ゆっくりと煌成の身体が伊純の中に沈んだ。煌成は息を止めて、その行為に神経を集中
させた。
　未知の領域に足を踏み入れていく。注意深く、心を落ち着けて伊純の中に飛び込もうと
するほど心が逸った。
　息が苦しくなって、最後は吐き出す息と共にハイピッチで腰が埋まった。
「うぅっ･･････」
煌成は呻き声を上げながら、伊純の腰を支えた。
　獣のような姿勢で、後ろから伊純を突き刺し、伊純はそれを無条件で受け入れている。
伊純はベッドのヘッドに手を着き、後ろを振り返った。
　薄く開いた口が何かを訴えている。その顔が煌成の唇を欲しているように見えて、煌成
は伊純の背中に唇を吸いつけた。
「･･････どう？」
長い息の後で、伊純はうっとりとした声を出した。煌成は伊純の背中から口を離すと、
もっちりとした腰周りの肌を撫でて、苦笑いした。
「キツイっ･･･てか、こっちって、こんなんなん？！」
「ふふっ今までと違う？」
伊純が官能的な瞳で煌成を見詰める。現実離れした感覚で煌成は頷いた。
「締り具合がねっ･･･って！！センセ！！やめてっ！！千切れちゃう〜」
煌成が話している最中にも、伊純は悪戯に煌成を煽って、伊純の秘孔がぴくんと締まった。
「痛てぇっ･･･食いちぎられる〜〜」
「海老原君が動くからですって」
そう言って伊純が体勢を立て直すために僅かに腰を動かすと、煌成は血液が一気に巡った
ように身体が疼いた。
「っ！･･････先生が締めるからだよ･･････あっ･･････ねぇ、動いていい？」
早く突き動かしたくて仕方ない衝動を伊純の中で示す。けれど伊純は首を振った。
「･･････もうちょっと待って？」
「･･････うん？」
「こうやって、じっとしてると、上がるんだよね」
「何が？」
「感度」
悪戯っぽい表情で伊純が言うと、煌成はいつもの伊純とのギャップに苦笑いが止まらなく
なる。伊純の本性はこっちなのかもしれない。
「･･････そういうもん？」
「うん」
そんな素直な伊純も悪くないと10も年上の男の背中を眺めながら煌成は思った。伊純の時々
見せる表情は年の差を越えて、愛おしいと思わせるらしい。煌成のペニスがまた膨らんだ
気がした。
　それから、やっぱり耐え切れなくなって、
「一振りだけ」
と言うと、伊純の了解も得ずに煌成は腰を振った。
「あっ」
当然、「一振り」などでは収まりきれるはずもなく、煌成の腰はリバウンドした。
「ああっ･･･海老原、君っ･･････！待って･･･」
「うぅ〜･･･センセー･･････」
既に何往復しているのか分からないほど、煌成は腰を振っていた。
「はっ･･･はっ･･･やべぇ･･･夢かなこれ･･････」
ここまで上手くいくとは思っても見なかった展開だった。伊純がゲイでそれなりの経験を
持っていなかったら、きっとこんな風に自分は気持ちよくなれてはいないのだろうとも
思うけれど、それにしたって、なんでこんなにスムーズに進むのだろう。
　やっぱり自分はまた夢を見てるのだろうかと疑いたくもなる。
「ゆっ･･･夢と比べて･･････うぅ･･････どうなんですか？」
伊純に聞かれて、煌成の腰が止まった。
　夢で見た伊純とのセックス。映像では思い出せるような気がするけど、感覚は今のこの
甘い痺れで吹っ飛んでいる。
　煌成は再び腰を振り始めた。
「･･････こっちの方が数倍気持ちいい」
「そう？」
「･･････こっちの方が数倍エロいし」
夢の中の伊純は積極的だったけど、目の前の伊純には到底叶わない。自分の想像を伊純は
軽く超えていた。
「現実になってよかった」
伊純は額に汗を浮かべて顔を歪ませた。我慢しているのだろう。煌成も到達地点がすぐそこ
にあるのを悟った。
「俺は･･････ちょっと怖いけど」
どっぷり嵌ってしまうこと。倫理や道徳を超えてしまうこと。伊純との関係が変わって
しまうこと。どれも躊躇っていたはずなのに、身体が繋がったら、そんなちっぽけなこと
など、どうでもよくなってしまった。
「ま、いっか。気持ちいいし」
煌成は持ち前の適当さで最後の壁を乗り越えたらしい。その「らしさ」に伊純も胸を締め
付けられた。
「ねえ、センセー。これって、このまま出していいん？」
「う･･･ん。あぁっ！･･････いいよっ」
煌成のピッチが上がった。早くそこに行きたくて、目前のスパークに身体中の筋肉が緊張
していく。
「じゃ、遠慮なく」
「ああぁ！！」
「センセ、いくっ」
最後にパチンと大きな音を立てて肌がぶつかると、煌成は伊純の尻を掴んでぴたりと張り
付いた。
「あぁ･･･あっ！！」
自分の中に熱さが伝わってくると同時に伊純のペニスからも白い液が零れ落ちた。
　暫くの間、2人の呼吸がベッドルームに木霊し続けていた。





