「ため息吐きたいのは俺の方だ、このデブ!」
なんでこいつは二言目にはデブが出てくるんだ、いい加減その言葉の響きにも慣れてしまい
そうになりながら、亜希は真野を睨み上げた。
「俺が悪いんじゃないんだからな!」
そう言って、亜希も引きつり笑いを見せながら教室の後ろ側に貼られた掲示物を眺めた。
『奮闘!夢と感動の亜希ちゃんダイエット記録』
そう題された文字の下にはグラフが作られており、どうやらそこに体重を記録していけとの
ことらしい。
「夢叶え隊を全面的にバックアップします」
と言葉尻にハートマークが付きそうな勢いで数名の女子が勝手に作って、勝手に張り出さ
れてしまったのだ。
「こんなお祭りみたいにされても・・・・・・」
呟いた亜希の後ろから、敦子達が軽やかな声で集まってくる。
「大丈夫よ!全面バックアップで、亜希ちゃんをなんとしても痩せさせてあげるから」
「別に、そこまでしてくれなくても・・・・・・」
戸惑いながら遠慮する亜希に女子は甘い声を出して亜希に言い寄った。
「あたし、亜希ちゃんの痩せたところ見たいな〜」
「私も。だって、亜希ちゃん痩せたら絶対美少年になると思うのよね」
「そうかな・・・・・・」
女子の煽る声に亜希は、すぐに心がぐにゃんと崩れた。褒められる事を忘れてしまった心は
少しの栄養ですぐにデレデレになってしまうらしい。
確かに、デブになったこの身体を嘆いたことは何度もあるけれど、痩せて美少年になった
ことを、今まであんまり意識したことは無かった。
そんなのは夢の話で、亜希はこのまま一生この体形なのかもしれないって諦めかけていた
のだ。
真野に痩せて惚れさせるなんて意気込んでいながら、心のどこかでは絵空事だと思って
いた。それがにわかに現実味を帯びてくるのだ。亜希は顔では面倒くさそうなしかめっ面
をしながらも、内心は花畑でスキップでもしたくなる気分になった。
それに輪をかけるように、敦子が亜希の耳元で呟く。
「私、亜希ちゃんが痩せて美少年になって、真野君がもう亜希ちゃんに対して「デブ」って
言えなくなって悔しがる顔みたいのよ。この願望、意外と私だけじゃないのよ?」
その台詞に亜希の妄想無限ワールドが一気に広がった。
妄想1――いきなりイイやつになる真野
「お前、本当に痩せたら美少年だったんだな・・・・・・デブとか言って悪かったな」
ぶっ・・・素直に謝る真野とか。恥ずかしいヤツ。あはは、ありえない、ありえない。
妄想2――勢いあまって惚れちゃう真野
「亜希よくがんばって痩せたな!見直した。お前のそう言うトコ、好きだぜ?」
わわわっ。あ、亜希とか!名前で・・・。いや、待てよ。二人で協力し合ってるうちに距離
が縮んで、お互い名前で呼び合ってるってこともありえるよな?
妄想3――相変わらずな真野
「ふん、やっと男らしくなったじゃねえか」
口悪い!だけど、ちょっと俺の事見直してたりなんかしたりしてんだよな!
