なかったことにしてください  memo work  clap

はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―



 鉄平が何を求めてあの橋に立っていたのか僕はもう気づいていた。それが分かったから
といってどうする事もできないし、慰めの言葉や励ましの言葉も出てこないのだけれど。
 ただ、僕はある橋の思い出を鉄平に語ってやろうとぼんやり思っていた。





 鉄平は迷うことなくホテルまで辿り着いた。
ホテルは随分と立派で、ロビーには観光客の姿も見えた。壁の時計は5時を少し過ぎていて
西陽がロビーの窓に当たって眩しい。
 鉄平がフロントを素通りしてエレベーターに向かうので、僕もその後を大人しく従った。
 エレベーターの中ではずっと無言だった。居心地は悪かったけど、こんなときに何を話して
いいんだか僕の上ずった心ではまともに考えられそうもなく、鉄平の後頭部をただ眺めて
いることしかできなかった。
 チンというエレベーターの滑稽な音で扉が開く。ありがちなエレベーターホールに、空気
の淀んだような廊下。客室の方はありふれた光景だ。
 鉄平は部屋の前まで来るとやや乱暴にドアを叩いた。
その音が廊下に響き渡って他の客が不快に思わないだろうかと余計な心配をしてしまう。
「鉄平?」
客室のドアは直ぐに開いて中から中年の女性がこちらを覗いた。
「ただいま」
「遅かったわね。お母さん達、今から山下さん達とラウンジでコーヒー飲みに行くから。
・・・あ、夕食はホテルのレストランで取るから7時になったら下りてらっしゃいよ」
「うん、わかった」
女性は鉄平の母親で、鉄平に告げると漸く僕に気づく。
「・・・どちら様?」
「あ、あの、すみません・・・実は・・・・・・」
僕は手短に事の成り行きをしゃべった。鉄平の母親は不審人物でも見るように僕を見ていた
けれど、鉄平の一言でしぶしぶ僕を部屋に入れてくれた。
「この人、まぬけだから悪い事できないから安心して」
―――救いようのないフォローをありがとう。
鉄平の後に続いて部屋に入ると、中年の男性が身支度を整えていた。間違いなく鉄平の父親
だろう。
 世の中には3人自分と同じ顔がいるってよく言うけど、板橋の場合一体何人同じ顔があれば
済むんだろう。鉄平は間違いなくこの中年男性の子だと分かるくらい、中年男性とそっくり
だった。それは当然板橋とも似ていて、板橋が年とったらこんな風になるんだろうなと、
いらん妄想をしてた僕を鉄平と父親が不思議そうな顔で見つめていた。
「すみません、ご迷惑かけます」
もう一度同じ事を父親に頭を下げて言うと、父親の方はさほど興味なさそうに充電器を寄越
してきた。
「ありがとうございます」
「はい、どうぞ。・・・・・・鉄平、飯に遅れるなよ」
父親はそれだけ言うと母親の様子を振り返ることなく部屋を出て行ってしまった。
 その後姿を母親が慌てて声をかけている。性格まで板橋譲りなのか。
「じゃあね、鉄平。7時になったら下のレストランに来るのよ」
「うん」
母親も慌しく部屋を出て行く。
 ばたん、部屋のドアが閉まると一気に静かになった。

