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Re:不在届け預かってます


 Re:世界一不幸な智優君へ




from:詠汰
sub:世界一不幸な智優君へ
  やいやい、刺されたってホントかよ。
まあ、今日の夕方、奈央と
でっかい土産持って
陣中見舞い行ってやるから、
元気だせよ〜





 日が暮れるまで、呆然と部屋の外を眺めていた。本当にここに蛍琉がいて、さっきまで
自分の手を握っていたのかと思うと、駆け出してしまいたいほど心が揺れた。
 世那と蛍琉は上手く行っていないのかもしれない。勝手な妄想が膨らんで、自分の入り
込める隙間がある気がする。確かめるすべなどないのに、じっとしてられなくなった。
「意外と往生際悪いなあ、俺・・・・・・」
手の感触を思い出そうと、智優は右手を見下ろした。知ってるはずだった蛍琉の手。当たり
前だったあの手は、今は自分のものじゃない。別の人間に優しく頭を撫でているのかも
しれないと思うと切なさと嫉妬心が一気にやってきた。
 蛍琉の事を奪い返しに行くには、迷いはまだ当然あって、駆け出すことができない。本当
に蛍琉を奪い返すことが出来るのか。よりが戻ったとして、本当にそれでいいのか。
 平穏な暮らしがしたい。浮き沈みばかりで、常にはらはらした恋愛はもう疲れた。ゆっくり
好きな人の隣でお茶を飲みながら、身体を預けられるそんな平穏な幸せな生活がしたいと
智優は心底願っている。その相手は蛍琉でいいのか、迷いはあった。
 どうせよりを戻しても、また同じことの繰り返しならば、いっそ別の人間を選んだ方が
いいのではないかと防衛本能がそう要求している。
 けれど、蛍琉を求めているのも事実で、その間で智優はぐらぐらと揺れていた。





