なかったことにしてください  memo  work  clap




 春爛漫。校内に響く部活動の勧誘の声を掻き分けながら、ピカピカの高校一年生と言う
言葉がいかにも似合いそうな山田慎之介は、中学時代の友人、塚本を引き連れて目当ての
部活のブースに向かおうとしていた。
「高校ってすげえなあ」
「慎之介、アホ面してんなー。口開いてるぜ」
校庭沿いに、各部活が新入部員を獲得しようとプラカードや訳のわからない仮装で、1年生
に声を掛けている。
 慎之介は高校1年生にしてはデカイ身体をひょいひょい揺らして、その仮装した生徒を
避けた。
「バスケ部はどこだ・・・・・・」
「一番奥らしいぜ」
隣に並ぶ塚本と共に、慎之介は中学時代からバスケ部でそこそこ活躍してきた。高校が決まった
ときも、バスケ部の先輩から「絶対、ウチの部活来いよ」と声も貰ったのだ。
 慎之介としても、バスケ部以外、他の部活など考えられなかった。
「流石、部活動に力入れてる学校は違うなあ」
「中学じゃ見たことも無い部活とかあるし。へえ弓道部とかアーチェリーもあるのか」
驚きながら横を向いて歩いていると、慎之介の胸の辺りにドンと黒い塊がぶつかった。
「うっ・・・」
「あ、すいませんっ・・・・・・余所見してました」
見下ろすと黒髪ツインテールにミニスカートの美少女が鼻を擦っていた。
「・・・・・・」
「あの、大丈夫ですか」
女子生徒はプラカードを肩に乗せて慎之介を見上げた。
「ああ・・・・・・」
それから、慎之介を上から下までじっと見詰めてにっこり笑って頷いた。肌は浅黒いけれど
健康そうな笑顔で、えくぼが可愛い。
「はい?」
慎之介が首を傾げると、女子生徒はポンポンと慎之介の胸の辺りを叩いている。
「うん。いい身体」
「ええ?」
「上腕二頭筋もまだまだ鍛えれば太くなりそうだし」
「ん?!」
学ランの上から見ず知らずの女の子に体中を触られて、慎之介は体が硬直した。
 女子生徒は満足げにうんうん頷いて、後ろに引き連れていた男子学生を振り返った。後ろ
の男子学生は慎之介よりも更に背が高く、がっちりともぽっちゃりともいえそうな巨体で
ぬぼうと立っている。
「おい、こら。ぼうっとしてんな。早く、紙!」
女子生徒に怒られて、男子生徒は慌ててバインダーを差し出す。
 気の強そうな女の子だなあ、と慎之介はその美少女に見惚れてしまった。
「ウチの部活、入んなよ」
「は?」
「絶対活躍できるから。即レギュラー間違いない。ハイ、ここに名前書いて」
強引に紙とペンを突きつけられて、慎之介は一歩下がる。
「いえ、俺・・・・・・部活、決めてるんで」
「どこに!?」
女子生徒がきつく睨みつける。目力も凄い。
「えっと、バスケ部に」
「はっ」
言った途端、女子生徒は鼻で笑った。
「止め止め、やめときな。あんな軟弱な部活。女にきゃあきゃあ言われて、何が楽しいのか
って。ウチなら、絶対後悔させないから」
「でも・・・」
「わかった。この紙、仮入部名簿だから。嫌なら辞めてもいいし、な?」
再びにっこり笑われて、慎之介は戸惑った。
 段々、彼女の顔が可愛く見えて来てしまったのだ。
そして、不純な妄想が慎之介の頭を侵食していく。彼女と過ごす部活。汗をかいた後に
タオルを差し出されて、「ありがとう」なんていいながら受け取ると、手が触れて、お互い
妙に意識したり。暗くなった部活帰り、2人並んで歩きながら、時には自転車の後ろに彼女
を乗せて、近くなる距離にドキドキしたり。
「うわあっ」
一瞬でも、ときめいた慎之介の負けだった。

「絶対、バスケ部来いよ」

もさい顔の先輩の顔を破り捨て、慎之介はペンを持った。
「オイオイ、慎之介いいのかよ!」
隣で塚本が止めに入る。
「・・・・・・名前書くだけだって。仮入部なんでしょ?・・・・・・嫌ならやめればいいんですよね?」
見下ろす彼女は、にっこり笑って頷いている。
 ああ、この笑顔、癖になりそう・・・・・・!