ぐ、ぐふっ・・・・・・
どれかな・・・どれもいいな。・・・・・・でも真野が素直に謝るわけないし・・・・・・最後のが一番
ありえるかな。
妄想が口から垂れ流れそうになって、亜希は寸前のところで我に返った。
「し、仕方ないよね。クラスの企画だし、せっかく皆が俺のこと思ってやってくれるんだ
から・・・・・・真野も協力しろよな?」
「・・・・・・勝手にしろ」
渋々頷く真野にいつの間にか出来ていたクラスメイトの輪から拍手が起きた。
「亜希ちゃん、がんばって!」
「真野もがんばれ」
「高城が痩せたトコ、俺も見たいなー。毎日写真とか撮ってさー、投稿とかしたいよな」
「取材来たらおもしれえ!!」
どうも、このクラスの人間というのは、根本的にお祭り好きが集まっているらしい。
外野が盛り上がりまくってるところに、敦子達が一歩前に出る。そうして、不貞腐れた
真野の前に一冊のノートが手渡された。
「何だコレ」
「ダイエットの記録。ちゃんと真野君が管理するんだよ、亜希ちゃんの体重!」
「ノートの中には、体重の記録と、その日のダイエットメニューが書き込めるようにして
おいてあげたからね」
「それから、真野君の一言日記の欄も作っておいたから、ちゃんと書くんだよ」
真野に恨みでもあるのかと、流石の亜希ですら思ってしまう押し付け様だけど、こういうとき
の女子のパワーは凄くて、そしてありがたくその恩恵は受けようと亜希は思った。
真野は明らかに迷惑そうに敦子達を睨んだけれど、クラスの女子には、もう真野の睨み
は効かないらしい。
美形も見慣れればただのクラスメイトなのだろうか。
入学当初「クラスに超美形がいる」って真野の事ではしゃいでいた女子は、優しさの欠片
も無い男に『怖い』や『ひどい』の最低な評価をつけていたけれど、近頃の亜希との喧嘩
を見ては、『真野君って実はツンデレなだけなんじゃないの』と見抜き始めている。
勿論そんな風に思われてるなんて、亜希も真野も知らない。
亜希は睨みつけている真野を横目で見上げて、『でも、悔しいけど、俺にはやっぱり
かっこよく見えるんだよな』なんて思ってしまった。
「それにしても、ダイエットって何したらいいんだろう?」
クラスの女子に問いかけると、隣で真野が鼻で笑った。
「馬鹿か。間食せずに運動すれば言いだけの事だ」
「えー・・・・・・」
「なんだその目」
今まで、その台詞を美咲から何度聞かされてきたことか。「ケーキ止めて運動すれば、昔
の亜希ちゃんにすぐ戻るのに」隣で言い続けられてきたのに、亜希はちっともそれを実行
することは無かった。
なぜなら、それは亜希にとって死活問題だからだ。
「間食禁止に運動なんて・・・・・・無理だよ。俺死んじゃうかも」
「3食、食ってるんだから、死ぬわけ無いだろ、馬鹿」
「甘いもの食べないと俺死ぬ!・・・・・・せめて、一日一回だけでも・・・・・・。ねえねえ、敦子
さん。食べても痩せるダイエットとかない・・・・・・」
言いかけた亜希の首に真野の腕が締め付けに入った。
「うぇっ・・・く、る、し・・・真野、やめっ・・・」
「お前一回死んで来るか」
「いやっ」
「死ぬ気でやれ。死に物狂いで痩せろ。俺は厳しいって言っただろ」
「いや、だぁ」
コントのやり取りみたいになっている2人を苦笑いしながら、敦子は言った。
「とりあえず、手ごろで流行の『バナナダイエット』から始めてみたら?」
それに周りの女子が賛同する。
「そうそう!リアルでやってる子見たこと無いから、ホントに痩せられるか私も気になるし」
亜希は真野の締め付けた腕からやっと抜け出すと、敦子を恨めしそうな顔で見た。
「俺、実験台?」
「いいじゃん、それでやせるなら〜」
「そうだけど・・・・・・」
「初めから無理すると痩せられないよ」
そういわれて、亜希は真野を見上げた。
「好きにすれば?そんなんで痩せるわけないだろうけど。まあ、それで痩せなきゃ死ぬ気で
扱いてやるよ」
真野は、協力的なのか面倒くさいのか、よく分からない台詞を吐いた。
「まずは何よりも、今の体形を把握するところからよ!」
亜希よりもノリノリな女子がどこからか体重計まで用意してきて、亜希の公開ダイエット
は始まることとなった。
「はい、乗って」
「こ、ここで?」
「そうよ。今更体重隠したって仕方ないでしょ!」
「そうだけど・・・・・・量らなくても分かってるよー。俺の体重、75キロだって」
亜希は不満げに呟いたけれど、周りの女子に背中を押されて渋々体重計に乗った。
「!!」
それから、一斉にメモリに注目が集まって、そして誰もが亜希を振り返った。
「83キロ?!」
「あ、れ・・・・・・?」
ぽりぽりと亜希が頬を掻く。真野は心底呆れた顔で亜希の頭を叩いた。
「服の重さ差し引いたって、お前絶対80キロ超えてるだろ!!75キロって何だ!サバ読み
すぎにも程があるだろうが」
「おかしいなあ。4月の体重測定のときは75キロだったんだけど・・・」
「おかしくないわ!それだけ毎日食って寝て太ったんだ、このデブ!」
「うっさい!デブデブ言うな!!」
またも喧嘩が始まりそうな2人を、敦子が止めに入る。
「まあまあ、2人とも。仲のいいのは分かったから」
「どこが!!」
2人同時に叫んで、敦子をみれば、そういうところよと、敦子は余裕たっぷりに笑った。
「亜希ちゃんの体重は服の重さ引いて82キロってことにしておきましょ」
「ダイエットは明日から!朝はバナナだけよ。お腹が空いてもケーキはダメよ。いい?」
「う、うん」
ムーンウッドのケーキを想像して、亜希のお腹がぎゅるっと鳴った。
明日からってことは、今日は食べられるだけ好きなケーキを詰め込もう。
シュークリームと、ふわふわロールケーキ。ミルクレープに、えっと・・・・・・。亜希は指を
折って数え始める。本当に痩せる気があるようには思えない。
よだれが垂れそうなほど頭の中にケーキを描いて、亜希はだらしなく、ぽやっと口を開いた。
ダイエット開始から1週間。
朝一で会った亜希は気持ちしまったような顔で、美咲に手を振った。
「ミサちゃんおはよ」
「亜希ちゃん、元気じゃない。調子はどうなのよ」
意外とまじめに続けているらしい亜希のバナナダイエットを美咲は興味深そうに眺めた。
「うん。絶好調・・・・・・とまでは行かないけど、一応がんばってるよ。体重も確実に落ちてるし!
