ビリビリクラッシュメン
side――春馬
「春馬、どうしたん?超機嫌いいじゃん」
一つ前の席の友人に声を掛けられて、春馬はふにゃけた顔をこれでもかというくらい破顔
させた。
「ねえ、聞いて」
「キモイな。なんだよ」
「俺さ、今日電撃的な恋に落ちるんだよねー」
「は?」
語尾にハートマークがついて踊っている春馬の台詞に、毎度の事ながら、友人は思いっきり
嫌な顔をした。
春馬のいつもの妄想が始まったと首を振る。そのまま無視して逃げようとすると、春馬は
逃げようとした腕を掴まえて勝手に喋り始めた。
「聞いてってよ。今日の『おめざめテレビ』の占い、おとめ座は電撃的な恋に落ちるらしい
んだって!雷に打たれたれたようなビリビリする恋になるんだよ。俺さー、もうわくわく
しちゃって、どうしよう!」
「・・・・・・分かってたけど、お前馬鹿だろ」
「失礼な」
「そうじゃなきゃ病気だ。大体この世の中に何万人のおとめ座がいると思ってんだ?そいつら
まとめて全部雷に打たれて死ぬのか」
「死ぬんじゃないって。恋に落ちるんだって」
「あんな『ど素人』が作った占いに踊らされるなよ、馬鹿」
「なんでそう言う事いうんだよ。おとめ座の夢をぶち壊すな〜」
「あんな占い当たるかよ。かに座のラッキーアイテム、シャーペンの芯だぜ?ラッキー
アイテムがシャー芯って何よ?どうやったらラッキーになるんだよ。ありえなくね?」
「そういいながら、お前だって見てんじゃん」
「うちはいつも、『おめざめテレビ』が付いてんだから仕方ねえだろ」
友人がそう言ったところで、チャイムが鳴った。
生まれて17年と3ヶ月。春馬は未だ恋という恋をしたことが無い。勿論、恋人もいなければ、
それに伴うあんなことやこーんなことも全くの未知の世界の春馬にとって、常日頃から、恋に
対する憧れと妄想は膨らむばかりだった。
しかも、今日は「電撃的な恋」ときてる。うっかりしたら感電死でもしてしまいそうな程
しびれる恋なんて、想像しただけで鼻血が噴射しそうになった。
(やばい。やばい・・・・・・緊張しておなか痛くなってきそう)
春馬は半分にやけてる顔を机に突っ伏して隠すと一人でぶつぶつと呟いた。
(・・・・・・電撃的な恋って、どんなんなんだろ〜。すげーシチュで恋するとか?いきなり告
られるとか。ま、ま、まさか、いきなりチューとかしちゃう?それ、やばくね?)
大丈夫、ありえないから。脳内を覗いた友人なら100パーセントの確率でそう突っ込まれ
そうなことを春馬は延々と考えている。
その間に1限目の物理の教師が教室に入ってきて、騒々しい生徒たちに大声で注意した。
『はい、席すわれー。物理の授業始めるぞ』
物理の教師は実験器具を教卓の上に並べ、出席簿を開いている。騒がしい教室は相変わらず
そのままで、春馬は教師が来たことにも気づかず未だ妄想の中を泳いでいた。
(・・・・・・まてよ?電撃的ってことはしびれちゃうってことだろ?ビリビリしちゃう恋って
ひょっとして、すごい危ないってこと?人妻?不倫?不倫か・・・・・・ハードル高いな〜
でもなあ・・・人妻のいるところって・・・・・・。あ、隣の団地の若奥様だったりしちゃったり
しちゃうって?うわぁ、団地妻。洗濯屋さんか!エロい!)
お前はどこの昭和っ子だ。やっぱり友人から突っ込まれそうな妄想は続いていて、教師が
実験について説明してることなんて春馬の耳にはさっぱり入ってきていない。
『今日から電気の分野に入るけど、まずは、みんなに電気と親しくなって貰うために、
静電気の実験するからなー』
『せんせー、実験って何なの〜』
『みんなに静電気を体験してもらう』
『え〜やめよーぜ〜』
『教室のみんなで手をつないで、ひとつの大きな輪を作ったら、そこに電気を流すからな』
『やだー!それ、ちょーいてぇヤツだろ!』
教室中が実験を聞いてざわついている。けれど、春馬はお構いなしだ。
(いやいや、まてまて。そもそも、ビリビリな恋の相手って誰なのって話だよな。うちの
クラスは・・・・・・理系で男ばっかりだし、隣のクラスのあのチョー可愛いアオイちゃんとか?
