神様・仏様・マリア様。この世で奇跡が起きるのなら誰に願うかなんてそんなの決まってる。
「毬谷さん・・・・・・?」
「お、おまえはっ・・・おれのこと・・・マリアさま・・・とか、こいびとになるだとか・・・いろいろ
ゆうてるけど・・・」
そこで黙る毬谷さんに近づくと、赤い顔で俺を見た。
赤い頬。涙目。・・・酔っ払いの所為か?毬谷さんの肩が僅かに震えている。
酒が入ると感情の起伏が3倍くらいにデカくなる人だから、多分毬谷さん自身も自分のこと
抑えきれてないんだろう。
「毬谷さ・・・」
「おまえはっ、おれのこと、おちょくっとるんやろ?」
「本気ですよ!むちゃくちゃ本気。本気と書いてマジって読むくらい本気」
「あほか!ふざけてろ!・・・そうやなくて、そんなことゆうてるけど、おれ、おまえのきもち
知らんし・・・・・・」
「え?」
ぐらっと視界が揺れて、毬谷さんにネクタイを引っ張られた。
「お前の気持ち知らんのに、付き合えるか!」
「気持ちて・・・・・・そんなの会ったときからずっと言ってるじゃないですか!」
「聞いてへん!付き合えとか、運命やとかそんなことばっかで、お前の気持ちなんて・・・」
「・・・・・・そうでしたっけ?」
惚けると、ネクタイを引っ張る腕に力が入って、俺は窒息しそうになる。
「苦しいっす・・・」
「言え!言うたらええねん!!・・・・・・そしたら・・・」
信じられないことに、毬谷さんが恥らってる。俺から視線を外すと、小さな声で続きを言った。
「・・・・・・そしたら、お前と付き合うたる・・・」
か、か、かわいいっ・・・・・・
「むちゃくちゃ、好きっす!」
言った瞬間にスジ塩ごと毬谷さんを抱きしめた。細い身体も油とビールくさいスーツも、
俺の知ってる女の子の身体とは何一つ同じものはないけど、俺のマリア様!最高!ブラボーっ!
むっぎゅーっという不思議な音がして毬谷さんを見下ろすと、真っ赤な顔で毬谷さんが
窒息しかけてた。
「お・・・おれを・・・絞め殺す気かっ!」
「俺のうれしいって気持ちを身体中で表現してみました」
「いらんわ!言葉だけで・・・じゅ、十分やわ!」
「じゃあ、好きです。好きです。好きすぎて死んじゃいそうです!」
「死ねや!」
「ぎゃんっ・・・」
毬谷さんが暴れだして、持っていたスジ塩のパックが俺と毬谷さんの間でぐしゃりと潰れた。
「おまっ・・・最悪や!」
「うわっ、スーツにべっちょり・・・」
「おまえはっ・・・」
すかさず裏蹴りが入って、(しかし、相当酔っ払ってる毬谷さんも足を上げたところでバランス
を崩したので)俺たちはこんがらがって、道に倒れこんだ。
「日下の阿呆っ」
「うわっ、スジ塩つぶしたっ」
「臭せえっ・・・おえっ」
もはや、酔っ払いのじゃれあいにしか見えない。
路地裏に毬谷さんの罵声が響いた。
「あのう・・・・・・ホントにいいんですか」
「嫌なら、はよう帰れ」
「嫌なんてわけないじゃないですか。むしろ大歓迎なんですけど・・・」
それからどうなったかと言うと、毬谷さんのありがたい「マンションすぐそこやから、
服洗ってけ」というお言葉に甘えて、俺はのこのこ毬谷さんのマンションにやってきた。
で、シャツを洗ってる間に何故か風呂まで入らせてもらえることになったんだけど、その
時になって、やっと自分たちの関係を認識して酷く狼狽した。
ここまできて、風呂まで入って何もなしに帰るなんてありえなくね?
いやでもまてよ、俺と毬谷さんが・・・何をするって言うんだ・・・・・・ま、毬谷さんって昔
男と付き合ってたんだよな。それって・・・・・・
「日下?」
「ひぁあっ・・・」
「何驚いてんねん」
「い、いえ・・・」
「はよ入るなら、入りー。寒いし、俺も後で入りたいし」
「え?じゃあ、先にどうぞ・・・・・・あ、それとも一緒に入ります?」
言ってからまたおかしいことに気づく。
俺たち一応「付き合ってる」ことになったんだよな?
