なかったことにしてください  memo  work  clap

聖天ラバーズ




 慧史は、向希はまだしも、嵐は本当に馬鹿だと常日頃から思っていた。勉強が出来ない
と言う意味での馬鹿は勿論、常識がないという意味でも馬鹿だと、慧史は本気で思っていた。
 だから、嵐が自分の恋人候補を向希と紹介しあうなんて言い出したときも、アホかと
思いつつ、きっと連れてくるだろうとは既に諦めはついていた。
 だけど、この展開は流石の慧史も予想できなかった。
玄関あけて、ピッカピカの笑顔で立っていた嵐を見て慧史は唖然としてしまった。
嵐の後ろにはひらひらと手を振っている向希と、見知らぬ顔が2人。
「ど、どうぞ・・・」
慧史は引きつった笑顔で4人を部屋に招き入れることになってしまった。
 嵐と向希は自分に彼女を紹介するといっていたのではなかっただろうか・・・・・・そう思って
はっと気がつく。
 そうか・・・こいつら・・・・・・。
泣きたい気分で4人を部屋に入れて、慧史は自分の椅子に座った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
嵐と向希は定位置のベッドに寝そべって、慧史と連れてきた2人を見守っているようだった。
「えっと・・・・・・」
「?」
「・・・・・・」
この間は一体なんなんだ。
慧史は部屋に入ってきた異物に対して困惑を隠せなかった。
「慧史ー、せっかく友達連れてきたんだから、ジュースくらい出せよ」
「あ、ああ?・・・ああ・・・・・・」
慧史は嵐に背中を押されながら、部屋を出た。そして、冷蔵庫の中から適当にお茶を取り
出すと、5つのコップに茶を注いで二階の自分の部屋へと戻る。
 部屋の前で不可解な顔を何とか隠して、静かに部屋に入った。
「はい」
「・・・・・・ど、どうも」
「どうぞ」
フローリングの床に座っている2人の前にお茶を出すと、自分の分のお茶を机において、
後は盆の上に乗せたまま、部屋の隅に置いた。
 出されたお茶を2人とも数口含んで、また床に置く。
「ありがと。んで?用事って?」
「え?あ・・・それは・・・」
それはこっちの台詞だと、その言葉は飲み込んで、二人の後ろにいる嵐と向希に目を向けた。
この状況を何とかしろと目で訴えたが、2人は無言でいちゃついているだけで、全く役に
立たなかった。
「ねえ?」
床に座った二人のうち、一人が段々とイライラし始めている。
「う、うん・・・わざわざ、来てくれて・・・ありがとう・・・・・・」
「うん。そんで?」
「あ、会えて、嬉しいよ」
「あっそ。・・・・・・で、どこにいるの?」
「は?」
会話がかみ合わない。嵐と向希は何と言ってこの二人を連れてきたんだと、睨みつけても
助け舟を出す気が全く無いらしい。
 再び部屋に沈黙が訪れた。
「・・・・・・」
コチコチと枕元の目覚まし時計の音だけが急かすように耳に届く。
 慧史は部屋を見回して、この異質な空気の発信源を見下ろした。
 ベッドに寝そべる嵐とその隣に座る向希、そしてフローリングの床にクッションを抱えて
座るのは、どこからどうみても男子学生2人・・・・・・。
 1人は胡坐を掻いて落ち着かないように小刻みに揺れている。その男は運ばれた茶を飲み
干すと慧史の顔を見上げた。
「なあ、俺、コイツの友達でもなんでもないんだけど・・・・・・」
そう言ってその学生は向希を指差した。
「え、あ・・・そう?」
「コイツに会って欲しい人がいるからって言われて、来たんだけど?」
「・・・・・・ああ、そう・・・」
向希と嵐が流石に口をはさんで、分かりにくい状況を説明し始めた。
「会ってほしいのは、こいつ。俺の幼馴染ー」
「はあ?俺さー!てっきり会ってほしい子って女の子だと思ってたんだけど〜?これ一体
どういうこと?何?ドッキリ?」