 夕暮れがやってきて、空が綺麗にオレンジ色に染まりかけた頃、智優の病室のドアを
乱暴に叩く音があった。
 ドアの向こうの人間は智優の返事も待たず、いきなりドアを開けた。
「朝倉さんっ!!」
「・・・・・・うっす」
智優が右手を上げると、スーツ姿の高藤が汗まみれで近づいてきて、崩れるように椅子に
座り込んだ。
 上がった息を整えようと、呼吸を繰り返すが、高藤は次の一言が出てこない。
「よう。仕事お疲れ」
「・・・・・・刺されたって!!・・・・・・大丈夫、なんですか!!」
噴出す汗をハンカチで拭きながら、心配そうに高藤は顔を上げた。
「大丈夫だから、こうやって起きてるんだろ。大体、伝えたヤツも悪いけど俺刺されたわけ
じゃないし」
「・・・・・・刺されてないんですか」
「切られたの、スパンと」
智優は包帯でぐるぐるに巻かれた左腕を見せた。
 しかし、高藤にとって刺されたのも切られたのも大して変わりはなかった。智優がストーカー
にやられた、その事実で十分だった。
「・・・・・・ニュース出てました」
「マジで?」
「犯人・・・狭山って男は狭山グループの次男坊なんだそうですよ」
「・・・・・・そう」
狭山グループといえば、この辺りでは有名な企業だ。
「修行の為に大手銀行に入れられたのに、使い物にならず一年で自主退社。以降、東京で
フラフラ遊び歩いていて、それを見るに見かねた親が実家で今は爺さんがいる金沢に送り
こんだ・・・・・・まあ、ここに軟禁されてたってことですかね」
やはり、金持ちのボンボンだったことには違いないが、智優にとってそんなことはもうどう
でもいいことだった。
「・・・・・・口だけは達者で、金もあるから、結局、ここでも遊ぶのには苦労しなかったみたい
ですけど」
「そんなヤツに狙われた俺って、ホント不幸の塊」
自虐的に笑って見せると、高藤は悔しそうに唇をかみ締めた。
「・・・・・・朝倉さん見てると、心配で心配で堪んないです」
「年下の男にそう思われたら、俺、終わりだな」
「朝倉さん!!」
「・・・・・・はいはい。心配してくれてありがと」
「俺、悔しいですよ」
高藤の刺すような視線を受けて、智優は首をすくめた。
 高藤のことは、嫌いではない。こうやって慕ってくれる可愛い後輩だ、これからもその
スタンスでいられたらいいと、智優は思う。
 なのに、高藤はそれを許してはくれなさそうだった。
「高藤?」
高藤は膝の上に握った拳を震わせて、真っ直ぐに智優を見詰めた。
「こうなる前に、ちゃんと伝えておけば、後悔しなかったのに・・・・・・俺、朝倉さんが好き
です。俺と付き合ってください」
「・・・・・・」
「駄目ですか」
「・・・・・・唐突だなあ」
「これ以上、はぐらかされてると、朝倉さんに逃げられてしまいそうだから」
いつになく真剣な表情に智優は逃げられないと悟った。この曖昧さは楽だったのに、いつ
までも高藤を逃げ場にしていてはいけないということだろう。
 そこまできて、智優はまたさっきの迷宮に足を突っ込みかけていた。
安定な暮らし、平凡だけど幸せな生き方、憧れるキーワードを叶えてくれる相手は、一体
誰なのだろう。
 この先、高藤と一緒に生きていく、悪くない答えだとは思った。けれど、智優の首を縦
に振らせるほどの大きな力がない。
 蛍琉の存在がちらちらと脳裏を過ぎっていく。蛍琉が病室にいなかったら、こんな風に
自分を救って行く前に高藤に告白されていたら、ひょっとして智優は高藤を選んでいたかも
しれない。つくづく、蛍琉は狡い男だ。
 智優はベッドに身体を埋めて天井を見上げた。
「迷ってるんですか・・・・・・」
高藤も自分が嫌われている存在ではないことははっきりと感じているはずだ。あと一歩が
足りない。足りないのなら、手を伸ばして引き寄せるだけだと、高藤は珍しく強気だった。
 智優は首だけ高藤の方を向いて、苦笑いした。
「だって、俺ゲイじゃないし」
「また、そんなことを・・・・・・朝倉さんが付き合ってた人間は男ですよ!どこがゲイじゃない
っていうんだ」
「うん。そうかもしれない。でも俺自身、そう思ってないんだ」
ゲイじゃないとか、好きなタイプは女の子だとか言うのは、結局は予防線なのだ。
誰も智優の心の中に入ってこないように、蛍琉以外受け入れたくないという智優のバリアだ。
「朝倉さんが付き合ってた人は・・・・・・!」
「あいつは・・・・・・別だから」
智優は小さく呟いた。
「まだ、忘れられないんですか」
「・・・・・・」
高藤も語気を弱めた。智優を捨てて行った男に勝てない。高藤は首を振った。
「俺、朝倉さんの一方的な言葉しか知らないから勝手に決め付けるのは、失礼だとは思い
ますけど、朝倉さんの元恋人は、はっきり言って最低な男だと思いますけど」
高藤はこんな風に皮肉を言う男ではなかったはずだ。智優は目を細めて高藤に頷いた。
「・・・・・・うん。その通り。最低な男」
最低な蛍琉。その最低な蛍琉に揺れている救われない自分。
「じゃあ、なんでいつまでもそんな男に囚われてるんですか!!別れたんですよね?」
「うん。・・・・・・振られて、新しい恋人が出来て、出てったよ」
「!!」
「そんな酷い男を、朝倉さんはいつまで想ってるんですか!?」
いつまでも想っているつもりは無かった。忘れるべきだと思って蓋をした。見ない振りを
して、いっそ蛍琉の記憶ごとなくなってくれれば良いと思っていた。
 なのに、蛍琉はその蓋をあっさりと開けて行ってしまったのだ。
「酷いヤツだよな。俺もそう思う。好きなことして、自由気ままに生きて、見返りとか
駆け引きとか興味なさそうなくせに、いつもジェットコースターに乗ってる気分味合わせて
くれちゃってさ・・・・・・あいつの良いトコなんて、一個も無い」
言いながら智優はどんどん胸が苦しくなっていく。蛍琉の何処が好きなのか、智優にだって
分からない。嫌いに理由を作るのは簡単だけど、好きに理由を見つけるのは難しい・・・・・・
いや、「好き」の前には誰もが無条件で降伏してしまうのだ。
 理由なんて、誰かを説得するためだけのただの言い訳だ。智優が感じた蛍琉が全てなのだ。
 安定した生活とか、幸せな日常を欲してる一方で、それを叶えて欲しい唯一の相手は
やっぱり蛍琉しかいないのだと、智優は高藤の告白ではっきり気づいてしまった。
「なんで勝てないんでしょうね」
高藤は泣きそうな表情で顔を歪めた。
「・・・・・・お前が良いヤツだから、かもな」
高藤に強引さがあったら、智優は流れていたかもしれない。けれど、そういう優しさを
持った高藤だったから、今まで上手くやってこれたとも言える。
「高藤は、大事な後輩だって・・・・・・これからも」
智優は手を伸ばして、高藤の腕をパンと叩いた。
「朝倉さん・・・・・・」
高藤も力なく笑って頷いた。





