「で、お前はどうするわけ？」
オレの机の前に仲良く3人が集まって、オレを取り囲んでいた。
タケにヒデキに、そしてなんでか最近よく一緒にいる来本。なんでお前まで一緒にいるんだ
って聞いたら、あっさり「おもしろそうだから」と言い切られた。
　何が面白いもんか！
「オレは、別にお前等に相談してるわけじゃないっつーの」
嘘が下手なのは、ホント考えもんだな。タケにもヒデキにも、オレは雨宮が好きだなんて
一言も言ってないのに、見たら分かるなんて勝手に決め付けられて、否定しても「丘は、
照れてるだけだし」の一言で片付けられた。そして挙句の果てに、応援までされて。その
応援もどこまでが本気なのかさっぱりわからないけど。
　おまけに放課後、一緒にいることが多いから、オレと門永の「ライバル決戦」（とこいつ等
が勝手に名づけた）まで知ってる。
　次の日は、タケとヒデキのどうだった攻撃が待っていたのだ。

「でもさ、門永ってーのは、雨宮の従兄弟だったけど、やっぱりライバルだったんだろ？」
「ライバル･･･」
言葉にすると気持ち悪いけど、実際そうだ。門永は雨宮のこと好きみたいだし、オレも･･･
多分そう･･･なんだよな。
　あの日、門永はオレに真剣な目をして言った。
『雨宮は絶対渡さないよ』
そう言われて、オレは思わず反撃してしまったんだ。


『オレだって、雨宮をお前に渡すつもりはない』


門永はひどくびっくりしていたけど、暫くして、お互い遠慮なしだね、なんて言って去って
いった。自分でもなんであんなこと言ってしまったんだろうって後になって後悔しまくり。
　でも、門永と雨宮が仲良くT高に通う姿なんて想像しただけで暴れだしたくなる。絶対に
そんなの見たくない。絶対に阻止する。
　意気込んでみたものの、オレは雨宮とはまた絶縁状態だし、しかもその理由はオレが、
無理矢理キスしたっていう恥ずかしいオチだし、今の状態で言ったら、門永の方が有利だ。
　ホント、どうしたもんかな。
「俺は奇襲攻撃で、さっさとモノにするしかないと思う」
タケは唸ったあとで、それしかないと、もう一度言った。
「なんだそれ」
「だからさー、家にでも押しかけて、雨宮をモノにしちゃえってこと！」
「あはは、それいい、そうしろよ、丘。キスでもして襲っちゃえば、雨宮も落ちるんじゃ
ないの？やってみろよ。っていうか、やれ。そんでもって俺達を楽しませろ」
･･･それは、この前やって、大惨事になってるんですがね。
キス。オレ、キスしたんだよな、雨宮と。･･･思い出すだけで体中がぼわっと熱くなる。
だって、あんなにキスが気持ちいいなんて、知らなかった。
　実はあの日から、幾度となく思い出して悶えてたりする。（そんなこと、こいつ等には
言えないけど。っていうか、キスしたことなんて絶対言えない）
　だって結局、コイツ等はオレの不幸を楽しんでるだけ。
　そうだよな。オレだって他のヤツがそんなことで悩んでたら絶対笑うもん。こんなかっこ
悪くて、恥ずかしくて。･･･なのに、雨宮の事が好きなんて。

　オレはタケに勧められたからってわけじゃないけど、雨宮の家に行ってみようと思ってた。
雨宮に振られるのとかすげえかっこ悪くて嫌なんだけど、こんな風に拒絶されたまま過ごす
のも、辛すぎる。
　気持ちに決着つけたい。オレは雨宮にこの前のキスを謝って、それからもう一度、ちゃんと
気持ちを告げようと思った。
「逃げられたら困るから、やっぱり家に行くしかない」
「何、丘やる気じゃん」
「おっとこまえ！」
タケとヒデキがからかい半分でオレをどつく。だけど、オレも男だ。決めたらやる。
　無視されても、拒絶されても、さすがに家に押しかけたら、あいつだってそうそう逃げる
ことなんて出来やしない。
　雨宮の両親は病院で家にはいないし、2人っきりで話せるチャンスだ。
オレは意気込んで、雨宮の家に向かった。



