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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 二日掛けて三重県の四日市市というところにたどり着いた。
普通の人なら3時間もあれば、行けそうな距離なのに、板橋は相変わらず無計画に橋を堪能
している。
 滋賀の清水のところを出てから、また下道をひたすら走って、何故か忍者屋敷とかにも
寄ったりして(忍者屋敷は面白かったけど、橋、なかったよな・・・)僕らの旅は、牛歩の
ような速さで神奈川に向かってる。・・・・・・向かってるよね?

 急いでいるわけじゃないから構わないのだけど、問題なのは、今でも車の中で、板橋と
仲良く隣に並んで眠っているということだ。
 いや、実際は眠れてはいない。眠れるわけないじゃないか。
こっちは板橋のこと好きだって自覚しちゃって、その好きな男が無防備に隣で寝てるんだ。
寝返りを打つたび、板橋の息が僕のうなじに掛かって、それだけでゾクゾクして。夜中の
「道の駅」のトイレに2回も駆け込んでしまった。
 しかし、当の板橋は至って普通で、怒っていたことや僕を抱いたことなど、本当になかった
かの様に振舞っている。
 橋を見て喜ぶ、それが全てみたいな。
 僕はすっかり、板橋に告白するタイミングを失ってしまったのだ。


 四日市市というのは、工業地帯だったと思う。小さい頃社会の授業で習った程度の知識
しかない。「四日市ぜんそく」という言葉はテストの穴埋め問題によく書いた。それくらい
のことしか覚えてない。
 実際、四日市というところは、工場が多いところだった。こういう景色を見ると、何か
とてつもない巨大な陰謀が埋めいている気になるのは何でだろうな・・・。
 外の流れていく景色を眺めていると、車の向きが変わった。
「こっから、高速乗るぜ」
「うん、いいよ」
いいも何もない。僕はただ乗ってるだけで、そんなことを言う権利などないのだ。だけど
板橋は僕の反応を確認すると、気持ちのいい笑顔で頷くんだ。
「今から、あんたにいいもん見せてやるよ」
板橋は上機嫌でそう言う。勿論、いいものの正体が何であるかなんて、聞くまでもない。
ここにも、絶対板橋のお気に入りの橋があるんだ。
 今まで通ってきた橋の1割程度しか覚えてないのに、そして、その都度「橋には興味ない」
ってきっぱり言い切ってるのに、板橋はそれにへこたれることなく、僕に橋を語る。
 板橋も飽きないよなあ。その情熱をもう少し橋以外のところに、見せてくれたらいいの
にな。




 僕達が走っている道は、四日市ジャンクションで「伊勢湾岸自動車道」へと分かれ、板橋
はそちらの方向に走った。
湾岸と名が付くくらいだから、視界の半分が海だった。
「伊勢湾?」
「そう。霞んで全然見えないけど、右斜め前に国際空港があるぜ」
「ふうん、そうなんだ」
「それで、この前方に見えるのが、木曽三川・・・と言っても河口で二つになってるけどな」
「木曽、三川?」
「そう、知らない?木曽川、揖斐川、長良川って、この辺じゃ有名だと思うけど」
「木曽川くらいしか・・・」
「ったく、ほら、今から渡るから!ちゃんと見ろよ。ココからは、橋のオンパレード!」
板橋は声高らかに叫ぶと、前方を指差した。
 確かに、幾重にも橋が見える。あ、右側に遊園地がある・・・あんな海ギリギリのところで
海の水とか入ってこないのかな・・・。
「遊園地もあるんだね」
「遊園地?ああ、行ったことないな」
案の定板橋は、遊園地には無関心で、その代わり、遊園地とは反対方向を指差した。
「輪中だ」
「わじゅう?」
うん、と板橋は頷く。
「この辺りの河口っていうのは、川より、土地の方が標高が低いらしい。それで、川が一度
氾濫すると、壊滅的な被害を受ける。それを防ぐために堤防や工夫を凝らした家が建てら
れた。そういう集落を輪中という・・・ってこの橋を紹介してくれた人が言ってた」
「なんだ、板橋君も受け売りか」
詰まらなそうに答えると、板橋は平然と言った。
「当たり前。橋以外の事まで、詳しいわけないだろ」
確かに。
 板橋は、橋オタクであって、橋以外のことには本当に興味がない。
僕は板橋が輪中だといって指を指した方向をみる。大きな川を渡っているが、これが木曽
三川のどの川なのか、分からない。けれど、この川が氾濫したら、きっと大変だろうと
容易に想像はできる。
 川の流れは、一度走り出したら止まらない。台風の去った後の川の様子をニュース映像
で何度も見た。
 ニュースキャスターは、「十分注意ください」と喚起していた。
でも、何でこういう危険な場所に対する呼びかけは「十分注意ください」なんだろう。
危ないことが分かってるのなら、「近づかないで下さい」って言えばいいのに。
十分注意くださいっていうのは、十分注意して近づいてくださいって事なんだろ?
どうしても、近づかなければならない人がいる人向けなのかな。怪我をするとわかって
いても、行かなければならない人。
 それが仕事だったり、人助けだったり、興味本位だったり・・・。