毬谷さんが笑えるくらいのスピードで俺から離れた。
・・・・・・どこの乙女だ。
「アホなこといっとらんと、さっさと入れ」
「・・・・・はい」
毬谷さんのスウェットは俺にはちょっときつかったけど、ツンツルテンの子どもほどは
ならずにすんだ。でもどうもしっくりこない。他人の服ってそんなもんなんかな。
俺の後で毬谷さんも風呂に入って、やっと毬谷さんの酔いも醒めてきたようで、風呂から
上がった毬谷さんの顔は神妙になっていた。
酔いに任せて口走ったことを明らかに後悔してる顔だ。
「・・・・・・すんません」
「謝んな。俺がむなしくなるやろ」
「でも、俺、ホントにむっちゃくちゃ好きなんです」
「お前、ホントにそれでええんか?」
「勿論。もう、だって出会っちゃったって思ったし、運命なんです!」
毬谷さんは風呂上りの柔らかい匂いに包まれていた。その腕を取って引き寄せると、毬谷
さんは戸惑いながらも腕の中に納まった。
「占いのおばちゃんが、大阪行ったらマリア様みたいな人を恋人にしろって言ったんです。
そしたら大阪の生活は上手くいくって・・・・・・初めはそんな目でマリア様みたいな人、探して
たような気もしますけど、毬谷さんみて、なんていうか一目ぼれみたいな、なんかそういう
風になるんじゃないかっていう変な予感みたいなのができちゃって・・・・・・」
腕の中の毬谷さんはしおらしく聞いている。
しっとりとした髪を撫でておでこに唇を寄せた。
「だから、初めから好きだったって言えばそうだし、気がついたら、占いなんてただの
口実で、ただ普通に好きだでした」
「・・・・・・」
「毬谷さん?」
「お前、よくそんな恥ずかしいこと・・・」
「好きな人に好きって言って何が恥ずかしいんですか。俺は言いまくりますよ。世界中に
向けて言ったっていい」
「会社のヤツに言うたら、殺す」
「はい・・・」
頷いたところに、毬谷さんからキス。それも思いっきり濃いやつで、俺のほうが逃げ腰に
なっていた。
「んっ・・・」
お互いスウェットにしがみついて、唇を舐めあって舌を絡ませる。
じゅわっと体中を何かが駆け巡って、俺は一気に戦闘態勢になっていた。なんでこんなに
気持ちいいんだよ。
「んんっ」
「はっ・・・毬谷さんっ・・・」
後ろのソファに押し倒されてもまだ毬谷さんからのキスは止まらなかった。舌の裏側、
歯列、そして上あごを探りながら撫で回すようなキス。
好きな人のキスは特別だってこういうときに実感するんだろう。背中に回された手の感覚
ひとつですら、強烈に自分を突き動かす。
俺も負けじと毬谷さんを抱きしめながら窒息しそうなキスを繰り返した。
「はっ・・・」
「ふっ・・・んん」
馬乗りになった毬谷さんが漸く俺から唇を離した。口を離したところから、てろんと大量
の唾液がスウェットに垂れる。
「気持ちいい・・・です」
「・・・・・・日下の、当たるんやけど」
「いやん」
びっくりするくらい、カッチカチなんですけど、どうしよう・・・・・・。だって真逆そんな・・・
どぎまぎして言葉に詰まってると、毬谷さんが躊躇いながら俺に話しかけてくる。
「・・・・・・俺、あんまり得意やないけど・・・・・・お前となら、ええよ・・・・・・」
この頬の赤さはもう酔いのせいじゃないだろうけど・・・ええよって・・・
「ええよって・・・なにが・・・」
「アホ、ボケんな。何がやあらへん・・・やってもええ」
「やる・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ええ?!
やる!?
やるって、その、えっと、するってことっすよね。でも、あ、の・・・・・・。
焦って毬谷さんの前でパクパク口を動かしてると、瞬間的に毬谷さんの顔が曇った。
「・・・・・・やっぱり、男とするのなんて気持ち悪いんや・・・」
泣きそうになる毬谷さんの手をしっかりつかんで、ぶんぶん首を振った。
「そうじゃないっす!・・・このとおりギンギンです!・・・・・・だけど・・・」
「・・・・・・?」
「あの・・・・・・どうやってやるんですか?」
「は?」
「いえ・・・・・・お、男同士って・・・・・・俺、どうやってするか、し、知らないし・・・・・・」
「知らんて・・・」
「だって、女と違うから入れるトコない・・・・・・ですよね?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・は?」
「へ?」
あれ・・・?・・・・・・何?
「ぶっはははっ・・・・・・お前天然か?なんやそれ、アホやろ、ギャグか。新手のギャグか!?」
きょとんとしていた毬谷さんが、突然壊れたように凄まじい勢いで笑い出した。
「な、なんで・・・そんなに笑うとこ・・・・・・」
「それ、ホンマに言うてん?」
「え・・・っと、はい」
「がはははっ・・・ひぃっ・・・腹痛いわっ・・・いまどき、小学生のガキかて知ってんで?」
えーっ?!
