なかったことにしてください  memo  work  clap



 悶々としたまま(なのは吉沢さんの方が絶対強いはずだけど)マンションに戻って、俺達
は仕切りなおしで、ベッドに直行した。
 勿論今度は、気持ちよく吉沢さんをイかせて、俺も奇跡の2発目を発動する事が出来た。
やっぱり、溜まってたのか。
「ねえ、吉沢さん」
「ん?」
ベッドの中でイチャイチャして、吉沢さんの身体を抱きしめる。
「新井にあげたA木商事、アレもう返してもらえないんですかねえ・・・」
「何で」
「・・・・・・浮気の腹いせに、あんなことするなんて、ひどいっす」
「馬鹿、そんなことするかよ。そろそろ他の物件の開拓して欲しかったから、あれは新井に
あげたの。別に浮気の腹いせなんてしてない!・・・・・・プライベートと混同するなって」
「・・・・・・そうなんですかぁ?」
モチモチのわき腹をなぞりながら、吉沢さんの顔を覗き込む。プライベートを混同しない
っていうのは分ってるつもりだけど、本当に100%私情抜きで、あの変更を考えたという
のも納得できない。
「でも、ちょっとくらい、俺に対するイジメの気持ちあったでしょ?」
「・・・・・・さあね」
吉沢さんはククっと笑って俺にキスをした。
 ったく、手ごわい上司だ。

吉沢さんはそれ以上、優花のことに触れる事はなかった。だから俺もそれ以上説明も、
言い訳もせず、やんわりとオブラートに包んでこの出来事は俺達の深い所に埋葬した。
 人間生きていれば、見られたくない過去も、晒されたくないプライベートもいくらだって
ある。吉沢さんにも、俺の知らない過去があるわけだし、そんなものを詮索したって、仕方ない。
 中学生のガキじゃないから、過去も全部自分のものにしなきゃ気がすまないなんて、そんな
駄々っ子のようなことは思わない。だから、これはもうこのままでいいんだ。
 後は優花に出会う事のないのを祈るばかり。