　煌成はぽやんとした意識の中で、漸くさっきまでの行為を思い出した。
「夢･･････じゃ、ないか」
横を向けば、目を閉じた伊純が飛び込んでくる。どこをどうみても、今度こそ本当の出来事
に違いない。身体の心地よい気だるさに襲われて、久しぶりのこの感覚を味わう。
　セックスの後でしか知ることの出来ない甘く爛れた時間だ。
「ふぅ」
シーツの擦れる音で伊純が目を開けた。
「起きたの？」
伊純は寝てはいなかったようで、はっきりとした声で煌成に言った。
「俺、やっぱり寝てた？吸い取られて、力尽きてた･･････」
「まだまだ一杯出そうだったよ」
「底なしじゃないっつーの」
久しぶりの、しかも男とは初めてのセックスにすっかり疲れ果てて、煌成は最後の一滴を
絞り取られると、気持ちよく眠りに落ちていたらしかった。
　眠りと現実の区別も付かないほどふわふわした気持ちでベッドの中にいると、伊純の身体
が近づいてきて、煌成の肌に吸い付いてきた。
　ぴたりと胸の前に身体を収め、伊純は煌成の鎖骨の匂いを嗅いだ。
「くすぐったいって！」
「高校生でも、セックスの後ってここが『オス』の匂い発してるんだね」
「何だ、それ」
自分の身体にネコみたいにじゃれている伊純を煌成はくすぐったそうに見下ろす。あどけない
行為に、色香がまだ漂っている横顔、アンバランスな伊純に煌成は目を細めた。
「俺、先生の事、もしかしたら、結構好きかもしれない」
突然の煌成の告白に、伊純は目を丸くした。
　しかも「もしかしたら」とか「かもしれない」なんて曖昧で微妙な判定に、煌成の切れ
味のなさを感じる。伊純は少々不満になりながら切り替えした。
「･･････それが返事？」
「ダメ？」
見下ろすと伊純が子どもの顔で膨れていた。
「･･････別に、いいですよ」
ぷいっと横を向いてしまった伊純に煌成は笑った。
「先生ってさー、時々すげえ天邪鬼みたいな態度取るよな〜。ちょっと可愛い」
「･･････」
煌成に言われるわけないと思っていた言葉を掛けられて、伊純は耳の先まで赤くなって
しまった。
　追いかけるのは得意だけど、掌で転がされるのは苦手だ。
「照れてんの、それ？」
煌成が本格的に笑い出しそうになって、伊純は頭から布団を被ってしまいたい気分だった。
「どうせ、僕だけがすごく好きなんですよ」
その拗ね具合が妙に可愛くて、煌成は10も年上の男をやっぱり愛おしいと思った。
「だから、俺も先生の事、結構好きだと思うって言ってんじゃん」
「思うってなんですか。確信じゃないの」
「確信する作業中。こう見えても、俺悩める高校生なんすけど」
「･･････じゃあ、僕が手伝いますよ」
これ以上、伊純にけしかけられたら、本気でどっぷり浸かってしまいそうで、煌成は薄ら
寒くなる気がした。
「大体さー、先生は俺の何処が好きなの」
前から不思議だった。大した接点もなく、好きになられる要素など何処にもなかったはず
なのに、いきなり告白されてしまったのだ。
　伊純を見ると、伊純は真顔になって言った。
「顔と身体」
「即答かよ！」
「一目惚れですから」
「マジでか･･････」
初めて会ったのは確か保健室で真桜とベッドになだれ込もうとしていた時だ。
　あの状況でどうしたら自分の事を好きになるのか煌成はにわかには信じられなかった。
不信な目で見ている煌成に、伊純はまたふくれっ面になった。
「仕方ないじゃないですか。カーテン開けたら、凄いストライクボールが飛び込んできたん
ですよっ」
「･･････あ、そうですか」
あの伊純の軽蔑したような顔は、自分の行為を怒っていたわけではなく、ただの自分の理想
に巡りあってしまったショックからきていただけだったのだ。
　煌成は脱力して、乾いた笑いを浮かべた。
「俺ね、顔だけはいいよねって時々言われるんだよね。それで得したことなんて今まで殆ど
なかったんだけど。･･････まあ、でも、今、顔がよくってよかったってちょっと思った」
「ん？」
「この顔のおかげでしょ、先生とこんなんなっちゃったの。･･････悪くないよ」
煌成はニシシと笑った。甘ったるいその笑顔に伊純は内心またキュンキュンと胸を鳴らし
口から妄想が飛び出ないように煌成から目を逸らす。
　けれど煌成の首筋にぴったりと張り付いて、こっそりと笑った。
　お互いの体温を感じながら、まったりとした時間が過ぎていく。幸せだと伊純も煌成も
言葉にはしなかったけれど、はっきりと感じていた。
「ねえ先生、もう一眠りしていい？」
「･･････どうぞ」
気だるさから直ぐに煌成はまどろみに落ちかかっていた。寝息が聞こえそうで、伊純は
うっとりと、上下する煌成の胸板を眺めていた。
　規則正しく動いていた煌成の肺がふっと止まると、煌成は思い出したように喋りだした。
「あ、ねえ？」
「はい」
「目が覚めたら夢だったとか･･････ないよね？」
目が合って、伊純はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「夢より凄いセックスして、夢じゃないこと身体に焼き付けておきます？」
「･･････遠慮しときます」
2人して笑うと、今度こそ煌成は眠りに落ちていった。





