物や思うと 人に問われても―出航―
暗闇の公園で、ベンチに座ったまま、呆然とするオレ。冷たい風が吹いてきて、ブルっと
身を震わせた。
取り残された理不尽さを、どこにぶつけていいのか分からずに、もやもやとした気分を
抱えて、腰を上げる。
門永というヤツの言葉が、頭に残る。
雨宮にオレと同じ高校に行くの、止めるように言えだと?
「ふざけんなよ」
握り締めた拳が痛い。
どいつもコイツも、好き勝手言いやがって。オレが誘ったんじゃない!そもそも、J高行く
って言い出したのは、雨宮なんだし、なんでオレが、門永に怒られなきゃいけないのか、
意味わかんないし、雨宮にT高に行けなんていうのだって、意味ないじゃん。
だって、アイツが、勝手に言ってるだけなんだし!
でも正直、すごく複雑な思いだった。鬱陶しくて、考えたくないのに、雨宮が同じ高校
を受験するって思っただけで、心臓がドクっと跳ね上がる。
うれしい、だなんて、口が裂けても言えないけど(誰に言う必要があるのか)だから、
雨宮にT高受けろなんて、言いたくない。
そんなに、雨宮が大事で、T高に入れさせたいなら、自分で説得しろってーの。オレは別に
雨宮に一緒の高校行ってくださいなんて、一言も頼んでないんだからな。
行き場のない想いを抱えたまま、オレは1人、暗闇を歩いた。
次の日は一日中ため息を吐いていたらしい。
帰り際に、タケに振り向かれて(タケはオレの前の席)お返しとばかりにため息を吐かれた。
「丘、お前ねー、うしろで、はあ、はあ、ため息ばっかり吐くんじゃねえよ、こっちの方が
辛気臭くなるわ」
「え?オレ、ため息なんて吐いてた?」
「ボケたことぬかすな」
タケに突っ込まれたところで、ヒデキが現れた。
「どうした?」
「こいつが、ボケたことぬかしてるから」
「何それ」
「聞けよ、こいつ、朝からため息ばっかりで、オレのうなじがゾクゾクしちゃうってーの」
「あはは、何それ」
タケは首周りを手で押さえると、ブルっと身体を揺らした。
「こいつのため息が、俺のココにかかるんだよ。っんと、うっとーしー」
ヒデキは隣の空いてる席に座ると、「恋の悩みだな」なんて笑ってちゃかした。
そんなわけあるかよ。
「そんなことより、お前、昨日どうしてゲーセン来なかったんだよ。俺らずっと待ってた
んだぜ?」
「・・・ごめん」
朝一でタケにも怒られた。だって、昨日はもうゲーセンになんて行く気力すら残ってなかっ
たんだ。
理由を誤魔化そうとしていたら、教室の入り口から名前を呼ばれた。
「天野いるー?」
見れば、来本がオレを探してきょろきょろしている。この角度だと、オレってタケやヒデキの
間にすっぽり埋まるからなあ・・・。
オレはけしてチビじゃないけど、ヒデキが(タケも)デカ過ぎるんだ。雨宮もデカイと
思ったけど、ヒデキは筋肉質だから、余計にデカく見える。
オレは立ち上がると、手を上げた。来本はそれに気づいてこっちに駆け寄ってくる。
「よう、何時ものメンバーじゃん」
来本はそういって笑うと、オレに封筒を渡してきた。
「何これ」
「塾の冬季講習の申込書。申し込み再来週までだから、受けるならやるよ」
「あ、うん・・・」
正直、もうあの塾には行きたくなかった。冬季講習自体は受けてみたい気がするけど、あんな
環境でなんて、勉強できる気がしない。
「ありがと。考えとく」
受け取って、中身も見ずにオレはそれを鞄の中に突っ込んだ。
「それからさー」
来本は言いにくそうに、口元を摩った。
「何?」
「・・・天野、昨日、門永となんかあった?」
「は?」
タケとヒデキが一斉にオレを見た。
「門永って誰、ひょっとして昨日のアイツ?」
「・・・」
まずいなあ。雨宮と塾で再会したことはコイツらも知ってるけど・・・。
「門永、何か言ってたのか?」
「うーん・・・俺にもよく分からんけど、『天野君に今日のことヨロシク』って伝えとけって
言われてさ。なんかあったのかと思って」
何がヨロシクだ、何が。来本もこんなタイミングの悪いところで、言うんじゃない。って、
これじゃ、八つ当たりだよな。
しかし、これでオレは完全に逃げられなくなった。話すんだろ?ってオーラで3人に見つめ
られて、オレは今までの経緯をかいつまんで話すはめになった。
「・・・雨宮がどんなつもりで、J高を志望したのかオレにだってわかんないけど、とにかく
雨宮がJ高行くなんて言い出したから、門永ってヤツが怒ってオレに喧嘩振って来たんだよ」
「それが、昨日のヤツ?」
「そう。オレにいきなり『雨宮にT高受けるように言え』って言ってきてさ。オレにどうしろ
ってーの。雨宮は訳分からないし、門永は変なこと言ってくるし、もう頭ん中ぐちゃくちゃ」
不貞腐れながら話すと、タケが納得したように頷いた。
「丘のため息って原因それか」
それを聞いた来本は爆笑した。
「あはは、ホントに雨宮を巡る新旧の対決になったじゃんか!」
「来本!」
その話を、コイツらの前ですんな、バカ!そう思ったときは遅くて、タケもヒデキも来本
の言葉をちゃっかり聞いていて、何の話かと、せかしている。
「い、言うな、言わんでいい!」
オレが制するのをヒデキが後ろから羽交い絞めにして、来本に早く言えなんてせかしてる。
く、苦しい・・・。ヒデキの馬鹿力!