そう思って、慎之介は思わず入部希望者のところに名前を書いてしまっていた。
「慎之介・・・・・・」
塚本の唖然とした声を無視して、慎之介は仮入部届けを女子生徒に渡す。
「はい、いっちょあがり〜!あ、午後イチで、オリエンテーションするから、部活棟の1階
一番奥の部屋に来いよな」
「は、はいっ」
女子生徒は鼻歌でも歌いだしそうな勢いで慎之介から仮入部届けを受け取ると、後ろのデカイ
男を引き連れて、その場を立ち去っていった。
 ぽわんと、妄想の海に浸っている慎之介を残して。
「おい、慎之介!いいのかよ、ホントに!」
「う、うん」
「バスケ部、一緒に入るんじゃないんかよ?!」
「ゴメン」
「お前、わかってんの!?」
「何が?」
「お前が、今、仮入部届け書いたの、ヨット部だぞ?!」
「うん・・・う、ん・・・・・・んん!?えええ?!」
慎之介は、ビックリしながら振り返る。女子生徒の肩に掛けられたプラカードには、でかでかと
『来たれ、ヨット部』と書いてあった。
「ど、ど、どーーーーーしよーーーーっ」
「・・・・・・・・・お前、何部だと思って名前書いたんだよ」







「あー、もう、やってらんね!」
部活棟1階、一番奥の部屋に帰ってきた小川帆波(おがわ ほなみ)はツインテールの髪の毛
を取り外すと、机の上に投げつけた。
 汗でむわっとなった髪の毛をがしがしと掻き毟る。
「なーにが、女装したら部員が集まるだ!この大嘘つきが」
帆波は仮入部届けの紙を、隣で涼しい顔をして座っていた渡部に突きつけた。
「俺が!この俺が、恥を忍んで妹に制服借りて、したくもない笑顔振りまいて、必死に声
かけて、やっと集まったのが5人!たったの5人ってどうよ!確率悪すぎ」
「いや、逆に考えるんだ。5人も、お前のその美貌に騙されたんだぞ?よくやったじゃないか」
「お前なあ・・・」
「よかったな、無駄に可愛い顔してて」
「どこがだ」
「『チイ』はお母さん似で可愛いよ」
「渡部!!人のこと、『チイ』って呼ぶな!!」
帆波が怒鳴り散らしながら、ガタイのいい男子学生を振り返る。
「鈴木も!お前も、もう少し勧誘らしいことしろよな!俺の後ろくっついてくるだけで、
何にも役にたたねえじゃねえか」
「だって、渡部が小川の後ろついて歩いてくるだけでいいっていうから・・・・・・」
鈴木は、その大きな身体に似合わず、もじもじと言い訳をした。
「なんだそれは!・・・・・・あー、これで、1人も入部してくれなかったら、部活存続できない
んだぞ!?」
「まあ、そうカリカリすんなって。大丈夫。5人全員入部したら、一応大会には出られる
んだから」
渡部は帆波から渡された仮入部の名簿を眺めて薄ら笑った。
「全員入るとは限らないだろ。・・・・・・ったく、それにしても、スカートとかありえねえな。
スカスカして、気持ち悪いっつーの」
帆波がスカートのジッパーを下げる。そして、盛大に脱ぎだしたところで、部室のドアが
激しく開いた。
「あ、あの!俺・・・・・・ヨット部って知らなくて・・・・・・仮入部辞退させて・・・・・・?!」
「あ?」
そこに立っていたのは、先ほど帆波が引っ掛けたぴかぴかの新入部員、山田慎之介とその
友人だった。
「ぎゃあああっ」
言い訳を必死でしゃべろうとしていた慎之介は目の前の光景を見て、思わず叫んでいた。
「き、着替え・・・・・・と、トランクス・・・?!」
「ああ、悪りぃ」
「えええ?!お、お、男ー!?」
慎之介は帆波まで近づくと、いきなり腰を掴んだ。
「うわっ何すんだ」
バランスを崩して帆波は手にしていたスカートを落とす。ブレザーの上にトランクスという
セクシーというより間抜けな格好で、帆波はもがいた。
「うっそー!男!?」
慎之介は帆波の腰の辺りを撫で回す。くすぐったくて帆波は妖しい声を上げてしまった。
「ひぁあっ・・・やめっ・・・・・・そうだって、正真正銘、男だっつーの!」
「・・・・・・慎之介、女装ってことにも気づいてなかったのか」
