憑いてる☆☆彡1.神様は船に乗ってやってくる?
雲海を遥か下方に見下ろし、一層輝く光の中に、その大きな神殿はそびえたっていた。
どこからともなく鳴り響く弦楽は雅で、神々しい方々のお住まいに花を添えている。
さて、ここに神殿から伸びだ橋の上を小走りで渡る小人がいた。彼は優雅でゆったりとした
時の流れに逆らい、ここから一時でも早く逃れようと必死で平静を装っているようだった。
(よし、これでアヤツに会わずに……)
わずかに零れた笑みを拳て消していると、突如、後ろから白装束の襟首を引かれ、小さな男
はひっくり返りそうになりながら声をあげた。
「何を……!?」
驚いて睨み返すと、そこには懐かしく、そして憎らしい顔があった。
「久しぶりに『こちら』に来て、素通りとは、どういう了見だ?」
「……わしはヌシに用があったのではない。挨拶する通もない」
「つれないの。長年連れ添った私とお前の仲だというのに」
「……わしはヌシの淫蕩さにホトホト嫌気がさしたのだ。もうわしにからむな」
「ほう。私はお前のことを想ってこんなにもやつれてしまったというのに?」
「どの口がそれを言うか。ヌシの奔放ぶりはあちらからでもよう見えておる。ヌシはわし
がいなくてもさほど困ることはあるまい。わしは早くかえりたいのじゃ。そこを通せ」
小柄な男が大男の脇をすり抜けようとすると、男は細く白い手首を引いて真っ赤な欄干へ
とおいやる。
「そんなに私を邪険に扱うと言うのであれば、私にも考えがある」
「考え?」
大男はにやりと笑って遠くを見つめた。そして、懐から出した手を相手の前に広げて見せた。
「わしの宝珠!!」
驚く小人を尻目に、大男は楽しそうに掌で輝く珠を見つめた。それは白くまばゆく光り、
見るものを暖かくさせる不思議なオーラを放っていた。
「この、盗人めが!!」
「やはり、いつ見ても綺麗だな」
「かえ、せ……」
小人は手を伸ばすが力にねじ伏せられ、身動きが取れない。苦しそうに喘ぐ姿を見下ろして
男は嬉しそうに頷いた。
「苦しいか?やめてほしいか?」
「ヌシ……一体、なに、を……」
小人の瞳に光るものが浮かぶと、男は漸くその体を解放した。
「うぅ……」
反動で倒れた体を起こすと、大男は掌を口元まで引き寄せて光りに向かって深く呼吸をしていた。
「何を……!!」
「さて」
男は両手で光りを包み込み、一度光りのエネルギーを遮ると、下界を眺めた。
「ふん。あそこがよい」
そして狙いを定めると、掌に思いっきり息を吹きかけたのだ。
キュイーンと耳を劈くような不快な音がなり、珠は回転をはじめる。
「ああ、止めよ……止めっ……」
男は小人の静止を振り向きもせず、再びふっと大きな息を吹きかけた。と同時に回転した
珠は文字通り光りの速さで一直線に吹き飛ばされ、あっという間に下界に消えていった。
「ああ!!」
「彦の宝はどこへ消えてしまったかな」
「おのれ、おのれ……!!」
小人は光りの消えた方向をにらみつけたまま、行く道を走り出す。途中振り返えると、怒りに
満ちた目で大男に叫んだ。
「この仕打ち、1000年忘れぬ」
「はは、よいよい。行って参れ」
この大男と過ごした古き思い出は、心の底から噴き出してくる憎しみでドロドロと溶けて
しまいそうだ。しかし、それをけし掛けた当の本人は楽しそうに笑って見送ったのだった。
寝ぼけ眼をこすりながら、リビングに降りていくと、両親がせわしなく働いていた。
「おはよう、大地」
「……はよ。なんかあったの?」
リビングのソファに埋もれると、父親がまじめな顔で言った。
「神様の緊急避難」
「は?」
「最近、ここらで神社荒らしが出てるだろ?うちの社も昨晩鍵が壊されてな。とりあえず
