないし。
 俺は口の中で暴れる吉沢さんを舌で嘗め回しながら、そんなことを考えていた。
集中してないというのは、吉沢さんにすぐばれて、荒い息の間から、怪訝な声で名を呼ばれた。
「深海・・・?」
やばいやばい。
 俺は、ペニスから口を離すと、ベッドサイドのローテーブルの引き出しから、ローションを取り出す。
蓋をぱちんと開けて、透明なとろとろとした液体を吉沢さんのペニスの上から垂れ流した。
「冷たい・・・」
「気持ちいい?」
ローションが伝って、お尻の方まで到達すると、俺はそれを手で絡め取りながら、1本、また1本と
吉沢さんの中に指を入れていく。
 何度セックスしたって、この瞬間の溶け出すような吉沢さんの顔はたまらなくいやらしい。
気持ちよさそうに、俺を受け入れながら、こぼれだす甘い吐息にメーターが振りきれそうになる。
 俺は指を2本突っ込んだまま、吉沢さんの上に身体を密着させ、耳元で囁く。
「吉沢課長・・・」
「・・・課長って呼ぶな・・・はあん・・・」
俺は、くすっと笑って、愛しい人の名を呼ぶ。
「晴彦さん、愛してる」
あ、キュって締まった。俺はたぶん、ニタニタ笑いながら、2本の指をくちゅくちゅかき混ぜて、その
反応を楽しんだ。
「ばか深海っ・・・はう・・・」
「晴彦さんの、そういうところ、すげー好き」
俺は普段、吉沢さんのことを名前で呼ばない。2人っきりのときもだ。なぜなら、呆けた俺が、
うっかり会社でその名を呼んでしまうことは、火を見るより明らかだからだ!
 威張っていえることじゃないけど、吉沢さん曰く「お前の脳と口は直結しすぎだ」と言われる
この口が、その名を呼ばない自信がない。立川さん辺りにでも聞かれたらそれこそ致命的だ。
 そんな危険なことはしない。極力危険因子は取り除いておくべきだ。そうなると、必然的に吉沢さん
の名を呼ぶときは限られてしまうわけで。
(セックスの最中に「吉沢課長」って呼ぶと、怒るんだ、あの人。こーいうところ、かわいいよな)
だから、名前には秘められた厭らしさが含まれていると思う。
 名前を呼ぶだけで、興奮するってどうなんだろうか。まあいいけど。
俺はかき混ぜていた指をぬいて、自分のペニスにもローションを絡み付ける。
準備万端。いただきます。合掌。
吉沢さんのアナルに引っ掛けて、ゆっくり差し込むと、とろとろとしたそこは簡単に俺を
咥え込んだ。
「うぐ・・・」
ああ、今日も、すげーいい。
 完全に奥まで到達すると、俺は吉沢さんを見下ろす。薄っすらと目を開けて、どこを見てるのだか
分からないけど、きっとこういうのを恍惚の表情っていうんだろう。ああ、うっとり。
 なんだかんだ言ったって、こうやって、セックスを楽しんでいるのは俺だけじゃない。それって
やっぱり重要だろ?
 気持ちいいって1人で作るもんじゃないし。
俺は吉沢さんの腰を掴み、がしがしとピストン運動を繰り返す。小柄な吉沢さんは時々、ホント
壊れちまうんじゃないかって思うけど、奥まで衝くと、甘いため息が漏れるから、俺は自分の根っこ
の入るトコまで衝いてやるんだ。
 そうやって、前から、後ろから、吉沢さんをひっくり返したり、俺の上で腰振らせたり、吉沢さんの
喜ぶ体位で挿入を繰り返すと、すっかり、吉沢さんの頬は紅潮していた。俺の額からもじんわり汗が
噴出している。
 もう、そろそろやばい。
 俺のピッチが速くなると、吉沢さんの呼吸も速くなる。俺は吉沢さんのペニスに手を掛けてその
速さと同じスピードで扱いた。
「あっ・・・だめだって・・・いっちゃう・・・」
「俺も、もう、我慢できない・・・」
「慎一郎・・・」
うわっ、やべ、先にイク。
 そこで、そんな風に名前を呼ぶなってーの。俺の血は一気に脳天を駆け巡って、そして、吉沢さんの
中で爆発した。
 吉沢さんも、興奮した俺をみて興奮したのか、俺の手の中で果てた。
辺りには2人分の乱れた呼吸と、独特の匂いが立ち込めている。
 暫く、息を整えて、俺は吉沢さんの中からゆっくり引っこ抜くと、どろっとした白濁が吉沢さん
の中から漏れ出してくる。
 このすっげーいやらしいビジュアルが俺はたまらなく好きなんだけど、あんまりゆっくり見てると
恥ずかしいからそんなもん見るなって怒られる。
 だけど、ホントは、精液がベッドに垂れてシーツがぐっちょりするのが嫌なんだ。この人、実は
結構な潔癖だから。そんな理由で吉沢さんに怒られるのも癪に障るので、しかたなく綺麗に処理する。
吉沢さんのも綺麗にしてやってから、俺は吉沢さんの隣に転がった。
 お互いに向き合い、軽くキスを交わす。こういう情事の後って幸せを感じずにはいられないよな、
やっぱり。俺は吉沢さんの頬を優しく撫で、吉沢さんは俺の髪をつんつんと引っ張り笑っている。
 あー、このまま仕事も何にも忘れて、吉沢さんと幸せの波間を漂ってたい。
「なあ、深海」
「はい?」
吉沢さんが俺を見つめながら口を開く。
「お前に時間あげたんだよな、これって」
「はあ?」
「俺にも時間をくれないか?」
「あの・・?」
「どうなの?」
え?あの・・・?
ニコニコ顔の吉沢さんはそりゃーもう、危険だってことは散々学習した。何でここでその笑顔なんだ?
あれ?俺、何かすげー悪いことした??
「まあ、そりゃ、好きに使ってください、こんな俺でよければ」
「そうか。ありがとう」
ニコニコ笑ったまま吉沢さんは起き上がると、散乱していた下着をかき集めてさっさと着てしまう。
そして、振り返りながら、
「深海、明日のプレゼン、作り直し!今からやるから、さっさと準備しろ!!」
上司のきっつーい一言を浴びせる。
「えぇっ・・・そんな」
「そんなじゃない、なんだ、あのプレゼン資料は。適当にも程がある。俺も手伝うからさっさとしろ」
そういうと、吉沢さんはさっさとベッドルームを出て行ってしまった。
 幸せの波間はあっという間に恐怖の津波に変わって俺を沈没させた。
こんな恋人ってありなのか・・・?
仕事の鬼とは言わないけど、もう少し、2人の世界を楽しんでくれたっていいじゃないか。
 吉沢さんだって、あんなに感じてたくせに。はあ、もう・・・
「吉沢課長〜、待ってくださいよー」
 残された俺は、1人虚しくパンツをはきながら、うな垂れていた。


<<2へ続く>>








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