なかったことにしてください  memo  work  clap




 自爆してるとは思う。吉沢さんの気持ち確かめもせず、思い込んで勝手に傷ついて、俺
ってこんなにダメな人間だったかなって思うけど、そういえば結構なダメ人間でした。はい。
 デスクに頬杖ついて、豪快にため息を吐くと、隣で新井が鬱陶しいほど反応した。
「先輩、なんかお疲れっすね」
「まあな」
「そういえば、兄ちゃんがお礼言ってました」
「はあ?なんだそりゃ」
「なんか、すっごくすっきりしたって。解決したんすかねえ?」
何がすっきりだ、このやろう。お前の兄貴の所為でこっちは頭ん中ぐるぐるにされてるって
言うのに。兄貴にもノー天気な新井にもいらいらして、俺は不機嫌なまま適当に返事をする。
「あー、そうなんじゃねえの?よかったな、解決して!」
「何か投げやりっすね」
イライラしながら俺はデスクから身体をはがすように立ち上がった。
 新井としゃべってると、嫌なことばかり浮かんでくる。出来れば近寄りたくない。消えろ
といっても同じ社内だし、席だって隣なんだからそんなこと言われてもバカな新井だって
そりゃ困るだろう。俺はタバコを引っつかむ。屋上で一服コースだ。
「俺宛の電話来たら、ケータイに掛けるように言って」
そう言い残して俺は席を立った。
 晴天の屋上は日差しが眩しい。もう梅雨も明けたんだろう。照り返す日の暑さに、眉を
しかめながら、ポケットからタバコをつまみ出すと、口に咥えた。
 細い煙が真っ青な空に消えていく。
「吉沢さん、何してるんだろ・・・」
吉沢さんとはあれから会ってない。次の日から出張で関西辺りを回ってるらしい。3日間
顔を合わせないで済むのは、今の俺にとってはありがたかった。
 今は会いたくない。会ったら、どんな顔していいか分からないから。
 洗いざらい聞いてしまったほうが楽なのかもしれないけど、それをやる勇気と吉沢さん
のプライドを思うと踏み切れない。前園さんの勝ち誇った横顔がチラチラと浮かんで、
その笑顔を潰すようにタバコを揉み消した。



 結局、出張に出ている間、吉沢さんから連絡は一度も来なかった。あんなふうに俺が出て
来た手前、吉沢さんから連絡くれるわけはないだろうけど、ぷつりと途絶えた連絡に俺は
絶望すら感じていた。
 それにしたって新井は相変わらず俺の隣でノー天気で腹が立つ。早く吉沢課長帰って
来ないかなーってお前それどこの子どもだ?って思わず突っ込みたくなるような独り言を
呟いて、周りの社員に苦笑いされている。
「先輩、何があったか知らないっすけど、元気出してくださいよ。明日には吉沢課長だって
帰って来ますよ」
「お前に心配されるなんて、俺終わってるな」
「ひどいっす。俺だって、心配するっすよ」
「そう、ありがとう」
「そうっすよ。それで、俺あんまり先輩が元気ないんで心配になって兄ちゃんに言ったら、
今晩一緒にご飯食べ行きましょうって」
「はあ?!」
「兄ちゃん、えらく深海先輩のこと気に入っちゃったみたいです」
気に入るわけないだろっ!牽制か?それとも、もう吉沢さんのこと落としちゃったとか?
 俺を呼び出して今度はなんだ?!
これ以上前園さんと関わりたくはないけれど、吉沢さんとの今の関係も気になるし、一瞬
新井を前にどうしようか固まった。
「今日は用事ありますか?」
「あ、いや・・・」
曖昧な返事を新井はOKだと勝手に解釈して
「じゃあ7時に駅で待ち合わせにしてるんで、よろしくっす」
と言い放っていった。



