なかったことにしてください  memo work  clap
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 悠は心持緊張しながら受話器を手にする。用件を頭の中でまとめてはみたものの、言葉にできるのか
自信がなかった。
 住所を教えるためだけに送られてきたハガキを片手に悠は番号を押す。ひょっとしたら、怒られる
かもしれない。いや、メンドクサイといって断られるだろう。
 それでも、悠は電話を掛けなければいられなかった。
電話が内線に切り替わる。内線番号を押すと、3コールほどで繋がった。
「はい、605室です」
「あの、僕、芹沢悠だけど・・・」
相手は沈黙した。
「もしかして、満の知り合い?」
「そうです」
「あはは、ちょっとまって。今代わるよ」
悠は貰ったハガキに目を落とす。
『寮は2人部屋。今は1人だけど、そのうち相室になるかもしれない』
そうかかれている。相方だったのだろうか。
 それにしても、内線まである高校の寮って一体どんな金持ち学校に通っているのだろう。悠は満の
家の事情をそれなりに把握しているので、納得はしているが、随分と住む世界が違うと思う。
 暫くして、懐かしい声が電話越しに聞こえた。
「よ、悠。何?用事?」
満はまるで、昨日も会っていたような口調でしゃべり始める。
「何、それー。僕、満にこうやって電話するの、多分3年振りくらいだと思うんだけど・・・」
「あー、そうかもなー」
「なんで、全然緊張とか、感動とかないわけ?」
悠はそれでも、満らしいと電話口で笑った。
「べつに、お前相手に感動とか、ありえんやろ」
満も皮肉そうに笑ってるのが電話口でも分かる。3年前よりもやや低くなったトーン。きっと顔も
昔より引き締まって、大人びた顔になっているんだろう。
 悠は電話の先の成長した満を想像する。きっともてる男になったんだろうな。悠は安易にその想像が
できた。
「んで?どうしたん?」
「や、なんとなく・・・元気かなって」
「ああ、変わりなく。元気でやってるよ。悠は俺の健康に興味があるのか?」
「・・・満、相変わらず意地悪だ」
「悠がじじくさい前置きなんかするのが悪い」
「普通、久しぶりに電話かけた友達には元気かどうか聞くもんだよ」
「慎吾あたりなら、律儀に元気だって答えるかもな」
「・・・翔もちゃんと答えてくれたよ」
「お前ってホント、マメなヤツ〜」
満は半ば呆れたような声で呟いた。
「マメっていうか、普通に翔や慎吾に会いたくて連絡しただけだよ」
「ふーん。じゃ、俺にも?」
「・・・うん」
「そう」
そう頷きながら、満は悠の言葉を否定する。そういう時の満はとても冷たいと思う。悠は言葉に
詰まった。この人間に自分の真意を伝えるなんて無謀なのかもしれない。
「・・・あのさ・・・満にも会いたいよ。色々と話したいことあるし」
「色々と、頼みたいこともあるし?」
「え?なんで?」
「・・・そんなことだろうと思った」
満のことは怖いとは思わないけれど、時々その読みの深さに唖然とさせられる。どうして分かって
しまうのだろう。どこに自分の穴があったのか悠は振り返ってみるが、満との会話のやり取りは
どれも自分の次元を超えたところで見破られている気がしてならない。
「頼みごとっていうか、満にも考えて欲しいっていうか・・・」
悠がしどろもどろになって言い訳を始めると、電話口の相手はすっぱりと切り替えした。
「大体、悠の言いたいこと分かるぜ?当ててやろっか」
「分かるの?」
「・・・熱中甲子園っていう番組知ってるか?」
「うん」
「あれ、こっちでもやってるんだぜ?」
そう言われて悠はすとんと納得した。
「ああ、そっか。満、みたんだね、亮太のスランプを」
「まあなー、いつかはこういうときが来るんだろうとは思ってたけど。こんなタイミングで
仕掛けなくてもいいのに」
「え?」
