なかったことにしてください  memo  work  clap



男には敷居をまたぐと7人の敵がいるらしい。・・・あれ、6人か?8人か?
いや、もう何人だっていい。
とにかく、伏兵は意外なところから出てくるんだ。





 花見で暴走した新井は、結局風邪を引いた。
風邪を引いた上に酔っ払って服を脱いだ事も、吉沢さんに突っかかったことも綺麗さっぱり
忘れてしまったらしく、俺はまた新井から同じ攻撃をされることになった。
「先輩、ちゃんと吉沢さんの行動探ってくれてますか?!」
「うっさい、うっさい。何度も言っただろ。吉沢課長には美人で優秀な恋人がいるってーの」
「でも、花見の席で、斉藤さんが吉沢課長には彼女はいないって言ってたような気がする
んすけど・・・夢かなあ」
確かに、吉沢さんに「彼女」はいない。だから斉藤さんの言った事は間違ってはいないし
斉藤さんもああいう言い方をしたんだろうけど、新井の中では問題は振り出しに戻って
しまったのだ。
「そうだ、夢だ夢。吉沢課長にはりっぱな恋人がいる!俺がはっきり見たんだから、間違い
ない!な、だからお前もアホな妄想なんてさっさと捨てろ」
「・・・・・・でもなあ。俺、自分の目で確かめないと信じられないっす」
ああ、もう。なんなんだコイツは。
「信じるも信じないもお前の勝手だけど、とにかく吉沢課長にはお前が驚くような美人の
恋人がいるの!」
少々デカイ声になって新井に文句を言うと、後ろで咳払いが聞こえた。
「誰に何がいるって?」
振り返ると、にっこり笑った吉沢さん。
「あ・・・・・・」
「課長・・・・・・・」
両腕組んで眉間をぴくぴく揺らしている。
「やべっ」
「・・・・・・お前ら、会議の時間とっくに過ぎてるのに、こんなところで油なんて売ってん
じゃない!」
「すんませーん」
慌てて会議室に飛び込んでいく俺と新井。その後、勿論新井とセットで他のメンバーにも
きっちり怒られた。
 なんで俺と新井が「いいコンビ」なんていわれなきゃならないんだ、こんにゃろう。






「もう、俺、新井にかかわるの嫌ですよ・・・・・・」
「そんな事言っても、お前の可愛い後輩だろ」
吉沢さんは苦笑いしながらグラスのビールを煽った。
 久しぶりに仕事終わりに吉沢さんと2人きりの飲みタイム。駅から少し離れた洋風の居酒屋
で、俺と吉沢さんはテーブルを挟んで恋人気分を味わっている。
 吉沢さんと2人きりで飲みに行くのは危険だ。
まず、社内の女子に僻まれる。それで、斉藤さんにニヤつかれて、最後に新井のモノ欲し
そうな視線攻撃を受けなければならなくなるからだ。
 だからあまり社員が来そうもない場所を探して、コソコソと会ってるわけなんだけど、
この店も昔何度か来た事のある店の一つだった。
「あんなヤツ後輩でもなんでもないですよ。俺と吉沢さんの邪魔ばっかりしやがって」
つまみ代わりに注文した枝豆を、親の敵のように食いながら俺は吉沢さんに当たった。
「まあなあ・・・馬鹿度で言うとお前の上行ってるし」
「馬鹿度って!」
「お前の馬鹿度が1なら、新井は10位行ってそうだからなあ」
俺のひどい言われようなのは何時ものこととして、新井も相当言われてる。花見の裸祭りが
そんなに効いてるのか。