後からのっそりと入ってきた慎之介の友人、塚本が呆れて声をかける。
「嘘だぁっ・・・・・・背だって低くて、腰だって、あんなに細くて・・・・・・って、あれ?あんまり
細くない・・・・・・」
慎之介は帆波の腰が思った以上にがっしりしている事に驚く。
 さっき会ったときは、確かに細く見えたのに。
「くっ・・・・・・」
それを見ていた渡部が笑いをかみ殺しきれずに笑い出した。
「それはね、あれだ。遠近法を利用した錯覚だ」
渡部は、ぼやっと突っ立っていた鈴木を帆波の後ろに連れて行く。
「ほら、こうやって、デカイ鈴木を後ろに立たせておくと、チイの身体がほっそり見える
だろ?・・・・・・ほら、やっぱり俺の作戦上手く行った」
渡部は満足げに帆波に向かって笑う。
「すごい作戦」
塚本はあっけに取られながらその光景を眺めた。
「・・・・・・嘘だあ・・・・・・俺の、俺の夢が・・・」
「夢?」
「どうせ、ラブラブ部活動ライフでも妄想してたんだろ」
塚本に突っ込まれて、慎之介は帆波を抱えたまま項垂れた。
「いい加減、離せっつーの」
慎之介の腕の中で帆波が暴れだす。慎之介より小さくても筋肉質な帆波は、慎之介の腕を
簡単に解くと抜け出して、豪快に溜め息をついた。
「普通、気づくだろ。どっからどう見ても俺は男。小川帆波3年、男!」
「・・・・・・小川帆波先輩、男。そうっすか」
「情け無い声出すなって。まあ、いいじゃん、これで未練なく、バスケ部にいけるだろ」
「うん」
塚本が慰めのためにポンポン肩を叩いていると、渡部が仮入部の名簿を持って二人の前に
立った。
「君、名前は」
「山田慎之介です。・・・・・・すんません、仮入部はなかったことにして・・・・・・」
「それは出来ないな」
「何でですか!?」
「だってこれ・・・・・・」
渡部は仮入部の名簿を慎之介に見せて、「仮入部届け」と書かれたところを指差した。
「?」
そして、慎之介の見てる目の前で、仮入部の「仮」の部分をぺろっと、剥がしてしまった
のだ。
「これ、正式な入部届けな。あ、入部届けを出した生徒は、正当な理由無しに退部は出来ない
ことになってるから、よろしく」
渡部はにやっと笑って慎之介に言った。
「ひ、卑怯っす!」
涙目になりながら慎之介が反論するが、渡部は取り付く島も与えることなく、
「あと1時間したらオリエンテーション始めるからここにいろ」
と慎之介を逃がそうとはしなかった。
「塚本〜」
「あはは、そりゃ騙されるお前が悪い」
頭を抱えて蹲ると、頭上から渡部の声が降ってきた。
「まあ、入ってみろって。面白いぞヨット部は。湖上の駆け引き、頭脳戦だし、体力バカ
だけじゃどうしようもない。おまけに天候は運もある。いろんな要素が入り混じって、レース
が成立するんだ、ヨットってのは」
渡部が諭すと、隣でいまだ女子の制服の上にトランクス姿の帆波も真面目な顔で話に加わる。
「そうだ。そんな落ち込むな。あんなナンパなバスケ部よりずっとやりがいがあるぜ。筋肉
も鍛え放題だぞ?上腕二頭筋も広背筋もガッチガチにしてやるよ」
「・・・・・・ガッチガチにはなりたくないですけど」
トランクスから覗く帆波の思ったよりたくましい太ももに慎之介は、少し引きつった笑いが
起きた。けれど、それはそれで、なんだか『アリ』な気がして、自分でも変な気分になった。
「それに」
渡部はそんな慎之介の気持ちを汲み取ったのか、口調を和らげた。
「それに、チイは・・・・・・こいつは、いまんところ『恋人』ナシだから、まだ山田の妄想を
実現するチャンスは残ってるぞ」
「!!」
「妄想って!どんなチャンスだよ」
「・・・・・・」
慎之介は渡部に噛み付いている帆波を見下ろす。ツインテールの可愛いマネージャーから
目の前の帆波の顔に摩り替わって、もう一度妄想。
「あれ、結構いけるかも・・・・・・」
妄想の中で、帆波を脱がして、隣に自分を並べる。股間が急に熱くなった。
 これって恋の予感?
