現状を打破したのはやはり吉沢さんだった。
俺のパソコンのタスクトレイがピカピカ光りだしたのだ。こいつは、IPメッセンジャーというフリーの
ソフトで、メッセージが届いたという合図だ。ヤフーのメッセンジャーみたいなもんだけど、どこかの
プロバイダを経由しなくてもいいし、社内だけで使えることもあって、会社のパソコンにはどれも
入っていたりする。メールよりも手軽で便利だということで採用されたが、専ら事務の女の子達の
間では、上司の悪口やら今日の夜の予定などが飛び交っているらしい。営業の間でも飲み会のお知らせ
やらが回ってくるときもあるけど、基本は不在時の電話連絡だったり、誰かの伝言だったりする。
　俺は、光るはずのないアイコンが急に光りだして、びっくりしたがここでメッセンジャーを使える
のが、俺と吉沢さん以外にいないことを思うと、メッセージを開くまで手が震えた。



『ため息、デカイ』

･･･って、ため息に対する文句かよ。今日の一件に関する文句を想像してた俺は思わず項垂れた。
それくらい、口で言ってくれればいいのに。しゃべるのも嫌ってことかよ。
俺もすかさずメッセージを返した。

『済みません、それが、反省のデカさです』

暫くして、またアイコンが光った。

『反省云々の前に、非常識だ』

はい。怒るのはごもっともです。
　実を言うと、あのUSBメモリの中身、俺の吉沢さんへのデートプランが満載だったのだ。
　フォルダの中は、ネットで調べた資料やら、webのショートカットやらがわんさか入っていて、
（当然、男同士で行ける場所も押さえてるわけで、そういうアングラなページもちゃっかり入ってた
のだから、）万一、あの場でフォルダの中を開いていたら、吉沢さんは赤っ恥どころか、責任取らされても
おかしくなかったのだ。

『済みません、ホント、もう、しませんから。USBメモリからあいつらは消しますから』

『当たり前だっ』

今度はソッコーで返事が来た。俺はそれに返事を書き、吉沢さんがそれに対してまた文句を付ける。
そんなやり取りが10回くらい続いて、ホントに本気で吉沢さんが怒っていたのだと俺は知った。
確かに、斉藤さんに「深海のでしょ？」なんて聞かれたら、取り繕うのだって大変なのに、危険因子は
持ち込まないなんて言っときながら、コレじゃ、ザマない。
　俺はひたすら謝って、謝って、謝り倒した。そして、ようやく吉沢さんが、

『今度、会社のUSBメモリにあんなもの入れてたら、二度と口聞かないからな』

という、お許しの決まり文句みたいな言葉を出して、何とかこの事態は終結に向かいそうだった。

『済みません、済みません、ホント反省してます。･･･でも、あのフォルダ名、結構よかったでしょ？』

だからというわけではないけど、俺のホンの出来心で謝罪の言葉のあとに「余計な一言」を書き込んだら
吉沢さんの飲んでいたコーヒーの缶が、机の上で、ダンと鳴った。
あ、やべ、また怒らせたかも･･･。

『ふーかーみー。お前、ホントは全然反省してないだろ！！』

いやあ、やっぱり、怒られたか。
あれは、誰かに万が一メモリを見られたときに咄嗟に誤魔化せる程度のものだったのだけど、
自分でもばかばかしくてちょっと気に入っていた。
『吉沢課長に提出するファイルたち』は勿論、連休にどこに出かけるかを吉沢さんに提案する資料であり、
一緒に出かけたモノを、『吉沢課長からの決済済みファイル』に入れていたのだった。

『ああー、ホント、済みません、もう冗談でもしないので、許してください〜。ホント、吉沢さんの
こと、めちゃめちゃ愛してますから、嫌われるようなこと、二度としませんから〜』

　やばいやばい。これ見よがしに、愛してるだとか書き込んでソッコーで返事を返す。
メッセージを開いた吉沢さんからため息が聞こえた。

『･･･ホント、お前って調子だけはいいんだよな･･･』

返って来たメッセージを開くと、いつものテンションの吉沢さんの文字が見えた。
苦笑いを浮かべているであろう吉沢さんを想像して、俺は多分許してもらったのだと、悟った。
そろそろ会話くらいしてもらえるだろうか。