「・・・・・・コンセントそこにあるから、充電すれば?」
「ああ、うん」
鉄平はベッドサイドを指差して自分はベッドに座った。
 言われるままケータイの充電器をコンセントに挿して充電を始める。試しに板橋に電話を
掛けてみたのだけど、板橋の方も電池切れなのか圏外にいるのか連絡が付かなかった。
「7時までは暇だから・・・・・・」
「あ、ありがと。ごめんね、色々」
頭を掻きながら鉄平に謝ると、鉄平はごろんとベッドに背を向けて横になってしまった。
「別に、いいって」
照れているんだろう。大人と子どもの境界線の上で自分の身の置き場を必死に探してるって
カンジ。そういうの僕にも分かる。小さな子どものように感謝されて素直に受け入れられない
し、かといって大人みたいにするりと交わす事もできない。
 必死に背伸びしてる子ども。板橋とはやっぱり違う。当たり前だけど。
・・・・・・あ、でも板橋みたいな大人にはなってほしくないな。あの非常識双子は、見習って
はいけない大人の代表格みたいなヤツ等だから。
 僕、恋人に向かって結構ひどい事言ってる?・・・・・・でも、こんなところで僕を置き去り
にする板橋が悪いんだ。
 ホントにいつだって自分本位で橋ばっかりで、僕の事なんて後回しで・・・・・・。あれ、何か
そんな事考えてたら悲しくなってきた。
 僕、板橋に本当に恋人だって思われてるんだろうか。
いやだなあ、このネガティブさ。板橋に会ってこの不安解消したいよ。
沈黙が続いて、鉄平は身体を転がしてこちらを振り返った。シーツの擦れる音が部屋に
響く。手にしたケータイが鳴る予感がしない。
 自然と溜息が漏れる。苦笑いで鉄平を見れば、鉄平も居心地悪そうな顔をした。
「電話さえ繋がれば、連絡取れると思ってた」
「・・・・・・」
「今まで一緒にいた人でも、会えなくなることってあるんだね、しかも突然」
「まだ、わかんないじゃん。ただケータイ繋がらないだけなんでしょ」
「うん。そうだね」
小学生に慰められるのもいい加減慣れてきた・・・・・・。
 でも、ホントにそうだ。板橋と二度と会えないなんて決まったわけじゃないんだし。勿論
その可能性もあるわけだけど。
 このまま二度と会えなくなったらやだなあ。泣くかな・・・・・・いやきっと泣くんだろうな。
そんな暢気なことを考えてる僕はきっとまだ危機感がないんだろう。心のどこかでは、後
数分したら電話が鳴って、また会えるんだって思ってるんだ。
 二度と会えないなんて、ありあえない。
でも・・・・・・二度と会えないのなら、せめてさよならくらい言いたいよね、夢の中でも。
胸がぎゅうっと痛くなった。
 せめて、最後に一度だけでも、一言でいいから・・・・・・。
鉄平の胸に宿る想いが僕に重なる。鉄平もこんな想いしてたんじゃないんだろうか。
会いたくても会えなくなってしまった人に、せめてもう一度、さよならだけでも。
だから・・・・・・
「ねえ鉄平君」
「何」
「銀河鉄道って知ってる?」
「は?」
鉄平は起き上がって僕と向かい合うようにベッドに腰掛けた。僕はケータイをパカパカ
閉じたり開いたりして、頭の中に浮かんでる事を整理する。
 鉄平の心を癒す事は出来ないだろうけど、出口を見つけるきっかけになればいい、なんて
思いながら。
「銀河鉄道だよ、夜空を駆け抜ける鉄道」










