はしま道中流離譚―道中、お気をつけて―
旅は道連れ、世は情け。
掻き捨てるのなら、旅の恥。
いってやろうじゃないのさ、どこまでも。
涙のあとに出るものといったら、虹しかないんだから。
次の日、昼を大幅に過ぎてホテルに戻ると、ホテルには白板橋と鉄平がいた。
いや、正確には白板橋と鉄平しかいなかったのだ。親戚一同は朝一で引き上げてしまった
らしく、部屋には昨日の結婚式の引き出物の袋やら、親戚からのお土産やらが散乱していた。
「ただいま」
板橋達の部屋に僕も顔を覗かせると、中で白板橋がしたり顔で迎えてくれた。
「やあ、はしま君。昨日はよく眠れたかな」
「・・・・・・」
「それとも、緊張の連続で眠れなかったかい?」
「・・・まあ、それなりにぐっすりと」
バツが悪いのは僕だけじゃないはずなのに、白板橋も何故だか板橋までニヤニヤして、この
最悪な状況を楽しんでいるようだった。
「ふうん、そう」
白板橋の弓なりにカーブして垂れ下がった目が憎たらしい。あれもこれも、何もかもこの
変態双子に聞かれてたかと思うと、いてもたってもいられなかった。
あの時、白板橋ははっきり言ったのだ。「ご馳走様」と。それはどう考えたって、僕が
イってしまったときの声を聞き取ったということに、他ならない。
なのに、板橋ときたら
「ぐっすり眠ったよ。誰かに、寝かさないって言われたんだけどなあ」
と僕を見下ろして言うんだ。
・・・・・・おい、板橋。おかしいだろ、その反応。
からかわれてるのは、僕と板橋であって、僕が一人で百面相してるこの状況はどう見ても
おかしい。
板橋も顔の筋肉を緩めたまま、僕をみて笑っている。
「あーっ!もう!うるさい!うるさい!」
2人から避けるように部屋の中に入っていくと、中で鉄平が困ったように僕達を見ていた。
「あ・・・」
「・・・・・・」
バツが悪いとは当にこういう気分だ。正々堂々カミングアウトしてるわけでもないし、子ども
に自分の性癖を知られるのもあまりいい気分じゃないのに、今の会話だけでも鉄平が賢ければ、
十分僕と板橋の関係は把握できるだろう。
どこまで分っているのか、その表情からだと推測するのは難しかったけれど。
「おはよう。・・・・・・ちゃんと仲直りできたから・・・・・・心配掛けてごめんね」
鉄平は言葉が出てこないようだった。
沈黙になるところだった。何か次の言葉を、そう思いかけたとき、板橋が動いた。
「ところで、何で鉄平がいるの?親は?」
板橋は相変わらず空気を読まずに話を進めた。
「あの人たちは、先に帰ったよ。帰ったっていうか、ウチの実家に寄っていくそうだ」
「ふうん、それで?何で鉄平がいるの?」
白板橋はちらっと鉄平を見て、鉄平が何も言いたがらないのを確認すると、自分の口で
説明を始めた。
「どうもね、思うところがあるらしいよ。なあ、鉄平君」
鉄平は僅かに動揺して、そして俯いた。
「何、思うところって」
「俺達に付いて、橋巡りがしたいそうで」
「鉄平、お前橋に興味なんてあったか?」
板橋は少し驚いて鉄平を覗いた。
板橋は鉄平の抱えている悩みの正体を知らない。知ったところでどんな反応を示すのか
目に見えているような気もするけれど。
「―――ダメ?」
鉄平はしおらしい態度で板橋を見た。僕には絶対見せなかった態度に僕は内心驚いた。
板橋と鉄平が従兄弟同士で、それがどれくらいの関係があるのか僕は知らないけれど、
少なくとも鉄平は板橋に対して「甘え」ている部分を持っているんじゃないかと思う。
「いんや、別にいいさ。車に乗る人数が1人増えようと2人増えようと、俺がしたいことが
変わるわけでもないし、行き先も変えるつもりもないし」
「行き先って・・・これから行く橋も、もう決まってるの?!」
僕は驚いて板橋を見上げた。
「そんなものは、旅を始める前から決まっているさ!」
それに答えたのは何故か白板橋だった。
「ワタル?」
「はしま君、知らなかったのかい?帰り道はひたすら『三途の川に架かる橋』を巡る事に
決まってるんだよ!」
「ええ?!」
その発言に何故だか当の板橋も驚く。
「ねえ板橋、三途の川ってそんなにいっぱいあるの?!」
「・・・・・・青森の他に4本くらいは知ってるけど」
「そんなにも!」
「多分もっとあるとは思う。河川名鑑だかそんなのに載ってたのは4本くらいなだけで」
何で全国の三途の川は「三途の川」なんて名前つけちゃったんだろうなあ・・・。
その言葉の醸し出すイメージだけで薄ら寒くなる。子どもの頃、近くにそんな川がなくて
本当によかった。そんなのがあったら僕は絶対ノイローゼになると思う。毎日お化けの恐怖
に怯えながら過ごすなんて堪ったもんじゃない。
板橋は一つ唸った。それから白板橋と鉄平を見て顔を顰めると、僕を振り返って