「がははっ・・・丘、それ傑作!」
「たかし、それ、マジ?超ウケル。あー、腹痛てえ!」
数分後、来本の話を聞いた2人は案の定、オレを目の前に大爆笑。くそぅ・・・だから聞かれ
たくなかったのに。
オレは顔が熱くなるのを隠すために俯いた。
「っていうかさ、やっぱり、お前のため息って、恋わずらいじゃん」
頭から降って来る言葉に真っ赤な顔を上げて反抗。
「違うって」
「だけどさー、せっかく自分と同じところ受験するかもしれない雨宮を、ライバルの所為
で、自分の意思とは別の事言わされそうになってるんだろ、お前は」
「・・・」
タケも笑う。
「たかが、友達なら、別の高校に行こうが、構わないじゃん。俺達だって高校は3人とも
バラバラになるんだし。会えなくなるわけでもない、遊べなくなるわけでもない。なのに
それが嫌って言うのはさ」
まじまじと見つめたオレに、タケは少しだけ困った顔をした。
「お前が、雨宮を好きだから。それ以外考えられないぜ」
お、オレが、雨宮を、好き・・・?
身体の芯から熱が上がってくる。そりゃもう、ぐいーんと、一気に。
「お、オレ、オレが・・・!?」
ひっくり返った声を出したら、3人とも手を叩いて笑った。クラスに残った別のヤツも、
何事かとオレ達を振り返る。
見るな、こっち向くな!
「自覚症状なしかよ、こりゃ重症だな」
「丘は昔から、そういうのに疎いからな・・・っていうか、相手が雨宮って!」
タケとヒデキはまだ笑いが収まらないのか、小刻みに震えていた。
「違うって言ってるだろ!」
「まあまあ、いいっていいって。俺達友達だしさ。黙って背中押してやるから」
「そんなライバル、さっさと蹴落としちまえよ。お前の方が雨宮歴長いんだから」
雨宮歴ってなんだ、それは。3人は言いたい放題言って、オレを励ましてるのか、笑いのネタ
にしてるのか分からなかった。
「おーまーえーらー!・・・オレはそんなんじゃねえよ!」
いい加減にしてくれ。オレはそんなんじゃないし、雨宮もそんなつもりじゃないんだ。アイツ
だって、ただ雨宮を心配してオレに言ってきただけだし。
オレは3人の顔を睨み上げた。だけど、オレの真っ赤な顔はコイツらの笑いを助長する
ことにしか役に立たずに、オレは結局1人で切れてわめく羽目にる。
そうして、机を叩くと、オレは3人の間を掻き分けて、教室を飛び出していった。
そんなんじゃねえ!そんなんじゃねえよ!
タケやヒデキにまで、からかわれて、恥ずかしいやら悔しいやら。オレが雨宮に惚れてる
なんて、絶対ない。絶対違う!
オレは顔を真っ赤にしたまま、1人正門を駆け出した。
こうなったら、雨宮に会って、言ってやるんだ。お前なんて門永の言うこと聞いて、T高
でも、どこにでも行っちまえ!
自転車にまたがると、やっぱり全速力に近い速さで、雨宮の中学まで走った。
それにしても、こうやって、雨宮の中学まで再び行くことになるとは思ってもみなかった。
オレは自転車を正門より少し離れたところに止めると、雨宮が出てくるのを待った。
きっと、このお坊ちゃま学校のことだ、今日も補講とやらがあるに決まってる。
捕まえて、きっちり、はっきり、言ってやる!!