「どうせ、翔がなんか言ったんだろ?」
満はえらくあっさりとその言葉を言い切る。それがまるで当然の原因とでも言うように。
 あの日、地方予選の準決勝で、小田南は1-0と、何とかせり勝った。7回に亮太が出塁したのが
唯一の得点に繋がったのだ。
 『熱中甲子園』ではその様子を僅かだが放映していた。だが、亮太は酷評に近かった。スランプも
ここまでになると、ただの実力不足としか捕らえられなくなるのだろうか。
 そんな最悪のスランプ状態を満は翔のせいだと断言する。
「なんで翔のせいだって分かるの?」
そういうと、逆に聞き返されてしまった。
「お前、わかんないの?」
確かに、悠にも分からないわけではない。薄々気づいていた亮太との距離。そして、何よりも翔の動揺
しきった顔を見ていたら、否が応でも2人の関係は拗れているのだと確信させられる。
 悠はぽつぽつとしゃべり出す。
「ホント言うとさ、大会始まってから、熱中甲子園見て気になってたんだ。僕、ホントに楽しみに
してたから。今年は甲子園いけるんじゃないかって。だから、亮太が不振だって見て、心配になった。
それでさ、見に行ってみようって、翔に電話したんだ。その時は翔が亮太のスランプに関わってるなんて
思ってもみなかったけど、なんか直感ってやつかな」
「お前の直感は当たるからな。そんで?」
「うん。そんで連れ出したの、亮太の準々決勝」
「すっげー、どんな技使ったん?」
「・・・別に、ただ、暇なら会おうって。慎吾も康弘も暇だから一緒にどう?って」
「だましたのか」
「違うよ、ただ、どこで会うか言わなかっただけ」
悠は茶目っ気いっぱいに笑った。
「お前、ホントはかなりブラックだろ」
「満に言われたくないよ」
電話口でくすくすと笑い声が聞こえる。
「試合見るまでは、確信してたわけじゃないんだ。ただ、翔は高校入ってから野球辞めたって聞いて、
あんなに好きだった野球を辞めたっていうから、何かあったのかなって思ってた。それで、一緒に
試合行って、動揺する翔見て、なんか、すごいヤバイんじゃないかって思った」
「うん、そう・・・」
そう言ってから少しの沈黙があった。
「満・・・?」
「俺は嫌だからな」
満はいきなりだったが、きっぱりと言った。
「僕何にも言ってないよ」
「いい、言わんでも分かる。俺は嫌だかんな」
少しだけ怒った口調だった。
「何でだよ」
満が自分の意図を汲んでくれたというなら、悠もここで引くわけにはいかないと思う。悠は食い下がった。
「いいんだよ、あんな奴等、ほっとけば。他人が口を出すような問題じゃないんだから」
「友達だろ?」
「友達だって、なんだって、関係ない。俺らの出来ることはせいぜい見てるだけだ」
確かにその通りだと思う。高校生にもなった男2人の関係を他人が修復しようなんていらぬお節介に
違いない。そうは思うのだが悠にはただ見てるだけなんて耐えられない。
 知ってしまったのなら何とかしてやりたいと思う。自分の力がどれだけ役に立つかなんて分からないけど。
「そうやって見てるだけで壊れていく人間をほおって置けるほど、僕は自分をダメにしたくない」
電話口からため息が聞こえた。
「あのな、悠。こればっかりは、当人の認識が一致しない限り解決なんて出来ないんだよ。それに・・・」
そこで一端言葉をつぐむ。
「それに?」
「・・・俺じゃダメだ」
「何で?」
「悠はさ、6年の初めの児童会役員選挙のこと覚えてるか?」
突然振られた過去の話題に悠は一瞬戸惑いながら、過去の記憶を引っ張り出す。
「・・・確か、亮太が会長で、悠が副会長だった・・・?」
「うん。よく覚えてるじゃん」
「僕、亮太の推薦人だったもん。演説でなんかしゃべった気がする」
「そんときさ、翔の推薦が誰だったか覚えてる?」
「・・・そういえば、満だった」
「ああ」
何の話がしたいのだろう。悠はその当時のことを思い出してみる。翔は同じ副会長の立候補者たちを