 俺達が新井をこき下ろしながら飲んでいると、懐かしい香水の匂いがした。
回りを見ると、1人の女が丁度俺達の前を通り過ぎるところだった。この女が香水の
持ち主なのだろう。なんとなく見ていると、その女も俺の視線に気づいたようで、俺と目が
合った。
「・・・・・・?」
どこかで見たような気が・・・そう思った瞬間女の方から声をかけてくる。
「深海君!深海君でしょ?」
「え、ああ」
「偶然。仕事帰り?会社近くなの?」
「あ・・・うん」
彼女は機関銃の様にその場でしゃべり出した。そうしているうちに段々と昔の記憶が蘇って
来て、彼女が俺の最も会いたくない昔の知人の1人だという事に気づく。
 しかも吉沢さんの前では、今すぐにでも消えてもらいたい人間だ。
「深海君?」
「ああ、いや。久しぶり・・・・・・1人、なわけないよね」
「うん。あそこで友達と待ち合わせ」
振り返ると、彼女と同じくらいの年の女が3人ほど集まっていた。彼女以外の女の顔は見た
ことなさそうだったので、俺はひとまずほっとする。
 ああ、はやくここから立ち去ってくれい!
 そんな俺の心境なんてつゆ知らず、彼女は俺の一番痛いところを突いてきた。
「ねえ、そういえばあの子、元気?」
「え?」
「え?じゃないわよ。彼女、仲良くやってるの?」
(はあっ。もうっ!)
「とっくに別れたよ」
「ええ?そうなの?あんなに仲よさそうだったのに・・・・・・」
お気の毒、そう言う表情をしながらも彼女の声は笑っている。
「もう昔の事だよ」
「そう」
沈黙になりかけて、彼女はそこで漸く吉沢さんの存在に気づいた。
「あ、ごめんなさい。お友達と一緒だったのよね」
「・・・・・・上司だよ」
「ええ?!」
吉沢さんは童顔だし、俺と同い年に見えても仕方ないけど。
「どうも、こんばんは」
吉沢さんが営業用のスマイルで彼女に微笑みかけている。・・・・・・これ、相当腹になんか
抱えてるよな。
「すみません、失礼な事言っちゃって。・・・・・・私、友達待ってるから行くね。あ、深海君
また一緒にご飯でも食べようよ。ケータイ変わってないんでしょ?」
「・・・・・・うん」
「じゃあ、また連絡するね」
彼女はそう言うと、女友達の待つ席へと消えていった。

「だ、大学時代の友達、です。ただの・・・友達」
「別に、何にも聞いてないだろ」
「・・・・・・」
聞かれてなくても、この状況は気まずいわけなんですがね、吉沢さん。
「お前の昔の彼女でも、友達でも構わないって。お前の友達詮索するほど心狭くないよ」
口ではそういいながらも、どこか棘のある台詞に俺の良心はちくちくと痛んだ。




 どうにも尻の座りが悪くなって、俺は早いペースでビールを煽り、何度かトイレの為に
席を立った。
 そして、3度目のトイレで何故か彼女と鉢合わせになるという偉業を達成してしまうのだ。
 トイレの前はちょっとした休憩所のようになっていて、ケータイでしゃべっている男や、
合コン相手をこき下ろしている女達がいた。
 トイレから出てくると、丁度彼女もそこにいて、無視するわけにもいかず軽く頭を下げた。
「何よ、他人行儀みたいに」
「なんか久しぶりに会ったら、すっかり見違えちゃって」
「そうかなあ。・・・・・・深海君は全然変わってないみたいだけど。あの頃と同じ」
彼女――桜井優花は大学時代の知り合いだ。学部もサークルも何も接点はなかったけれど
わりと気のあう子だった。
 知り合ったきっかけは当時付き合ってた彼女の友達。
あの頃はその彼女やら他の友人やらで一緒に遊んだりしたもんだった。
「変わってないって言われて嬉しいのか、残念なのか・・・・・・少しは社会人ぽくなったって
言ってほしいなあ」
「あはは、そうね。スーツがすっかり身体に染み付いてるし、戦うサラリーマンって感じ
はするかな」
「負けてばっかりだけど」
そう言うと、優花は少しだけ俺との距離を縮めて俺を見上げた。吉沢さんも俺よりは身長
低いけど、優花は吉沢さんよりももっと低い。
 見上げられた角度が新鮮で、むず痒かった。
「あの深海君が社会人なんだよね」
「どういう意味だよそれ」
「・・・・・・また、みんなで遊びたいね」
「・・・・・・」
「あ、ごめん。そうだった」
優花は態とらしく首をすくめる。
「あの頃のメンバーとはもう連絡取ってないの?」
「うん。全然。就職したらばらばらだし」
「そっかあ・・・」
そう言って優花は俺と並んで壁にもたれ掛かった。直ぐにでも立ち去って吉沢さんの元に
帰りたいのに、切り上げるきっかけを失ってしまう。
 ポケットからタバコを探したけど、テーブルの上に置いてきた事を思い出す。ああ、早く
解放してくれ。
「・・・・・・優花、彼氏は?」
「いるよ。あの頃とは違うけどね」
優花は意味深な笑いで俺を見上げる。
「そういう深海君は?」
「俺も、ぼちぼち・・・」
「へえ、どんな子?可愛い?」
「まあね」
「うわあ、久しぶりに惚気られた」
俺の相手がさっき見た上司だなんて言ったら、優花腰抜かすだろうなあ、なんて俺は暢気な
事を思った。言える分けないし、絶対に言わないけど。
「・・・・・・上司待たせてるし、俺そろそろ・・・」
「そっか。ごめん、ごめん。じゃあ、また連絡するね」
彼女は手を振って、女子トイレへ消えていった。
「また、連絡するねって・・・・・・」
参ったなあ・・・・・・。