御神体を蔵に避難させてるんだ」
「社荒らしねえ……いいの?ご神体って勝手に動かして」
「よくない。でも盗まれるよりマシだ」
「そういうもん?」
「おい、大地、お前、蔵の中絶対触るなよ」
「はいはい、触んないよ。てか、蔵とかマジ行かねーから」
大地がソファに寝転がって再び惰眠を貪ろうとしていると、母親が床に落ちたクッション
を腹に直撃してくる。
「ほら、学校遅れるよ」
「へぇい……」
窓の外を見れば、隣接する神社の鳥居が朝日を浴びてキラリと輝いて、大地の瞳をくすぐった
のだった。
天野大地は「大国神社」の隣家の息子だ。神社が隣にあるからと言って、神主の家系ではないし
神頼みはするが、すがった神様がどこの誰ともわからないような神様音痴だし、スピリチュアル
的な何かを感じたことも自分が持っているとも思ったことのない無宗教者だ。
ただ、隣に神社がある、育った環境がそれだけのことで、あとは一般市民と変わらない、
バカでエロで即物な標準男子高校生だ。
昨日だって勉強そっちのけに、好きな子とのエロい願望をむき出しに思うが儘、欲情を
吐き出して、ゴミ箱をティッシュの山にして満足して眠りについた。好きな人を自分の欲情
で汚すことなど、少しの罪悪感もない。むしろ想像なのだから何をしても許されると開き
直っている。その姿が神社の祭壇に丸見えでも大地は一向に恐れることもなく、ただ毎日を
三大欲を満たすように生きてきた。
そんな大地の日常が少しだけ変わったのは、国語の教師だった父親の一言だった。
父親はある日突然
「俺はやっぱり、大国さんが心配だから、神主になる」
と言って、国語の教師を辞め神官さんになってしまったのだ。
当時は「おやじ血迷ったか」と驚いたが、後々聞けば、村で大国神社を世話する人がいなく
なって、仕方なく父親が手を挙げたということだった。時々、近所のじいさんばあさん連中
から「ありがたい英断じゃ」と褒められるが、大地にとってはさほど興味のないことだった。
大地にとって栄光なんて何の欲も満たしてくれないからだ。
「なあ大地?」
「何だよ」
「ほんとにここにあるのか?」
「知るか。母ちゃんに聞いたら蔵ん中っていうから」
大地は作業の手を止めて親友の顔を振り返った。大地の家の蔵に入ってかれこれもう30分以上
探し物を続けている。
「大体誰なんだよ、体育大会の応援合戦に巫女やるなんて言ったの」
「綾瀬だろ」
「くそ、あの馬鹿が」
「だけど、巫女衣装あるって言ったの大地だろ?」
「俺じゃねえよ。隣の女子が、俺のとこならあるだろって」
大地は埃だらけになった頭を掻きむしり、額に浮かんだ汗を飛び散らせた。
大地の父親が神主になってから、天野家の蔵は急激に神社用品でいっぱいになり、お祭りの
衣装だの、道具だのがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、そこに今まで眠っていた大地の古き思い
出のおもちゃは、あっさりと処分されてしまった。
処分されるまで存在すら忘れていたものだし、高校生にまでなって、子供の頃のおもちゃ
など興味もないが、自分の思い出よりも大切にされる神事に、大地は少し複雑な気分に
なったものだ。
「大地の隣って……ああ、樋口か。あいつ、お前に気があるんじゃね?」
「マジで?やられせくれると思う?」
「お前のその本性を隠して、ジェントルマンを装いつつ、3か月我慢したらやらせてくれる
んじゃない?」
「なげーよ。待てねえもん」
「どエロか。……てか、ホントに巫女の衣装あるの?」
大地は友人の塔矢を振り返って
「うるせ、同類」
と軽口を返すと、次の戸棚を開けた。
