なかったことにしてください  memo  work  clap
アツシの告白―発展―



 初めはそんなつもりじゃなかったとか、そういう趣味はないとか、そういうヤツに限って
どっぷり嵌るんだ。
 だから、そういうヤツには手を出さない。だって、遊び以上の関係はいらない。




 目の前にいる優斗が、嘗て「ゆうくん」であった人物だっていうのは、なかなか実感しに
くい。例えば顔。これははっきり言って面影なし。あえて言うなら、右目にある泣きボクロ
かな。
 このホクロには覚えがある。僕は優斗のあの泣きボクロが羨ましくて、極太マジックで
優斗のホクロのまねをして自分の顔に黒い点を書いたのだ。
 油性マジックで顔中真っ黒にした僕は、兄ちゃんに怒られながら顔を洗われたような気
がする。
 それから声。声は勿論聞き覚えなし。身体の形よりも、もっと変わるんだから、当たり
前か。
後は、性格とか仕草とかそういうものも、昔を明確に覚えてない僕にとっては、やっぱり
面影がないとしか言えない。そもそも、僕の中の優斗は、はむかってくる弟分みたいな存在
だったんだ。
 こんなにデカクなって、男前になって、自分の前に現れるなんて想像もしてなかった。
タイプとかそういわれると、どうかなって思うけど、少なくとも優斗が、全くの他人で、
後腐れない遊びだったら、正直、直感で抱かれてもいいと思ったくらいだ。
 それくらい、魅力的な男になってた。その優斗が、今、目の前にいる。
だから、正直焦ってる。
優斗にこの現場を見られたのは、ちょっとマズイ。浮気現場に乗り込まれたわけじゃない
けど、優斗には知られたくないっていう感情がどこかで動いているらしい。言い訳、逃げ方、
いろんなことを考えて後ろを振り返る。
 ダメだ・・・先生は全然使い物にならないし。
ん、そうか。だったら、こっちからこの空気を奪ってしまえばいいのか。
優斗に近づくと、必死で作り笑いを浮かべていた。優斗も僕の事が気になってたのかな。
出会って直ぐに、あんな発言してきたくらいだし。見る感じ、男になんて興味なさそう
だけど、上手く行けば丸め込めるかもしれない。僕を追ってきたくらいだし。(真逆、先生
を追ってきたわけじゃないだろうから)
 僕はもてる限りの作り笑いを浮かべて、優斗に言ってやった。

「ここで見たこと秘密にしてくれたら、ゆうくんにも秘密、あげるけど?」

優斗はコクコクと頷いて、僕を凝視していた。
 自分のポリシーを崩してしまったこの行動は、後々厄介なことになるんだけど、それは
それで楽しかったから、まあいっかあって、僕は後になってもそう思った。







 二学期っていうのは、行事が目白押しの季節で、明日からのテストの後には修学旅行、
そして、それが終われば学園祭が待っている。学校中が浮き足立っていて、目の前のテスト
になんて身が入るわけがない。大体、この学校に入ったのも奇跡だって言われてしまう程
僕は勉強が嫌いなのだ。まあ、この学校に入れたのは、修ちゃん(兄ちゃんの恋人。ホント
ウチの家系ってどうかしてる)のおかげなんだけど。兄ちゃんも呆れて匙投げてた勉強を
見てくれたのは修ちゃんなんだ。
 勉強もしない、テストもグダグダな僕を見かねて、兄ちゃんがカテキョーまがいな事を
始めたのは、名倉センセイが教育実習を終えて大学に帰ってから1ヶ月経ったころ。だけど
いくら年が離れてるからって、兄弟でカテキョーなんて成り立つ分けなかった。僕は直ぐ
飽きて、兄ちゃんはガミガミ言って。
 そんな時、その役を買って出てくれたのが修ちゃんだった。
 尤も、修ちゃんは修ちゃんで言い分があって、兄ちゃんが僕に付きっ切りになると、
兄ちゃんの勉強が疎かになるから、あんまり構わせるなってことだった。(って言ってた
けど、本当のところ、兄ちゃんが僕に取られるのが面白くなかっただけだと思う。そう
言ってもはぐらかされるだけだけど)
 それで、修ちゃんに世話になりながら僕は高校に受かった。で、受かった途端、やっぱり
勉強なんてさっぱりしないもんだから、成績は万年最後尾を争ってる。まあ、別に頭が
よくなりたいわけでも、偉い人になりたいわけでもないから、どーでもいいんだけどね。
馬鹿親父の所為で、自分まで馬鹿に思われたくないって必死で勉強してた兄ちゃんとは、
こういうところ、根本的に違う。
 馬鹿に思われたって、人がどう思ったって、人生楽しい方がいいじゃん。



