なかったことにしてください  memo  work  clap






「・・・・・・マリア様みたいな方を探しなさい。その方と恋をし、生涯の伴侶となることで、
あなたの人生は、きっと上手く行くでしょう」




 東京最後の夜は、ちりじりになっていく同期と飲み明かした。皆変なテンションで、これ
から先の不安を吹っ飛ばそうとしている。
 入社半年。新人研修の終わりと共に俺の短い東京ライフは終わった。
なんだよ、本社採用だっていうから、勇んで東京に出てきたっていうのに!
昨日決まった配属先は大阪。同期で大阪行きは俺1人だ。
3軒目からとぼとぼと出てきたところで、同期の奴等に肩をつかまれた。
「日下、元気出せって」
「何年か経てばこっち戻ってこられるんだろ?」
「・・・多分な。はあっ・・・でもお前等はいいよな、本社の花形になれる部署だろ?」
「日下だって、大阪の営業って新規開拓になるんだろ?成功すればビックになれるチャンス
じゃねえ?」
慰めは嬉しくなどない。俺の大阪行きは、ビックになるチャンスというより、面倒なことを
押し付けられただけな感じ満載だったのだ。
「そんな上手くいかんと思う。大体俺、大阪なんて行った事もない」
初めての東京。生まれて22年と少し。保育園から大学までずっと実家の愛知県で過ごした
俺は、初めての東京にそこはかとない期待を抱きながら上京してきた。
 それが、半年で大阪!?
「まあ、そう落ち込むなって。不安なのは皆一緒なんだし・・・・・・」
両脇の同期が俺の肩を叩く。
 その姿を見ていたのか、後ろから数人の女子が声を掛けてきた。
「ねえねえ、日下君。そんなに不安ならさ、あそこ行ってみる?」
振り返って、女の子が指していたのは「占いビル」。
「面白そうじゃん」
周りは面白半分に俺の背中を押す。
「えー、いいよ、別に」
「なんだよ、ノリ悪いな。折角だから占ってもらえって。大阪行ったら、ソッコーで彼女が
出来る方法とか聞いてみろよ」
「・・・・・・」
酔いも手伝って、俺は連れられるままそのビルへと吸い込まれていった。

 そして、怪しげなおばちゃん占い師が言った答えがこうだ。
「このまま1人で大阪で暮らすのは、あまりいい傾向ではありませんね。早く恋人を見つけ
しっかりと地に足をつけると、仕事も上手く行くでしょう」
「こ、恋人って・・・」
「そうですね。大阪に行ったら、とてもあなたの身近になる方です。年上です」
「そんな人、いるんですか・・・・・・」
「・・・・・・マリア様みたいな方を探しなさい。その方と恋をし、生涯の伴侶となることで、
あなたの人生は、きっと上手く行くでしょう」
マリア様!?それって、どんな人なんだよ。優しいのか?綺麗なのか?マリア様なんて、
見たことないけど、見たら分かるんだろうか・・・・・・。
 ああ、もうわかんねえけど、このおばちゃんの言葉信じて、行くしかない。
大阪のマリア様、無宗教だけど、どうぞ救ってください。アーメン!








「兄ちゃん、景気ええなあ・・・」
爆音のBGMと、店員の景気のよいマイクパフォーマンス。隣に座った男は、自分と同い年か
少し年上の綺麗な顔の男だった。
 その男は、何が面白いのか分からないような表情でひたすら球を打ち続けている。足元
にはプラスチックケースが何段も積み上げられていた。
 彼がそう声をかけると、男は彼の方をちらりと振り返って微笑む。
「おおきに」
その微笑は憐れみのようだった。彼はその顔をもう一度振り返る。最近よくテレビで見る
イケメン芸能人に似ているが、彼はその芸能人が誰であるのか名前を知らない。
 ただパチンコ屋には恐ろしく似合わない男に見えた。
咥えたタバコから灰が落ちる寸前で灰皿に擦り付けると、BGMにも勝てそうなほど大きな
溜息。
「はあっ!あかんわ!今日は止めや、止め!」
隣の男は、それを目を細めて見ている。興味でもあるのか、野生の嗅覚を働かせて。
「隣で、そんだけやられたら、かなわんわ」
一方の彼は、そんな男の思惑など微塵も感じることが出来ず、耳をかっぽじって愚痴る。
「今日は止めや。・・・・・・ほな、お先」
 そして、彼は立ち上がると隣の男に手を上げてパチンコ屋を後にした。









