漸く長かったテスト週間も終わり、通常の生活が戻ってきた。
しかし、今回のテストは兄貴のせいでズタズタだった。せっかく高柳達の誘いを
断って一人家に帰っても、家に帰れば隣の部屋で見たことが何度もフラッシュバック
して、気になって勉強どころではなかったのだ。
イライラとやり場の無い感傷。
なんで、こんなにショックなんだろう。巧先輩が男とヤっちまったから?相手が
兄貴だったから?
カリカリした気分はテストが終わるまで続いた。そして、オレは部活が始まったら
兄貴の言う通り、巧先輩に事の真相を確かめることをついに決意した。
こんな気持ちで生活なんて送れない。オレはいつもどおり授業が終わると高柳達と
サッカー部の練習に出る。
「部活が終わったら、話があります。門の前で待っててもらえませんか?」
オレが勇気を出して告げた約束を巧先輩はちゃんと守ってくれた。
部活が終わると一年生は片付けがある。今週末の大会で引退の先輩達は、軽い柔軟
を終えるとさっさと帰ってしまった。
大半の先輩はこれから塾に行くらしい。2年後の自分達を想像してオレはげっそりした。
「巧先輩・・・」
巧先輩はもたれ掛かっていた正門から離れると、オレを振り返らずに歩き出す。
オレも慌てて先輩の後を追った。
先輩が無言で歩くのでオレは話のタイミングを逃してしまう。なんとか隣に並ぶ
と、おずおずと先輩の名前を呼んだ。
「あの・・・巧先輩」
たっぷり一拍間を置いて、巧先輩はいつもと同じ調子で返事を返す。
「うん、トモに聞いたよ。あいつもおまえも、秋月家は大概、悪趣味だよね
まあ、トモよりはマシだろうけど」
「オ、オレですか?」
「覗いてたんだろ?」
咎めるというよりは上目使いにオレをねめつける。その姿は怖いというよりも
かわいいと表現した方が的確だとオレは思った。
「それは、たまたまで・・・」
巧先輩は軽くため息を吐く。
「まあ、いいよ。隠してどうこうなる問題じゃないだろうしね、秋月には」
「オレ・・・ショックで・・・」
「気持ち悪かった?」
「気持ち悪いっていうか、悔しくて。オレきっと兄貴より、いい男になりますよ!!」
あ、あれ?悔しいって、オレ何言ってんだ?思わず飛び出した自分の言葉にオレは
動揺した。
「・・・すごい自信だな」
先輩が驚いて、目を丸くする。
オレは雲行きの怪しくなる会話をどう修正していいのか分からずに、思いを口走る。
「あいつ、全然優しくないですよ、オレの方が、きっと先輩に優しく出来る」
「まあ、確かにトモは優しくないよな」
「先輩は兄貴のどこがいいんですか!!」
オレはその場に立ち止まり、思わず先輩の腕を取る。
「どこ、ねえ」
「顔ですか?性格ですか?・・・オレじゃダメですか?」
あ、あれ?オレ、どさくさに紛れてなんかコクってない?
え?あれ?オレ、先輩のこと・・・
うわー、すげー間抜け。オレってば先輩のこと、好きだったんじゃん。
なんだよそれ、気が付かずに兄貴に対して怒ってた?
いや、でも、兄貴に嫉妬したし、この怒りの意味を考えればつじつまも合う。
こんな土壇場で自分の気持ちに気づくなんてかなり間抜けだけど・・・
「ぶっ。何、秋月、本気で俺のコト好きだったの?」
「それ、どういう事ですか!?」
「だって、俺がトモに近づいたとき、トモ、弟の狙ってるモノに手を出したく
ないって言うからさ」
「ええー。・・・じゃあ、兄貴はオレの気持ち初めから知ってたんだ・・・」
自分でも気が付かなかった気持ちを兄貴は知っていた・・・。
兄貴の洞察力のよさと、それを知りつつもあの行動をとる非道さにがくっと肩を落とす。
ひどすぎるぜ、兄貴。
オレが落ち込んでると、巧先輩が優しく声を掛けてくる。
「秋月、ちょっとこっちきて屈め」
「え?、はい」
「おまえ、身長、トモよりあるな」
「兄貴は高1で止まったらしいっすから」
巧先輩はオレの制服のネクタイをぐいっと引っ張ると軽く唇を合わせてくる。
オレはそれが巧先輩からのキスだと分かるのに3秒ほどかかって、驚いたとき
には、もう既に唇は離れてしまっていた。
「口止料、な。俺とトモのこと、誰にも言うなよ」
巧先輩はにっこり笑うと惚けたオレの鼻をでこピンよろしくぱしっと弾いた。
「痛て」
「間抜け面」
真っ赤に染まったオレの頬を面白そうに巧先輩が眺める。
うわ、やばい。バロメータが振り切れそう・・・。
俺が必死にユデダコになった顔を押さえていると、後ろから寒気のする声がした。
「顔、にやけてんぞ」
「あ、兄貴」
オレは慌てたが、巧先輩は何事も無かったように振り返って兄貴の名前を呼んだ。
「やあ、トモ」
「何やってんだ、お前達」
「な、何でもない」
