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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 初めてのキスは、橋の味がした。




 例えばさ、自分がそこそこ乙女チックで、しかも文才があったら、こんな時上手い表現
とか出来るんだろうけど、生憎自分が弾き出した言葉は、こんな物だった。

・・・てか橋の味って、なんだよ。



 板橋の唇は柔らかくて、しっとりとしていた。
唇を合わせるだけのキス。合わせるというよりぶつけると言った方が正しいかもしれない。
ぎゅうぎゅう押し付けて、掴んだ腕に力を入れる。
 板橋の腕は緊張していて、そのままの状態で動かなくなっていた。
一方的なキス。
板橋は、拒絶することも受け入れることもしないで、ただその行為の終わるのを待っている
かのようにも思える。
 嫌いだったら、きっと拒絶するはずで、だから、自分は嫌われてるわけではないという
自覚は出来た。
 だけど、好きなら、キスに答えてくれたっていいじゃないか。
唇を離すと、板橋は強張った顔でこちらを見ていた。

なのに。
「・・・・・・そろそろ、行くよ?」
暫く見詰め合って、板橋からやっと出てきた言葉が、これなんて。
なんだよ、板橋の馬鹿!
この、根性無し!自分の気持ちくらい、言えよ!




 板橋は、国道20号から、52号に右折して、ひたすら山の中を走った。
山の中を抜けて、幾つもの小さな街をぬけて、視界に飛び込んで来たのは、日本一の山、
富士山だった。
「あ、富士だ」
「さすがに近くで見るとデカイな」
「うん」
天気がよければ、ウチの近くからでも富士山を見ることは出来る。勿論こんな大きくは
見えないし、ぼんやりと見えるだけだけど。
 僕は目の前に立ちはだかる山を見て、そのデカさに驚いた。地元民は、こんなデカイ
山を背負って生きてるんだ。
 こんなデカイのがここにあって当たり前の世界。
生きてる場所が違えば、見える世界も違うんだろう。僕は、ふと友達が言っていたこと
を思い出す。
「そういえば、伊豆の友達が言ってたけど、伊豆人は富士山がある方が北だって思ってる
んだってさ」
「何それ」
「北を探すとき、とりあえず富士山を探すんだって。で、富士山がある方が北」
「山梨に来たら、大変じゃないか」
「そうだね」
彼は、富士山が見えないと、どっちが北か分からなくて不安だって言ってたけど、富士山
が見えない場所って、見える場所より遥かに多いよね。
 彼は未だに伊豆に住んでるはずだけど。



 夕暮れも神奈川も迫っている。
のんびりと富士山を眺めて走っていた所為で、静岡側に抜ける頃には、陽が傾き始めて
いた。
 ここからなら、今日中に家に着く距離だ。今日で、長かった旅も終わるんだろうな。
ギリギリのところまで迫って、答えがもらえないまま、終わるんだろうか。家に着くまで
に、板橋が告白の答えを言わなかったら、もう一度迫ってやろう。
 そんなことを思っていると、板橋が、また例のごとく機嫌な口調で言った。

「あんたに、いいもん見せてやるよ」

 板橋のいいもの。この旅で、幾つも見てきた「いいもの」。もう、それに「どうせ、君
のいいものなんて、橋なんだろ?」なんて、突っ込んだりしない。
 だけど、その「いいもの」を見に行ったら、もしかして、もう1泊できるかな、なんて
下心満載で僕は頷いた。
 少しでも一緒にいたいって思うのは、好きな相手になら普通の感情だよね?
52号線の終わりは、国道1号にT字にぶつかっていて、板橋はそれを右折した。
「え?右折?」
「そう。いいものは、こっちにある」
「・・・そう」
右折直後に看板を見上げれば、名古屋まで180キロの文字が見える。
 板橋は神奈川とは逆方向に曲がったのだ。また、家から遠のく。
家に帰るのが目的だったはずなのに、家から遠くなっただけで、胸がきゅうっと踊った。
家に帰りたくない、なんて女子高生のデートみたいだ。

 夕暮れて、辺りの景色が段々とぼやけてくる。板橋は、暗くなった道でも、迷いなく
進んだ。
 静岡くらいなら、何度か来たことがある。隣の県だし、だけど、精々、東側の伊豆や、冨士
くらいで、静岡市あたりなど、よほどの用事がなければこないだろう。
 実際、僕も1度しか来たことがない。
 板橋は国道を外れると、茶畑のある細い道を登りだした。
どこに行くつもりなんだろう。山梨のループ橋みたいに、ここにも、そんな橋があるんだ
ろうか。それとも、この茶畑を越えたところに、板橋が嬉々とする橋があるのか?
 茶畑は勾配のキツイ上り坂になっていく。公道なのか、茶畑農家の私道なのか、はっきり
しないほどの細い道だ。
 街灯は申し訳程度にしかなく、車のライトしか頼るものはない。

辺りは暗く、すれ違う車もなかった。
「あのさ・・・ホントにいいもん、の所にいくんだよね?」
流石に不安になって声をかければ、板橋は、うんと、軽く頷いた。
「もう直ぐ着く」

 実際、板橋がそう言ってから5分くらいは走っていた気がする。随分山道を登った。
山を登りきったところで、小さな駐車場があり、板橋はそこに車を停めると、
「降りる。来いよ」
と言って、さっさと車を降りてしまった。
「え?ここ?!」
あたりは真っ暗で、街灯もない。1メートル先の板橋の顔だって、もう暗くて見えなくなっ
ている。
 僕は、置いてかれないように慌てて車を降りた。




