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ビリビリクラッシュメン




side――澪


「澪、どうしたん。ぼうっとして」
一つ後ろの席の友人に背中を突かれて、澪はしおれた顔をこれでもかというくらい歪ませた。
「ブロークンハートの俺に聞くんじゃねえ」
「言ってんじゃん」
「うるせえ。お前に、朝から彼女に振られた男の気持ちなんて分からないだろ」
「分かるかよ、毎月毎月振られてるお前の気持ちなんて」
語尾に怒りのマークがにじみ出ている澪の台詞に、毎度の事ながら、友人は思いっきり
嫌な顔をした。
澪のいつもの「癖」が出たと友人は首を振る。聞かなかったことにして逃げようとすると
澪は有無を言わさず勝手に喋り始めた。
「大体、アイツの言ってる意味がわかんねえんだよ。『俺といても痺れない』ってなんだ?
『キターってキスの一つくらいしてみなさいよ』ってどういう意味なんだよ。キスに来る
も行くもねえだろうが」
「・・・・・・お前、もう彼女作るの止めろよ」
「何でだよ」
「それだけ振られるってことは、お前、根本的に女の子の事分かってねえんだろ」
「失礼な」
「そうじゃなきゃ、なんでそんなに振られるんだよ。てか、振られてもなんで次々彼女が
出来るのか、本当に不思議だけどな。まあこの学校の7不思議だから仕方ない」
「7不思議にすんな。どうせあとの6つなんて無いんだろ」
「あるぜ、春馬の妄想はよく実現するとか」
友人は澪の一つ前の席で花が飛んでいる春馬を指差して言った。今の自分とは対照的な
春馬の様子に澪はため息を吐いた。
「お前も彼女がこんな能天気なヤツだったら苦労しないのにな」
友人がそう言ったところで、チャイムが鳴った。



生まれて17年と5ヶ月。澪は中学1年の2学期に初めて彼女が出来て以来、彼女のいなかった
日は殆どない。成績も運動も「上の中」。おまけに容姿も「上の中」だと澪自身思っていて、
親しみやすいかっこよさから、澪はよくモテていた。
けれど、それと同時に澪はよく振られてもいて、高校2年になってから、もう5人の彼女に
振られている。
原因は澪の性格だ。今朝振られた彼女の言葉は全然澪に届いていないだろうが、澪はとにかく
淡白なのだ。
人畜無害そうな性格(これはあくまで遠巻きの評価だ)に顔の良さから、どんな恋愛が出来る
んだろうと妄想ばかり膨らむ女子を相手に、澪は片っ端からその妄想風船を割りまくって
いる。今朝振られた彼女が吐きつけた言葉は、全然心のこもってない澪への嫌味だったが
果たしてどれだけ届いているのか。
(……振られるのに慣れてたって、へこむっつーの)
澪は不貞腐れてる顔を机に突っ伏して隠すと一人でぼそぼそと呟いた。

(痺れるキスってなんだよ。俺のテクが足りないって?)

こちらも少々勘違い男らしい。誰かに脳内を覗いてもらって突っ込んでもらった方がよさ
そうなことを澪は思った。
その間に1限目の物理の教師が教室に入ってきて、騒々しい生徒たちに大声で注意した。

『はい、席すわれー。物理の授業始めるぞ』

物理の教師は実験器具を教卓の上に並べ、出席簿を開いている。騒がしい教室は相変わらず
そのままで、澪は教師が来たことにも気づかず自分のテクをひたすら思い出していた。

(‥‥‥じゃあ、AVみたいなキスでもしたらいいのか?‥‥‥いや、アオイなんてエロい
こと好きなんてキャッキャして言ってたから、AVの真似してピー(自主規制)やらポー
(以下略)やらやってやったら、ドン引きしやがったし)

何、その絵に描いたような高校生男子。友人から突っ込まれそうな過去を思い出している
澪は、教師が実験について説明してることなんてさっぱり聞こえてない。

『今日から電気の分野に入るけど、まずは、みんなに電気と親しくなって貰うために、
静電気の実験するからなー』

『せんせー、実験って何なの〜』

『みんなに静電気を体験してもらう』

『え〜やめよーぜ〜』

『教室のみんなで手をつないで、ひとつの大きな輪を作ったら、そこに電気を流すからな』

『やだー!それ、ちょーいてぇヤツだろ!』

教室中が実験を聞いてざわついている。けれど、澪は喧騒など届かないほど自分の思考に
浸かっていた。

(‥‥‥はっ!テクじゃないのか?)