「天野ってさ、直球しか持ち球ないの」
玄関先に現れた雨宮は、開口一番そんなことを言った。
「直球勝負が好きなの？それとも、変化球、持ち合わせてないの？ああ、それとも、変化球
の使い方が分からないのかな」
「雨宮、言ってる意味がわかんねえ」
オレが困り果ててると、雨宮は喉を鳴らして笑った。
　こ、こいつっ･･･。
雨宮はすっかり元の「腹黒雨宮」に戻っていた。こいつの性格、ホントによく分からない。
　オレは当然、無視されてるつもりだったから、雨宮に会ったら、まず謝ってそれから、
間を見て告白って思ってたのに、これじゃ、完全に雨宮ペースだ。
「お前は･･･一体なんなんだよ！」
オレなんてさ、雨宮の言動一つにこんなに振り回されて、落ち込んだり上昇したり、大忙し
だっていうのに。コイツは涼しい顔してオレを見てる。
　どうせ、前みたいにオレが慌ててるの見て、影で笑ってるんだ。
そう思ったら、ムカついた。
何もかも分かったような顔してるくせに、オレの気持ちだけ無視して。
「雨宮、すげえ、ムカつくんだよ」
「どうしたの、急に。まあ、とりあえず、中に入りなよ」
オレが今にも何かを叫びだしそうだったので、雨宮は話が外に漏れないように、オレを玄関
の中に入るように促す。
　オレは土間に立ったまま、雨宮は玄関の上がり先に腰を掛けた。
雨宮を見下ろしながら、オレはなんでコイツの事が好きなんだろうってイライラした気分
で眺める。
「お前って、何考えてるんだ？オレの事、なんだと思ってる？･･･オレ、あんまり駆け引き
とかそういうの得意じゃないし、嘘だって吐くの下手だし、すぐに顔にでるから、お前は
オレのことからかって楽しいだろ。でも、オレだってそういうことばっかりされてたら、
傷つく。それに･･･」
「それに？」
「･･････」
･･･それに、オレはお前の事･･･。
そこまで一気に捲くし立てて、虚しくなった。こいつの心には多分オレの言葉なんて響いてない。
ほら、そうやって、真剣な顔しながら、あの心の奥では、きっとオレの事笑ってる。
　あー、もう。なんでこんなヤツ。
　こんな陰湿でよく分からない性格のどこにオレは惹かれたんだ？
考えてもよく分からない。

「気持ちなんて、考えるもんじゃない、感じるもんだ！」

そういえば、父さんがバカみたいに言ってたこと言ってたな。それってこういうことなん
だろうか。
　好きなんて気持ちに理由なんてないし。もし、理由があってオレがそれを知ることが出来たら
それはそれで、引きそうだもんな。
　だって、コイツだぜ？オレが好きな人間。こんな、人格分裂したヤツのどこが好きかって
どうやって答えたらいいんだ。
　だけど、オレは、雨宮の隣にいると、楽しいし、嬉しいし、どうしようもなくドキドキするし。
だったら、それが、あいつらの言う「恋わずらい」ってやつなんだろう。
恋ってめんどくさいな。好きだと思ったり、イライラしたり。そういう小さい感情を全部
ひっくるめて、恋っていうのか？そういうのを全部あわせて、雨宮が好きっていうように。
オレが雨宮に告白したら、こいつも少しはオレをからかうこと止めて、真剣に悩んだり
してくれるんだろうか。