「三途の川に架かる橋巡りして帰る、予定らしいな」
と言った。
何、それ。
もうあんな思いするのは勘弁して欲しい。恐怖に迷子、挙句の果ては喧嘩・・・・・・
だけど、どうしてここに鉄平がいるのかって考えると、それを無理矢理反対するわけにも
いかなかった。
だって、どう考えたって、鉄平は「三途の川で友達に会いたい」って本気で思ってるんだ
から。神にも縋る思いなのか、三途の川に行けば死者に逢えると思っているのか、その辺りの
思考が単純なのかは分らないけど、鉄平は本気だと思う。本気で友達に逢いたいんだ。
最後に一言、何かを言いたくて。
板橋はそれ以上鉄平には何も言わなかった。
「じゃあ、明日の朝一で出発。鉄平はこっちの部屋でワタルと一緒に寝な。俺達は隣の部屋
にいるから」
「うん」
鉄平は素直に頷いた。
夕食後、僕達はそれぞれの客室に戻った。一昨日一人で使った部屋は、今は板橋と一緒だ。
全てが元に戻ったようで、まるで何事もなかったかのように僕達は普通に過ごした。
喧嘩なんてものはそう言うものなんだろう。喉もと過ぎれば何とやら。ただ、喧嘩というか
板橋が怒っていた理由が僕を心配してのことだっていう、なんともむず痒くて嬉しいオマケ
が付いてきたのは怪我の功名というのか、棚から牡丹餅というのか・・・・・・。
好きも愛してるも板橋は言わないけど、僕は板橋の気持ちは少しは理解したつもりだ。
時々読めない行動もあるけど・・・・・・・・・。
僕は板橋の寝転がるベッドにダイブした。それに気づいて板橋が顔を上げる。
「・・・・・・あのさ、あれ、どういうことなの。あんた知ってる?」
「何のこと?」
「ワタルと鉄平」
板橋は読みかけていた本を閉じると僕の頭をくしゃりと撫ぜた。
板橋は事情を全く把握していないのだから、疑問にも思うだろう。夕食の時も結局、鉄平
も白板橋も鉄平の事情には触れなかった。
「実はさ・・・・・・」
口を開こうとすると、板橋は僕の台詞をさえぎった。
「何だ、やっぱり知ってるのか」
それから、僕に向き合って寝そべると、ひじを付いて枕にする。その表情には苦笑いが
浮かんでいる。
「やっぱりってどういうこと?」
「だって、あんたあんだけ三途の川に行くの嫌がってたのに、大して反対もしないからさ
なんか事情知ってるのかと思ったの」
そういえば旅に出る前、僕はかなり反対してたんだった。
「板橋はさ、鉄平君が落ち込んでるの気づいてる?」
「・・・・・・あれは落ち込んでるのか。様子は変だと思ってたけど」
「かなりね」
「それと、三途の川がどう関係するの?」
僕は、一昨日の夜鉄平から聞いたことに僕の想像を織り交ぜて板橋に語って聞かせた。
友達と喧嘩した事、その友達が死んでしまった事、そして鉄平はその友達にもう一度
何とかして逢いたいと思っている事。
鉄平の気持ちの辺りはかなり脚色が入ってるような気もしたけど、自分が感じた鉄平の
様子を出来るだけ詳細に話した。
板橋は暫く黙ってそれを聞いていたけど、やがてワクワクとした表情に変わった。
「鉄平、お化けに逢いたいのか」
「そう言うことみたいだね」
「いいな、それ。俺もお化けがいるもんなら逢ってみたい」
「もう、すぐそう言う不謹慎な事を・・・」
「お化けに逢えるって、すごい能力なんだぞ?俺もワタルも一度も見たことないんだから」
「能力ってなんだよ」
「お化けが見えるっていうのは才能なんだよ、才能。いいな、俺も鉄平にあやかってお化け
を見よう」
ポンと板橋が僕の背中を叩く。名案だとでも言ってるようだ。
「板橋には、鉄平の気持ちを考える心の優しさとかないの!?」
「優しさ?」
「大体不謹慎でしょ、子どもが死んだ友達に逢いたいって言ってるのに、隣でお化けが見たい
なんて大人が騒いでたら」
軽くねめつけると、板橋の顔からも表情が消えた。
「じゃあ何、俺達も一緒に沈んでろって?それとも一緒に三途の川で死んだ友達探せって
言うの?」
「沈んでろって言うわけじゃないけど、もうちょっと親身になって考えてあげたらって事。
子どもなのにそんな過酷な体験したんだよ?鉄平君の友達が死んだって事に対して、板橋
達が笑ったり、バカにしたりするとは勿論思ってないけど、もう少し鉄平の立場も考えて
あげなよ」
本気で呆れかかっていると、板橋は僕のデコをぺしっと弾いた。
「痛っ」
かなりいい音がした。弾かれたデコを撫でる。板橋を見上げると、板橋は少しだけ困った
顔をしていた。
「あんね、鉄平が何で落ち込んでるのかは理解したけど、それはそれ。死んだ人は世界が
どうやってひっくり返っても還ってこないし、鉄平だってそれくらい分ってるだろ?鉄平は
多分、自分と死んだ友達との間に何とか折り合いをつけたくて、彷徨ってるんじゃないの?