 吉沢さんと会わなくなって、一人の夜に考えて考えて、ぐるぐるになって、やっと出た
結論は、引き際が悪いと思われようとも、俺は別れる気なんてさらさらないってことだ。
 前園さんがどう出てこようが、往生際悪く足掻いてやる。
意気込んで待ち合わせの場所に行くと、新井と前園さんが和やかな雰囲気で俺を待っていた。
「先輩遅いっす」
「最後の電話が長引いたんだよ!・・・・・・あ、前園さん、どうも。遅くなってすみません」
「いやいや、仕事なんだし、構わないよ。場所、俺の行きつけだけどいい?」
「はい」
連れて来られた店は、オシャレな居酒屋って感じの店で、俺達の隣の席では仕事帰りの
若いサラリーマンとOLが合コンをしていた。
「ちょっとうるさいかな」
「これくらいどうってことないですよ。いつも隣にもっとうるさいのがいるし」
ちらっと新井を見ると心外の表情で自分を指さした。
「俺の事っすか!?」
「他に誰がいるんだよ」
「本当に、健太がお世話になってます。出来の悪い子ですけどよろしくお願いします」
前園さんが慇懃無礼気味に俺に頭を下げる。別によろしく言われなくても、よろしくして
やってるつもりだけどな。鬱陶しいけどこれでも一応後輩だし。
「前園さんは、新井のことかわいくて仕方ないって感じですね」
「年の離れた弟だからね。年下の出来の悪い子はみんなかわいく見えるよ」
そう言うと、前園さんは俺を見てニタニタと笑った。俺も含まれてるってことか?食えない
人だなあ。
「吉沢君もね、昔はかわいかったよ」
付け足すように言った台詞に俺と新井が同時にビールのグラスを置いて前園さんを見ていた。
「吉沢君って・・・兄ちゃん吉沢課長の事も知ってるの?」
「・・・・・・言ってなかったんですか」
「えー!?どこで知り合ったの?!なんで?」
「新井、お前ホント何にも知らないんだな。前園さん、うちの会社にいたらしいぜ」
「ホントにー!?」
「吉沢君が入ってきて2年くらいして辞めたけどね」
「へえ。そうなんだー。兄ちゃんその頃の吉沢課長ってどんなんだったの?」
「そうだなあ・・・・・・。今はどうなの?」
前園さんは答える前に、新井に振った。
「えー、吉沢課長は、完璧でかっこいい出来る男って感じっすよね!」
「ああ、うん、まあ・・・」
新井に言われるとなんとなく違和感があるんだけど、その言葉に間違いはない。少なくとも
仕事の上では、あんなに頼れる人いないんだから。
「ふうん。あの吉沢君がねえ」
なのに、前園さんは含んだ表情でニタニタ笑ってるから、ホント、気に食わない。
 昔の吉沢さんの事知ってるのは自分だけって自慢でもするつもりなんだろう。
「で、兄ちゃん。昔の吉沢課長ってどんな感じだったの」
「そうだなあ・・・」
前園さんは新井と俺を見比べて、納得したように頷いた。
「ちょっと君達に似てるかもな」
「え!?」
驚きの声を上げて新井は目をキラキラさせた。そんなにうれしいか。っていうか・・・
「・・・・・・似てるって、それどういう意味ですか」
「危なっかしくて、放っておけないとことかかな」
「吉沢さんがそんなこと・・・・・・」
「って、君達はびっくりするだろ?でも、吉沢君にだって新人の頃はあったんだぞ」
「そうですけど」
「結構無茶なこともしてたし、俺にしてみれば、落ち着いて頼りがいのある吉沢君って方
が想像もつかないよ」
そう言って、前園さんは昔話を得意げに話し始めた。





 入社して半年。吉沢晴彦は一本の電話の前で激しくへこんでいた。
「どうしたの」
「前園さん・・・・・・実は先方を怒らせてしまって」
「相手誰だっけ?F社の佐竹さん?」
「はい・・・・・・」
くるっと椅子を回転させて前園を見上げると、童顔の顔が泣き出しそうな表情をしていた。
前園は、高校生みたいなその顔に思わず手を伸ばして、頭をぽんぽんと叩いた。
「何言ったの、佐竹さんは」
「金額の折り合いがつかなくて・・・・・・こっちもこれ以上は下げるなって課長に言われてた
ので、無理ですって言ったんですけど、先方がどうしても下げろって言って聞かなくて・・・
しょうがないんで、こっちが折れようとしたら、そんなふにゃふにゃ折れてるような営業
なんかと仕事したくないなんて言われて、いきなり怒られました。もう、分けわかんない。
・・・・・・やっともらった初めての仕事なのに」
しょんぼり肩を落とす吉沢に前園は目を細めて笑った。
「ははん、あのおっさんまた新人いじめしてんな」
「新人いじめ?」
「あの人、そうやって人の会社の新人苛めて遊んでるの。気にするな」
「でも・・・」
「まあいいって。俺があと話つけるから」
前園は折り返しF社に電話を掛けると、あっという間に商談をまとめた。横に座っていた
吉沢からは尊敬の眼差しが向けられて、前園は柄にもなく照れていた。
「前園さんって凄いですね。かっこいいです。・・・・・・俺も出来る営業になりたいです」
「すぐなれるって。吉沢君ならあっというまに俺なんて抜いてくよ」
前園はくすぐったい気持ちで吉沢を見ていた。

