「なんなんだよ!あいつは!ムカつく!ムカつく!あー!ムカつく!ムカチョッキー!」
「・・・・・・」
亜希はぶすっとした顔で真野の悪態を吐くと、目の前に並んだシュークリームを3口で頬張った。
むしゃむしゃ。もぐもぐ。ごっきゅん!
ワン、ツー、スリーステップ。
無言で一気に食べ切って指に付いた生クリームを舐めると、やっと満足そうな顔をした。
「やっぱりムカついたときは甘いもの食べるに限るよね」
「・・・・・・相変わらず豪快ね、亜希ちゃんは」
その姿を呆れて見ているのは、亜希の幼馴染で隣の家のケーキ屋――ムーンウッド――の娘、
月森美咲だ。
「だって!ホント、ムカついたんだって!もう食べないとやってらんないよ」
亜希の「ムカつく」はいつもの愚痴だ。どうせ今日も体育の授業で真野とかいう男と喧嘩でも
したんだろう。美咲はコーヒーを含みながら目の前の恋する乙女に苦笑いする。
いつものように、学校から帰ってくると亜希は隣のケーキ屋で美咲の父親からケーキの
差し入れをもらい、二階の美咲の部屋でガールズトーク(?)に華を咲かせていた。
美咲は、亜希とは別の高校に通っているけれど、未だに仲良くこうして亜希の愚痴を
聞いてあげている。
美咲は、半分呆れつつも密かに亜希の乙女っぷりを楽しんでいるのだ。美咲はどちらか
と言えばさっぱりとした性格で、恋愛もおしゃれもそれなりに楽しんでいるけれど、亜希
のようにうじうじ悩んだりはしない。悩んでる方が疲れる。片思いの人にどきどきしたり
イライラしたり、自分のテンションを上げたり下げたり出来るのは一種の才能で、自分に
はないその才能を余すことなく発揮している亜希が面白くて仕方ないのだ。
美咲は亜希のそんなところが好きなのだが、同時にそのダメっぷりにはいい加減、呆れ
かえっている。
真野との最悪な出会いから半年近く経ち、季節は秋真っ盛り。秋といえば、食欲の秋。
「亜希ちゃんさー、あんた痩せて真野って人に惚れさせるんじゃなかったの?」
美咲は豪快に二つ目のシュークリームに手を伸ばす亜希に言った。
つい先日、亜希は学校帰りにカツアゲに遭ってしまった。それ自体、亜希にとっては
不名誉ながら珍しくはなかったのだが、(デブは標的にされやすいのだと亜希自身思って
いる)その日は、なんと真野に助けられたのだ。
颯爽と現れてカツアゲする不良高校生をやっつけた真野に、亜希は少しばかり胸がキュン
とときめいた。まるで王子様、と自分が助けられたお姫様気分にすらなった。
・・・・・・のだが、何故だか真野にカツアゲされたお金を真野に取られてしまい、更には、
返してほしければ痩せてみろ、痩せたら何でも言うこと聞いてやる、なんていう売り言葉
に約束のデコチューのオマケまでついてきてしまった。
そんなものを吹っかけられて、思わず亜希の発した買い言葉は「痩せたらデコじゃない
ところにしろ」だった。
茹蛸になりながらベタな恋愛トークを聞かされて美咲も些か苦笑いせずにはいられない
のだが、その言葉とは裏腹に、相変わらず亜希の食欲は落ちることは無く、気持ちもおなか
もいっぱいに膨れ上がっていた。
美咲はホットコーヒーのカップを手で温めながら亜希のちっとも落ちない食欲を指摘した。
「亜希ちゃん痩せる気ないなら、ダイエットに私を巻き込まないでよ」
一緒にダイエットして、と頼んだのは亜希だ。口で言っておきながら、その態度はなんだ。
美咲は期待はしていなかったけれど、あまりの意志の弱さに先行きが心配になった。
「痩せるって!今日で最後!これで、もう甘いもの止めるから!・・・・・・だって、今日は
ホントに食べないとやってらんないんだって。アイツ、ホント俺の事デブデブ言い過ぎ
なんだよ!」
ホントのことだから仕方ないんじゃない、その言葉は友人として飲み込んであげた。
その代わり
「その言葉、そっくりそのまま先週も言ってたわよ」
と雑誌に目を通しながら呟いてやった。
二学期は行事が目白押しだ。クラスマッチに遠足が終わると、次に待っているのは高校
のメインイベント学園祭だった。
亜希のクラスでもイベントを企画していて、一部の女子が大いに盛り上がっていた。
