なかったことにしてください  memo  work  clap

 リハが終わると、対バンというより、前座に近い高校生バンドが入れ替わりにリハに入る。奴等に
「ロージさん、今日のギターかっこいいっすね」
と言われ、いい気になっていた俺は、ピースに今日のギターソロを、少しだけへヴィな感じで
弾きたいと打診してみた。
「よっしゃ、ロージがそう言うの、オレ、ずっと待ってたんだぜ」
勿論、存在自体がへヴィメタルみたいなピースが反対するわけがないことくらい分かっていたのだ
けれど、誰かに背中を押してもらいたい気分だった。
 実のところ、今メジャーデビューを持ちかけてくれているプロデューサーはかなりのポップス指向で
俺達をアーティストよりも、アイドルとして売り出そうとしているらしい。
 それでもデビューができるのならと、デビューしてファンが着いてから方向転換すればいいと、
自分達に言い聞かせて、俺達は今のところプロデューサーの条件を呑んでいる。
(本当は誰一人としてそんな条件は呑みたくないし、それなりに、インディーズで培ったプライドも
ある。けれど、インディーズとメジャーの壁は大きなもので、俺達はプロデューサーを蔑ろには
できないのだ。)
 当然、今日のライブにも来ているはずだから、そんなマネをしたら絶対小言が、一言どころか
うんざりするほど言われるに決まってるのだけど、俺は、とにかく、このギターで、歪んだ音を
掻き鳴らしたかった。
 水無瀬に貰ったギター。似合うと言ってくれた、それを俺は納得いくまで弾きこなしてみたい。
そんな気持ちで、俺はライブの開演を迎えた。

 好きなアーティストは?と聞かれて、うちのメンバーが答えるバンドは、皆バラバラだ。ピースは
言わずともへヴィメタルバンドを羅列するし、YOSHIはアメリカやカナダの割と若いパンクバンドが
好みだし、高井にいたっては、プログレが大好物だという、かなりの曲者だ。
 ウチのバンドは大体、俺がコード作って、高井かYOSHIが詞を書く。その後にひとまず、
皆持ち帰って、自分のパートを作ってくるのだけれど、バンドの嗜好がバラバラだから、
当然持ち寄った曲は、収拾がつかなくなる。で、結局、4パターンくらい作って、どれを採用
するかは多数決で決まる。(それでよく口論になるけど)
 その4パターンの中には勿論へヴィメタル仕様もあるわけで、俺は今夜それを解禁すると、
メンバーに伝えた。

 何時も通りのテーマに合わせてライブが始まる。幕間から観客の様子を伺うと、ライブハウスは
ほぼ埋まっていた。先ほどの高校生バンドで気持ちが高ぶっているのか、バンドのメンバーを呼ぶ
女の声が幾つも聞こえてきた。
 一瞬、舞台のライトが消え、ドドッというバスドラの腹に響く音が鳴り出すと、観客がおおっ
という声を上げた。それに伴って俺の気分も盛り上がっていく。既にスタンバってるピースが
リズムを刻みだし、続いて高井が出て行く。ベースの弾く小気味よい低音に合わせて客が手拍子と
歓声で迎え入れる。
 そうして、十分に溜めてから俺が出て行くと、そこで一際歓声が上がった。
この高揚感と、気持ちがすーっと落ちていく感じはセックスで感じるのと似ていると思う。
音の渦に巻き込まれながら、俺は感じているのだと、柄にもなく思う。
「うっしゃ、みんな、呼ぼうぜ!俺らのボーカル!」
俺がマイクに向かって叫ぶと観客から一斉に「YOSHI〜」という声が響く。
 その声に合わせてYOSHIが飛び出してきて、ハイスピードの曲が始まる。客も俺達も初めから
テンションはマックスまで上がっている。
前半4曲は何時も通りに演奏し、後半はメタル仕様を解禁した。客は、殆どが常連で、この
仕様の違う曲にどよめきを隠せずにはいられないようだったが、最前列の何人かは、興奮して
ヘドバンまでしてくれた。
 アンコールで引きずり出され、俺達は一年間の感謝と来年の抱負を語らされた。そして、
二日後に迫ったイブのために、クリスマスソングを即興でメタル風にアレンジして観客を沸かせた。
 俺にとって、満足のいく(多分今年一番気持ちいい)ライブになった。それはメンバーの顔を
見ても同じだった。自分達のやりたいライブが出来る、その感覚が気持ちよかった。