アオイちゃん、ぷにぷにで気持ちよさそうだもんなー。ぐふっ。それともまさかの内山先生
とか?!年上か〜。内山先生、いくつなんだろう)
何故だか春馬の頭の中はハーレムになっていて、恋の相手がわんさかと春馬の周りを取り
囲みながら、妄想の中で春馬を『わっしょい』していた。
(きゃっ、ちょー照れるっ)
誰か春馬の脳みその中に入り込んで突っ込んでやってくれ、と友人でなくても突っ込みたく
なる春馬の妄想はまだまだ続いて、そろそろ溢れ出しそうになっている。
『春馬!・・・・・・おい、春馬!』
馬鹿も極めりと言わんばかりの妄想の大河から現実に引きずり戻したのは前の席の友人だった。
「春馬!馬鹿!は・る・ば・か!この春馬鹿!」
春馬鹿とは春馬と馬鹿を合体させたらしい春馬のあだ名だ。
「は?」
「は?じゃねえよ、さっさと手繋げ」
「何で?」
「何でじゃねえよ、お前全然話聞いてないだろ」
「何が楽しくて、お前と手なんて」
「いいから、さっさと手出せ」
友人が手を差し伸べてくる。春馬は友人の手を見詰めた。そして沸騰した脳はある結論に
達した。
(も、も、もしかして電撃的な恋って、そういう事!?)
友人だと思っていたヤツからの告白。春馬は、「まさかの展開?!」と思いながら恐る恐る
その手を取った。
「どうか、俺の勘違いでありますように」
告白されたら、やっぱりごめんなさいって言うしかない。だって、こいつは長年の友人で
恋愛の対象にはならないのだ。
「すまん、お前の淡い恋心をずたずたにして。恨むなら、俺の魅力を恨んでくれ。だけど
お前の気持ちだけはちゃんと聞いてやるからな」
「は?春馬、何言ってんだ。それに、俺と両手つないでどうすんだ。右手は澪と繋げよ」
「澪と?」
いきなり、後ろの席の澪の名前が出てきて春馬はぽかんと友人を見た。勿論、春馬には実験
のことなど全く理解できていないし、今教室中が手を繋ぎあって一つの輪を作ってることなど
目に入っていなかった。
「澪と手ぇ繋がなきゃ輪にならんだろうが!」
「何でそこで澪の名前が出てくるんだよ。俺は今からお前の告白を真摯に受け止めてやろう
と思ってんのに」
もはや、心の声は表に出まくっているが、友人は春馬が初めから頭が弱いと思っているので
あまり気にも留めず、早くしろと急かしている。
周りは既にみんな手をつないでいて、繋がってないのは春馬と春馬の後ろの席にいる澪の
ところだけだった。
「準備はいいかー、電気流すぞ」
教卓で教師が電気を流した。一瞬教室が緊張したが、すぐに拍子抜けした。
「あれ?・・・・・・誰だ、繋がってないやつは?!」
「澪と春馬ー!」
前の席の友人が声を上げる。
「お前ら早くしろよ」
「おーい、また春馬鹿か。せっかく覚悟してたのに」
クラスから非難の声が上がるが、クラス史上最大級の勘違い野郎、春馬は未だに自分の
妄想に囚われていた。
がっしり両手を友人の手に絡ませたまま、
「どんとこい。お前の気持ちだけは受け止めてやるから」
などと口走っている。
友人は春馬の説得を諦めて春馬の一つ後ろの席の澪を呼んだ。
「おい、澪!さっさとこの馬鹿の手を繋げ」
けれど、肝心のもう一人も物理の実験などそっちのけで上の空だった。片手は後ろの席の
友人に無理やり繋がれているが、もう片手は頬杖を突いたままで空を見ながらぶつぶつと
呪いの言葉のように何かを呟いていた。
「おい、澪ってば」
澪の更に後ろの席のクラスメイトも呆れながら声を掛けるが、春馬と澪を繋ぐ回路は一向に
作られる気配が無かった。
「お前ら、さっさとしろ!」
電気回路を繋げたのは教師だった。
「なんだ、お前ら仲悪いのか?」
つかつかと歩いてきたかと思うと、春馬の首をぐりっと180度回転させ、澪の頭を引き寄せ
二人の顔を近づけたのだ。
「手繋つなぎたくないなら、デコでもくっつけてろ」
教師が言った瞬間、二人とも現実に戻ってきたのか、身体にかかる力が変わり、ぶつかった
のはデコから下にずれたところだった。
「え?澪?ええ?!」
「え?何??」
なんで・・・・・・何で澪と!!
そう思った瞬間、電撃が二人を・・・・・・いや、正確にはクラスメイトを襲った。
「ああああっ!!!」
「ぎゃあっ」
「うぎゃあ!」
「いてぇ!」
クラス中で悲鳴が起きる中、春馬と澪の間にも雷に打たれるような衝撃が走った。
「いって〜〜〜〜〜!!!!」
「痛い!痛い!!」
気がつくと二人とも唇を押さえてお互いの顔をガン見していたのだった。
電撃的な恋ってそういうことだった、のか。
――>>side――澪
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