雨宮が現れたのは、それから30分以上経ってからだった。さすがに11月のふきっさらし
の中で、待っているのは身体が冷える。
いくらオレの体温が高いからって、手なんてもう冷たくなってるし、耳も赤くなってる
気がした。
雨宮は、集団ブレザーの後ろの方で、やっぱり門永と一緒に歩いていた。
門永がしゃべる。雨宮が、目を細めて笑う。そんなやり取りがオレの目に映る。
『天野のそれ、ヤキモチっていうんだよ』
右側で来本の声が響く。
『ぎゃはは、丘、雨宮のこと好きなんじゃねえの!』
左側でタケの笑い声がする。
ぶるぶると頭を振っても、消えることはない。オレは・・・そんなんじゃ・・・
雨宮達は、正門を抜けると漸くオレに気づいた。
「天野?」
雨宮は、驚いた顔を隠しきれずに、ズレ落ちてきそうなメガネをしきりに直してる。コイツ
でも、やっぱり動揺するんだな。あの顔、小学生の頃、オレが突然押しかけたりしたとき、
よく見たな・・・。
「よう、雨宮・・・それから、門永も」
オレが2人に向かって手を上げると、雨宮はもっと驚いてオレを門永を見比べた。
「知り合い?」
門永は少しだけ、バツの悪そうな顔を向けた。
「ちょっとね。・・・どうしたの、こんなところまで来て」
どうしたのじゃねえ、お前が雨宮に言えっていうから、わざわざ来てやったって言うのに。
オレが門永を睨みつけると、門永はそ知らぬ顔で、それをかわす。
・・・こ、このやろ〜〜。
「あ、雨宮に、話があって」
真っ直ぐ見上げた雨宮の顔は、へんてこな顔をしていた。困ってるような、笑ってるような。
何考えてるのか、オレには全く分からない。
「何?」
まともに雨宮と話したのはもう二ヶ月以上も前のことだ。しかも隣には門永がいて、緊張
して声が上ずった。
「げ、元気かよ・・・」
「うん。まあまあ。どうしたの、こんなところまで来て。天野、前もここいたよね」
顔が一気に熱くなる。やっぱり、見られてるよな。ばれてるよな。オレが逃げ出したって
言うのも、分かってるよな。
「・・・あの、お前さ・・・」
「ん?」
雨宮が明らかにきょどってるオレを不思議そうに覗き込む。
だ、ダメだ〜、見るな。オレは一歩引くと、顔を擦った。あー、もう、なんて言えばいい
んだよ。
『友達のよしみで応援してやるから』
『そんなライバル、さっさと蹴落としちまえよ』
違う、そうじゃない。オレはこいつのことなんて、全然なんとも思ってなくて、それを証明
しようと思って、こいつに、J高なんて止めて、T高受けろって言いに来たんだっ!
そうだ、「J高なんて止めて、T高受けろ」それだけ言えばいい!冷たくなった拳を握り
締めて、決意を固める。言え、言ってしまえ、オレ!
「雨宮、その、お前さ、高校のこと・・・」
雨宮を見上げると、その視界の端に、門永が映った。門永はオレの様子をじっと見つめて
いた。いいよ、ちゃんと言うから。お前の望みどおり、ちゃんと雨宮には言ってやる。
でも、門永は、オレがちゃんと門永の言ったことを実行しようとしていると察すると、
クスっと笑いやがったんだ。
その途端、オレの頭の中で、何本か大切な線が切れた。切っちゃいけないやつだったのに。
ぶっちん、ぶっちん、切れて、オレは雨宮に向かって叫んでた。
「雨宮!明日!明日学校終わったら、そっこーで家に来い!いいな!わかったな!絶対だから
な!絶対来いよ!来なかったら、お前んち、迎え行くからな!!」
・・・!
って、オレ、そんなことを言いに来たんじゃない!!
門永の顔は歪な笑顔で固まったまま。雨宮なんて、絶句に近かった。
すうっと、身体の力がぬけて行く。オレ、なんで雨宮を家に誘ってるんだ!?ど、どうし
よう。前言撤回!
そう思ったときは遅くて、雨宮はこっくり頷いていた。
うわああ、門永が全力でオレを睨んでる。
もう、その後は知ったこっちゃない。オレは近くに止めていた自転車にまたがると、雨宮
の顔なんて見ることも出来ずに、一目散にその場を去っていた。
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【天野家古今和歌集】
物や思うと 人に問われても(ものやおもうと ひとにとわれても)
天然が突き抜けると、周りも呆れてしまう。自分の気持ちにすら気づかない人間は
周りの人間の方が、かえってやきもきしてしまうもので。
そうやって指摘されて、初めてオレって・・・と悩む姿に苦笑いを隠せない。
物や思うと 人に問われても(ものやおもうと ひとにとわれても)
天然が突き抜けると、周りも呆れてしまう。自分の気持ちにすら気づかない人間は
周りの人間の方が、かえってやきもきしてしまうもので。
そうやって指摘されて、初めてオレって・・・と悩む姿に苦笑いを隠せない。
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