なかったことにしてください  memo  work  clap



 結局、吉沢さんは斉藤さんにカミングアウトという選択を採った。
松坂牛のしゃぶしゃぶは、吉沢さんのおごり。おごりというか、口止め料として、斉藤さんと俺の
腹の中に納まった。
「なんで、俺の口止め料をお前まで食ってるんだよ」
「いいじゃないですかー、目の前に肉が並んでるんですから。男ですもん、据え膳食わぬはなんとやらです」
「別に、お前の前に据え膳してあるわけじゃないけどな」
吉沢さんの厭味にも俺はくじけることなく、目の前に並ぶ高級牛を着実に胃の中に納めていく。
「あー、旨い」
がっつく俺の正面で、斉藤さんが苦笑いた。
「・・・でも、仲直りしてくれてよかったですよ」
「ぶこっ・・・」
「深海、汚い」
その話題に触れられて、俺は思わず食べていた肉に咽た。横を向けば吉沢さんも僅かに嫌な顔を
している。
「や、やだなあ、課長も。そんな怖い顔しないでくださいよ。俺は別に深海に惚れてることが、一生
の恥だとか思いませんから」
「斉藤さん!どういう意味ですか、それは」
「バカな子どもほど、可愛いっていうだろ」
「・・・言えてる」
「吉沢さんも!」
そんな俺たちの掛け合いを見て、やっぱり斉藤さんは苦笑い。この場合、当てられちゃったな、と
いう意味で捉えるべきなのか、単に俺の馬鹿さ加減に呆れているのか。
 どちらにしても、斉藤さんは俺たちを受け入れてくれたらしい。元々人間関係にボーダーラインを
引かない人だなっていう印象はあったけど、斉藤さんの懐が深くてよかった。
 よく考えれば軽蔑の眼差しで見られるより、からかわれる方がずっと楽だ。それに斉藤さんは今でも
吉沢さんを尊敬する上司として着いて来てくれているし。
 俺は吉沢さんと斉藤さんの間にどんなやり取りがあったのかは知らない。もしかしたら吉沢さんは
何にも言ってないかもしれないし、あの課長の事だから、いろんな言葉をはしょって
「迷惑かけてすまない」
とだけしか言ってないのかもしれない。どっちもありえそうだが、とにかく斉藤さんはそれで納得
したんだろう。
「しゃぶしゃぶのおごりは忘れないで下さいね」
と真顔で言って、それで交渉成立。当初俺のおごりだったはずのしゃぶしゃぶは吉沢さんの参加に
よって出資者が代わった。
 かっこ悪いけど俺より当然給料はよくて、そうなると金を出す回数も、給料に比例していくんだ。
俺と吉沢さんの外食出資比は今んとこ3:7。そんなに給料に差があるわけじゃないけど。
 サラリーマンの鑑というか、営業マンの性なのか、吉沢さんの気使いは、こういうところにまで
及んでいて、「部下に食事をおごるのは当然」だと、恋人になった今でもそれを貫こうとしている。
 それを俺が男の意地で「たまにはおごらせてください」とがんばって3割。
「お金なんて、ある方が出せばいいじゃないか」という甘い誘惑に負けるのが7割。
 結局その言葉には弱いんだよな。だって、確かに安月給なわけだし。
 でも、今回のしゃぶしゃぶおごりに関しては半分くらいは正当な理由がある。