 昼休みに机で突っ伏していると、隣の笹部と(席替えした)笹部とすっかり仲良くなった
優斗が、僕を起こして無駄話を始めた。
「なんだよー、折角寝てたのに」
「アツシなんて授業中だって寝てるんだから、ちょっとぐらいいいだろ」
「起きてるよ!」
反論すると、笹部は詰まんなさそうに頬杖を付いた。
「名倉っちの授業だけな!」
「ええ!?」
過剰反応を示したのは優斗だった。ウチのクラスで僕が名倉センセびいきしてるなんて
有名な話だから、今更そんなことくらいじゃ誰も驚かない。
 まあ、名倉センセに無理矢理キスしたとかそんなことは誰も知らないだろうけど。
「有馬っち、驚くな。アツシの周りは世界が歪んでるんだ」
「歪んでる、ねえ・・・」
「あはは。蜃気楼とか見えちゃうかも」
笹部は呆れて続ける。
「どうせ見せるなら、もっとマシな蜃気楼にしてくれ」
「何それ」
「俺はもうやだぜ〜、夏休み明けに、ヤローに『アツシに振られた』なんて泣きつかれるのは。
勘弁してくれよ」
ああ、そうだった。あのセフレ、笹部の部活の知り合いだったんだっけ。笹部は心底嫌そう
な顔をした。笹部って、絶対ゲイとか嫌いだと思う。なのに、僕とは平気で話するから
(しかも、結構話があったりする)よくわかんないんだよね。
「別に振ったわけじゃないし。ってか、付き合ってるなんて一言も言ってないし」
「出た出た、アツシの言い訳。俺は男でも女でも何でもいいから、お前がさっさと落ち着いて
ウチのクラスから、この不謹慎な空気をさっさと取り除いて欲しいんだけど」
「何でもいいって、酷い」
「アツシなんてなんでもいいだろ。あ、そうだ、有馬っち、お前どうよ」
「俺?」
「だって、お前等結婚の約束した仲なんだろ?」
「結婚もよくわかんないガキの頃の話だって」
「でも、嫌いじゃないんだろ?」
そう振った笹部に、優斗はキレの悪い返事をする。
「うーん、まあ、そうだなあ」
「げえ、なんだ、脈アリかよ」
笹部は、それはそれで落胆する。からかっただけのつもりだったらしい。
 でも、優斗の困った横顔に、僕の悪い虫が騒ぎ出した。脈アリだって確信できれば、僕
の方が断然有利だ。ニタニタ笑っていたら、笹部に気持ち悪いと殴られた。
「痛ったーい」
「自重しろ」
 僕にここまで容赦ないのは、兄ちゃんと笹部くらいだ。







 今週はテストだから、地歴室に行っても、どうせ質問の生徒で溢れかえっているから、僕
は地歴準備室を素通りした。
 それで、早々に1人で帰ってるところを優斗に掴まった。
「アツシー」
「あ、ゆうくん」
「1人?」
「うん。一緒に帰る?」
誘ってあげると、優斗は素直に頷いた。僕よりも頭一つ分でかくなった今も、この弟分な
関係ってどこかに残ってるのかな。
 なんか、かわいい。僕が言うのも変だけど。
優斗は隣に並ぶと、僕の歩幅に合わせて歩き出した。
「どっか行く?」
「特に考えてなかったけど。ゆうくんは?」
「俺も別に。暇ならゲーセンだな」
「何するの?」
「脱衣麻雀」
「つまんないよ、そんなの」
「俺、脱がすの上手いぜ」
優斗は得意顔で親指を立てる。
 そんなに上手いなら僕の脱がせてみせてよと、心の中で突っ込んで、優斗の提案に大人
しく乗った。
 駅前のゲーセンは高校生の溜まり場で、今日もごった返してる。ここにいるダメな連中
の間では、テスト週間の意味は、遊ぶ時間が増えるってことなんだろう。
結局、優斗とは格闘の台で対戦した。それで、6時を過ぎて手持ちのお金がなくなると、
僕達は店を出た。
「テストだって言うのに、遊んじまった」
「僕は、家に帰っても勉強なんてしないから、どこにいても同じだけど」
「全然?」
「ん?」
「ホントに全然、勉強してないの、アツシ」
「うん、全然」
「数学も?」
 優斗の凄いと思うところは、居直りの早さだ。順応性がいいというか、僕と名倉先生の
関係を察知すると、こうやって時々、好奇心の塊でぶつかってくる。その代わり、自分の
気持ちはまるっきり棚上げ状態だけど。
「・・・・・・例えばさ、100点取ったらキスしてくれるとか、そういう約束があれば、俄然頑張
っちゃうんだけどね」
「そういう約束は、しなさそうだな」
「っていうか、まあホントは、その前に100点取るって約束する方が無謀すぎるんだけど」
「勉強すればいいのに」
「それが難しいんだよ」
そう言うと、優斗は苦笑いで僕を見下ろした。僕の勉強嫌いは筋金入りだから。こんな進
学校に入ってどうするんだって、そろそろ言われだしてるくらいだし。でも、大学とかは
行きたいんだよね。勿論、不純な動機満載ですが。
「でもさ、アツシ、なんで名倉ちゃんなの」
「なんで?だって、名倉センセ、壮絶に可愛いもん」
「かわいい!?あれが!?どこが!?」
ひっくり返るほど高い声を上げて、優斗が叫んだ。大抵はこういう反応だ。名倉先生本人
に言っても、嫌な顔されるんだから、世間の目は名倉センセ=可愛いの方式を認めては
くれないらしい。
 分からなければ、分からないでいいんだ。僕1人が分かってれば。その方が、独り占め
出来るし。
「名倉センセが、その気になって、ムラムラって襲い掛かってくるの、楽しみに待ってる
んだ、僕」
見上げると、優斗が複雑な顔をしていた。
「それ、本気?」
「うん。本気も本気。だから、色々噂流して、名倉センセ、モヤモヤさせてんだけど、名倉
センセ、手ごわいんだもん。全然、動じなくて。参るよね」
「・・・・・・アツシが遊んでるのは、その所為なのかよ」
「うん」
はあっという大きい溜息が優斗の口から漏れる。
「アツシ、お前、いつか後ろから刺されるぜ」
刺された事はないけど、恨んでるヤツは沢山いるとは思う。身に覚えがありすぎるけど、
でも、そんなのって仕方ないじゃん。みんな、面白くないヤツばっかりなんだから。
「そん時は、ゆうくん、守ってね」
「アホか。アツシを庇って誤解されるなんて、ヤダね」
「もう、十分誤解されてるよ。僕達、結婚を誓い合った仲だって」
「止めろよ、そういう事言うの・・・・・・」
優斗との再会がインパクトがでかすぎた上に、僕の噂も手伝って、僕と優斗は、あっと言う
間にクラス内で「公認の仲」になってしまった。
 優斗は自分の気持ちが吹っ飛んだまま、周りに押し流されてるらしい。外堀から固められ
ちゃうっていうのもいいけど、でも僕の後を付けて地歴準備室までデバガメしちゃうくらい
なんだから、心の奥底では僕の事が気になってるんでしょ?
 優斗まで煮え切らないなんて、困るんだけどなあ。当て馬に使おうなんて、つくづく失礼
な事考えてるけど、だって名倉センセを落とすにはどーしても強力なライバルが必要なん
だってば。
 だってさ、先生だって、絶対僕の事好きなはずなのに。