 高藤が病室を出て行った後、病室に入ってきた顔ぶれを見て、智優は一気に肩の力が
抜けた。
「智優ー、目覚めたか」
「詠汰まで、本当に来たのか」
「メールしただろ。しかも、俺までって、俺がメールしたって言うのに」
幼馴染2人は勝手知ったると言った雰囲気でずかずかと病室に入ってくると、近くにあった
パイプ椅子に座って智優を囲んだ。
「智優いつ起きたんだ」
「うーん、午後だと思う。ここにいると時間の感覚がよく分からん」
すっかり元気を取り戻したように見える智優に詠汰がわざとらしい溜息を吐いて見せた。
「奈央がさ、智優が目覚まさないなんていうから、どんだけヤバイのかと思ったら、全然
大したことないじゃん」
「お前ねえ・・・・・・俺、怪我人!被害者!切られたの!そんで縫われたの!」
包帯の腕を詠汰の前に見せて、智優もわざとらしい溜息を吐いた。
「・・・・・・蛍琉は?来てたんじゃないの?」
「帰った」
「会えたんだ。やるねぇ!」
「・・・・・・だって、目ぇ覚ましたらいたんだって!!」
「馬鹿だねえ、智優は。ホント馬鹿」
「うるせえ」
そう言いながら笑い合える仲間がいてくれたことに、智優は心の中でありがとうを呟いた。
 自分にとって辛いとき、蛍琉と別のところで支えてくれるのはこの2人だ。幼い頃から
ずっと一緒で、馬鹿みたいにふざけあって、今はそれぞれの道を歩いているけど、いざと
なったら、駆けつけてくれるかけがえの無い友人。時間を越えてあっという間に昔の自分を
引き出してくれるのはこの2人しかいない。
 そういう友人にすら智優は強がりのバリアを張っていたことに少しだけ後悔した。
彼らの前で格好つけても仕方ない。本来の自分はばれてるのだから、格好つけるほど
格好悪い。
「いつ退院できるの」
「怪我縫っただけだし、何にも無ければ明日」
「そんなに早いのか。見舞い損だな」
詠汰がケラケラ笑った。
「どういう意味だよ」
「詠汰の言葉は深く考えるなよ」
奈央も釣られて笑うと、智優は鼻を鳴らした。
「あ、そうだ。土産」
「何だよ、メールでも言ってたけど」
そう言うと、詠汰は得意気に威張って見せて、紙切れを智優に渡した。
「何?」
「住所」
「誰の?!」
「イケメン小僧の」
「は?!」
「蛍琉の店先で、いつも蛍琉の隣にべったりしてる若造の住所!」
智優は驚いて奈央を見た。いつだったか、奈央には蛍琉がどうしているのか話たはずだ。
奈央は悪びれもせず、澄ました顔をしている。
「なんで・・・・・・」
「俺ってば、有能な探偵みたいだろ」
「そうじゃなくて!!」
なんでこんなもの、自分に寄越すんだと、智優は困惑した顔で奈央と詠汰を見上げた。
「見舞い・・・・・・あー、退院祝いだよ」
奈央が言うと、詠汰も頷いた。
「そうそう、たまには友人からのありがた〜いプレゼント、素直に受け取った方がいいと
思うぜ〜」
「お前らなあ・・・・・・」
貰った住所を手の中で握り締めて、智優は眉をしかめた。
 こんなの貰ってどうしろと言うんだ。乗り込んで奪って来いとでも?そんなことして、
蛍琉が戻ってくるようには思えないけれど。
「相手は智優のマンション知ってるのに、智優は相手の素性知らないなんて、フェアじゃ
ないでしょ」
「情報は無いよりあった方がいいに決まってる。現代は情報が物言う時代だぜ」
詠汰が知ったかぶって言った。
「お前ら、ホントに・・・・・・お節介なヤツだな・・・・・・」
智優は目頭が熱くなるのを、持ち前の強がりで必死に隠した。
 2人の優しさが傷口に沁みて痛いけれど、また一歩、蛍琉に近づいた気がしていた。





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