「それにしても、A木商事の物件、落とさなくてホントよかったな」
ビールを煽りながら、斉藤さんは俺が先日とって来た物件について語りだした。A木は俺が半年ほど
前から下準備して追いかけてきた物件だっただけに、これを落としたら上半期の売り上げの半分以上を
失くしてしまうというかなり重要な物件だった。
 何度もプレゼンやら会議やらを繰り返し、A木の社長を納得させたときには、正直営業マンやってて
よかったと思ったくらいだ。
 その大きな業績を吉沢さんが口止め料ついでに労ってくれるというので、今日は素直に吉沢さんの
好意にあやかっている。
「ああ、その物件だけどな、今度社内コンペに出そうと思うから、資料とプレゼンまとめとけよ」
「はい?」
吉沢さんもビールに口をつけながら、まるで当たり前のように言った。社内コンペって・・・。
 確かに俺の中ではかなりの物件だったけど、それは俺の中であって、社内の中で相対的にみたら、
そんなに凄いもんじゃないけどな。
「あ、いいんじゃないですか?今期の売り上げのトップクラスに入るヤツですし、見せ方によっては
賞付くかもしれないですね」
「無理無理、絶対無理ですって!」
俺は全力で否定するが、吉沢さんは俺の物件を出す気満々らしい。そもそも社内コンペの出展なんてものは
優良社員に贈られるボーナスみたいなもんだ。俺になんて縁はない。
 出すだけでそれなりに「名誉」だったり「ボーナス」だったり出世街道には必要なものだったりが
くっついてくるが、俺にはどれも関係なさそうだった。
 まあ、お給金がもらえるのというならがんばるけど、寸志程度で残業増やすなんて堪ったもんじゃない。
だけど、吉沢さんが俺のを出すというのだから、営業1課の代表となるんだろう。脇に嫌な汗が吹き
出てくる。
「どうせなら、社長賞目指せよ」
「無理っすよ」
「向上心の無いやつだな」
向上心とか、そういう問題じゃない。社長賞なんて、エリート君がもってくもんだ。
「傾向から言って、今回は営業に社長賞回って来そうなんだよ」
「そ、そんな傾向あるんですか?」
「そりゃあるさ。社員のモチベーションが下がらないように回るんだよ、こういうのは」
そうは言うけど、たとえ営業部に社長賞が回ってきたとしても、俺が取れるという保証は何一つない。
俺は諦め半分ため息吐きながらやけくそで言ってみる。
「じゃあ、賞とったら今度は松坂牛、焼肉でっていうならがんばりますけど」
途端、吉沢さんの呆れ顔と、
「お前のご褒美は子どもみたいだな」
斉藤さんの笑に包まれる。じゃあ、もっと高級なの考えておきますと返すと、吉沢さんに社長賞が
取れなきゃ一切なしだからなと釘を刺された。
「高級寿司でも焼肉でも社長賞取ったらおごってやるよ。でも、その代わり厳しくいくからな」
「吉沢課長ー・・・」
がっつり睨まれて、それにはさすがの斉藤さんも苦笑いになった。

 俺は、吉沢課長が飴と鞭を地で行く人だということを、すっかり忘れていた。せっかく無事仲直り出来た
というのに、再びこうして吉沢さんのマンションに入り浸る日々がやってきたというのに、俺には甘い
生活なんてものは一切用意されていなかった。
 資料とデータの整理。プレゼンの練習と鬼上司となった吉沢さんに怖いものはない。挙句の果てには
「コンペまで一切なし」
とセックスまで禁止されたのだ。それじゃ、もう「鞭」しかのこってないじゃないかと、駄々っ子のように
反論すれば
「社長賞取ればご褒美が待ってるんだろ?」
と一蹴されてしまった。ご褒美が待ってるったって、社長賞が取れなければ何にも無いのに。
「・・・あーあ、わかりました、わかりましたよ!がんばります。禁欲しますから、社長賞取ったら
ご褒美は寿司も焼肉もいりませんから、吉沢さんをがっつり食わせてくださいよ!!」
「・・・お前、頭大丈夫か?」
それでも、真顔で答える吉沢さんに気迫で納得させ、俺は再び禁欲生活へと突入して行った。