そ、それって知ってて常識なの?だって、そんなの誰も教えてくれないし・・・。
こんな場面なのに俺の空気ぶち壊しな所為で、こっちはギンギンなのに全然甘くないムード。
申し訳なさそうにしょぼくれてると、毬谷さんが苦笑いして俺の上から降りた。
「・・・・・・教えたる、こっち来い」
「教えたるって・・・」
「実践で学べ。営業の基本や」
「実践!?」
腕を引っ張られてソファから立ち上がると、その手に引かれて寝室へと導かれる。
「毬谷さん・・・」
「おまえみたいなアホは初めてや」
「ええええええええええええええっ」
「中学生の女みたいな反応すんな、こっちまで恥ずかしくなるやろが!」
初めての夜に罵倒される男、俺。
だって、だって・・・・・・そりゃ穴がなけりゃソコしかないんだろうけど。ええっ!?いやん。
ホントに?だって、そんなの痛いじゃん!
いや、痛いのは毬谷さんなのか。でも俺のチンコだって痛いんちゃうの?食いちぎられ
ちゃったりしない?てか、そんなの入るのかよ。・・・・・・いや、これだけ道具揃ってたら
入っちゃうのか。
「痛くないんですか・・・」
「せやから、痛いの嫌いやし、男とはもう二度とせえへんってあの時言うたやろ!」
「そ、そんなこと言ってましたっけ?」
「バツイチの話したときに、言うたわ」
・・・・・・あんときは、バツイチって事に驚いてしかも原因が男ってことで、殆ど聞いてなかった。
「じゃ、じゃあ・・・」
「何べんも言わすな!お前ならええって言うてるやろ、ボケ!」
ベッドの上に正座して目の前に並べられた「道具」を怯える気持ちで眺めてると、「嫌
ならせえへん」って毬谷さんがぷいっとそっぽを向いてしまった。
もっすごく情けないと違うか、この状況。男としてというか人間として、とても駄目感
満載だけど、こんなところで落ち込んでる場合じゃない。
「がんばるから、教えてください」
腕組みしながらツンツンしてる毬谷さんに、とりあえず土下座してお願いしてみると、毬谷
さんの含み笑いが降ってくる。
「お前は、なんも頑張らんでええ。チンコでも膨らませとけ」
顔を上げると、僅かに笑ってる毬谷さんと目が合う。
「それなら、さっきからデカいままです、ハイ」
この状況で萎えないって、すげえ。どっちかっていうと早く出さないとちょっと痛くなって
きたんですけど・・・。
「ゲンキンなヤツ。もうええ、お前そこで寝とけ。マグロでええ」
「はえ?」
「ついでに、俺が何してるかも見んな」
「なぬ?」
「お前に主導権渡してたまるか」
「にゃは?」
「絶対、こっち見んな」
毬谷さんに押し倒されて、顔の上に枕を押し付けられた。もがいている間に俺のズボンが
脱がされて、熱くギンギンになってる息子に冷たい液体の感触を感じる。
「んん」
・・・・・・これ、ジェルだよな。やっぱり、毬谷さんのアレの中に入っちゃうって事だよな?
「日下・・・お前の細くて長い」
「・・・・・・それ、ほめ言葉?」
「いや、ただの事実」
でも、これなら痛くないかも、なんてぼそりと呟く毬谷さん。一体、前の彼氏のチンコ、
どんだけデカかったんだよ!
「あのっ」
「見んな!しゃべんな!手ぇ出すな!」
「はい?」
そんなのマグロじゃなくて、死んだ魚やんか!
そんなのって、気持ちいいんですか!?
「詰まんないですぅ」
「うっさい、恥ずかしいんやから黙っとけ」
垂らされたジェルを擦り付けられて、脳天まで痺れた。
「ふっ・・・・はうっ」
その瞬間、「男がマグロなんてありえねー!」と男の本能みたいなものが騒ぎ出して、
腹筋使って思いっきり起き上がった。
俺に乗りかかっていた毬谷さんは反動で後ろに吹っ飛ぶ。
「なんや!?」
「い、入れたい!」
「日下?!」
「要するに、穴に入れればいいんですよね?そんなの男も女も関係ねえ」
入れたもん勝ちや。
毬谷さんの方も相当準備は済んでいたらしく、押し倒してケツに手をかけると、殆ど抵抗
もなく、俺の息子さんは毬谷さんの中に吸い込まれていった。
「うわぁ」
「んんっ・・・ああっ・・・・!」
「やべ、気持ちいいっ」
何ヶ月ぶりかのセックスに自制心なんてものはすぐに粉砕されて、毬谷さんの足を肩に
担いで、ガツガツ腰を振りまくった。
「や・・・あかんてっ・・・ああっ・・・」
「うっ・・・すごい・・・これがアナルセックスなんだっ・・・」
「日下の、アホぅ・・・死ねぇ・・・うっ・・・」
毬谷さんの足が俺の肩を蹴りまくる。足の甲で後頭部を殴られて眩暈がした。
それじゃ、「イ」く、じゃなくて「逝」ってしまうわ、俺・・・・・・。
「ちょっと、もういいとこなんだから、おとなしくしててください」
「いやや・・・こんな恥ずかしいの、いやや・・・」
「大丈夫ですって、俺しか知らないから」
「それが、一番の恥やわ!・・・んんっ・・・はあっ・・・」
ホントに失礼な上司だな。そんなに恥ずかしいなら、もっと恥ずかしくしちゃうよ?