「お疲れ様でした」
「お先ですー」
定時を1時間過ぎて、仕事を切り上げた。他の残業の社員を残して席を立つと、吉沢さんが
ブースに近づいてくるところだった。
 さっき、メールでこっそり「そろそろ帰りませんか」コールをしたのだから、偶然では
ないのだけど、俺は吉沢さんに驚いて見せた。
「あ、吉沢課長もお帰りですか」
「うん。・・・・・・お疲れ、俺先に帰るから、後よろしく」
他の社員に声を掛けて、吉沢さんは廊下に出た。
 会社を後にして吉沢さんと駅まで2人で歩く。たまたま帰りが一緒になった風を装って
社内を出たことに、誰も違和感はもってない。
 もう、新井という邪魔者もとっくに帰ったし、このまま吉沢さんのマンションに直行して
のんびりするだけだ。
 いつもの日常。いつもの平和。吉沢さんが隣にいる。ああ、なんていう幸せ。
そんなウキウキの気分で歩いていると、急に後ろから声を掛けられた。
懐かしい香水の匂い。振り返らなくても、この香水と匂いで声を掛けたのが誰なのか
確実に分った。
もう一度名前を呼ばれて、無視して歩き続けるわけにもいかず、恐る恐る振り返ると
俺はやっぱり数秒固まる事になった。
「深海君」
にっこり笑った女の顔。彼女は俺に手を振って、吉沢さんに軽く会釈をした。
 偶然なのか、仕組まれているのか。女って強かでわかんねえなあ。
「こ、こんばんは」
「むっちゃ警戒されてる。それって結構傷つくんですけど?」
「あの、いや・・・」
駅前を吉沢さんと2人歩いているところで、見事に遭遇したのは優花だった。途端、吉沢さん
は恋人の仮面を外し、鉄壁の営業スマイルを掲げる。上司面をして、優花にこんばんは、と
挨拶をして、すっと一歩下がった。
 俺は優花が何で声をかけてきたのか理解できず、ただ吉沢さんが機嫌悪くならないように
祈る事しかできない。
 優花には、あの日きっちりと告げたのだ。もう2人きりでは会えないし、そう言う関係に
戻ることもないと。優花もそれを受け入れてくれたはずだ。
 元々物分りのいい女だったし、未練たらしく浮気相手を追いかけるような女じゃない。
だからこそ、こうやってばったり会ったときに態々声を掛けて来るという行動が、何を
意味しているのか怖いのだ。
「あの・・・・・・」
「結局、彼とは別れちゃったわ」
「え?・・・・・・あ、そうなんだ。大丈夫?」
「勿論。私から振ってやったんだもん、あんな男」
女って強い。電話では、散々グチグチ言ってたのに。別れると思ったらあっさりだ。
「だからね、これからまたイイ男探しにいくのよ」
「そう。がんばって、ね・・・・・・」
「何よ、幸せそうな面して。余裕こいてるんじゃないわよ」
「え?」
「嫌味な男ねー、深海君って」
優花は、一度吉沢さんの方を見ると、意味ありげにふふっと笑った。
「まあね、深海君の隣に美人で優秀なステキな恋人がいて、毎日楽しそうにしてれば、
自然と顔も緩むっていうのも分らないでもないけど」
「び、美人って・・・」
「あら、深海君、付き合ってるのは美人で優秀な人って言ってたじゃない。ねえ?そうです
よね?」
挑発的にも見える笑いを吉沢さんに向けて、優花は笑った。
「そう、だったかな・・・・・・」
流石にこの手の質問には吉沢さんの営業スマイルもやや崩れ気味で、曖昧に受け流すので
精一杯らしい。
「羨ましいわ、深海君にそんな恋人がいるなんて!」
俺に向けてというより、吉沢さんに向かって優花は言った。
 なんか、ものすごく嫌な汗が背中に湧き上がってるんですけど・・・。
「あの、さ・・・」
「はいはい。これ以上深海君苛めてもかわいそうだから、あたし行くね。今から、本当に
コンパなのよ」
「そう・・・・・・なんだ」
「そうよ!男、漁ってくるわ!」
優花はそれだけ言うと、ヒラヒラと手を振って夜の歓楽街へと消えていく。彼女はいつも
一方的で、勝手に自分の中で決着を付けてしまうんだろうか。
 置いてきぼりの俺は、落ち着かない気持ちで、吉沢さんを見下ろす。吉沢さんも、腑に
落ちない顔で、俺を見上げた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
人ごみの中に彼女の姿がどんどんまぎれていく。
 その颯爽と歩いていく彼女に、完全に置いてかれた俺達は、呆然とその後姿を見送る事
しか出来なかった。
「お前さ、彼女に何て言ったんだ」
「別に・・・・・・ただ、恋人がいて、今はその人のことしか考えられないから、優花とはもう
そう言う関係にはなれないって」
「それだけ?」
「・・・・・・多分。あ、社内恋愛ってばれましたけど・・・・・・」
真逆、それだけで俺の恋人が吉沢さんなんてバレるはずはないし、今の発言だって、俺の
恋人を吉沢さんと断定して言ったわけでは、ないはずだ。
 いや、ないと思いたい。バレてるなんてそんな恐ろしいこと、あってたまるか。
女の勘がいくら鋭いからといって、俺の恋人が吉沢さんなんて見破られることがある
はずがない。
「大丈夫ですって。いくらなんでも、バレてません」
今はそう信じるしかない。
「深海は、肝心なところで抜けてるからなあ」
「信用してないんですか?」
「微妙だな」
「さいですか・・・・・・」
俺の信頼って一体なんなんだ・・・・・・。
 まあ、優花のアドレスは消したし、偶然ばったり会うこともなければ、こんなのは危機
じゃない。大丈夫、大丈夫。・・・・・・多分。