 1週間後。
俺はというと、吉沢課長の大盤振る舞いによって「回らない寿司屋」で祝賀会を受けていた。
「まさか、ホントに深海が社長賞取るなんてな」
会う人ほぼ100%に一番初めに言われる言葉がこれで、
「やっぱり、吉沢課長の努力の賜物だろ」
と続き、最後にやっと
「あ、おめでとう」
となるのである。
 課長の努力じゃない、俺の努力だってーの。吉沢さんには確かに鬼の指導はされたけど、努力したのは
俺なんだって。
 だけど、一番信じられないのは俺自身だった。吉沢さんにプレゼンの見せ方を突っ込まれ、散々指導
されたし、自分なりにはまあよく出来たんじゃないかと自己評価はかなり高かったと思うけど、まさか
本当に社長賞が取れるとは思いもよらなかった。
 朝の朝礼で知らされたときには、大掛かりなドッキリかと思ったくらいだ。
 こうしてみんなに祝ってもらってもあまり実感が湧かない。嬉しさもまだこみ上げてこない。本当に
自分が祝われているんだろうかと、疑問に思うくらいだ。
「ほら主役、ちゃんと飲んでるか?」
「はい、がっつり飲んでますんで」
 そんなやり取りを交わしながら営業1課のメンバーからビールを注がれ、注がれたら飲んで、また飲んで
を繰り返してるうちに、俺は呂律が怪しくなるほど酔ってしまった。
 気がつけば吉沢さんの姿が見当たらない。席を移動して俺の隣に座った斉藤さんに耳打ちする。
「あ、あの、吉沢課長は・・・?」
「ああ、会計済ませて帰ったよ。仕事残してるから、会社帰るってさ」
ったく、あの人は。こんな時だって仕事から離れられないんだな。
「何、主役が途中退場しちゃうの?」
からかい半分に斉藤さんに突っ込まれ、やっぱりまずいですよねと言い訳をすれば、斉藤さんはしっしと
払うように手を振った。
「どこにでも行って来い。みんなだってお前の祝賀会より寿司にありつける会だと思ってるんだから」
それはそれでひどい言われようだけど、俺は斉藤さんの好意に甘えることにする。
 トイレに立つ振りをして、そのまま店を出た。
夜風がそろそろ心地いいを通り越して肌寒く感じる季節だ。散々飲まされて、俺は世界がぐにゃっと
曲がる錯覚に陥る。
(やべえな・・・相当飲まされたし・・・)
会社まで歩いて10分程度だったが、俺はその間に3度も電柱に手を付いて絡まりそうな足元を立て直す
こととなった。

