なかったことにしてください  memo  work  clap
韋駄天ラバーズ



「やばい、真野が好き、かも・・・・・・」



呟いた途端、呪縛から解き放たれたように、心が一気に軽くなった。ふわふわと舞い上がる
気持ちが綿帽子のようにくすぐったい。
 不自然だった真野への恨みも溶けていく氷のように小さくなっていく。
真野の事が好きで、好きだから、賭けなんてして欲しくなくて、純粋に自分が痩せる
事を見て欲しくて・・・・・・自分の事を好きにさせようなんて言ってたんだ。
 初めから、好きにならせて振ってやるなんてただの言い訳だったんだろう。
 単純な気持ちを複雑にベールに包んで、見ないようにしていた。弱い自分を見たくなくて
強気で真野に向かっていたくて、真野と対等でいようとするあまり自分の気持ちを隠して
いたんだ。
亜希は認めると、急激に身体の力が抜けてその場にうずくまってしまった。
「好きなんて、ありえない・・・・・・だって、俺と真野なんて・・・・・・」
亜希は、真野と自分が寄り添っている姿を想像して、虚しくなった。
「お笑いのコント並みにひどいよな」
デブな男が真野の隣で幸せそうに笑ってるなんて、日本とブラジルが地下で繋がるくらい
ありえないと亜希は絶望的に思った。
「・・・・・・せめて、4年前の美少年のままだったら・・・・・・」
亜希は想像の中の自分を色白で目のクリクリした美少年に摩り替えてみる。
 カッコいい男の隣に、負けないくらいの美少年になった亜希。男同士という壁は相変わらず
聳え立ってるけど、今の亜希より幾分望みはある気がした。
「東京と名古屋が地下で繋がるくらいのレベルまではあがったかな」
それでも、言ってみると切なくて、胸がギギギと嫌な音を立てているようだった。
 窮屈そうに丸まった亜希は、自分の思考の波に揉まれて、千切れた海草みたいによろよろ
と漂った。
 真野が好きだ。
それは認めよう。
だけど、それを認めたからと言って、どうすればいい?苦しいこの現状から脱却する為
には・・・・・・。告白する権利さえないような自分に何が出来る?
 ぷくりと膨れる唇を噛んで、亜希は逡巡した。
「・・・・・・」
美咲の言葉が蘇る。
『このまま痩せて、本気で真野君を振り向かせればいいのよ』
本当にそんなこと出来るんだろうか。亜希は自信がない。だけど、少なくとも今の自分より
はマシになるんなら、それが今自分のやるべきことのような気がする。
「・・・・・・やっぱり痩せるしかないのか」
やっと肩の力が抜けた。ふうっと一息吐くと顔を上げる。その拍子に後ろにあった、折り
畳んであるパイプ椅子に背中がぶつかって、亜希の顔がピクリと引きつったときには、
激しい音を立てて、椅子が倒れていた。
「やばっ・・・・・・」
亜希は再び身体を強張らせた。



「・・・・・・なんだ?」
「舞台袖みたい。誰かいる?真野、気づいた?」
「いや」
「俺も。・・・・・・って、こんな時間じゃん!やべ、俺昼休みに担任に呼ばれてたんだった。
俺ボール片付けてくるから、真野、戸締りよろしく!あ、あそこに誰かいたら、閉じ込め
ちゃうといけないから、見ておいてよ」
田村は立ち上がると、ドリブルしながら、ボールを片付けに走った。体育館内にある倉庫
にボールを投げ入れると、ダッシュで戻ってくる。それから、真野にじゃあな、と軽く手
を振って田村は出て行った。
 真野は田村が去っていったのを見送ると、自分も立ち上がった。体育館の鍵をジャラジャラ
鳴らして舞台下まで来ると、ゆっくりと舞台袖を覗き込んだ。
 初めに目に飛び込んできたのは、倒れたパイプ椅子。なんだこれか、と納得しかけて
その影に黒い丸い物体を見つけて、真野は凝視した。