「・・・わかりました。俺、この際、帆波先輩の下半身が男か女かは気にしないことにします!」
「アホか!!」
「その逞しい太ももに似合うような男になりますっ」
慎之介は帆波の太ももに跪いて、そしてその大腿四頭筋に唇を寄せた。
「ぎゃあああっ」
頬ずりする慎之介に帆波の悲鳴が上がる。
「チイ、我慢しろ。諦めろ。これもヨット部存続の為だ」
慎之介に巻き付かれたまま帆波が渡部に振り返る。
「いやだあっ・・・・・・っていうか、お前もいい加減、人の名前を『チイ』って呼ぶな」
「・・・・・・なんで、チイなんですか?」
慎之介と帆波の様子を半笑いで眺めていた塚本が首を傾げると、すりついたままの慎之介が
「そりゃあ、ちいこくて、可愛いからですよね」
と再びその逞しい筋肉にキスをする。
「違うわ!誰が小さくて可愛いかっ!オヤジが『武男』なだけで、変なあだ名つけんな
バカ野郎。・・・・・・お前もいい加減離れろ」
「ぶはっ、そっちなんすか」
塚本が噴出した。そして、うんうん頷いて慎之介の肩に手を置く。
「よしよし、わかった」
「ん?」
「・・・・・・先輩、俺もヨット部入部希望します」
「お、もう1人獲得か」
「塚本?お前まで、俺に付き合わなくてもいいんだぞ?」
「うん。でも、ここで、お前の恋の行く末見届けるほうが、1人でバスケ部入るより数百倍
おもしろそうだから」
「いい友達を持ったな」
塚本がニヤニヤ笑って慎之介と帆波を見下ろすと渡部も悪い笑みで受けた。
「お前らなー!」
いい加減、鬱陶しくなって帆波は太ももを蹴り上げて慎之介を吹っ飛ばした。
「痛ってぇ」
「・・・・・・渡部っ!!俺はこんな部員いらん!!」
「ダメだよ。大切な新入部員なんだから。いいじゃん、恋に青春に、3年の最後の夏をぱあっと
花咲かせれば」
帆波は慎之介とイチャイチャ部活動ラブをしている自分を想像して、全身に鳥肌が立った。
「嫌だあああ」
「帆波先輩、ボートに乗って、海の底まで追いかけて来ます。あ、でも帆波先輩の愛の海
で溺れるならいいかな」
ピカピカの笑顔で慎之介が向き合う。
「お前なんて、海でもどこでも溺れてしまえ!転覆しろ!」
「転覆しないように、帆を張るんですよね。・・・・・・こっちは即効で張れそうです」
慎之介が股間を手で隠すのを見て、帆波が震え上がった。
「・・・・・・渡部が、お前が、女装しろなんていうから、変なのが釣れちゃったじゃないか・・・・・・」
「大物だぞ、きっと」
「大物ですよ。慎之介は」
「・・・・・・俺もそう思う」
さっきからの騒動を後ろの方で見守っていた鈴木もぼそっと呟いた。
「あ、ところで、ヨット部って何するんですか」
「・・・・・・」
「骨の髄まで、ヨット部をしみこませてやるよ」
渡部の計画通りな笑顔と泣き顔の帆波。自分の妄想にときめく慎之介にゲラゲラ笑いながら
それを楽しんでいる塚本。それから、見守っているのか存在感が薄い鈴木。
 ヨット部、恋の進水式は大荒れで幕を開けるのだった。










2009/1/24





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