やっと気づいたらしい。

(シチュエーションの問題か。女子の好きそうな放課後の教室とか、そういうのを狙って
やればよかったのか。そしたら、ビリビリ痺れるキスになったんか‥‥‥)

何故だか澪の頭の中は、妹が読んでいた少女マンガのワンシーンが浮かんで、自分がその
主人公の女の子に恋される男子高生になっていた。
(ぎゃあっ、青春、きもっ)
せっかく勘違いに気づいたのに、やっぱりまだ勘違い野郎になっている。分かってないのは
多分、知らないからだ。
澪は本気の恋をまだしてないのだ。
相手の手を握るだけでドキドキするような甘く照れくさい気持ちを澪は分かってない。
放っておいても近づいてくる女の子が多すぎて、本気で誰かを欲したりしたことがないのだ。
『澪、澪ってば』
思考の迷宮に入り込んだ澪を現実世界に連れ戻したのは後ろの席の友人だった。
「おーい、顔だけはいい澪さんよ」
「‥‥‥俺は頭もそこそこいい」
「だったら、その頭の良さで今の空気を読めっつーの」
「あ?」
「あ、じゃねえよ。さっさと手ぇ繋げ」
後ろの席で友人がぼやいている。澪は友人の言葉を深く考えずに、差し出された手を握った。
(キスの前には手を繋ぐとか、ムード作りしなきゃいけないとか、女って面倒臭せえ生き物
だよな。ふわふわで気持ちいいから許すけど)
どんだけ上から目線だ。澪は振られた彼女の肌触りを思い出して、それだけは100点満点
だったと頷いた。
「俺は、ふわふわだけあればビリビリなんていらねえ‥‥‥」
「俺だってビリビリしたか無いって。ほら、さっさと春馬とも手、繋げよ」
自分とだけ手を繋いで頬杖付いている澪に後ろの席の友人が急かした。
周りは既にみんな手をつないでいて、繋がってないのは澪と澪の前の席でお花畑で泳いでいる
春馬のところだけだった。



「準備はいいかー、電気流すぞ」
教卓で教師が電気を流した。一瞬教室が緊張したが、すぐに拍子抜けした。
「あれ?・・・・・・誰だ、繋がってないやつは?!」
「澪と春馬ー!」
春馬の前の席の友人が声を上げる。
「お前ら早くしろよ」
「おーい、また春馬鹿か。せっかく覚悟してたのに」
クラスから非難の声が上がるが、クラス史上最大級の勘違い野郎、その2は未だに自分の
思考の袋小路に嵌っていた。
「おい、澪!さっさとこの馬鹿の手を繋げ」
春馬の前の席の友人に声を掛けられたが、澪は上の空だった。
(痺れるキスって要するに興奮するキスってことなんだろ?テクでもなく、シチュエーション
だけで興奮するキスか‥‥‥)
「おい、澪ってば」
後ろの席のクラスメイトも呆れながら声を掛けるが、春馬と澪を繋ぐ回路は一向に作られる
気配が無かった。

「お前ら、さっさとしろ!」

電気回路を繋げたのは教師だった。
「なんだ、お前ら仲悪いのか?」
つかつかと歩いてきたかと思うと、春馬の首をぐりっと180度回転させ、澪の頭を引き寄せ
二人の顔を近づけたのだ。
「手繋つなぎたくないなら、デコでもくっつけてろ」
教師が言った瞬間、二人とも現実に戻ってきたのか、身体にかかる力が変わり、ぶつかった
のはデコから下にずれたところだった。
「え?澪?ええ?!」
「え?何??」
なんで・・・・・・何で春馬と!!
そう思った瞬間、電撃が二人を・・・・・・いや、正確にはクラスメイトを襲った。
「ああああっ!!!」
「ぎゃあっ」
「うぎゃあ!」
「いてぇ!」
クラス中で悲鳴が起きる中、春馬と澪の間にも雷に打たれるような衝撃が走った。
「いって〜〜〜〜〜!!!!」
「痛い!痛い!!」
気がつくと二人とも唇を押さえてお互いの顔をガン見していたのだった。



「痺れた‥‥‥!?」
「ビリビリきた!」
言葉にならないほどの衝撃だったらしい。クラスメイトがざわついているが、二人には
全く聞こえてこない。まさに二人だけの勘違いな世界がそこに出来上がっていた。
「これって!(痺れるような電撃的な恋ってこと!?)」
「(ビリビリ痺れるキスって)これなのか!」
二人見合って、どういうわけだか妙に納得。
違う。違うよ。絶対違うと思うよ。誰か教えてあげなよ。
そういう的確な突っ込みをしてくれる周りの友人は強制排除で、歪な世界はどんどんと
ありえない恋の形を作り上げていく。
痺れるキスを味わって、澪はやっと自分の間違いに気づいた。
(テクでもシチュでもない‥‥‥問題なのは相手だったのか)
問題に対する正しい答えだが、この場合相手が正しいかは疑問だ。
けれど、17年間生きてきた中で、当たり前だが、こんな痺れるキスをしたのは初めてで
澪は確信してしまったのだ。
しかも、相手もどういうわけだかすっかりその気になっていて
「そ、そ、そういうわけだから、よろしく!!」
なんて興奮しながら告白してくるから、澪も思わず了承してしまったのだ。
「お、おう。こっちこそ。ビリビリの相手が春馬なんて思いもしなかったけど、本当の恋
の相手なんて案外こういうところにいるもんかもしれないよな」

勘違い‥‥‥超勘違いから始まった恋。
だけど、お互いなんだか幸せそうだし、それはそれでアリなのかもしれない。
前途多難とか、超えるハードルが高いほど、体中痺れるってもんです。










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