「・・・・・・何してんだ、こんなトコで」
真野に声を掛けられて、亜希は大げさな程身体を飛び跳ねさせた。
「別に」
「隠れてこそこそ盗み聞きなんて、お前、結構悪趣味だな。高城」
「お・・・お前に言われたくない!」
やばい、見つかった・・・・・・。焦って隠れようとしたけれど、そのときは手遅れで、亜希は
あっさり真野に隠れていたのがばれてしまった。
「じゃあ、何してんだ?体育嫌いのお前が」
こうなったら言い訳を考えるしかない。
「ちょっと運動しに来ただけだ・・・・・・」
「お前が?どういう風の吹き回しだ」
苦し紛れの言い訳に、真野の態度が益々デカくなっていく。さっき田村に見せたあの一瞬
の謙虚さは幻影か蜃気楼か。すっかりいつもの真野がそこに立っていて、亜希を意地悪そう
に見下ろしていた。
「痩せる?ダイエット止めたお前が」
鼻で笑われて、亜希もいつものスイッチが入る。
「止めてない!続けてたら悪いか!」
「リバウンドしたくせに」
「リバウンドしたら、ダイエットやめなきゃいけないのかよ!?」
「俺にダイエット止めた宣言したくせに?」
「それは!お前が賭けなんてムカつくことするから!でも冷静になって、別にダイエット
までやめること無いって決めたんだよ。悪いか!」
「悪くないけど。心変わりの早いヤツだな」
真野の鼻が鳴る。見下されて亜希は立ち上がった。
ムカつく!ムカつく!なんだ、その態度は!好きになっちゃったとかときめいた俺の心、
返せよ!!
亜希は、真野の目の前にびしっと指をさして、思わず叫んでいた。
「お、俺は痩せて、お前が驚くようなピッカピカの美少年になるんだ!」
「はあ?」



「そんでもって、お前に惚れさせて、メッタメタのけちょんけちょんに振ってやるんだー!!」



い、言ってやった!
怒りに任せて口走った台詞に、真野はぽかんと口を開けていた。
 そしてその口元が緩みだすと、亜希は自分がとんでもないことを言ってしまったことに
漸く気づいた。
「ま、待った!無し無し無し!今の無し!聞くな!」
真っ赤になって亜希が喚くと、真野は喉を鳴らして笑った。
「・・・・・・高城ってつくづく面白いヤツだな」
聞かれてしまった・・・・・・。内緒の計画だったのに!!よりによって本人目の前に、口走る
なんて、俺の馬鹿。心の声が駄々漏れのこの癖のせいで・・・・・・。
 うずくまって泣きたい気分だ。
真野の顔なんてまともに見れなくて亜希はどうやってこの場から逃げ出そうか、それ
ばっかり考えていると、真野のテナーボイスが亜希の動きを止めた。
「じゃあ、やってみろよ」
「え?」
挑発的な笑みを浮かべて、真野は亜希を見下ろす。
 その真野の手がゆっくり伸びて、亜希の丸みのある顎を捉えると、キスでも促すみたいに
自分の方を向かせて、真野が一歩近づいてきた。
「ま、の」
驚く亜希の耳元に真野の顔が滑り込んだ。耳の辺りで動く真野の口がくすぐったい。
「痩せて、俺を惚れさせてみろよ」
「!?」
亜希が身体をよじって、真野を振り返ろうとすると、真野は力任せに亜希の身体を壁際に
追いやった。手篭めにでもされてるような体勢で、更に真野の右足が、亜希の腿を割って
入ってくる。両手を掴まれ真野の身体が密着して、亜希は心臓がバクついた。
「俺の事、振ってみろよ」
にんまり笑うと、真野は亜希の耳に唇を落とした。
 しっとりと息の湿度を感じて、亜希の身体は小刻みに震えた。真野の声が骨にまで沁みて
亜希の心にたどり着くと、つめの先まで熱さで蕩けそうになる。
「振れるもんなら、振ってみな」
傲慢な台詞が頭にくるはずなのに、密着した熱の所為で、亜希は溺れた金魚みたいに口ばかり
パクパク動いて、反論の一つも出てこない。真野の身体を引き離すのが精一杯だった。
 身体が離れると、亜希は一気に汗が噴出していた。
「お前が痩せるの、楽しみにしてるからな」
真野はあの謙虚な姿なんて夢だったようにいつもの傲慢どSぶりを発揮して、亜希の胸ポケット
に体育館の鍵を滑り込ませると、不敵な笑みを浮かべたまま、体育館を去っていった。
「な、なんなんだよ、あいつは・・・・・・」
へなへなとその場に座り込む亜希の頭上から、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り
響いていた。