「うわっ、凄い。綺麗」
車を降りた後、さらに5分ほど山道を登った。橋の事ばかり頭にあった所為で、僕は周りの
景色など全然目に入ってなかった。板橋が連れてきてくれたここは、僕が想像していた
「いいもの」などではなく、眼下に広がる光の渦だった。
 180度のパノラマ夜景。静岡の夜景が直ぐ目の前に広がる。山と街が近いせいで、夜景は
とても綺麗だ。
 一応夜景スポットになっているらしいけど、穴場なのか、人はいなかった。ただ、近く
には屋根付きのベンチがあって、板橋はそこに座った。
「・・・・・・これ、いいもの?」
「ああ」
「・・・・・・驚いた」
「綺麗だろ」
「そうじゃなくて!」
「何?」
「君が、橋以外に『いいもの』があるなんて。・・・意外とロマンチストなんだ」
板橋の隣に座ると、板橋はふいっと顔を逸らして言った。
「こういう時くらい、いいだろ」
「こういう、時?」

 板橋は周りに響きそうなほど大きな息を吐いた。
「もう一回だけ、聞いとくけどさ」
「うん?」
「俺、対象外じゃなかったのか?」
「ええ?」
振り返ると、暗闇で、板橋に腕を取られた。掴まれて、見つめられて、そんなこと言われて、
いきなりやって来た、この空気に僕はたじろいでしまう。
「あんたさ、ホントに俺の事」
板橋の掴む手が熱い。
 なんで、何時も板橋は急なんだ。こっちの予想してる動きと全然違うことしてくるし、
言ってほしいときには、スルーだし・・・。
 だけど、きっと、今は・・・・・・
「僕は、本気だよ。本気で君が好きだと思う」
そういうと、板橋は僕の腕を掴んだまま、項垂れた。

「・・・・・・大分であんた拾ったとき、女かと思った。ダンボール掲げて、必死な顔してる女
の子がいるって思って、見れば、すげえ好みの顔してて・・・」
は?今なんて言った?!
「拾ってみたら、男だった。・・・・・・すげえ、ショックだった」
「そんな下心があって、君は僕を拾ったのか」
「それくらい、いいだろ!俺だってお人好しのボランティアじゃないんだから」
それは、そうだけど。でも、それって・・・
「しかも、拾ったソイツはホモで、社長との不倫に逃げ出したなんていいやがる。一瞬、
俺にもチャンスがあるのかと思っちまった。俺は別にホモじゃないけど、ソイツから見て
俺はどうなのかなって聞いてみたくなった」
板橋は顔を上げると、皮肉そうに笑った。
「なのに、そいつは、俺に生殺しみたいなこと言ってきたんだぜ?ホモな上に俺は対象外って」
「そ、そんなこと、一言も言わなかったじゃないか!だから僕は気を使って・・・」
「いえるかよ、そんなこと」
「でも!」
「でもじゃないよ。俺は対象外で、行きずりで拾った男とは俺の車でセックスしようなん
てさ。腹が立って、抱いてみれば、後悔だらけ。なのに、ソイツときたら、今度は、俺に
好きだの、対象だの言って・・・・・・あんたの気持ち、分かんない」
こ、この、鈍感不感症男!
どこまで、はっきり言わせれば気が済むんだ!
「親切に乗せてくれる板橋君に、そんな目で見るのは申し訳ないって思って、対象外って
言ったんだ!・・・・・・だけど、君の隣にいると、どんどん君に惹かれて行って・・・・・・僕は、
ホントに板橋君が好きなんだ」

 途端、板橋の腕が離れて、僕の後頭部を掴んだ。そのままぐいっと引っ張られて、板橋
の唇と重なる。
 今日二度目のキス。
合わさった唇の隙間に舌が滑り込んで、僕の口をこじ開けていく。絡んだ舌に、身体が
びくんと震えた。
 頭部を撫でる板橋の手付きが、厭らしくて、僕のペニスはそれだけで勃ちあがってしまう。
「んっ・・・・・・」
息苦しくなって、離れると、お互い空まで届きそうなほど、荒い息になっていた。
・・・・・・板橋からのキスの意味は、僕の告白を受け入れてくれたってことだよね?
苦しい。嬉しくて、胸が苦しい。

「好き」
耐えられずに、もう一度口にした。
 板橋は1拍置いて、眉をしかめた。
「・・・・・・やっぱり、橋の味かな・・・」
「はい?」
「いんや、何にも」

板橋はもう一度、顔を引き寄せて、キスをくれる。僕の口の中をかき混ぜるように、乱暴
に舌が動く。それに絡ませたり、押し返したり、吸い付いてひっぱったり。今までの想い
をありったけ注いで、キスをする。
 板橋が好きだ。板橋に架かる橋は、ここにあったんだ。
やっと、橋の向こう側に、たどり着く。
手繰り寄せて、首に腕を絡ませて、深い、深いキス。それから一度、顔を離して、僕達
は見つめあう。
 照れくさそうに笑うと、僕は板橋に抱きついた。



「うぐっ・・・」
と、同時に伸びる板橋の手。その行き先は、辿らなくても分かる。
「い、板橋〜?」
「やっぱり、勃つんだ。よかった」
「ちょ、ちょっと!」
「俺だけかと思ったけど、そうじゃないみたいだから、いいよな?」
「は、はい〜?」
板橋は、僕の股間に手を伸ばして、その大きさを確かめている。
えっと、えっと・・・・・・。
その、真逆。
「ここで?」
「うん」
「外だよ?」
「うん」
「人来るよ?」
「うん」

うん、じゃないよ!このヘンタイ無節操男!

だけど、板橋に股間を撫でられて、身体中蕩けるくらい気持ちよくなってる僕も僕でなわけで。
結局、僕も、「うん」なんて頷いて、板橋の股間に手を伸ばすことになるんだ。









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