「毬谷さん、世界で一番好きです。ずっとずっと好きです。もう離しません」
「・・・・・・っ」
瞳が潤み出して、感動してるのか照れてるのか、それともただ気持ちいのか、俺にもよく
わからなかったけど、毬谷さんの中が一段と熱くなってぎゅっと締まる。
「・・・・・・っん・・・・・・うっさい・・・・・・もう、いやや、あかん、そんなん言うな・・・」
「大好きです」
「はうっ・・・いやや、はあっ・・・・・・」
好きです、大好きです、むちゃくちゃ好きです。何度言ったかわからないほど毬谷さん
の耳元でささやいて、毬谷さんが半泣きで「堪忍して」と口走り始めると、そこからは
あっという間だった。
二人して掠れた声を出しながら、気持ちよくフィニッシュ。
見事、俺の細長いチンコは毬谷さんに受け入れられた。末永く、どうぞよろしく。
社内では、何もしゃべらなかったのに瞬間でばれた。毬谷さんにもっすごく睨まれたけど
女の子たちの鋭い視線からは逃れる術はなく、給湯室で事務のお姉さんたちに囲まれてある
ことないこと言われたりしたけど、一応笑ってごまかした。
・・・・・・全然ごまかしきれてないけど。
それから、上嶋にも会った。今度は偶然じゃなくて毬谷さんが3人で飲もうと誘ったのだ。
上嶋は俺たちの見ると一目で納得したらしく、俺に勝ち誇った顔で笑いかけてきた。
「俺は、毬谷さんを傷つけたり泣かしたりなんてしなかっただろ?」
・・・・・・この人にとって、毬谷さんはホントにただの「暇つぶし」だったんだろうか。
本当は少しくらいは毬谷さんのこと手に入れたいって思ってたんじゃないだろうか。そんな
事聞いても素直には教えてくれないだろうけど。
試合に勝って勝負に負けた感をひしひしと感じる。この悔しさはぶつけてもいいよな?
チャラチャラしてる上嶋に、本気の恋を思い知らせてやりたいなんて、天狗になりすぎか、俺。
でも、本気の俺が勝ったんだ。(その前に勝負してなかったのかもしれないけど)
「本気で人を好きにならないから、手に入らないんですよ」
「言ってくれるね」
「本気で人を好きになって、それで失恋の痛みを知ったら、暇つぶしで人を好きになんて
ならない思いますけど?」
そう、一度くらい本気で傷ついてみたらいいのに。
「失恋の痛み、ねえ・・・・・・」
上嶋のビールを持つ手が止まる。思い当たる節でもあるんだろうか。すると、俺の隣で
既に出来上がり始めてる毬谷さんがその会話を掻っ攫って行った。
「何言うてんの。ナギはちゃんと失恋してるで?」
ニタっと笑う毬谷さんに上嶋の眉が動く。
「毬谷さん」
「どういうことなんですか」
「だって、ナギ、俺のこと本気で口説いてたもんな。ナギは失恋しても痛みを感じない
アホなんや」
「は?!」
「・・・・・・言ってくれるね、毬谷さんも日下さんも」
「毬谷さん、失恋の話ホントなんですか?」
「まあ、そういうことにしておいてあげるよ」
上嶋は本当なのか嘘なのかわからないニュアンスでふふっと笑うと手元のグラスを一気に
飲み干した。
俺の隣では、早くもとぐろを巻き始めたマリア様が、上機嫌にスジ塩を頬張っている。
酔っ払いの毬谷さんはその肉を3回に1回くらいは箸でつまみ損ねて、皿の上でスジ塩が
ぴょこぴょこ踊っている。
半ば呆れながら見る俺と上嶋の視線などお構いなく、毬谷さんの饒舌は続く。
大阪の夜は今日も華々しく、サラリーマンの笑い声が響いていた。
(了)
2007/11/16
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