 営業部の一部だけに電気が灯り、しんとした部屋の中でキーを叩く音だけが響いている。勿論それが
だれかなんて、酔っ払っていてもわかる。
 課長ブースのパテーションをコンと叩き、
「よっしざわさーん」
とハイテンションな声をかけた。
「深海、戻ってきたのか」
「あ、なんですか、その嫌そうな目はー」
俺はグルグルと回る世界の中で何とか吉沢さんの隣にキャスターつきの椅子を持ってきて座った。
「会社に酔っ払いは来るな」
「ひどいじゃないですかー、置いてくなんて」
「お前は主役だろう?俺はまだ仕事残ってるの!」
俺はキーを叩くのを止めたその手を取って、吉沢さんの顔をじっと覗き込んだ。
「俺、がんばったんですよ?」
「・・・そうだな。よくやったよ、お前は」
吉沢さんが取られたその手を外そうとするので、ぐっと力を込めて動きを止める。
「ご褒美くれるんでしょ?」
にっこり笑えば、吉沢さんの顔の筋肉が固まった。
「忘れたなんて、言わせないですよ?俺、禁欲しまくったんだから」
「・・・」
「・・・」
お互い目力の勝負みたいに見詰め合って、吉沢さんのため息。
「はいはい、わかったよ」
視線を外すとお手上げポーズをとった。ぐふっと怪しい笑いを洩らして椅子ごと吉沢さんに一歩近づく。
酒臭い息なんて構うもんか。吉沢さんの顎を持ち上げて、いきなりディープキス。
 柔らかい吉沢さんの唇に、自分と吉沢さんの舌の境界線が分からなくなりそうだ。
「んんっ!?」
だけど、絡まりまくった舌を吉沢さんは無理矢理引き剥がすと、俺の胸を突き飛ばした。キャスターが
勢いよく回って、俺はパテーションに激突した。
「痛ってー」
激突した拍子に頭まで打ってしまい、実際は痛さよりも、目の周りがぐわんぐわんと揺れて、気持ちが
悪かった。
「お、お前、ここでする気なのか!?」
あったり前じゃないですか。ご褒美を貰う資格は十分ありますよ。突き飛ばされたって、俺は権利を主張
するね。酔いのせいで、俊敏な動作は出来ないけど、再びのろのろと吉沢さんに近づくと、横にぴたりと
くっついて、今度は耳たぶを噛んでみる。
「散々おあずけ喰らったんだから、もう我慢できないですー」
「ば、バカか!会社だぞ!」
あ、課長、赤くなった。こういうのを世間では脈ありって言うんだ。そして世の中のセオリーとして
決め技は押しの一手。
「会社でするのは男のロマッ・・・ロマンです。ぐふっ」
なんか呂律が回ってないな。押しの一手なんて全然決まってないじゃん。でも、ロマンでもマロンでも、
もうなんでもいいや。俺はここで吉沢さんといいことするんだ。
「お前、相当酔ってるだろ!」
「酔ってますよぉ、酔ってますけど、分かってますー」
怒ったって無駄ですよ。もう分かってるんだから。吉沢さんだってまんざらじゃないって思ってるんでしょ?
さりげなく肩を抱き寄せて、もう一度キスをすれば、さっきより抵抗なんて半減してる。
 そのまま舌を絡ませて、下唇を舐め上げる。そのまま吉沢さんの股間に手を伸ばせば、アラ不思議。
嫌よ嫌よも好きのうちなんてだれが言ったんだか。もう吉沢さんの為にある言葉だとしか思えない。
 早くも勃ち始めてる吉沢さんのそれにスーツの上から手を滑らせて、感触を楽しむ。
「やめっ・・・んん・・・」
吉沢さんの漏れる声もすっかりその気になった証拠だ。
なのに・・・。
「・・・」
あれ?
あれあれ・・・?
でも、なんだか俺の息子さん、元気ないんですが。
なんだか、酔っ払いすぎて使い物にならないらしい。
・・・参ったなあ、せっかく吉沢さんだってその気になってきたって言うのに。がんばれ、俺の息子よ。
 思わず止めてしまった手に、吉沢さんが俺の股間を見る。
「・・・」
「俺、酔っ払って勃たないかも・・・」
うわー、俺も吉沢さんもかっこ悪すぎ。誘っておいて使い物にならない俺と、無理矢理誘われてその気
になっちゃった吉沢さん。
 暫く見詰めてたら、吉沢さんが身体をねじって俺から離れようとした。
「ばか、離せよ。出来ないなら丁度いいじゃないか」
なんだか、出来なくて拗ねてるみたいに聞こえるんですが、気のせいでしょうか。勿論俺だってこんな
ところで止める気はない。
 神様に貰った滅多に無いチャンス。大切に扱わなければ。神様仏様吉沢様。どうか俺にこの一大イベントを
遂行させてください。
 それにしても、どうしたもんかな、コイツは。さっきキスしたときはそれなりに反応してたのに、
吉沢さんに吹っ飛ばされて目が回った途端、ふにゃりとしてしまった。
・・・。

勃たぬなら、勃たせてみせよう、ホトトギス 深海慎一郎

一句詠んでる場合じゃない。でも、まあその通りだ。勃たないなら、勃たせるまでのこと。
「いやですよー、今日はここでするって決めたんだから。・・・勃たせてください。俺のめっちゃ興奮する
ことして勃たせてくださいよー」
「何いってんだよ、お前」
そんな信じられない目付きで俺を見ないでよ。まだ何にも言ってないでしょ?
キャスター付きの椅子に座ったまま、吉沢さんの裏に回って、椅子ごと抱きしめる。そして耳元に口を
寄せて息を吹きかけるように言った。
「ねえ、オナって」
「!?」
「1人エッチ。してよ。そしたら俺のふにゃチン、使い物になりそうだから」
あっけに取られてる吉沢さんのスーツのベルトに手を掛けて、俺は躊躇わずにチャックを開けた。

「俺、吉沢さんがマス掻くの見たい」


<<9へ続く>>








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