ぶっちぎりで破って当選したように思う。
「翔、人気あったから、圧倒的支持で当選したんじゃなかった?」
「まあ、結果はな」
「なんだか含みがあるね」
満は考えるように一呼吸置き、淡々としゃべり始める。
「演説が終わって、翔と2人で教室に帰るときにさ、隣のクラスの担任に会って、言われたんだわ。
『すごい説得力のある応援演説だった』って。『そんだけしゃべれるなら松下が立候補すれば
よかったのに』ってな」
「うわ・・・。翔、傷つく」
「ん。で、教室帰っても、『満の応援演説よかったから翔に入れる』っていうやつがいてさ」
「翔、満のこと、ライバルだとは思ってなかったようだけど、一目置いてるっていうか、気になる
存在だって絶対思ってたからな・・・」
「俺、児童会とか生徒会とか全然興味ないし、そういうのはやる気のあるヤツがやればいいと
思ってるし、だから、翔がやるっていうから素直に応援してやったつもりだったんだわ。演説でちょっと
気の利いたこと言ったりしてな。まさかそんな風に言われるとは思ってなくて」
翔にしてみれば自分の実力で勝ち取った一票ではないということは屈辱に違いない。自分より
上の存在。自分がなりたくてもなれない存在にコンプレックスを抱く・・・翔にとって満は亮太と同じ
ような存在なのだろうか。
「翔、傷ついたよね、きっと」
「傷ついたっていうより、俺のこと嫌いになっただろうな」
「・・・それだけで嫌いになるような人間じゃないよ、翔は。ただ、満は翔にとってコンプレックス
を刺激する存在なのかもしれない」
「コンプレックスねぇ・・・。全く、あっちでもこっちでも、翔はそればっかりだな」
「コンプレックスのお姫様・・・」
思わず口から出た言葉に悠はしまったと思った。満はちょっと感心したようだ。
「言うじゃん」
「あ、ごめん。今のなし。取り消し!」
「アホか、どう取り消すんだ。いいんだよ、そういう認識があれば」
「そういう認識?」
「そ。俺が天才で、翔は凡人ってこと」
満はわざとらしく言ったが、それはあながち間違っている訳ではないと思う。悠は満と翔、そして亮太の
3人を思い描く。
「2人の天才に挟まれた良識人」
「言ったもんだ。まあ、確かに亮太は天才であいつがコンプレックスを抱くのもわからんでもない。
同じ野球っていう土俵で戦っていたわけだしな。だけど、俺は関係ないだろう。そう思って、俺も
選挙の事件以来、気を付けていたつもりだったんだけどな。でも、一度味わった屈辱ってやつは
そうそう克服できるもんじゃないらしい。翔もなー、悠くらい素直ならこんなメンドクサイことに
ならずに済んだのに」
自然とため息が漏れる。
「・・・僕は根が単純だから、満はただすごいとしか思わないけど。翔は頭もよくて、自分でいろいろ
考える方だから、満みたいな同じタイプの人間っていうのがどうしても気になって仕方ないんじゃない
のかなぁ」
「8割以上はアイツが自分で作り上げた虚像だってことに気がついて欲しいんだけどな。俺は翔や悠が
思ってるほど、できた人間じゃないと思うぜ」
満はそういうが、満は少なくとも自分や翔よりもずっと的確な答えを持っていると悠は思っている。そして
あの6人を陰でずっとまとめていたのは間違いなく満なのだ。
「そんなわけで、俺はパス。俺は翔の気持ちも亮太の気持ちも何となく分かる。本人から聞いたわけ
じゃないから、あくまで予想の範疇だけどな。それを考えると、俺があいつらの気持ちに気づいてること
自体、翔には屈辱だと思わんか?」
「そこまで秘密主義でもないよ」
「それだけナイーブな問題なんだよ」
確かにそうかもしれない。悠は翔の気持ちには何となく納得がいく。幼馴染みの天才バッターと縁を切りたい、
そう、半ば恨んでるかもしれない。大好きな野球を辞めるほど、亮太と縁が切りたかったんだろうと、
だけど、亮太はどうなんだ?亮太は翔に何を思ってる?