 僕達の旅は順調に北上を続けた。もうこれは「順調」というしかないだろう。結婚式まで
に間に合う、その条件さえクリア出来ていればもうなんでもいいのだから。
(勿論僕から言わせてもらえば迷走に迷走を重ねてるとしか言いようがないんだけど)
「やっと東北だね」
「ここまで来たらもう焦る必要はないな。あと3日もある」
「あと3日・・・本当に着くよね?」
「着かないと、怒られるのはワタルだからな。ワタルが怒られると俺も怒られる。そう
なると後々厄介な事になるから、間に合うように行くさ」
一応そう言うところは計算しているらしい。
 板橋はナビを操作しながら次の目的地をセットしていた。
「どこ行くの?」
「銀河鉄道」
「なにそれ」
「・・・・・・のモデルとも言われてるところ」
「銀河鉄道って・・・・・・」
頭の中で曲に合わせてあの重厚なバリトンボイスが響き渡る。機械の身体を手に入れるため
に旅する少年の話だったっけ?
 僕の脳みそがそっちに向かっていると板橋は苦笑いした。
「9が付くヤツじゃなくて、夜の方な。一応」
「銀河鉄道の夜」
ああ、そっちか。そういえばあの作者は東北の出身だったっけ。山形だか宮城だか岩手だか
えっと、どこだったかなあ。
 すると後ろの白いのが乗り出して話に加わってきた。
「岩手軽便鉄道か!なかなかいいチョイスだな」
相変わらず白板橋の発言の意味が分からない。
「あの・・・通訳お願いします」
「はしま君、キミ段々失礼な子になってきたね、あっはっは」
後ろから頭をぐりぐり撫ぜられて、どっちが失礼なんだと思う。コレでも君達よりも年上
なんですけどね。
 白板橋はその手を除けることなく僕の髪の毛をいじくり回して最後にはほっぺたをつねった。
「まあ、でもよく見れば、はしま君って結構かわいい顔してるから許してあげよう」
「あ、ありがとう」
なんでここで僕がお礼を言わなきゃならないんだか、訳がわからない。しかしその後で
言った白板橋のセリフはもっと訳が分からなかった。
「でも、俺女専門だから、カケルの代わりは無理だよ。ごめんね」
「謝られても、意味がわかんないよ!」
困って板橋を見れば、板橋は笑って、ワタルになんてあげないよ、なんて呟いた。
ったく、この双子は。
「まあ、走ってた鉄道の事まではよく知らない。ただ、岩手の花巻近くにJR釜石線ってのが
走ってるんだけどそれの前身だかが確か岩手軽便鉄道とかいう名前だったと思う。で、その
列車が走ってた宮守川橋梁が銀河鉄道の夜のモデルになったんじゃないのかって言われてる」
板橋の説明によれば、岩手軽便鉄道が走ってたときの宮守川橋梁は橋脚しかないらしいんだけど、
今の釜石線が使ってる宮守川橋梁も
「りっぱなめがね橋だ」
っていう事で、板橋は鼻歌が出てきそうなくらい楽しげにハンドルをさばいた。
「まためがね橋?」
「いいじゃないか、崇高な橋やらめがね橋やら珍しいものがいっぱい拝めて」
結局板橋だって自分本位なヤツには変わりない。まあ僕は板橋の「橋の旅」にくっついて
来てるのだから文句なんて言える立場じゃないんだけど。
 それに、銀河鉄道のモデルなんてちょっと見てみた気もする。



 北上するたびに気温が少しずつ下がっていくのか、肌寒くなった。うす曇の天気が余計に
寒さを感じさせるのかもしれない。
 車の中は快適だけど、コンビニで休憩するために車を降りるたび空気が冷たくなっていく
ような感覚はあった。東北の冬っていつからなんだろう。
 何度目かの休憩の後で、板橋が銀河鉄道の話を始めた。岩手県に入ってかなり走った後
だったから、目的地はもう直ぐのはずだった。
「結局あの話は何が言いたかったんだろう。あんた分かる?ってか知ってる?」
「中学校のとき、文化祭で劇団の人が来て、一度だけみたことあるよ。細かいことは忘れ
ちゃったけど、あれでしょ。主人公の子とその友達が銀河鉄道に乗って旅をするっていう」
「最後は?」
「えっと・・・気がつくと銀河鉄道から降りてて、一緒にいた友達は川で溺れて死んじゃって
たんだっけ?」
「まあそんな感じ。・・・・・・後味わるいよな」
確かにファンタジーとしては結末はそれほどいいものって感じはしないし、何があってあんな
結末にしたのか疑問にも思うけど、あの当時、僕が劇を見て思ったのは悲しいけど幸せな
気分だって事だった。なんで幸せって思ったのか・・・よく覚えてないんだけど。
 古ぼけた記憶には残っていない幸せの記録。もしかしたらそれが一番重要なところだった
のかもしれない。
 そんな話をしていると、いつしか宮守川橋梁は目の前に迫っていた。