 控え室に戻ると、水無瀬が来ていた。隣には水無瀬とバンドを組んでいるベースの吉本もいる。
俺は妙に照れてしまって、ぶっきら棒に顔を逸らして言った。
「ここ、関係者以外、立ち入り禁止なんやけど?」
「まあまあ、堅いこと言うなって、ここのPA、俺が入れてるんだから」
「アンタの客なのかよ、ココ」
「上得意様だよ」
水無瀬はクスクス笑っている。吉本が見かねて声をかけてきた。
「お疲れさん」
「・・・吉本も見に来てたんか」
「まあね」
「こら、七郎、吉本じゃなくて、吉本さんだろーが。年上を呼び捨てにするな」
「まあ、まあ、いいよ、ロージ君の呼び捨ては今に始まったことじゃないし」
「よしもっさん、すんません。ちゃんと注意してるんですけど」
「そーいう、水無瀬だって、呼び捨てにされてるんだろ?」
「俺は、まあ・・・いいんですよ、言っても効かないって分かったから・・・」
水無瀬は珍しく歯切れの悪い言い訳をした。バンドメンバーにも、勿論吉本にも、俺と水無瀬の
関係は教えていない。中には気づいている人間もいるのだろうけど、そのあたりはお互い、見て
見ぬ振りというか、妙に避けている。まあ、俺も積極的に話したい話題じゃないから、敢えて
しゃべったりはしないし、今後もカミングアウトするつもりはない。
「それにしても、ロージ君、今日のライブ面白かったよ」
「あ、うっす・・・」
いきなり褒められて俺は吃驚した。礼もろくに言わず、軽く頭だけ下げる。
「なに、あれ。あんな隠し技もってたの?」
「えっと・・・ピース仕様です」
俺は既に控え室でくつろいでいるピースを指差した。ピースがVサインで答える。
「うん、いいんじゃない?お前等のバンドは、もう少しハードの方があってるって、よしもっさん
とも話してたトコだったんだ。ま、シャウトしだしたら、ボーカルが大変かもな」
水無瀬はYOSHIを振り返った。
「ちゅーっす、水無瀬さん。俺、二時間でもシャウトしまくれますよ?」
「まあ、そこそこに、な?」
 水無瀬は苦笑いして俺を振り返った。そういう方向性も悪くないと、そう笑っている。
そこから、水無瀬たちは二言三言、しゃべって控え室を出て行った。こそっと何しに来たんだ
って聞いたら、とにかく今日のライブがよかったってことを誰よりも早く言いたかったんだそうだ。
 そういうのって、水無瀬らしくなくて凄く照れるんだけど、でも水無瀬がそうやって認めて
くれるのは嬉しかったし、俺自身、充実したライブだったと思う。メンバーもこっちの路線の方が
あってるよなと、改めて認識しあった。
だからと言うわけじゃないが、控え室に入ってきたプロデューサーが不機嫌な顔で、
「今日のは、ちょっとな・・・」
なんて言われるのは心外だった。
 いや、予想は確かにしていたことだったけど、観客の反応だって悪い感じはしなかったし、
あの反応を見て少しは寛大になってくれるかもしれないと甘い期待をした俺達がバカだったんだ。
「ああいうお遊びは、コレで最後にしとけよ?」
そう言ったプロデューサーの目はマジで、声は柔らかかったが、けして笑ってはいなかった。本気で
怒ってるらしく、イライラしながらそれだけ言うと出て行ってしまった。
 そんなことを釘を刺されは俺達は、テンションは一気に下がってしまった。反撃のチャンスも
与えられず、この燻った胸のイラつきは全てアルコールへと変換された。
 結局、その後の打ち上げで、不貞腐れながら酒を呷った所為か、帰る頃には呂律が回らない
ほど酔っ払っていた。それは他のメンバーも同じで、「おれ・・・そろそろ、かえるわ〜・・・」