「・・・・・・さぁ・・・」
「さあ?ふざけんなよ!わざわざバスケ部サボって来たってーのに!!」
「・・・・・・」
「帰る!!」
怒った学生は立ち上がると、抱きかかえていたクッションを床に叩きつけた。そして、
小柄な身体を機敏に動かして荷物を拾うと、あっという間に慧史の部屋から消えていって
しまった。
「あー、帰っちゃった」
「・・・・・・」
三人はドアを見詰め、そして、残されたもう一人に目をやった。
 その視線が耐えられなかったのか、残されたもう一人の生徒も、ふらふらと立ち上がると、
無言で部屋を後にしていった。
「・・・・・・」
唖然と見送る慧史に、2人の溜息が聞こえた。
「あーあ、帰っちゃった」
「慧史がもっと積極的に話しかけてあげないから」
2人に非難の目で見られて、慧史はむっとした顔で2人を睨んだ。
「お前らが、勝手に連れてきたのが悪いんだろ!」
「勝手にって酷いなあ、俺達は慧史の為に・・・・・・」
「待て!そこがおかしいんだよ!!大体、良い子連れてくるっていって、なんで揃いも
揃って男を連れてくるんだ!おかしいだろ!!」
「だって・・・うち、男子校だし」
「だからって、俺になんで男を紹介するんだ!俺はお前らと違ってホモじゃない!!」
「・・・・・・そうなの?」
「なーんだ、てっきり、俺は慧史もそうなんだと思ってた」
「!?」
信じられない顔で2人を振り返ると、向希も嵐も驚いていた。
「だってさー、俺達の事聞いてもなんにも言わないし、イチ兄ちゃん連れてたのもそう
だったし」
「・・・・・・お前らの事は・・・・・・諦めてるだけだ。って、兄貴がなんだって!?」
「ん?イチ兄ちゃんと一緒にいたの、綺麗な男の人って言わなかったっけ?」
「〜〜〜〜〜!!」
身体中が痒くなって、慧史は暴れだしたくなる。なんだ、このむず痒さ!この気持ち悪さ!
「あ、あ・・・ありえん・・・・・・」
泣きたい気分で慧史は頭を抱えた。
 よりによってあの人を馬鹿にすることしか楽しみの無い男が、男の恋人を連れてるなんて
自分にもその血が流れているかと思うと、情けなくて腹が立つ。
 どうして自分の周りにはこんな馬鹿な奴らしかいないのかと、常識のど真ん中にいると
信じている慧史は恨みがましく2人を睨んだ。
「何そんなに怒ってんだよ〜」
「お前らが馬鹿すぎるからに決まってるだろ!」
慧史は床に落ちていたクッションを拾うと嵐に向かって投げつけた。
「痛てっ何すんだよ!」
「馬鹿は殴って分からせるに限る」
「わかったよ〜、そんなに怒るなって。今度はちゃんと女の子連れてくるからさ」
嵐が半笑いで謝ると嵐の隣で、向希が全く懲りた表情を見せず、けろりと言った。
「でもさ、方向性はまちがってなかったでしょ?」
「方向性ってなんだ!!」
「元気があって慧史をぐいぐい引っ張ってってくれる子」
「あれのどこが!?」
「だから、俺は大人しい子がいいって言ったのに〜」
嵐も参戦して、また慧史の恋人探しが始まりそうになる。慧史は盛り上がる2人の話を無理
矢理止めた。
「俺は、別に紹介なんてして欲しくないっつーの!」
「えー?ホントに?」
「誰が紹介しろなんて言った。それにそんな面倒お前達に見てもらわなくても、自分で
見つけるからいらない」
その発言に2人がクスクスと笑い出す。
「慧史が自分で〜?」
「絶対無理だな」
慧史は顔を赤くして再び足元のクッションを投げつけた。
「うるさいっ!とにかく、彼女なんて紹介してもらいたくないんだ!!」
慧史が怒れば怒るほど、ベッドの上の2人はニヤニヤしだす。
「でも慧史最近すごい怒りっぽいしさー淋しいだろ?」
「淋しいって!誰が!」
「淋しいんじゃないの?」
「全然!お前らがこんだけ毎日入り浸ってるのに、どこをどうやったら淋しくなるんだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