『あのう、許してもらったって思っていいんでしょうか･･･』

吉沢さんのキーがカチカチ鳴る。そろそろ、俺も吉沢さんも仕事そっちのけモードになりつつある。
まあ、俺なんて最初から仕事になんてなっちゃいなかったんだけど。吉沢さんは俺にメッセージを
打つとき以外、キーの音がしなくなったから、多分仕事モードは終わりになっているはずだ。

『何してもらおうかな』

･･･そう来ますか。
　笑ってるんだろうなぁ。吉沢さんは俺に背を向ける格好でいるから顔までは見えないけど、さっき
までの硬くなった背筋が、幾分丸くなったように見えた。
　俺は、そんな様子を十分考慮して、改めて熱いメッセージを送った。

『じゃあ、キス100回』

『ハードディスクレコーダー・車の車検・パソコン』

『ど、どれも高くて買えませんよー（泣）』

『バカ、全部だ』

あんた、鬼ですか。

『えーっ･･･じゃあ、愛してるって耳元で100回言いますから』

『いらん』

そんな、即答かよ。ここで間違うと、せっかく機嫌直してもらったのに、振り出しに戻っちまう。
気の利いたもの･･･。
　えーっと･･･。

『深海使いたい放題100回。吉沢さんの喜ぶことなら、なんでもしますよ』

まあ、普段からなんでもしてると思うけど。とりあえず、これでどうだ！

『なんでも？』

『なんでもしますよ。送り迎えでも、鞄持ちでも、キス100回でも、セックス100発でも』

あ、吉沢さんが固まった。･･･別に猥談に免疫がないわけじゃないとは思うけど、こういう反応って
すごいかわいい。セックスなんて単語が出ただけで固まるなんて、中学生じゃんか。きっと、
顔なんて真っ赤になってるはずだ。
　返事が返ってこないので、俺は調子に乗って立て続けにメッセージを送る。

『吉沢さんがとろけるくらい、口でイかせてあげますよ』

『お前なー、そういうこと書くな、バカ』

いい加減、向かい合ってしゃべればいいのに、律儀にメッセンジャーで返してくるあたりが、
楽しんでいるのか、空気に呑まれてるのか。吉沢さんかわいいなぁ･･･。
　俺は、自分の下心がむくむくと膨れ上がってくるのを抑え切れなくなって、ついつい卑猥な
メッセージを送り返した。

『晴彦さんの大好きなバックで、奥まで衝いてあげる』

『変態深海』

『俺は晴彦さんが気持ちいいことしてあげるっていってるだけですよ？好きでしょ？バック。
あ、でも、俺の上で腰振る晴彦さんも、すげえ感じてるようにみえるけど。･･･ねぇ、ホントは
どっちが好きなの？想像してみてよ』

吉沢さんの手が完全に止まった。考えてる？もしかして、想像してる？うわー、なんだ、この
感覚。エロチャットの相手が目の前にいるみたいな。
　俺、コレだけで興奮してるって、大丈夫かな。股間の辺りを気にしながら、吉沢さんの返事を待つ。
　漸く吉沢さんの手が動き始めて、俺の元へメッセージが届く。

『そんなの、お前が一番知ってるだろ』

吉沢さんの首、真っ赤になってる。照れてる？うわー、やべえ、我慢できねえ。このまま後ろから
むさぼりつきたい。
って･･･俺、もしかして試されてたらどうしよう。

『晴彦さんの口から、聞きたい。どういう風にされるのが好き？どうされたい？どうやって、俺に
愛されたい？俺、晴彦さんをいっぱい感じさせたいよ』

『そんなの、言えるわけないだろ』

『大丈夫ですって。俺と晴彦さんしかいないから。晴彦さんのそのいやらしい口から、聞きたい。
俺、そんなの想像しただけで、興奮して勃ってきちゃった。ねえ晴彦さんは？おっきくなってる？』