 それ以来、前園は何かと吉沢を気遣うようになっていた。
丁度1年が経った頃、課の年度末の締めの飲み会があった。珍しく吉沢は早くから酔って
いて、1次会が終わることには、かなりの千鳥足だった。
「吉沢君大丈夫?」
「もう先、帰りな」
「誰か送ってった方がいいんじゃない?」
ふらつく吉沢に前園は腰を支えて歩かせながら、
「じゃあ俺が送ってきますよ」
と言って、二人は飲み会の輪から離れた。

前園は吉沢を支えたまま、駅までの道をとろとろと歩いた。
「大丈夫かな?凄く酔ってるみたいだけど」
「すみませっ・・・」
「何かあった?」
「・・・・・・いえ」
「俺でよかったら、話聞くよ?こう見えて口は堅い方だから」
「別に・・・何にもない・・・です」
明らかに隠してますといった態度で前園から離れようとすると、また足がもつれて、前園
は慌てて吉沢の腰に手を伸ばした。
「ちょっと、大丈夫?」
「は、い・・・・・・」
吉沢は回された腕をやんわりと解くと、ふらふらになりながらも自分で歩き出した。
「待って、待って。危ないから、送ってくって」
「いえ、大丈夫です。・・・・・・一人で、帰れる、し」
言った傍から、吉沢は地面の段差に足をとられて転びそうになる。前園はもう一度肩を
抱き寄せて、吉沢の細い身体を支えた。
「無茶しなさんな。ダメなときはダメ。辛いときは誰かに頼るってこと覚えた方がいいよ
君は。家はどこ?」
「すみませっ・・・・・・でも、一人で帰れるので」
「何か警戒してるの?別に家まで行って、ガサ入れなんてしないよ」
「・・・・・・」
「分かった。じゃあ近くの駅まで送ってくから。皆に送ってくって言った手前、こんな所
で帰すわけにはいかないよ」
「すみません」
最寄の駅までたどり着くと、電車の揺れが余計に気分を悪くさせたのか、駅のトイレで吉沢
は吐いた。
 駅前のベンチに座らせて、買ってきた水を差し出すと、半分以上口から零しながらなんとか
喉に押し流す。その姿が妙に色っぽくて、前園は目のやり場が無くなってしまった。
「大丈夫?タクシーにすればよかったかな。家、近く?タクシー呼ぶ?」
「帰れます・・・大丈夫です」
そう言っても、一人で帰れるような状態には見えない。
 ぐったり気味の吉沢をどうしようか考えあぐねていると、スーツ姿の30近くの男が近づいて
きて来た。
「晴?」
テナーヴォイスがよく通る。その声に反応して吉沢が顔を上げた。
「え?」
「晴彦?なにしてんだ?」
親しげに名前を呼ぶ男に、前園は固まってしまう。兄弟でも友達でもなさそうなこの男は
一体何者だ?
「・・・・・・ちょっと酔って」
吉沢はバツの悪そうな声で呟いている。男は前園の方を一瞥した。目が合って前園は頭を
さげる。小さくどうもと呟いた。
「会社の・・・・・・先輩で・・・・・・送ってくれたんだ」
「ったく、何やってんだ。すみません、ご迷惑掛けて」
「いえ、俺は別に・・・・・・」
呆気にとられている前園を前に男は吉沢の腰を何のためらいもなく抱きかかえた。
「晴行くぞ。じゃあ、どうも」
「あ、うん・・・・・・前園さん・・・すみませんでした・・・」
二人は夜の闇の中にそのまま消えていってしまった。
 前園はその後姿を複雑な思いを抱えて見送っていた。





 前園さんがそこまで語ると、俺と新井は大きなため息を吐いた。
「吉沢課長が酔いつぶれるなんて、信じられないっす」
「新井、そこか・・・」
新井の的外れな感想などどうでもいい。
「あの吉沢課長がねえー。ふふ、なんか俺親近感沸いちゃった。・・・あ、ちょっとトイレ
行ってきまっす」
新井もそこそこ酔ってるのか、ふわふわとした足取りでトイレに立って行った。
 残された俺と、更にわけあり顔になっている前園さん。そりゃあ、聞くしかないだろ。
「その男って・・・・・・」
「うん。同棲してた男、だったよ。しかも破局間近の」
また過去の男か・・・。
 こうなったらとことん聞いてやる。新井の帰ってくる前に。前園さんと吉沢さんの関係
も全部聞いてやるんだ。
 俺はグラスに半分以上残ったビールを一気にあおって、前園さんの前にガンと置いた。
「聞かせてもらいますよ」
「深海君が落ち込まないといいけど」
前園さんは不敵な笑みを浮かべていた。



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