「では、クラスの企画は多数決で『あなたの夢を叶え隊』に決まりました〜」
冗談なのか本気なんだか分からないテンションで女子生徒が「賛成ー!」と声をあげる。
なんだよ、あなたの夢を叶え隊って。亜希は自分には99%関係ないだろうと高をくくって
ぼうっと黒板を眺めた。
黒板にはクラス委員の字で「あなたの夢を叶え隊」の概要が記されている。
・「夢叶え隊」はクラスの人間がやる
・予めお客さんに叶えてもらいたい夢を紙に書いてもらう
・その中から抽選で何名かの夢を叶える
・お客さんは「夢叶え隊」をクジで選ぶ(指名はできない)
そんなハイリスクハイリターンな企画、絶対上手くいくわけないじゃないかと、亜希は心
の中で呟いたけれど、新しい企画を出せと言われたくなかったから、亜希も静かに賛成に
手を挙げた。
「他に、意見はありませんか〜?こうしたら面白いっていうのでもいいんだけど」
「とりあえず実行委員は、夢叶え隊からは免除するから、夢叶え隊になりたくない人は企画
運営やってもらうんで、よろしく。実行委員になりたい人いますかー」
ノリノリの女子生徒とは裏腹に、男子生徒が不満げに声を上げる。
「でもさー、客の夢が金持ちになりたいとか、有名人になりたいとか、芸能人と会いたい
とかそういう無理なのだったらどうするんだよ」
「だよなー。俺達にそんなの叶えられるはずねえじゃん」
「めんどくせえよ。俺ヤダー。だったらカラオケ屋とかにすればいいじゃん」
「そんなの詰まんないよ!」
学園祭の出し物がカラオケ屋っていうのもどうかと思うけれど、自分への被害を考えると
カラオケ屋の方がずっとかリスクがない気がする。亜希はクラスの男子が駄々をこねて、この
企画が潰れるのを密かに願ったが、女子の強力タッグの前にはあっけなく散っていった。
なんで学園祭の企画一つでそんなに盛り上がれるんだ、女子ってヤツは。
亜希は普段の乙女っぷりをすっかり棚にあげて思った。
「じゃあお前らの中で実行委員だせよー」
この企画に初めから反対だった男子生徒が不満たらたらで挙手すると、クラス委員の女子
生徒は鼻を鳴らして言った。
「いいわよ、細かいことは私達が決めるから。男子は当日お客さんの夢を叶えてくれれば
いいの!」
キレ気味に押し付けられ、益々面倒くさいことになってしまったのだった。
女子っていうのは、学園祭へのテンションのあげ方がやたらと上手いと亜希は思う。
「亜希ちゃんトコの学園祭って他の学校の子も入れるんでしょ?盛り上がらないわけ無い
じゃん」
「面倒くさいよ・・・・・・」
美咲は亜希の顔を覗き込んでフフっと笑った。
「亜希ちゃんそういいながらもホントはちょっと何か期待してるんじゃないの?」
「何かって?!」
「非日常世界のラブハプニング」
「な、な、何!それ!」
「亜希ちゃんて、実はそういうの好きでしょ。中学のときだって、文化祭の準備のとき、
夢見がちなこと言ってたじゃない」
美咲が意地悪そうな顔を向けると、亜希は遠い記憶を手繰り寄せてた。そして、数々の寒い
思い出に耳を塞いで首を振った。
「うわーわーわー!いいって、いいって!言わなくていいって!」
「私は忘れてないわよ〜。音楽室でやってた軽音クラブのライブで、亜希ちゃんが好きな子
の隣でメチャメチャ楽しそうに弾けてたの〜」
「止めてー!ミサちゃん、マジ勘弁して!!」
ふふんと得意気に笑う美咲に亜希は耳を赤くした。
確かに今回の企画さえなければ、自分のテンションもちょっと高くなってた気がする。
同じクラスで、喧嘩三昧。学園祭で一緒に協力して、二人の仲はちょっとだけいい方向に!
「いやいや、ありえない!なんでアイツと仲良くなるんだ。俺馬鹿!馬鹿だ、俺!」
今時少女マンガの帯にだって書かれないようなあおり文句に、思わずセルフ突っ込みして、
亜希はぶるぶると頭を振った。
「・・・・・・亜希ちゃん、心の声、駄々漏れよ」
その様子を失笑気味に眺めながら美咲は呟いた。
とにもかくにも、高校ライフの目玉と言ったら学園祭!何はなくとも、恋の予感!
期待しましょうラブハプニング!そんなわけでレッツ学園祭!