「岩手軽便鉄道のはやっぱり橋脚しかないのか。寂しいな」
白板橋はがっかりしてその姿を見上げた。宮守川橋梁の隣にひっそりと忘れ物のように橋脚
だけが建っている。現役の宮守川橋梁が立派なだけに、そのギャップが余計に哀愁を漂わ
せていた。
「トンネルとかは残ってるらしいけどな。まあこっちの眼鏡橋も見ごたえはある。夜になる
とライトアップもするらしいぜ」
「へえ、それこそ幻想的だね」
「そうか?」
相変わらず板橋にはロマンという言葉はないらしい。
「しかし、走ってる鉄道見て銀河鉄道思い付くってどういうことだ」
白板橋も呆れ気味に橋を見上げた。
「さあね、星にでもなりたかったんじゃないの」
「星・・・・・・」
そういえば、死んだら星になるとかそんなセリフがあった気がする。特設の舞台の上で
劇団員が声を張り上げて叫んでいた映像が頭の中に映った。
 そこで何故か胸がちくりと痛んだ。











 鉄平は黙ったままだった。
 多分、鉄平が三途の川にいたのは「会いたい人」を待っていたからだ。会いたいのに突然
会えなくなってしまった人。
 友達か大切な人か分からないけど、鉄平はその人を失って、でもどうしても会いたくて
それで本当に神様にでもすがる気分であそこにいたんだと思う。鉄平の言葉の端々から読み
取れること、鉄平の落ち込みようはそう言うことなんだろう。銀河鉄道の話を聞いて鉄平は
今何を思ってるのか、その潤んだ瞳は悲しそうだった。
「乗りたい?」
「そんなもん、本当にあるわけないじゃん」
「・・・・・・たとえばの話。もしも銀河鉄道があったら、――死んだ人を乗せてサザンクロス
まで走る銀河鉄道に、鉄平君も乗りたい?」
「それは・・・・・・」
鉄平は唇を噛んだ。僕に思いを知られるのは嫌なのだろう。行きずりの人間になら何でも
しゃべってしまえる僕とは大違いだ。(そのおかげで板橋とこういう関係になったわけだから
別に自分の性格を悔いたりはしてないけど)



 沈黙を破ったのは僕でも鉄平でもなく、僕の手の中で遊んでいたケータイだった。
突然鳴り出した軽快なメロディーに僕も鉄平も驚いて固まる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
1コーラス分曲が流れると、僕は漸く脳みそが動いてケータイの画面を見た。
「あ!」
着信相手は見慣れた名前だ。
 安堵やら困惑やらで手が震える。
「出ないの?」
「で、出るよ!」
だって、相手は板橋だもん!
 けれど、通話のボタンを押す直前で電話はいきなり切れてしまった。
「ええっ・・・ちょっと待ってよ」
慌ててコールし直したけど、今度は通話中で繋がらない。
「ああ、もうっ」
取り乱し気味の僕に鉄平が唖然としている。鉄平には駄目な大人の見本市みたいに映って
るんだろうな。
「でも、電話が掛かってきたってことは無事だったってことなんでしょ?」
「本人ならね・・・・・・」
手の中のケータイは大人しくなったままで、再び板橋から電話が掛かってくる様子がない。
「もう少し待って掛けてみるよ」
弱弱しく呟く僕を気の毒そうに鉄平が見る。さっきまで鉄平の心配をしていたはずなのに
いつの間にかすっかり立場が逆転してしまったみたいだ。
「っとに、板橋の自分勝手さに僕は振り回されてばっかりだよ。あのバカ双子!」
「え?板橋って・・・」
「ああ、僕のツレね、板橋っていうバカでどうしようもないオタクな双子なんだ」
そう言いながら、驚いた鉄平の顔を尻目に僕はもう一度板橋へとリダイヤルした。



 聞きなれたメロディーが部屋の前で響いている。
「ええ?!」
こ、これって、真逆・・・・・・!!
 聞き間違えるはずがない。板橋の着信メロディーだ。なんでこんなところで!?
慌てて部屋の扉を開けると、そこにはぐったりした顔の双子が並んでいた。
「板橋!」
「やあ。はしま君、やっと感動の再会だ」
「あんたねえ・・・・・・」
白い方はにやりと笑って手を振り、黒い方は盛大に溜息をついてケータイの着信を切った。
「あの、板橋・・・?」
僕達は数時間ぶりにやっと再会を果たす事が出来たのだった。



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