なんていいながらギターやら機材やら抱えてふらふらなまま飲み屋を後にしようとしたときも、
皆一同に手を上げて、「じゃあまたな〜」なんて適当な挨拶しかしなかった。これ以上一緒に
飲んでもテンション下がるだけなら、あいつ等もさっさと退散しちまえばいいのに。
 当然のことながら、誰も帰る俺を引き止めたりはしなかった。
 自分の傷を癒すので精一杯なのだ。・・・このデビューの話は不毛だ。デビューと自分達の音楽を
天秤にかけてどちらを取るかなんて、俺達に選べないことを突きつけてくる。
 これが現実なのだと、冷め切れるほど俺は音楽を諦められないし、バンドのメンバーだって
そうだろう。
 俺はふらふらになりながら、自宅には戻らず、マンションに向かった。勿論、水無瀬の。
激しくドアを叩き、水無瀬を呼ぶ。やつはすぐに出てきた。
「・・・お帰り」
「機材、重い」
水無瀬はそんな俺の様子を見ると何も言わずに荷物を受け取って、部屋の中へ消えていく。
俺は、玄関でだらしなく靴を脱ぎ捨てて、その後を追った。
 リビングで、何時も通り黒革のソファーに身を沈めると、水無瀬がペットボトルの水を
差し出した。
「また、ひどい顔してるな」
「どーせ、俺は元からこんな顔だよ」
水無瀬は俺の頭をくしゃっと撫ぜ、隣に座った。
「俺、だから、『今日のライブがよかったってことを誰よりも早く言いたかった』って言ったん
だけど?」
「え?」
「プロデューサーよりも、周りの評価よりも、真っ先に言ってやったのに。すげーよかったって」
・・・それでわざわざあの時間に来たのか、この男は。
俺が落ち込むことを見越して・・・。
「俺、今日のライブで思い出しちゃったんだよ。自分のやりたい音楽が、あんなに気持ちいい
ものだったんだって」
「俺も気持ちよかったよ、七郎の演奏見て」
「でも、そうじゃない人もいた・・・」
プロデューサーや、マネージメントしてくれる人。それから、今までの漉院座の音楽が好きだと
言ってくれたファン。その人たちにどう立ち向かっていけばいいのか、分からない。
「ファンなんて、水物だと思えよ。自分達の音楽をやれば付いてくるファン、去るファン、
新しくファンになるやつだっているだろうが」
「そうだけどさ・・・でも、プロデューサーはきっと認めてくれないし、このままじゃデビューの
話だって、危うくなる」
ふうっと息を吐いて、水無瀬は俺を見る。
「あのプロデューサーは、物分りの悪い人じゃない。お前達が今までビジョンを明確にして
こなかったから、あの人は自分で作り上げてたんだよ」
「あの人のこと、知ってるのか?」
「直接は知らないよ。ただ、うちの会社にも、スカウトやら芸能部門があるからね。一応小さい
ながらもレーベル出してるとこだから。そこに同期がいたら、ちょっと聞いてみたんだよ、あの
プロデューサーのこと。結構、敏腕で有名らしいな、同期も知ってるって言ったから」
「そう・・・」
「あの人、メタル系のバンドもプロデュースしてるらしい」
「マジで」
「そう、だから、お前達がちゃんと自分のやりたい音楽を伝えたら、分からない人じゃない。
お前等のバンドってそういうところ、今まで結構いい加減だったもんな」
そういわれると反論できない。4人の方向性がバラバラだというのが問題なんだろうけど、
それでも、いつからか、プロデューサーに「まあ、いいだろう」って言われるラインの曲ばかり
作ってしまったのは事実だし、気がついたらそれって本末転倒なわけで。
「自分達の言葉で、説得してみな。人は神じゃないんだから、言葉にしなくても伝わること
なんてそうそうあるもんじゃないんだよ」