 それから暫くして、俺は三度新井に呼び出されることになった。3度目ともなれば、そろそろ
こっちとしても、どんな馬鹿なことを言ってくるのか覚悟は出来ているつもりなんだけど、
新井の発言はいつも俺の予想の上を行くから油断ならない。
「で?今度は何」
「深海先輩、冷たいっすね」
「冷たい?冗談!お前のくだらない戯言に3度も付き合ってる俺を捕まえて、冷たいなんて
どの口が言うんだ」
「だって、先輩、全然俺の話嬉しそうに聞いてくれないじゃないですか」
「なんでお前の悩みを、俺が嬉しそうにして聞かなきゃならんのか、そっちの方が不思議
なんだけど?」
「いいじゃないっすか、可愛い後輩なんすから」
「自分で言うな」
「そんなことより、聞いてくださいよ」
新井は俺の態度なんて全く気にする事もなくしゃべり出した。
 俺は頼んだビールをチビチビと飲みながら半分くらいは聞き流して、さっさと吉沢さん
のマンションに帰ることばかり考えている。
「・・・・・・で、色々考えた結果、決めたんです」
「何を?」
「何をって、俺がどうやったら吉沢課長と付き合えるかですよ」
「・・・・・・お前、まだ諦めてなかったのか!」
「諦めるわけないじゃないっすか。吉沢課長が結婚してるわけでもないし、彼女だって
いるんだかいないんだかわかんないし。そんなんじゃ俺の燃えたぎるハートの火は消え
ないっす!」
さっさと消せよ、そんな暑苦しいハート。
「お前なあ、何度も言うようだけど、吉沢課長は年上で上司でしかも男なの!分る?」
「分ってますって!それに、兄ちゃんも『障害が多いほうが恋は燃える』って応援して
くれたし」
「新井の兄貴はアホなのか」
どうにかして、このアホ新井の目を覚まさせねば・・・。今まで以上に吉沢さんの周りをうろ
ちょろされたら、いつコイツに目撃されるかわかんないし、いくら頭の悪い新井だって、
吉沢さんのマンションで見られたら、何か思うに決まってる。思うだけなら構わないけど
それで暴走でもされたら、それこそ進退問題になりかねない。
 でも、今の新井の気持ちを止めるのは、それはそれで至難の業なんだよな。
「わかった。今度お前にいい女紹介してやるから、な?」
「なんですか、それ!そんなかわいそうな目で俺をみないでくださいよ。俺は片思いだけど
すっげえ幸せなんすから!」
そうか。幸せならそのまま、幸せのまま俺の前から消えてくれないか・・・・・・。
 頭痛いヤツだ。可愛くないわけじゃない。よく懐いてくれる後輩だし、こうやって慕って
くれればそれなりに情は沸く。
 だけど、それとコレとは別なんだよ、新井。

お前に吉沢さんを渡すわけにはいかないの!

何を言っても、新井には通じないのはもうわかったから、俺は黙ってビールを煽った。
「・・・・・・好きにしなよ、じゃあ」
「はい!そのつもりっす」
新井はにっこり笑ってVサインを出すと、改めて姿勢を正して俺に言った。
「だから、俺、これからも隙あらばどんどんアピールして行こうと思ってますんで!」
なんだか、宣戦布告でもされた気分。
「はあ・・・」
「先輩、変なちょっかいとか出さないでくださいね」
「何だそれ」
「だって、また俺の所為で喧嘩されても困るし・・・・・・」
「だから、それは・・・・・・」
「まあ、いいですって。先輩は優しく俺のこと見守っててください!そんで、この恋が成就
したときは、盛大に祝ってくださいよ」
「・・・・・・ハイハイ」


結局、ふりだしに戻る。


「うっし。深海先輩が応援してくれるなら、なんか上手く行きそうな気がします。俄然
やる気になりました!」
「・・・・・・そのやる気を、仕事にも活かせよ」
「勿論っす。仕事も恋も、バリバリ行くっす」
新井は豪快にジョッキのビールを飲み干して、気持ちよさそうにゲップする。
 あーあ、俺と吉沢さんの喧嘩は終了したけど、問題はやっぱり何にも解決してなかった。
試合放棄でもなんでもして、新井の暴走から逃げ出したい。なのに、新井は俺を解放して
くれる気がなさそうだった。
「先輩、大丈夫っすか?」
もう、知らね!なんとでもなれだ。
 俺は涙目になりながらも、この現実を受け入れるしかなさそうだと、諦めた。
何にも進展もなく、かといって後退するわけでもなく、俺の日常はこうしてまた、新たな
不安要素に巻き込まれて続いていくらしい。
 一体、いつになったら吉沢さんと2人っきり、イチャイチャのんびり出来る日が来るん
だろう。
 だけど、刺激のない日を想像して、少しだけつまらない気もするから、これはこれで、
俺らしくていいのかもしれない。いつまでも、馬鹿なことして吉沢さんと騒動繰り返して。
そうやって、年を取ってくのも楽しいじゃないか。
 俺は未来を想像して自嘲気味に笑った。



「先輩、これからも宜しくっす!」
・・・・・・けど、やっぱり新井のアホは勘弁してくれ!!






2008/05/14
お読みくださりありがとうございました。またいつか。







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