 大阪支社までの道のりは過酷なものだった。JR大阪環状線の桜ノ宮で揉みくちゃにされ
ながら降りると、そこから歩くことひたすら10分。
 目の前に広がるのは「大阪ビジネスパーク」通称OBP。名前の通り数々のビルが聳え立ち
俺の前にも後ろにも、サラリーマンがわらわらと歩いている。
 東京だって同じ位、通勤ラッシュはあった筈なのに、どこか違う。まずエスカレーターに
立つ位置が違う。それから異様なほど早歩きで、そして周りが全部関西弁。
 なんだこの違和感。
関西弁なんて、テレビの中の芸人でしか見たことないのに、ここではそれが当たり前なんて。
早くもカルチャーショックで打ちのめされそうになりながら、俺は支社のあるビルにやっと
の思いで辿りついた。



「今日から配属になった日下馨(くさか かおる)です」
「あ、聞いてる、聞いてる。ちょっとまってな。・・・・・・次長!上垣次長!」
入り口で挨拶すると、受付のお姉さんが大声で奥にいる上司を呼んだ。・・・・・・目の前にある
電話は、いつ役に立つんだろう。
「あの・・・」
「あー、はいはい、そんな緊張せんと!」
「・・・・・・はい」
やたらとハキハキしゃべるお姉さんに押されかけていると、上垣次長が出てきた。上垣次長
とは本社で何度か会ったことがある。
 その時は、真逆自分が大阪に行くとは思ってもなかったけど。
「おお、日下か。よお来たな」
「おはようございます!よろしくお願いします!」
「固くならんでええ。朝礼で紹介するから、挨拶考えとけや」
上垣次長も元は関西人ではない。たしか実家は熊本だか鹿児島だかで、だけど何年も大阪に
いると、やっぱりイントネーションは関西弁になるらしい。
 俺も来年当たり、関西弁になってたりするんだろうか・・・そんなの嫌だ。
上垣次長は40代にしては恰幅のいいおっちゃんみたいな人だけど、しゃべってみると
フランクで、30代みたいな会話をする人だった。前に会ったときも、面白い人だなって言う
くらいの印象しかなかった。





 「こ、今度、大阪支社に配属になりました営業1課の日下馨です。ふふふ二日ものですが
よろしくお願いいたっしまっす」
「二日ものってなんやねん」
どこからか飛んでくる突込みに頭を掻いて誤魔化す。この空気・・・・・・慣れねえ・・・・・・!!
「カオルちゃん、カミカミ〜」
朝礼の挨拶で、極度の緊張から噛みまくった俺の後ろで、さっきの受付のお姉さんが空かさず
突っ込んできた。
 どんと背中を叩かれてよろけると、お姉さんは大袈裟に言った。
「うち、そんな強うどついてないわー」
俺はこうして早速大阪人の洗礼を受けることとなった。
 本当にうまくやっていけるんだろうか・・・・・・。