「･･･あのさあ、雨宮」
「何？」
「この前の事だけど」
「うん」
雨宮の表情が少しだけ硬くなった。さすがに雨宮だって忘れてくれてるわけないよな。
「ごめん。怒ってるよな･･･いきなり、あんなことされて」
「･･･」
雨宮の返事はなかった。オレは雨宮を見下ろしながら、胸がちくりと痛むのを感じた。
「きっ気持ち悪かったよな･･･」
「天野、なんで、あんなことしたの？」
何でって聞かれると、それこそ、困る。なんでキスしたか、オレだって知りたい。ただ
言えることは、その時はそうしたかったからってことだけ。
　さすがに、したかったからとはオレでも言えない。
無言の沈黙。
重いなあ、この空気。苦手だ、こういうのは。雨宮、なんか言えよ。って聞かれてるの
オレか。
　オレは雨宮と視線を合わせることもできず、かといって雨宮から顔を背けることも出来ず
仕方なく、雨宮の視線を外すように、顔を見る。
　そうすると、飛び込んでくるのは、雨宮の綺麗な唇で、オレはその唇を眺めて、またあの
ときの気持ちが膨れ上がってくるのを感じた。
　あまりにも考えすぎて夢にまで出てきた。授業中思い出して、ダッシュで逃げ出したく
なった。寝る前、朝起きて、体育の授業、所構わず思い出して悶えてた。
　この唇に、もう一度自分のを重ねてみたい。なんで、あんなに気持ちよかったんだろう。
キスってこんなに気持ちいモノなのか？手が触れ合うのや、肩がぶつかるのと、どう違う
んだ？唇と唇が重なるだけじゃん。
　あそこには、何か特別な仕掛けでもあるってーのかよ。
いつの間にか真剣に、雨宮の唇を見つめていた。雨宮の形のいい唇にドキドキする。
そして、その唇が、ゆっくりと動いて、オレの名前を呼んだ。
「天野」
トキン･･･。胸の中で、どっかのアホが狂ったみたいに鐘を鳴らす。吸い寄せられる、この唇に。
　雨宮の唇が近くなる。一歩、二歩。前に出ると、オレは雨宮の肩に手を置いた。
「天野？」
雨宮の唇がオレを呼ぶ度、オレの行動がおかしくなる。触れたい。オレを呼ぶそこに。
「ごめん･･･雨宮」
何に対して謝ったのか、オレにも分からない。この前の事故に対して？それとも･･･。

　次の瞬間、オレはここに何をしに来ていたのか、全く忘れていた。


　気持ちいい･･･。


　雨宮の唇は、やっぱり気持ちよかった。柔らかくて、しっとりして、こんな感覚、他には
知らない。
　オレの知ってるどの肌よりも柔らかい部分。
雨宮に、この気持ちが伝わればいいのにな･･･。

〜〜〜〜って、オレ！

　オレは、本当に雨宮の所から飛んで下がった。勢い余って後ろのドアに激突。うぅ･･･。
「あ、あの、コレは･･･」
雨宮は呆然とオレを見ている。
うわ〜ん、オレなにやってんだー。
　これじゃ、変態じゃないか。この前のこと、謝りにきたはずなのに、またも、オレは
雨宮にキスなんてして･･･。
　何、オレ。欲求不満とか言うヤツ？
タケの言うとおり、ホントにコレは奇襲攻撃。しかも、門永を撃沈させるどころか、雨宮
を固まらせて、オレが撃沈。
　さすがに、二度目はないよな。どうしよう。雨宮、怒ってるよな。何しに来たんだって
怒られても仕方ないけど。

　うわーん、どうしよう。･･････よし、逃げよう。

「雨宮、ごめん。やっぱり、今のなしにして」
「あ･･･ちょっと、待って」
「待てない」
オレは雨宮の制止を振りきって、玄関のドアを開ける。冷たい風が吹き込んできて、思わず
目を閉じた。
「うっ」
　埃が目に入って、痛くて、瞬きばかりしていたら、涙がぼとぼとっとたたきに落ちた。
涙に驚いて、雨宮がオレの肩に手を掛ける。
　み、み、み、見るな、コレは違うんだ。埃で目が痛いだけで、別に悲しくて泣いてるわけ
じゃないんだ。
「天野、俺は･･･」
聞きたくない。お前からの批難はやっぱり、聞きたくない。お前の事、こんなに好きなのに。
振られるの怖いから、告白なんて出来ないし、冷たい声で振られるのも嫌だ。

　オレは雨宮が無理矢理掴んだ腕をはずして、駆け出す。

　ああ、オレってば、雨宮から逃げてばっかりだ･･･。








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