そう言うときは誰かが傍にいてやる事は大切だろうけど、そこにいるやつは絶対にこっち側
にいなきゃ、共倒れになるよ。俺もワタルも死者を冒涜するつもりなんてさらさらないし」
「それはそうだろうけど・・・」
板橋は弾いたデコを僕の手ごと撫ぜた。
「あんまり鉄平に同情しすぎぎると境界線危うくするよ?」
板橋は時々そうやってドキリとする事を言う。板橋の言葉って分りにくいんだよな。そう
思って顔を上げると、板橋に笑われた。
「言葉が足りないっていいたいの?」
「板橋ってさ、本当はものすごーく思慮深くて、ものすごーくイイヤツなのかなあ」
「さあねえ」
板橋の手がデコから離れて、僕の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「分りにくいヤツ〜」
その手がゆっくりと身体の方へと降りてくる。そしてそっと引き寄せられて板橋と密着した。
シングルベッドだから、実のところ僕はさっきから身体が半分くらい落ちかけていたのだ。
それが板橋の身体にがっちり繋ぎとめられて、なんていうか正に心も身体も安定した場所
に収まってるって感じがする。
こういうのって「心地いい」っていうんだ。
板橋は僕の身体を撫でながら話を続けた。
「昔からさ、怒られることと言えば『お前達は言葉が足りない、何を考えてるのか分らない』
なんだよな」
「・・・・・・」
「でもさ、俺はワタルの言いたい事ややりたい事なんて、ワタルが言わなくても直ぐ分るし
ワタルもそうだった。でも、他のヤツにはそうはいかないんだって、かなり大きくなって
から気づいたんだよ」
双子だから分る特別な何かってあるのかもしれない。実際僕の知ってる双子も以心伝心じゃ
ないけど言葉を殆ど交わさなくても、言ってる事通じてたし。
なんだか、白板橋にちょっと嫉妬してしまった。
何も言わなくても板橋と分かり合えるって僕にはまだまだ遠い道のりのような気がして
しまう。確かにあの2人はなんでも分かり合ってるって感じするもんなあ。21年間の時間
には勝てないか。
「悔しいなあ」
素直に呟いた感想に板橋が反応する。
「・・・・・・でも、あんたにしか通用しないことだってあると思うけど?」
「え?」
「例えば、今俺がどうしたいかとか」
僕の背中を優しく撫でていた板橋の手が、更に下に降りてきて僕のお尻をきゅっと掴んだ。
その途端、体中の血液がざわつき始める。
「き、昨日したよ!?」
「昨日したら今日しちゃ駄目なんてルールあるの?」
「ないけどッ・・・隣、白板橋も鉄平君もいるよ」
「俺のうちも、あんたのアパートも隣はいるでしょ。声我慢するの馴れてるんじゃないの」
板橋がニシシと子どもっぽい笑いで僕を誘う。ああ、もう・・・。
「すっごく、馴れてるよ!」
僕も含み笑いで応戦する。
ああ、なんかちょっと繋がった気分。板橋の心が近づいてくる。案外、分かり合える日が
来るのは近いのかも、なんて淡い期待を胸に宿らせて、僕は板橋に顔を近づける。
「昨日みたいに声出すと、明日も大変な事になるよ?」
「分ってるよ!」
板橋の唇が僕の唇をぱくりと食いついてきて、今夜もいつもと変わらない夜が始まる。
旅の不安は快楽の中に埋没させて、僕は板橋と2人だけの夜を楽しむ。
暫くはこんな生活なんてできないんだから、明日からのことは、明日考えよう・・・・・・。
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