 悠は満に投げかける。
「・・・亮太は翔のことどう思ってるの?」
「同じだよ」
「同じ?」
「あいつも翔にコンプレックス抱きまくってるんだ」
「そうなの?」
「まあ、それだけじゃないだろうけど」
亮太が翔に抱くコンプレックス。考えたこともなかった。お互い、認識しているのだろうか。
なんでも分かり合える、話し合って、笑いあっていた二人しか知らない悠は、考えると胸が痛んだ。
 どこですれ違ったんだろう、あの2人は。
「まあ、思ったより、簡単じゃないってこと。それに、もし余計な世話を焼くなら、悠の方が適任だろう」
「僕?なんで?」
「翔にとって、一番存在が近いのは悠だろ」
「僕が?」
「そ。今一番何でもしゃべれると思っているのは悠だと思うぜ」
「そうかな・・・」
 自分が2人の間に入る。それはとても無謀なことの様に思う。泣き落としでもいい、悠は満以外に
あの2人の仲を修復できる人間はいないと思う。
「無理だよ・・・。ねぇ、お願い。満」
「あのな、悠。こういう問題は周りが動いても無駄なの。よっぽど力業でなけりゃな」
「じゃあ、その力業で・・・」
「・・・なかなかいい根性してるよ、悠は。もっかい、言ってやろうか?」
「・・・」
「俺は、メンドクサイことしない主義なの。あいつらのいざこざに巻き込まれるのはごめんだ」
「満・・・」
満の言い分がわからない訳ではない。本気で面倒くさいと言ってるわけじゃないだろう。多分、自分が
でていくことで翔は追い込まれるだろうと満は考えているに違いない。
 そうは思うが、そのお節介役を悠は自分がこなせる自信がない。翔に軽くあしらわれて余計なお節介
焼くなと怒られて、溝が深くなるだけだろう。自分のふがいなさをここで嘆いても仕方ないが、
どうしてよいのか悠にはわからない。
 悠は子機を耳に当てながら自分の部屋をぐるぐる回った。そして、ベッドに寝ころぶと目を閉じる。
 あの試合の後、ベンチに向かう亮太に慎吾が大声で話しかけた。亮太はそれに気づき、軽く手を挙げる。
そして、翔と亮太はお互いの存在を確認した瞬間、目を見張るくらい硬直して、そして目をそらした。
 悠はその二人の姿をはっきりと見てしまった。その後、慎吾と4人でファミレスでしゃべっていた時も
翔は笑わなかった。
「ねえ、満、お願い。翔と亮太を救って。友達助けるお節介な人間でもいいじゃん。昔のように
仲良し6人組とかに戻りたいとか言ってるわけじゃないから。せめて、亮太が心煩われないような
試合を、せめて、翔が普通に笑えるようにしてあげて。それは僕たちじゃないと出来ないと思うんだ」
満は電話口で大きなため息を吐くと諦めたように言った。
「あー、あー、わかった、わかった。ったくホントに、どいつもこいつも、俺は何でも屋なんか
じゃないんだぞ?まあ、悠は翔の駆け込み寺としてそのポジション残しといてやった方がいいのかも
しれん。・・・こんな大きな世話焼くの、金輪際なしだからな」
「うん」
悠はこれ以上とない元気な声でうなずいた。
「ただし、一つだけ条件がある」
「何?」
「亮太の次の試合だけは絶対に勝たせろ。そうじゃなきゃこの話はナシだ」
「次の試合って決勝だよ?」
「ああ、そうだ。亮太を甲子園に出せ。そして、お前等全員でこっちに来い。ついでに翔もな。
どんな手つかってもいいから、つれて来い。そしたら後は何とかしてやる。俺はここからは
動かないぜ。そこまでしてやる義理はない。それが条件。呑めるか?」
自分にはそれくらいしかできない。だったらそれは絶対に守ろう、悠は誓った。
「わかった。翔を連れて行くよ。亮太の甲子園に」


<<8へ続く>>



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