 新しい席に案内されて、改めて挨拶回り。1課の営業部長は本社出張で不在だった所為で
もう一度上垣次長に頭を下げる。
「営業1課は今のところ15人で回してるんやけど、日下の指導には・・・・・・えっと誰にした
んやったかな・・・・・・」
「じ、次長?」
「ん?・・・・・・おおい、ちょっと」
上垣次長はおじいちゃんみたいな呼び方で目の前の女の人を呼んだ。
「はいはい、なんです?」
「日下の指導って誰にしたんやったかな」
「・・・・・・次長、しっかりしてくださいよ。彼ですよ」
女の人が指すその先には、このブース内で、先ほどからずっとしゃべり続けている1人の男。
さらさらヘヤーにくりっとした瞳。そして口から飛び出すマシンガントーク。しかも関西弁。
「そうか。アイツにしたんやったか・・・・・・。日下、まあ頑張れや」
上垣次長はいきなり声のトーンを落として首を振った。
「は、はい?」
次長は腰を浮かせると、彼よりデカイ声で彼の名前を呼ぶ。
「毬谷!・・・・・・毬谷!こっち来い」
まりあ?
あれ、なんだこの響き・・・・・・。つい最近どこかで聞いたような・・・・・・。
 まりあと呼ばれた彼は、しゃべり続けたままこちらに近づいてくる。
「・・・・・言うてへん、って言うてるのにやで!?あいつ、絶対俺の事、嫌うてるわ!な?
中田もそう思うやろ?・・・・・・って次長、なんか用ですか?」
「毬谷・・・・・・お前は・・・・・・。ピーチクパーチクようしゃべるやっちゃな。口ばっか動か
さんと、頭も動かせや」
「何言うてますねん、次長。俺等の仕事、しゃべってナンボですやん」
次長の長い溜息が聞こえた。
「まあええから。毬谷、お前日下の教育係やから、しっかり面倒みろや」
「お、俺?」
「言うといたやろ!」
「聞いてへん」
次長の言葉に、まりあは偉そうに突っぱねた。
「聞いてへんくても、お前に決まっとんねん。毬谷も後輩しっかり育てて、ちいとはマシな
人間っちゅーとこ見せてみいや」
「うわ、ホンマですか・・・・・・」
まりあは面倒くさそうに溜息を吐いて俺を振り返った。
「あ、あの、よろしく、です!」
「・・・・・・ああ、よろしゅうな。俺、毬谷聖人(まりや きよひと)。趣味はパチンコ」
ああ、まりあじゃなくてまりや、か。
毬谷さんは腰に手を当ててニコっと笑った。
「三度の飯よりパチンコが好き」
隣で女の人がぼそっと呟く。毬谷さんは彼女の頭を軽く弾いて、黙っとれと言った。
「いったーい、毬谷さん、セクハラやわ・・」
「誰がセクハラやねん」
「毬谷さん〜」
2人のやり取りを唖然としながら見ていると、東京の最後の夜の出来事がぼわっと思い浮かん
でくる。
 相当酔ってたけど、あの言葉だけは、はっきりと覚えてる。


毬谷さん・・・まりやさん・・・まりあさん・・・あっ・・・!!


脳みそが活性化していく気がした。


「マリア様・・・」


「あほぅ、マリアやない、毬谷や」
パコンと小気味よい音で俺の頭が鳴った。マリア様の片手チョップが俺の脳天に響く。
「毬谷が連続で突っ込んでんでー」
「珍しい」
「毬谷はボケることしか出来ひんと思うとった」
外野はのん気だ。
 占いのおばちゃんが言ってた言葉がリフレインする。マリア様みたいな方を探しなさい。
マリア様みたいな方・・・まりや様・・・
は!そういうことか!みたいって、そういう意味か!
 ・・・・・・んな、アホな!
あれ、俺、今関西人っぽかった?
いやいや、待てよ。これはもしかして、もしかするかもしれないじゃないか。営業の先輩
上司なんて、俺の身近も身近になるわけだし、おまけに年上だし。
 占いおばちゃんの言う、マリア様みたいな人ってこの人かもしれない!
 よく見れば、可愛い顔してるように見えないでもないし、大阪のマリア様は少しばかり
普通のマリア様とは違うんだ。なんせ、お笑いの街だから。
 俺は、マリア様の手を取って、見詰め合った。
「な、何や・・・?」
突然の事で、毬谷さんは固まっているし、外野も頭にハテナを浮かべて俺達を見守って
いる。
 緊迫した空気の中で、俺の声は震えた。

「マリアさん、俺の恋人になる予定ありますか?」

「はあ?何言うとんねん」
マリア様はいきなり鬼の形相になった。
 外野が俺の発言に騒ぎ出す。忍び笑いから爆笑に変わるまで、時間は掛からなかった。
「あはは、カオルちゃんおもろい子やねー」
「マリア様て!お前、マリア様って顔ちゃうやろ!」
「毬谷が困っとんで」
ニタニタ、ゲラゲラ、笑いに包まれて、毬谷さんは真っ赤になって震えている。
 あ、ちょっとこういうの可愛い・・・・・・ような。
初めての大阪。やたらと陽気で、せっかちで、親切なのかお節介なのか分からない人の
集まり。
 期待よりも不安の方が遥かに大きくて、足がすくんでいたけど、俺は出会えたんだ。
予想してたマリア様とはちょっと違うけど。
きっと、上手くいくさ。
珍しく超ポジティブシンキングで俺はマリア様を拝んだ。


「あの・・・多分俺の恋人、毬谷さんだと思うんです」
「その口が、まだ言うか!」
「う、わっ、ぐうっ・・・」
大阪のマリア様は、ドロップキックが得意だった。




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