なかったことにしてください  memo  work  clap

物欲の天使さま




30畳を超えるLDKに真っ白のクロスが眩しい新築のマンションを目にして、梶は鼻から息が
漏れた。
「この行動力と財力こそ社長って感じ?」
「だろ?いきなりマンション買ってんだもん、あんな安アパートで満足してた巽樹がこんな
マンション買うって、俺だってびびるわ。そういえば昔、梶から『巽樹があんなマンション
に住んでるのは女に注ぎ込んで金が無いからっていう噂がある』って聞いたけど、実は
がっぽり溜め込んでたんだなあ……」
隣で新品のソファに身体を埋めながら壱琉も軽く溜息を吐いた。
「だから、何度も言ってるでしょ。老後の資金だって。そろそろ終の棲家持ってもいいかって
思ったからさ」
「だからって普通、マンションをキャッシュで買わないよな?」
壱琉が梶に同意を求めると、梶は少々複雑な顔を作って頷いた。
「巽樹はがっつり溜め込んでたんだよ。イザって時のために」
『壱琉の為に』とぶっちゃけてしまいたい衝動を抑え、苦笑いで壱琉に返す。
「社長って儲かっていいよなあ」
「壱琉だっていいじゃん。ただでこんなトコ住めて」
それを振ると、壱琉は少々機嫌を損ねた。
「全然よくないってーの!こんなん軟禁だよ?買い物も駄目。デートも駄目。ネットも
駄目。キャッシュカードは没収だし、そのくせ働けって会社まで送り届けられるんだぜ?
俺、どんだけ信用されてないの!」
「超過保護じゃん」
「言っとくけどね、壱琉だって一流企業で働いてるんだから、普通に生活してれば貯金
だってがっぽがっぽ溜まるんだよ?お前の病気が治った頃にはそれなりに懐を暖かくして
送り出してやろうっていう俺の優しさが壱琉には分かんないかなあ」
「あーあー、それはどうもありがとうございました!……俺、トイレ!」
巽樹の台詞は耳にタコの様で、壱琉はあからさまに逃げるように席を立った。
その姿を見送って、梶はふふんと鼻を鳴らした。
「何をこそこそやってるかと思えば、ちゃっかり同棲に持ち込んでんじゃん」
ニヤニヤと梶に笑われて、巽樹は眉をピクリと動かした。
「大義名分。幼馴染の親友として中途半端に支援した結果招いた今回の騒動に、自分なり
の責任を取ったまでのこと」
「そりゃまた用意周到なことで」
何を言っても梶にはばれているので、巽樹はムキになって弁護はしなかった。それに巽樹
だって下心が全く無いわけではない。どんなタイミングで起こるか想像もつかないけれど
あわよくば、壱琉との関係を変えてみたいと思ってはいるのだ。
けして自分から行動には出さないけれど、壱琉にちょっとでも心の隙があれば入り込みたい
と願ってやまないのだ。巽樹は自嘲気味に呟いた。
「……前進なのか墓穴掘ってるかわかんないけどさ」
「そりゃあ大きな前進じゃないのか?」
「時々思うけど梶って意外とイイ奴だよね〜」
巽樹が感心して言うと、梶は失礼なことを言われてることをサラッと流した。
「俺にデレてどうすんの。壱琉にはあんなに強気なのに」
「好きな子はいじめてみたくなるっていう男の永遠の真理とかかな」
梶は噴出して笑った。