「もう、真野に会わせる顔が無い!!」
そう言ったきり、美咲の部屋でコタツにもぐりこんで、不貞寝をし始めた亜希の姿に、美咲
はやっと引いた笑いを再び呼び起こしていた。
「亜希ちゃんの乙女っぷりがここまで重症だとは思ってもみなかったわ」
美咲はいつものようにホットコーヒーの入ったマグカップを両手で温めながら、それを
一口含んで言った。
 昼間の出来事を逐一報告する姿そのものが乙女チックだと美咲は思うのだが、今の亜希
には自分の姿がどう映ってるかなんて、どうでもよかった。
「・・・・・・ミサちゃん、俺の事馬鹿だと思ってるだろ」
「うん」
さらりと返事をする美咲を背に、亜希は寝転がったままぶすっと膨れた。
「ミサちゃんって鬼」
「あはは。いいじゃないの。馬鹿で。亜希ちゃんらしくて、好感持てるくらいよ」
「全然よくないよ!」
うつ伏せに寝返りを打って、クッションに顔を押し付ける。視界が遮断されると昼間の映像
が目の前に蘇って、亜希は小さくもがいた。
 なんであんなこと言っちゃったんだろう。なんで真野はあんなことしたんだろう。
自分の気持ちがはっきりしたのに、真野の気持ちが見えないから、真野の行動のダメージ
は今まで以上にでかい。
「いいの、いいの。いいって事にしておきなって。だって、亜希ちゃんのその予測不可能
な行動のおかげで、現状打破できたでしょ?」
「現状打破でもどんどん最悪な方向に行ってる」
「そうかなあ。亜希ちゃんは真野君を好きって自覚して、真野君にもダイエットするって
宣言できて、あわよくば惚れさせて」
「・・・・・・ミサちゃんが言うと、すっごく順調っぽく聞こえるけど、全然違うよ!!」
「そういうのは、逆手に取るべきよ」
「・・・・・・」
「はい、ここ重要ポイントー。グリグリ赤丸だぞ。ここは押す時だ、高城君」
美咲は中学時代の教師の口調を真似てうつ伏せのままの亜希の頭目掛けて言った。
「押す時って・・・・・・」
「押す時は押す時よ。そんな挑発して来るんだったら、こっちだって、押して押して押し
捲って、真野君がどん引きするくらい押してやりなさいよ。どっちが押し勝つか、勝負ね」
美咲は実に簡単そうに言って、亜希を励ます。
 根が単純なのか、その言葉で亜希もむくりと起き上がると、身体をコタツに捻り込んで
そういうもん?と呟いた。
「ああいう男には弱気は禁物ね」
「う、うん・・・・・・」
美咲の助言に圧倒されながらも、亜希は美咲の言葉に真剣に頷いていた。





 結局、美咲の入れ知恵のおかげで、亜希の再起不能に見えた心は再び蕾を付けた。
登校中の真野を見つけて、亜希は後ろから口頭部目掛けて速球をお見舞いしてやった。
「真野!」
「何だよ」
真野は声を掛けてきたのが亜希だと知って、眉がぴくりと動いた。
まずは先制のストライク。
「俺、またダイエット始めるからよろしく」
「よろしく?」
「ダイエットの協力。ミサちゃんからの約束、続行してるから」
「?!」
「何て顔してんだ、馬鹿真野。言っただろ。俺、お前に俺の事惚れさせて、メチョメチョ
に振ってやるって。お前だってやってみろって言ったじゃん。だからダイエットも続行!
お前の協力も当然続行になってるの!」
「高城、お前・・・・・・」
ど真ん中ストレートでグイグイ押して、ツーストライク。
唖然として亜希を見下ろす真野を、亜希はほくそ笑んだ。
 強気でいけばいいんだ。亜希は手ごたえを感じて、大胆に言い放った。
「1年が終わるまでには74キロの壁、越えてやるからな」
「・・・・・・」
「見てろよ。これからどんどん痩せてやるから。俺が痩せて、本気で惚れても、知らない
からな!」
3球三振、バッターアウト!
本人以外は微妙な決め台詞だが、亜希は決まったと、心でガッツポーズを決めると、この
テンションに乗り切れなかった真野を置き去りにして、さっさと校門をくぐって行って
しまった。
「あいつ・・・・・・本当の馬鹿か?」
取り残された真野はぽかんと口を半開きにして、亜希の後姿を見送っていたが、暫くして
登校中の田村に声を掛けられると、ニヤニヤと笑い出した。
「真野ー?どうしたよ」
「いや。・・・・・・面白いじゃん。こっちも手加減無しで行ってやるよ」
「何が?!」
「何でもない。・・・・・・行くぜ?」
わけの分からない田村は真野の独り言を不思議そうに眺めていた。




□□亜希のダイエット記録□□

1月某日――ダイエット120日目
実行中のダイエット:ダイエットティー(15日間無料の試供品)+ぺたんこお腹体操

朝食:パン、ヨーグルト、バナナ、ダイエットティー
昼食:から揚げ弁当、ダイエットティー
夕食:カレー、ダイエットティー
体重:77.2(リバウンド前まで早く戻してやるー)
一言:また、そういう胡散臭いものに手を出しやがって
・・・・・・動け!基本だ、アホ(真野)






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