「水無瀬・・・俺、やれるかな・・・」
思わず零れた弱音に、水無瀬が優しく笑った。こういう時の水無瀬は恐ろしく男前だ。悔しいけど
俺の何倍も人生経験があって、俺が悩んでいることなんてコイツにとってみれば、どうってことない
んだろう。俺は大人の余裕って言うヤツに弱いらしい。
 見惚れていた俺の頬に水無瀬は手を当てて、柔らかい唇を重ねてきた。ぷっくりした唇から、
水無瀬の熱が伝わってきて、俺の身体はそれだけでぼうっと熱くなった。
「ん・・・」
 唇が離れると、俺を胸元に引き寄せて、耳元で囁いた。
「俺は、お前のことちゃんと見てるし、だから、背中を押してるんだけど?」
「な、なんで、そこまでしてくれるんだよ・・・」
「なんでって?決まってるだろ、お前が好きだからだよ」
途端、俺は驚いてしまって、水無瀬の胸元から離れると、死に掛けの魚よろしく、口をパクパク
動かして動揺した。
「す、好きって・・・」
「そんなに驚くことか?」
「だって・・・」
水無瀬は半分呆れているのか、俺をまじまじと見つめた。
「俺が、そんな気持ちで七郎を抱いてたとでも?」
「あ、アンタ、そんなこと一言も言わないから・・・」
「てっきり、この関係は、遊びだとでも思ってた?」
「・・・」
水無瀬は眼鏡を外すと、深いため息をついた。
「お前、忘れちゃったの?」
「何を?」
「俺が、初めてお前のこと抱いたとき、お前に想いを伝えたら『そんな恥ずかしいこと二度と
言うな』って言ったんだけど?」
ええ〜〜〜、俺の所為かよ・・・。
 俺は頭をガシガシ掻き毟って、自分の照れ隠しの一言を忠実に守ったこのバカになんて
言い返してやろうか、考える。
 俺が言い悩んでいると、水無瀬の声が頭の上から降ってきた。
「大体、お前、そうやって疑うのはいいけど、お前の気持ちの方こそ、どうなんだ?」
「え?」
顔を上げると、困ったように笑った水無瀬と目が合う。
「お前の気持ちだよ。俺は、お前が言うの二年近くも待ってたんだけどなー」
俺の気持ち・・・。
 途端に顔が熱くなる。
そんなの、言わなくても分かるだろ、十分・・・そう言いかけて、自分のことをすっかり棚上げ
してることに気づく。「人は神じゃないんだから、言葉にしなくても伝わることなんてそうそう
あるもんじゃないんだよ」とは、さっきの水無瀬の言葉だ。確かに、俺も水無瀬も極端にその
話題から逃げてた節がある。水無瀬は逃げてたわけじゃないんだろうけど。
「は、恥ずかしいから、目、瞑れ」
水無瀬はぷっと吹き出したけど、素直に目を閉じた。俺は水無瀬の顔を1人眺めながら、心を
決めた。
「す、好きだよ、アンタが・・・」
うっわー、なんだよ、それ・・・。俺、めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってねえ?頭に血が上りそうな
ほど顔が熱くなって、俺は俯いた。
「俺、結構淡白だと思ってたけど、お前のそういう台詞聞くとたまんないね」
水無瀬は俺の腰を引き寄せて耳元で囁く。
「ば、ばっか・・・離せよ・・・」
暴れると身体に残ったアルコールが一気に回って、目の前がふらふらした。
 体中に降り注がれる水無瀬の愛撫を受けて、俺は甘い夢を見る。
「七郎が、毎日愉しく生きてることが、俺の幸せだよ」
そんなクサイ言葉をかけられて俺達は初めて「甘い」クリスマスを迎えた。

俺がデビューする3ヶ月前の話。






2006/11/25





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