「えー、いい思い出じゃん。それに、僕の初恋だったんだよ、ゆうくん」
初恋、だったのかな。自分でも適当なことペロっと言ってしまったけど、まあ当たらずとも
遠からずだしいっか、なんて思ったら、優斗はそれに過剰に反応した。
「は、初恋!?お前も!?」
「・・・・・・お前も?」
「あ、やべ」
優斗はプイと顔を逸らした。その頬は薄っすらと赤くなっているようにも見える。
「へえ、ゆうくんの初恋って、僕なんだ」
ニヤニヤ笑ったら、優斗は不貞腐れて呟いた。
「分かんねえよ!・・・・・・ただ、こうしてアツシに再会して、昔の事思い出したら、なんか
俺、お前の事好きだったようなカンジがしてさ」
「思い出してみたら、あれ、これって初恋なのか?って?」
「うん、まあ、そんなところ」
なんだ、押せば十分倒れそうじゃん。
 ここは、仕掛けてみようかな。さあ、優斗。どう出てくる?



「ゆうくん、その初恋はどうなったの」
身長差も手伝って、上使いの視線を送ると、優斗は暫く真剣に見つめ返してきた。
 なんだろう、この瞳。優斗って綺麗な目してるなあ。
「どうしていいのか、正直困ってる・・・・・・けど、完全に脈ナシってわけでもないんだな?
俺にも、チャンスある?」
「ん?」
「俺、男とか興味ないし、多分、アツシだからそう思うんだと思うんだけどさ・・・・・・」
「うん」
そこまで言って優斗の目付きが変わった。急に色っぽい顔になって、覗き込んでくると
「そんな訳で、アツシは何時、俺に秘密をくれるの?」
と呟く。その仕草に圧倒されそうになって、息を呑んだ。
 優斗も男だ。弟分みたいに、後ろを付きまとって、泣いてたガキじゃない。少し垂れ目
の泣きボクロがとんでもなく色っぽい。
「・・・・・・いつでもいいよ」
僕の心にも火がつく。新しい遊び。遊びにしては危険だけど、危険なほどスリルは味わえる。
「本気になっても、後悔するなよ」
優斗は僕の顎に手を掛けると、ぐいっと顔を持ち上げる。優斗と目が合って、その瞳に
引き込まれそうになった。

僕は不覚にも胸が高鳴っていた。






――>>next



【天野家国語便覧】
アツシの告白(天野陸 作・演出)
世の中の楽しいだけを全部かき集めたら、きっと凄く楽しいんだろうなって、本気で思い
込んでる頭がイカレてるんだか弱いんだかわからない主人公が、周りの人間を散々引っ張り
まわして、手玉にとってのし上がって行く、ブロードウェイもびっくりなサクセスストーリー
(なお演出上、年齢制限があり、過去に1度しか上演された事のない幻のミュージカルである)



よろしければ、ご感想お聞かせ下さいvv

レス不要



  top > work > 天上天下シリーズ > 事実は小説より気になり・・・マス3
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13