『板橋には、十分注意ください』
危ないと分かっているけど、近づかずにはいられない僕に、ニュースキャスターもこう
言ってくれるんだろうか。
 注意して近づけよ。怪我をしても自己責任だぞ。自分に言い聞かせる。
テレビの前で指を咥えてみてるなんて、そんな無様なのは、嫌だ。
板橋の魅力は、しゃべってみて初めて感じることが出来る。見た目は、冴えないただの
大学生だけど、無駄に優しいし、話は面白いし(でも全ての話が橋へと繋がっていくけど)
それに、ぶっちゃけセックスも最高によかった。
 頼子さん、響子、そして清水が板橋の事好きになるの分かる。あの人たちは、ただでさえ
橋好きなのだから、板橋を落とすことが出来たら、話しの合う最高の恋人になるだろう。
 全国を回る板橋のことだ、きっとそんな淡い期待を描いている人間がまだいるはずだ。
僕が今ここで、何も言わずに神奈川まで行ってしまったら、僕はそういう心配をしながら
自分の恋心が消失していくのを、ただじっと待つしかない。
 車を降りてしまえば、もう二度と会うことはない。勿論、また会おうと言えば、板橋は
軽く返事をするだろうけど、でも、それで友達として付き合っていくなんて、僕には拷問
に近い。
 どうせ会えなくなるのなら、玉砕して会えなくなったほうがマシだ。
僕の中の感情という川が、氾濫を起こした。
十分注意ください。
その言葉も、飲み込まれていくほど。


「ほら、これで最後の橋。な、凄いだろ?あんた、どの橋が一番よかった?」
僕が外の景色ばかりを眺めていたので、板橋は橋に見惚れていたとでも思っているんだろ
うか。板橋は名残惜しそうに、バックミラーで橋を眺めている。
「どれって言っても・・・」
「何?名前が分かんない?さっきも言ってやったのに・・・。まあ、この橋の最大の欠点は、
高速道路で止まれないって事だな」
 そういえば道路の途中に「停まらないで下さい」と書いてあった。夜になったら、ベイ
ブリッジみたいに、綺麗に見えるんだろう。
 カップルは夜景が好きだからな。
板橋は、誰かと夜の橋をみたことがあるのかな。
 そういう事考えるとテンション下がる。板橋に恋人がいたっておかしくないのに。
(でも、これは僕の直感だけど、今はいないだろう。だって、1週間も一緒にいて、誰かと
電話で話したり、メールを何度も打ったりしてないから。だからってそれが、好きな人が
いないとか、自分にもチャンスがあるとかには単純に繋がったりしないんだけどさ)

「ん?何?」
気がついたら、板橋の顔を見つめていた。それに気づかれて、慌てて顔を逸らす。
「あ、キリン!」
「あん?」
板橋の肩越しに、赤と白の「キリン」が見えた。工場地帯に幾つも建っている鉄骨。
 それを指差して、誤魔化すと板橋は、ぶっと噴出して笑った。
「あんたって、やっぱり面白いな」
笑った横顔に体温が1℃上昇した。




 このまま、東名高速道路を一気に駆け抜けて神奈川に行くのかと思っていたら、そこは
やっぱり板橋で、あっさり高速道路を降りてしまった。
 おまけに国道1号線を走って帰るのかと思えば、それすらも放棄。板橋は明らかに山道
に続く道を走り始める。
「なんだ真っ直ぐ、帰らないんだ?」
呆れた問いに板橋は、ちょっと困った顔で言った。
「うん。ちょっと用事がある」
「用事?」
「まあ、大した用事じゃない」
しかし、肝心の用事が何であるか板橋は口にしなかった。なんだよ、めちゃめちゃ気になる
じゃん。
 また、誰かのところに泊まるのかな。・・・でも、あれは橋ありきで泊まるところを求めて
るだけで、誰かに会いに行っているわけじゃない。
 なんだか、急激に不安になってきてしまった。
誰かに会いに行くとすれば、その相手は誰なんだろう。好きな人?尊敬する人?仲のいい
友人?・・・・・・それとも、やっぱり恋人なのか。
 その「次に会う誰か」が、板橋に告白したりしないだろうか?僕の目の前で、カップルが
成立したら、僕はどうしたらいい?
 焦る。
指を咥えてみてるのか、自分は。そして人知れず泣いて、不貞腐れて・・・そんなのは嫌だ。
その誰かより先に、告白しなければ・・・。
心臓が思い出したかのように急速な運動を始める。ドク、ドク・・・・・・。

 ダメだ。誰にも、この助手席を明け渡したくない・・・!