色々ムカつくこともあったけどさ」
敦子達に教えられた朝バナナダイエットとは、とにかく朝ごはんはバナナと水以外食べて
はいけないということらしい。
「それだけ?」
それ以外の制約がないことに亜希は唖然として敦子を見返した。
「そうよ。バナナなら何本でも食べていいみたい。あと、食べ終わったら常温のお水も
忘れずに飲むことだって。そうやって本には書いてあるわよ」
敦子はバナナダイエットのやり方が書いてある本に目を通しながら亜希に言った。
「あ、あと、おやつは食べてもいいけど、乳製品系は避けるべきだってー。やっぱりケーキ
は暫く封印ね。バナナダイエットでも、生クリームは大敵ってことかなあ」
ある意味当たり前のことなのだが、それを聞いて亜希は些かがっくりと肩を落とした。
「果物とかチョコレートなら大丈夫みたいだけど、食べないほうがいいに越したことはない
ってさ。亜希ちゃんがんばれ」
「チョコ!食べていいんだ」
亜希が嬉しそうにガッツポーズを決めようとすると、頭の上に真野の拳が降ってきた。
「痛てぇ!」
「アホか!間食は全て禁止だ!」
「いちいち殴るな、馬鹿!」
「馬鹿はお前だ!痩せたいって言ってるヤツが間食なんてするな。お前みたいな馬鹿は体
で覚えろ。間食したら容赦なく殴るからな」
亜希は真野とのやり取りを思い出して、ぶるると首を振った。
「俺は動物じゃないっ!」
「・・・・・・亜希ちゃん、また心の声が漏れてるわよ」
美咲に指摘されて亜希はぽりぽりと頬を掻く。美咲はそんな亜希に苦笑いを浮かべつつ
隣に並んで歩き出した。
「それで、体重、どれだけ落ちたの?」
「1週間で1.5キロ!すごくない?」
「すごいじゃない!バナナダイエットってそんなに急激に効果あるもんじゃないって言って
たけど・・・・・・今までそれだけ間食してきたってことなのかしら」
それなら間食やめるだけで十分痩せるんじゃないかと美咲は思う。
「亜希ちゃん、バナナってどれだけ食べてるの?」
「何本食べてもいいっていうから、一房食べてる」
「・・・・・・それ何本なの」
「7本くらいかな」
バナナ七本・・・・・・聞いただけで美咲は胸焼けしそうだ。
「まあ、がんばってね」
「うん!この調子なら、1年が終わることには10キロくらい痩せてるんじゃないかって思う」
亜希は楽観的希望観測で半年後の自分を想像してぐふっと笑った。
「・・・・・・」
美咲はそんな亜希の姿を不安げに見つめる。
そうそう簡単に行くわけがないのがダイエットってものなのよ?
その一言を言ってあげるべきか迷いつつ、恋する乙女の瞳で「がんばるぜ」と張り切って
いる亜希に、口をつぐんでしまう美咲だった。
□□亜希のダイエット記録□□
10月某日――ダイエット7日目
実行中のダイエット:バナナダイエット
朝食:バナナ7本
昼食:しょうが焼き弁当
夕食:焼肉
体重:80.8キロ。もうすぐで70キロ台突入〜。楽勝〜
一言:お前、肉食いすぎだ。減らせ。共食いめ!(真野)←うるせぇ馬鹿真野!(亜希)
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