 席に戻ると、吉沢さんが早々に切り上げ始めた。まだ店に来て1時間と経っていない。
「え?もう帰るんですか?」
「・・・・・・」
吉沢さんは俺を無視して伝票を引っつかむと、そのままレジへと向かってしまった。付けかけ
のタバコを潰して、急いでその後を追う。
「吉沢さん??」
店の外に出ると、柔らかな春の夜風が身体を通り抜けた。スーツが風に煽られる。
「どうかしたんですか、吉沢さんっ!」
急に不機嫌になった、としか思えない。その原因が俺であることと、あとは彼女の出現で
あることは、想像に難くないけれど、吉沢さんは何を思ったんだろう・・・。
 店を出てからずっと無言だった吉沢さんが思いの他軽い口調で言った。
「さっきの香水の匂いがするんだけどさ」
「え?」
スーツを匂ってみると、右腕から僅かに優花の香水の匂いがした。さっき隣に並んだ時に
付いたんだろう。
 それで、俺は急激に嫌な思い出がぶり返してくる。
・・・・・・彼女の一級の悪戯だ、これは。
「さっき、トイレで付いたのかなあ・・・」
惚けても無駄な事は分っていたけれど、俺はこういうとき、綺麗に交わせるほどスマートに
出来てないヘタレな人間だ。
「で、わざわざトイレに立った深海を追いかけるような用事がある彼女は一体何?」
吉沢さんの声のトーンが下がる。やっぱり、気にしてたらしい。
「へえ?」
「トイレで会ってたんだろ」
「・・・・・・偶然ですよ?トイレで会ったのは」
「お前は偶然でも、彼女の方はそうは見えなかったよ」
「はい?」
「お前が席を立ったのを見て、追いかけていったから」
よくみてらっしゃる。そんなことに感心してる場合じゃないけど、吉沢さんの観察力には
こんなときでも頭が下がる思いだ。
「別にあの子がお前の昔の彼女でもなんでもいいけど、俺の前でコソコソするなよ」
「コソコソなんてしてないですよ」
本当に、そんなヤマシイ気持ちなんて欠片もない。ただ偶然昔の知り合いに会っただけなのに
吉沢さんの反応は相当冷たい。
「じゃあ、何?」
「と、友達です。大学時代の」
力を込めて友達を強調してみるものの、吉沢さんは冷たく俺を見上げるだけだ。
「後で弁解するよりも、先に言っておいた方が問題が大きくならなくて済むこともあるよ」
友達なのは嘘じゃない。ただそれにオプションが付くだけで。
 だけど、それを黙っていてバレた時の方がなんか怖いよな。別に今彼女と何があるって
わけじゃないから、隠す必要もないだろうと思って、俺は出来るだけ普通に言った。
「・・・・・・昔の浮気相手です」
途端、吉沢さんの足が止まる。軽蔑の眼差しと共に俺との距離が一気に開いたようだった。
「お前って、そういう男だったのか」
「そういうって、どういうことですか」
吉沢さんこそ、そういう反応をするとは思わなくてどんなフォローをしていいのか迷う。
「男なら誰だって浮気くらいするでしょう」
男はそう言う人種だ。しない男なんていない!そう信じていたのに目の前の恋人は俺を
嫌悪感一杯の顔で睨みつけてきた。
「俺は一度もした事ない」
「うそぉ」
「お前と一緒にするな」
吉沢さんの口調は明らかに怒っていた。
 気持ちは「うっそーん、そんな〜ん・・・」だ。現在進行形で浮気してるわけでもないし
今は吉沢さんで一杯なんだから、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。
「も、勿論今はしてないですよ!今は吉沢さん一途に思ってますから!」
情けない目で見つめると、吉沢さんはその視線を拒否して、溝に捨てた。そして俺を素通り
して、歩き出す。
 す、捨てられる、俺!
「吉沢さんっ」
「知らんっ!」
その背中を追いかけながら、必死に吉沢さんの機嫌取りの言葉を考えるけれど、どれもこれも
言い訳オンパレードで、吉沢さんが許してくれそうな言葉は見つかりそうもなかった。
 伏兵は、本当に意外なところから出てくるらしい。
やっぱり男には7人の敵がいるんだな・・・・・・。



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