 板橋の道の感覚って凄いと思う。何度か走ったことあるのだろうけど、こんな真っ暗闇
の中でも、ぶれることなく山道を走る。
 山奥って夜になると、怖いよね。
今まで光の洪水のように、明るいところを走ってきた所為か(あ、でも滋賀から三重に
抜けるあたりは、そうでもなかったな・・・)こんな暗い道を走るのはちょっと怖い。
「山賊とか出そうな勢いだね」
「あんた、何時の時代の人だよ」
「だって、そんな雰囲気してるじゃん。ここ一体どこなの?」
「愛知と長野の間の山」
「長野!?・・・長野に向かってるの?」
「ああ。長野にちょっと用事」
板橋は山道を軽やかに走っていく。山道も慣れてるのかな。こんな暗い山道、迷ったり
しないんだろうか(ほぼ1本道でどうやって迷うんだといわれそうな勢いだけどさ)

 暫く走ると、山が開けて、ぽつりと明かりが見えて来た。
「灯りだ」
「道の駅だろ。今日はここで終わりにしようぜ」
「・・・・・・うん」
板橋は淋しげな雰囲気の漂う道の駅へと車を滑り込ませた。
「こんな山奥じゃ、人もあんまりいないよな」
車を停めると、板橋は運転席を離れる。後ろのシートは倒したままで、板橋はそこにダイブ
するように寝転がった。
 うーん、一つ伸びをして僕もそれに続いた。

「お疲れ」
「うん。・・・・・・明日はその用事とか済ませられるの?」
「ああ、明日には着くだろ。寄り道してなければ、だけどな」
「長野にも好きな橋が?」
「まあ、多少はね。でも、長野には海もデカイ河川もないから、目を見張るような橋って
いうのは少ないぜ?」
「そうなんだ。じゃあ、その用事の為だけに板橋君は長野に来たんだ?」
質問がどうしても下心が混ざる。
「まあ・・・なあ・・・」
そして、さっきからこの質問になると、歯切れが悪くなる。板橋は頭の下で手を組んで上
を見上げた。
「橋ネットワークの人?」
「そうと言えばそうだし、違うと言えば違う。ま、大丈夫だって、直ぐ終わるし、あんた
には迷惑かけないから」
そんな風に言われても、その時点で十分モヤモヤしてメーワクなんですが。
 好きな人なら、バシッと言って欲しい。
 でなければ、僕がバシッといってしまうよ?ねえ、いいの?僕、告白しちゃうよ、君に。
「友達とかに会うんだったら、僕いないほうがいい?」
「だから、そんなの気にする相手じゃないから、さ。まあいいじゃん」
板橋は、やめやめと、首を振った。僕はそこで引き下がるわけにも行かず、
「よくない!」
と声を上げてしまう。
 眉間に皺を寄せて、板橋が首から上だけを僕の方に向ける。
「何で?なんか、あるのか?」
「だって・・・」
「だって?」
ごくん。唾を飲み込んで、僕は気持ちを落ち着かせる。言うは一瞬。言葉は自然に湧き
上がっていた。


「だって僕、板橋君の事が好きだから」
「はあ?」
驚いて、板橋が起き上がる。勢いよく起き上がった所為で、身体のどこかを車にぶつけた
らしい。暗闇の中でゴンという鈍い音と、板橋のうめきが聞こえた。
「驚かせてゴメン。でも、ホント」
板橋が驚いて目をぱちくりさせてこちらを向きなおした。
「だって・・・・・・あんた、俺の事は対象外だって・・・言ったよな?」
「あの時はね。だけど今は思いっきり対象になってる。・・・・・・こんなこと、ここで言うの
卑怯かな。気持ち悪くさせるだけかな。だけど、伝えたい気持ちが止まらなかった・・・・・・。
僕は、板橋君の事が好きになって・・・・・・どうしようもないんだ」

 ・・・・・・言ってしまった。板橋に気持ちを伝えてしまった。あんなに好きにならないって
思ってた相手なのに。
鼻の奥がツンとなる。
告白の達成感と後悔が入り混じって、涙の結晶となる。


 見上げた板橋は、頭を抱えたまま、動かなくなっていた。








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