「ま、別にお前たちが何してようが構わんが、お前は俺と間接キスしてそんなに
うれしいか?」
「み、見てたの!!」
「阿呆。見てたんじゃない、見えたんだ」
兄貴は、ふんと鼻を鳴らすと、オレの存在をほぼ無視して巧先輩に話し掛ける。
「巧、先週貸した参考書、持ってるか?」
「あ、ごめん。家においてきた」
「じゃあ、今から取りに行く」
「わかった」
「じゃあ、そういうことだから和也、巧は連れてくぞ」
そういうと、兄貴と巧先輩は一緒に歩き出す。
「ま、待てよ、兄貴」
「何だ」
「オレ、まだ巧先輩と話しがついてない」
オレは巧先輩をじっと見詰めて、ぷつりと中断された会話の修復を求める。
巧先輩が軽く息を吐いて、オレと兄貴を交互に見返しながら、さらっと言った。
「そうだな、秋月がトモくらい悪趣味になったら考えてもいいよ」
「な・・・」
「お前な・・・」
絶句して困った顔をするオレ達兄弟をそよに、巧先輩はにっこり笑って
兄貴の背中を押す。
「行こう、トモ」
兄貴はため息交じりにオレを振り返ると
「こいつはお前には、手におえない。やめとけ」
一言、ありがたい忠告を残して先輩と共に歩いてく。
オレは連れ添う二人の後ろ姿を見ながら、複雑な思いに駆られる。
「意外と似合ってんじゃん、なんて口が裂けても言わねーぜ」
オレが二人を見送っていると、後ろから声がした。
「おーい、和也」
振り返ってみると、同じサッカー部のヤマちゃんだった。ヤマちゃんの後ろには
同じサッカー部の大木や高柳、三島の姿もある。
「あ、ヤマちゃん」
「何してんの?」
「いや、ちょっと」
ヤマちゃんが、オレの視線をたどる。
「あれ、巧先輩と生徒会長?」
「うん」
「生徒会長って和也の兄ちゃんだったよね?」
「ああ」
気の無い返事を返すとヤマちゃんはふーんといって、その話題を切り上げる。
「なあ、今からみんなと大木の家に行くんだけど、お前もどう?」
「何しに?」
「いいモンがあるんだよ」
「何それ」
そう言うと、追いついてきた大木がにんまり笑って言う。
「うけけ、無修正のウラビ」
「大木様が石川先輩からもらったんだよ」
「和也も是非拝んでおくといい」
高柳と三島が興奮してオレを取り囲む。
「えー・・・」
オレはがっつく気には全然ならなくて、出来れば帰りたいと思った。こんな気分の
日には家に帰って一人で悶々としてたいぜ。
そう思って断ろうと思ったら、ヤマちゃんが、オレの背中をバンバン叩いて
「優良健康児が、断っちゃダメだぜ。どうせ、帰っても寝るだけなんだろ?」
「まあ、そうだけどさ」
仕方なくオレは大木の家に向かうことになった。
もう兄貴と巧先輩の姿は見えない。はあ、っと大きなため息を吐くとヤマちゃんが
隣で、首を傾げる。
「和也、どうした?ため息なんて吐いて。失恋でもした?」
「え?」
その突っ込みに高柳たちが一斉に振り返る。
「何々、お前失恋したの?」
「誰だよ、相手。うちの学校のヤツ?美人?」
「あ、わかった。2組の杉下だろ」
「なんだよそれ」
「だって、あいつ、めちゃめちゃでけー乳してんだよな」
「それ、オレじゃなくて高柳の好きなヤツだろ。ていうかお前イヤラシイやつだな」
「あ、ばれた」
高柳が両手で顔を隠して恥ずかしい〜というポーズを取るのでオレは後ろから頭を
パコっと殴ってやる。
「じゃあ、今日は俺ん家で映画鑑賞会と失恋感傷会だな」
「よ、大木様うまい!」
三島が囃し立てる。
「だから、オレは別に失恋なんてしてねーっつーの」
オレの叫びも空しく、健康優良児軍団は大木家と向かう。その足取りはオレ以外みんな
軽やかで、オレは一人惨めな気分だった。
失恋なんて思いたくない。いや、まだチャンスがなくなったわけじゃないんだ。
先輩とキスだってしたんだし。押したら意外と手応えあるかもしれないじゃないか。
相手が兄貴とは運がないけど、あ、でも巧先輩、兄貴の顔が好きなら、オレだって
意外といけんじゃないの?兄貴とはクリソツじゃないけど、結構同じような顔してる
ってよく言われるし。
後は、性格・・・。あいつの性格はイマイチよくわかんねーんだよな。猫かぶりなとこ
くらいはよくわかるけど。
うーん、今度、巧先輩に兄貴の性格、もっとよく聞いてみよう。
「ま、チャンスはいつか来るさ。今日だって、口止料、儲けたし」
がんばろう、とオレは意気込んだのだった。
でも、実はこの話には後日談があって、ホントは兄貴と巧先輩の間にオレが入る隙間
なんてこれっぽっちもないほど、巧先輩が兄貴に執着していたってことに気付くことに
なるのだが。
ま、それはまた別の話。
了
2006/05/30
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