『知るか、そんなもん』

『確かめてみてよ。触って、おっきくなってたら、○って書いて』

メッセージを読んだ吉沢さんが俯いた。も、もしかして本気で確かめてる？うひょ、どこまで
純情な人なんだよ、この人はっっ。
　勿論返って来たメッセージは、一文字

『○』

あ、あかん･･･。俺もビンビンになってきた。

『晴彦さんを後ろから抱きすくめて、その真っ赤になってるうなじにキスしたい。ちょっと触った
だけで堅くなる乳首を舌で転がしたい。ねえ、想像してよ。俺に抱かれてる晴彦さん』

『ばか、やめろって。そんなこと書くな』

『全身にキスマークつけて、耳たぶ、べろって舐め上げて』

『そんなもん、つけるな』

『晴彦さんのあそこに指突っ込んで、くちゅくちゅにかき混ぜたい』

『そういう、想像させることかくなってば･･･』

っていうことは、想像してるってこと？想像の中で俺に抱かれてよがってる。恥ずかしながら
スラックス下げられて、なのに、触られたら感じちゃうんだ、この人。

『堅くなったペニス口で扱いて、晴彦さんの大好きなバックで一緒にイきたい』

俺の中で、軽くスパークだよ、これじゃあ。書いてるこっちが興奮してきた。マジで。どうしよう。



「くっ･･･」
　メッセージを読んだ吉沢さんが肩を揺らして笑い始めた。
ん？あれ･･･？なんだ、この反応は･･･。
　そして、耐え切れなくなったのか、俺の方を振り向いて、声を上げながら笑った。
「っ、この、変態深海っ！」
あ、あれぇ･･･。
　ぷつんと、俺の線が切れた。も、もしかして、俺、乗せられてた･･･？
うへえ。吉沢さんのそのモジモジ行動は俺をからかってただけっていうのかよ！うげえ、恥ずかしい
っていうか、この股間の収まりはどーしろっていうんだー。
「吉沢さ〜ん･･･」
結局、俺は情けない声で吉沢さんの名前を呼ぶと、吉沢さんが呆れながら、近づいてきた。
「お前、いつも、こんなことして遊んでるのか？」
「し、してません。しませんけど、吉沢さん相手になんかむっちゃ興奮しちゃって･･･」
目の前に立つ吉沢さんに俺は抱きついて、自分の股間のふくらみを押し付けた。ったく、どうして
くれるんだ、俺の純情スケベ心を弄んで。くそう、構うもんか、そのまま襲っちまうぞ。
　それでも、俺が吉沢さんの顎に手を掛けようとする前に、吉沢さんが俺の唇を奪った。
舌が絡み合って、離したら息が上がった。吉沢さんはいつもの穏やかなテンションで俺に言った。
「･･･深海、俺に言う事あるだろ？」
「えっと･･･。すみませんでした。もう、あんな危ないことしませんから」
「うん、それと？」
「それとぉ･･･？･･･えー･･･USBの管理はしっかりします」
「うん？」
え？まだあんの？･･･なんだよ･･･
「吉沢さんに迷惑かけないようにします」
「うん。それで？」
「斉藤さんにばれそうだけど、なんとかがんばります」
「はあ？ばれそうなのか？･･･気をつけろよ。まあ、いい。それから？」
ええー、他に言うことなんてないってーの。
「って、もうわかんないです。済みません。俺、さっきので興奮してあんたを抱きたくて仕方ない
んですけど！」
「･･･ばか。言ってくれるんだろ？」
え？え？･･･もしかして、さっきの条件、有効なのか？それで、許してもらえるのなら･･･
「･･･晴彦さん、愛してる」
俺は耳元にキスしながら、何度も何度も囁く。100回なんていわないで、
永遠に言わせて欲しい。
　吉沢さんもくすぐったそうに耳を傾けながら俺に身を任せてくる。
年下で、情けなくて、吉沢さんの足ひっぱりまくりの俺だけど、
こうやって、俺に身をゆだねてる吉沢さんだって、きっとこんな俺だから
一緒にいてくれるんじゃないかって、都合のいい解釈してしまう。
　とにもかくにも、恋人たちの夜は甘い。


<<4へ続く>>








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