「確か、神楽で使う練習着みたいなんがあんだよ。汚れると困るから練習するときはそれ
着てやんの。おやじがそれなら貸してくれるっていうから」
「へえ」
「でも、それ中学生女子用だぜ?男が着たら……」
キモっと一言叫んで大地はまた手当たり次第蔵の中のを探し出した。
しばらく二人で巫女の衣装を家探ししていると、戸棚の影から塔矢の驚く声がした。
「ねえ、大地」
「あ?」
「これ、なに?神様いるんだけど?!」
声の方に顔をだすと、塔矢が驚いて指をさしていた。その先には即席の祭壇があり、そこ
だけ厳かな雰囲気を醸し出している。
「あ、やべ、説明するの忘れてた」
「何?」
「神社荒らしが出てるらしくて、オヤジが御神体っていうの?あれを蔵ん中、移したんだ。
くれぐれも神様は、触るなって」
「俺たち蔵ン中荒らしまわってるよ」
「まあ、この辺触んなきゃいいだろ。さっさと探して帰ろうぜ」
「そだね」
高校生たちが祭壇に背を向けた瞬間、わずかに祭壇に置かれた「何か」が揺れた気がした。
塔矢はそのまま衣装を探し始めたが、大地はふと気になって振り返った。
見ると、動いたと思われたものは奇妙な色の球体だった。大地にはそれが祭事にどうやって
使うものか想像もつかなかったし、その球体が何でできているかもわからなかったが、妙に
吸い込まれてしまい、気が付いた時にはその球体を手に取っていた。
「……俺、何してんだろ」
両手で持て余したところで正気に戻り、祭壇に返そうとすると、大地の手の中で球体が
ぼうっと光った。
「なっ!!!」
「何?大地どうしたの」
「い、今、光った!!!」
「え?」
「こ、これ!!ほら!!」
「なに、何なのこれ!?」
「わっかんねえ。これが祭壇にあって、勝手に動いたきがしたから、気になって」
「触っちゃだめじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ」
「さっさと返したほうがいいんじゃないの、こういうのって」
「だよな」
大地が震える手で祭壇に戻そうと、手を伸ばした瞬間、大地の手から球体が転がって
床に落ちた。
「やべっ」
追いかけるや否や、球体は更に光度をあげ、小さな爆発を起こした。
「うわああああ!!」
「ええええ!?」
ぽん、と音がしたかと思うと、中から大量の煙が噴き出し、大地達は目を覆った。
「な、な、なんなんだ」
「大地……大地、見えない……!どうなってんの!?」
「俺も、わけわかんねえ」
二人は真っ白い世界で、手探りにお互いを探し当て、自然と肩を寄せ合っていた。
この状況をどう説明したらいいのか理解できないでいると、頭上から声が降ってきた。
「あ〜〜〜〜、助かったようじゃの」
「!!」
「!?」
「ここから出してくれたのは、おぬしたちか」
「え?何?なんのことなん!?」
「今は先を急ぐゆえ。また改めて礼にあがろう」
「はい?」
それだけ言うと声は消え、辺りも一瞬で元の世界に戻った。残ったのは肩を寄せ合い、
震えあっている男子高校生が二人。
お互い顔を合わせるとばつが悪そうにもじもじと離れた。
「あれ、なんだったの?」
「わっかんねぇ……」
「何か、解放してあげちゃったみたいだよね」
「なあ、塔矢、やばいと思う?」
「大地が分からないものを俺がわかるわけないじゃん」
「……ま、いっか」
「え?いいの」
「とりあえず、ここで起きたことは内密の方向で」
「はは、了解」
「早いとこ、衣装見つけて外出ようぜ」
まもなく、大地たちは巫女の練習着を見つけ出し、蔵に鍵をかけると、何もかも忘れる
ように帰っていったのだった。
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