どんなしょぼい企画でも盛り上げられる、それが女子力だと亜希は思った。高校生活の
思い出作りは大切なのよ、美咲の言葉が浮かんで亜希は一部では納得していた。
だって、やっぱりなんだか楽しい。この非日常的な空間は人をハイにすると思う。
しかし、クラスの企画の事を思うと憂鬱で仕方なかった。
午前中の抽選で見事当選した人の夢は、「好きな人に告白するのを手伝って欲しい」と
言う可愛らしい願いやら、「海岸で落としたピアスを探すのを手伝って欲しい」という鬼の
ような願いやら、挙句の果ては「家の草むしりを手伝って欲しい」という、もう夢でなく
雑用のような願いだった。これじゃ公開バツゲームだと亜希はげっそりしながら思った。
それでも、司会の軽快なトークが受けているのか、企画は何故だかそこそこ盛り上がって
いて、クラスの男子から『夢叶え隊』が出るたび、亜希は気が気ではなかった。
「亜希ちゃん!」
名前を呼ばれて振り返ると、制服姿の美咲がにこやかに笑っていた。
「あ、ミサちゃん・・・・・・来たの」
「何よ嫌そうに。せっかく遊びに来たって言うのに」
「別に嫌じゃないけど・・・・・・憂鬱なだけ」
「クラスの企画のこと?いいじゃん、楽しそうで。あ、私も参加しようかな」
「止めときなよ」
他の学校の生徒も混じってごった返す校内を亜希は美咲と共に歩いた。美咲は珍しそうに
クラスの中を覗きながら、確実に亜希のクラスへと向かっている。止めときなって、何度も
声を掛けながら美咲の後を亜希は追いかけたが、美咲は軽やかにスカートを翻しながら
人ごみをすり抜けていった。
亜希のクラスの前では、男子生徒の何人かが呼び込みをしていた。企画が決まってからは
諦めが付いたのか、一部の男子生徒も協力的になって『夢叶え隊』の企画は順調に進んで
いったらしい。らしいというのは、亜希は全くの蚊帳の外で、せいぜいセットのパネルやら
教室の飾りやらを作る雑用くらいにしか使われなかったからだ。
「お!高城。すんげー可愛い子、連れてんじゃん」
「幼馴染だよ」
「マジ?可愛い幼馴染だなあ」
「こんにちは。ここの企画って夢叶えてくれるんでしょ?私も参加していい?」
「マジで?いいよ、いいよ。この紙に自分の名前でもあだなでもなんでもいいから、自分
って分かる事書いて。後で抽選するときに使うから」
「あだな?ペンネームみたいなものでもいいってこと?」
「うん。あと、叶えたい夢は現実的なものに限るからね。あ、詳細はこの紙に書いてあるから
読んでおいて。4回目の抽選があと10分くらいで始まるよ」
「ありがとう。・・・・・・はい、書いたわよ」
美咲は抽選用紙に名前を書くと男子生徒に渡して、クラスの中へと入っていった。
「あ、ミサちゃん待って・・・・・・」
亜希は慌ててその後を追った。
クラスの中はテレビ番組のスタジオの質を下げたようなセットが作られていた。司会者
に、正面右手には20分割の大きなパネルがあって、パネルはひっくり返せるようになって
いる。この裏側にはクラスの男子の顔写真が貼ってあって、このパネルはどうやら夢叶え
隊の抽選に使うらしかった。もう既に3枚ほどパネルはひっくり返されていて、クラスの
男子の顔がこちらを向いていた。
彼らは勇敢な犠牲者だと亜希はぼんやり思った。
「ねえ、あの中に亜希ちゃんや真野君の写真もあるって事?」
「あるよ・・・・・・俺、一番下の左端だから、頼むから当たっても選ばないでよ」
「あ。漏洩だ」
「これくらいいいだろ」
「じゃあ真野君はどこ?」
「ええ?まずいよ。そんなの教えられないよ」
小さな声で亜希が呟くと、美咲は抽選に当たるかわかんないんだからいいでしょ、と脇を
小突いた。
「えー。どこだっけ?」
「思い出してよ」
「・・・・・・右の一番上だったかな」
「ホント?」
「多分」
「ちょっと見てきてよ。あってたら小さく○ってして」
「やばいよ、そんなの!」
亜希と美咲が教室の後ろ側でしゃべっていると、司会が一段テンションをあげてしゃべり
始めた。
「はーい!みなさん、お待たせしました!第4回の夢叶え隊の抽選会の時間です!」
それを聞いて美咲が亜希の背中を押す。
「早く見てきてよ」
「ちょ、ちょっと・・・・・・」
「右上だったら○ってしてよ」
亜希は押されて、パネルの方へとその大きな身体をねじ込んだ。
美咲が当選するわけないと思いつつも、もし当選して、「夢叶え隊」に真野を選んだら
どうするつもりなんだと思うと、ぞわぞわと心臓がはしゃぎだして、亜希の大きな身体を
刺激した。
パネルの後ろ側に回ると、亜希は右上を確認する。
そこには、隠し撮りされたような真野の写真が写っていて、こちらを睨みつけていた。
「馬鹿真野。このドS野郎」
亜希は小さくその写真に向かって悪態を吐いていた。
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