「煌成」
「あぁ〜･･････？」
「いい加減起きなよ！」
「！？」
目が覚めると、煌成は見慣れた天井を見た。
「･･････なんか、凄いイイ夢見てた･･････ような」
顔を擦って、覚醒してきた脳に、先ほどまで見ていた夢を再現させる。ぼんやりとした像
だけど、記憶の中にはしっかりとインプットされている出来事だ。
「どんな？」
「ふふん。秘密」
煌成は笑うと、ベッドに座って覗き込んでいる相手を引き寄せる。迷惑そうな顔をしている
のに大した抵抗もなく、細身の身体はすっぽりと煌成の中に収まった。
「何っ？！」
「かっわいいーなーって思ってさ」
「煌成は可愛くない！」
「好きなくせに？」
「うるさいっ！さっさと起きる！今日は仕事休みだから朝から出かけるって煌成が言った
んだから、ね？」
煌成から無理矢理離れると、相手はぷいっと膨れた。
「はいはい。どこでも連れて行きますよ」
煌成ものっそりと起き上がって、大きな伸びをした。相手はそれを確認するとベッドルーム
から早々と出て行こうとした。
「待ってよ」
「30分以内で用意！」
「あ、ちょっと･･･伊純センセ〜！」
思わず声を掛けると、相手――伊純は驚いて振り返った。
「･･････煌成、今なんて？」
「あっ」
「あ？」
「ふふっ。さっき、いたいけな高校生が保健医に口説かれる夢見ちゃってさ」
「！？」
伊純は更に不機嫌になって、煌成を睨みあげた。
　けれど、それはただの照れ隠しなことくらい煌成はとっくに分かっている。
「あの頃の伊純さん、面白かったなあ･･････」
ニヤニヤといやらしい笑顔を見せると、伊純は煌成の腕をぐりっと抓って言い放った。
「15分以内に出かけられなかったら、今日のランチは煌成のおごり！」
「ちょっと、時間、縮んでるんすけど〜」
「そんな夢を見た煌成のいやらしさにマイナス15分」
「へいへい･･･」
煌成は伊純の身体を抱きしめて、頬に軽くキスを落とすと慌てて支度を始めた。
　ばたばたと音を立ててベッドルームから飛び出していく煌成を伊純は見送った。
「高校生･･･だったんだよね、あの子･･････」
ふっと細めた視線の先には高校時代の煌成の顔が思い浮かぶ。
　あの頃の煌成は、綺麗の中にもあどけなさの残った青年だった。言動も自分を包み込む
技量も、笑えるほど幼かった。
　けれど、保健室で危ない橋を渡った事も、大学受験の前に合宿だと言ってマンションに
転がり込んできたことも、楽天的な煌成じゃなければ出来なかったはずだ。
今ではスーツの似合うモテモテのサラリーマンで、相変わらず顔だけは、うっとりする
ほどの美形だけれど、煌成の幼さは今も抜け切れていない。
　勿論、伊純を支える腕はあの頃より逞しくなって、伊純を益々虜にしているのだけれど
根本的には何も変わっていないような気がするのだ。
そうして、自分も初めて会った時から変わらない気持ちでいることに、多少の苦笑いを
浮かべながら、伊純も煌成の後を追って、ベッドルームを後にした。





了

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2010/08/30

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