二人の共同生活が始まって2週間が過ぎようとしていた。実際のところ同棲などという甘い
言葉は微塵も無く、淡々とした日々が続いていた。
朝は壱琉を会社まで送りつけ、その足で自分自身も出社し、帰りは自由の利く巽樹が壱琉
の残業にあわせて一緒に帰宅するという、聞く人を間違えればなんて甘い生活なんだと
突っ込まれそうな状況だったが、壱琉は自分が「管理されている」という感覚が強く、巽樹
の淡い気持ちをキャッチできるような状態ではなかった。
しかし、2週間経ち漸くその生活に身体が馴染み始めると、壱琉の心に欲が生まれ始めた。
3ヶ月前、恋人から別れを切り出され心はささくれた。それを埋めてくれたのは買い物と
数人の友人。彼らは壱琉をときに茶化しながら慰めてくれたのだ。――身体で。
その友人にも半分騙されたようなもので、壱琉は巽樹に助けられた。
巽樹には感謝している。感謝しても仕切れないほどの恩はあるし、親友、幼馴染として
申し分の無い人間だ。
だけど、それでは満たされないのだ。だって、巽樹はノンケだから。
乾き始めた身体を沈めてくれる相手が欲しい。心なんてなくてもいいから、欲のはけ口
だけでいいから、壱琉は夜中にこっそりトイレでする行為に一人寂しくなっていた。
そんな壱琉の心情を巽樹は察してはくれず、相変わらずがっちりと管理された日々を送って
いた。
入浴後、悶々とした気持ちを抱えながらソファに埋まってテレビを眺めていた壱琉は、風呂
から上がってきた巽樹があまりにも爽やかに見えて思わず愚痴をこぼした。
「巽樹って不満とかないの?」
「何、いきなり」
「なんでいつもそうやって余裕こいて生きてられるだよ。社長だしセレブだし、金はがっぽり
稼いでて、女だって選びたい放題……不満なんて一ミリもない生活だろ」
「壱琉、隣の芝は青いって言うんだよそれ。もう管理生活に根をあげ出した?」
「だって軟禁だろこれ!巽樹に軟禁されて買い物も外食もデートも駄目。なあ……デート
が駄目ってことは、友達に会うのも駄目ってこと?」
「別に壱琉のこと軟禁してるつもりは無いけどね。お金の制限してるだけで。友達に会う
くらい好きにすればいいよ……って言いたいところだけど、会いに行った拍子に羽目外して
買い物に走っちゃうと困るしなあ。そんなに会いたい友達がいるなら、ここに来てもらえば
いいんじゃないの?」
巽樹が言うと壱琉はふんと鼻を鳴らした。
「ここに!?マジで?ありえないでしょ」
「友達くらい……あ、管理生活がばれるのはプライドが傷つくとか?」
「そんなんじゃない。俺の依存症はばれてるし、今更だってーの。……俺が言いたいのは
そうじゃなくて……」
一瞬、ん?という表情を作った後、巽樹はああという声を出した。
「お友達って、下半身のお友達って言う意味ね。はいはい、それは勘弁してください」
「だよな。流石の巽樹だってゲイのセックスなんて聞いただけで卒倒しちゃうだろ」
「そういう意味じゃないけどね」
自分の好きな相手とどこの馬の骨とも分からない男とのセックスを自分の城で許せるほど
巽樹には許容量はない。そんなことを考えただけで嫉妬で狂いそうになる。
「大体考えてもみなよ。しっぽりやってる最中に俺が帰ってきちゃったりしたら、気まずさ
100点満点でしょ?」
「まあな。……っていうわけで、お友達と外で会うのは制限すんなよ!」
勝ち取った表情で壱琉が宣言すると巽樹は憮然として首を振った。
「駄目だな」
「は?」
「許可はできない」
出来るはずがない。他の男とセックスしに行くのをニコニコしながら見送れるか。
巽樹は組んだ腕の中の拳に力を込めた。
「はあ!?なんでだよ!ここで会うのも駄目、外に行くのも駄目!俺の相手誰がしてくれ
んの?!永遠に一人でマス掻いてろって?自分は好きなとき好きなだけやっといてさ。
……巽樹は俺の事半殺しにでもするつもりか!!」
恨みながら壱琉に睨まれ、俺なんて生殺しだよ?と喉元まで出た台詞を巽樹は飲み込んだ。
「買い物も出来ない、セックスも出来ない、俺のストレスのはけ口全部奪って、巽樹は
そんなに俺を苦しめたい?」
プライベートの殆ど無い生活だから確かにストレスにはなっているだろう。
売り言葉に買い言葉、巽樹は壱琉の心の隙に入り込むことにした。
口角をくいっとあげて、皮肉な笑みを浮かべる。
「そんなに言うなら性欲も管理してやるよ」
「巽樹!?」
「壱琉のこと全部管理するって言ったの俺だし。責任とってやるって」
突然の巽樹の提案に壱琉はひどく驚いていた。数十年幼馴染で親友と思っていた男から、
性処理の相手をしてやるなんて提案される日が来るとは夢にも思っていなかったからだ。
「たっ、巽樹、ゲイじゃないだろ!!」
「うん」
「……」
「ああ。確かに、ケツ貸すのは無理だなあ。お前どっちなの?」
「……どっちでもいけるけど」
「じゃあ、ケツ出せ。そしたら抱いてやる。入れるだけなら、女と大して変わらんでしょ?」
「すっごい乱暴な言い方」
乱暴な言い方でもしなければ自分の本心を見破られてしまいそうで、巽樹はあくまで恋愛
感情などないというスタンスを貫こうとした。
本当は感情の赴くままに壱琉を抱きしめて愛を囁いて大切にしてやりたい。そういう欲求
はちゃんとあるのに、巽樹はそれを全部封印しようとしている。
今更壱琉に何て言える?
壱琉に好きなんて伝えたら、壱琉は裏切られたときっと思うだろう。感情なしても繋がれる
のなら、そっちの方がマシだ。
「するの?しないの?」
壱琉は何かを一生懸命考えて、頭を抱えて暫く固まったかと思ったら、ふっと顔を上げて
巽樹を見た。その顔はニヤとした笑いを作っている。
「……しても、いいよ」
心の中でガッツポーズを作る。と同時にちくりと痛みが走った。身体だけの関係をどこかで
歓迎して、どこかで否定している。巽樹は心に小さな感傷を抱えたまま、「友達」の道を選んだ。
「よし。分かった。じゃあケツ出せ」
わざとらしく乱雑に言うと、壱琉も笑った。
「まあ、してもいいけど、ケツ出せってその言い方どうなん?巽樹即物的過ぎ」
「じゃあ、壱琉はどうやって友達誘うの?恋人と一緒とか?」
「そりゃあ多少は違うけど。やるだけが目的のヤツと恋人だし。あ、でも基本的にやる
こと変わんないか」
巽樹は前の彼女の顔を思い出して、一緒のこと出来るか想像して笑った。
「壱琉がちっちゃくて可愛い女の子なら、優しく撫で撫でしながらしてあげてもいいけど、
絵的に微妙じゃない?」
「いらん、いらん、そんなオプション」
笑いながら流すが、壱琉にもほんの少しの好奇心があった。親友の巽樹がどんなセックス
をするのか、友人として興味があった。巽樹とはあまりシモネタを交わさないから、とっても
クリーンなセックスでもするんじゃないかと想像して心がくすぐったくなる。
「……何か変な感じ」
「まあ、多少は変な気分にもなるよね。あ、俺さ男初心者だから、優しくしてね」
巽樹が手を差し出して言うと、壱琉はその手をぺしっと叩いた。
「入れようとしてる男が何を言うか。巽樹、無茶すんなよ」
「はいはい」
二人はベッドルームへと消えていった。