慧史の発言に2人は顔を見合わせてきょとんとしていたが、素直になれない慧史の心の中の
内を理解して、大笑いし始めた。
「あははー!なーんだ、慧史は俺達がいればいいってことか」
「そうならそうと、言ってくれればいいのに。俺達、ずっと一緒にいるよ?」
「・・・・・・どうしてそういう解釈になるんだ。馬鹿かお前達の頭は」
2人が付き合い始めたと聞いて、自分だけ疎外された気分になっていたのは、自分だけの
秘密だ。こいつらに淋しいなんて悟られたくない。
 慧史は2人から顔を逸らした。背中で嵐が暢気な声で言う。
「いいって、いいって。照れるなって」
「・・・・・・ああ、そうか。慧史は俺達が好きあってるから、ちょっと拗ねてただけなんだね」
「!?」
図星を指されて慧史はずれた眼鏡もそのままに固まった表情で振り返った。
 向希がニコニコ笑っている。
「大丈夫だよ。俺達3人はずーっと友達だから。ねえ、嵐?」
「当たり前だろ、慧史そんなことで拗ねてたの?」
別に拗ねてたわけではない・・・・・・と思う。淋しさは感じてたけれど、ただそれだけだ。
この2人がイチャつこうが、何しようが自分には関係ない。
「3人はこれまでも、これからも幼馴染で友達だよ〜」
「でも、お前らは付き合ってるんだろうが」
不貞腐れたように呟けば、2人は揃って反論した。
「でも、俺達3人は友達でしょ?」
「これからもな!」
「・・・・・・」
面と向かってそう言われると、急激に照れくささが込み上げて来て、慧史は耳の先っぽが
熱くなるのを感じた。
 照れ隠しにぶっきら棒に慧史は2人に言った。
「お前らがそれでいいなら、別にいいけど」
ふん、と2人に背を向けると、背中からクスクスと笑い声が聞こえた。慧史は振り返らず
そのまま机に向かって問題集を開いた。
 ベッドの上でシーツがすれる音がする。2人がいつものように寝そべって、見たくも無い
イチャイチャシーンでも繰り広げているのだろうと、慧史は思った。
 お互い小声でしゃべっているらしいが、こんな狭い部屋では2人の会話は筒抜けだ。
「お?モンハンやめたの?」
「うん、ちょっと休憩。メタルギア買ったから〜」
「お、すげえ、あぶなっ、おおっ、流石〜上手い」
聞けば唯の友達同士の会話と大差ない。
 所詮こいつらの付き合ってるなんて、そんなものかもしれないと、一人納得しかけた
慧史は突然振られた会話に再び固まってしまった。
「ねえ、慧史〜」
嵐は向希がプレイしているゲームの画面に目を落としたまま慧史を呼んだ。
「・・・・・・なんだよ」
「んでさ、友達よしみで聞くけど、結局俺達、どっちがどっちだと思う?」
「はあ?!」
「だからさー、俺と向希、どっちがお尻差し出すべきだと思う?」
「案外さ、嵐、いけると思うんだけど」
「無理無理無理〜!俺、インフルエンザの注射だって痛くて泣いたのに」
「大丈夫だって、俺、インフルエンザの注射より優しいから」
向希は何処まで本気で言っているのか、ゲームの手を止めることなくしゃべった。
「〜〜〜〜〜〜!!!」
慧史は再び頭を抱えた。
 なんなんだこの2人は。馬鹿じゃないのか。いや、馬鹿だろ。
「うるさーい!このゲーム脳に筋肉馬鹿!!お前ら纏めて出てけ!!」
・・・・・・結局、話は振り出しに戻るのだ。
 問題は何も解決しないまま、きっと明日も明後日も、ずっとこんな馬鹿なことをしてる
のだろうと思うと、げっそりとしながらも、どこか諦めにも似た心地よさが慧史を包んで
いた。
 今日も慧史の部屋からは威勢の良い慧史の怒鳴り声が響いていた。









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