壱琉にはやはり恋愛感情など一つもないのだろうなあと巽樹は、壱琉のぬぎっぷりを眺め
ながら思っていた。
ベッドの上で真っ裸になって寝転がっている壱琉に恥じらいの言葉は似合わない。滑らかな
背中と小ぶりのお尻が巽樹のテンションを上げていく。手を伸ばしてすべすべしてみると、
くすぐったいといって壱琉が身体を捻った。
「止めろって〜」
そういう壱琉も声がいつもより艶かしい。そう感じるのは巽樹補正が入ってるからだろうか。
「ねえ、こっちも見せてよ。壱琉って身体もそんなに大きくないし、華奢だけど、ココだけは
意外とでかそうなんだよね」
「はぁ?……Tシャツ着込んだままでやろうとしてるやつに見せられるか」
「じゃあ、見せっこしてみる?」
そういうと壱琉は爆笑した。
「どこの小学生の発想」
「考えてもみなよ。壱琉の裸見たの小学校の修学旅行以来だ。そりゃあ発想も小学生になる
ってもんだ」
巽樹も「好きな人に見せる恥じらい」なんて言葉はかけ離れた言葉で、あっという間に全裸
になって、壱琉の前に立ちはだかった。
既に半勃ちになっていて、巽樹の興奮が漏れ始めている。下手に隠すよりは堂々としていた
方が疑われないと思って巽樹は何事も無いようにベッドの上に並んだ。
「どうよ?」
「予想以上……」
「壱琉って俺のココ想像したことあるんだ」
「いやらしい意味じゃなくて、普通にでかそうって思ってた。それだけだよ。何でもかんでも
男を見たら欲情するなんて思うなよ?!」
「じゃあ今は?」
壱琉の身体を引き寄せて、巽樹は壱琉のペニスを覗き込んだ。
こちらも巽樹の想像通り、意外とでかいペニスが勃ち上がっていた。
巽樹は我慢できず、思わずそこに手を伸ばしていた。
「はうっ」
突然自分のペニスを握り締められ壱琉は腰を引いた。けれど巽樹の大きな手からは逃げ
切られず、巽樹の手の中でゆるゆると小さな刺激を受け壱琉のペニスは大きくなった。
「今はどうなの?」
「ああっ……巽樹、急に、擦るなって……!」
上がる息と徐々に上がっていく体温に、巽樹の理性も薄れ始めていく。もっと大胆に壱琉
を攻め立てたくなる。自分のテクで溺れさせてみたい、自分の下で喘ぐ壱琉を見たい、欲望
はどんどん大きくなった。
「で?」
「で?って?……あうっ」
「感想ないの」
「……想像通りの有能そうなちんこと、有能な手技だな」
「上げてる?下げてる?」
覗き込むと、目の周りを赤くして濡れそぼった瞳で壱琉が吼えた。
「むしゃぶりつきたくなるっていってんの!さっさとさせろ」
壱琉は巽樹の立ち上がったペニスに手を伸ばすと、そのままがぶりとかぶりついてきた。
「うぐっ」
巽樹の目の後ろが小さくスパークした。





――>>next




よろしければ、ご感想お聞かせ下さい

レス不要



  top > work > 短編 > 物欲の天使さま4
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13