なかったことにしてください  memo  work  clap




「太陽君。はい、これ」
目の前の男から手渡された箱に古川太陽(ふるかわ たいよう)は戸惑いを隠せないでいた。
綺麗にラッピングされた箱は太陽の手の中で行き場を失くしている。
「なんですか、これ・・・」
「何って誕生日プレゼント。太陽君、今週で19になるんでしょ?」
「店長さん、覚えててくれたんですか!?」
太陽が驚いて目の前の男を見下ろすと、店長と呼ばれた彼はニコリと笑って頷いた。
「勿論。だって太陽君はうちの大切な常連さんだからね」
「じょ、常連って言っても俺、店には来ても言うほど靴買ってないし・・・」
「お客様はね、こうやってお店に来てくださるだけで大切な神様なの。特に太陽君みたいに
若くて、背が高くて、かっこよくて、もてそうな子はね」
お世辞も言いすぎだと太陽は思う。目の前で営業スマイルを振りかざしている男の方が自分
より遥かにかっこよくて魅力的だ。
「店長さんはそうやって煽てて俺に新しいスニーカーを買わせるつもりなんだ」
「うふふ」
店長は笑顔を崩すことなく太陽の肩を叩いた。



 メインストリートから一本外れた通りにその店はある。スニーカー好きが高じて思わず
店を開いてしまった男が経営するスニーカーショップだ。
 店長と店員が1人しかいない小さなその店も、規模の割りにそこそこ繁盛しているのは、
店長の人格というか性格のおかげだろうと太陽は思う。
 太陽がこの店に通うようになったのは些細なきっかけだった。
去年の夏、太陽は受験勉強で塾に通うために田舎から1週間だけこの地方都市に出てきた。
太陽の実家は半島の先っぽにあって、ここまで来るのに自転車やら電車を乗り継いで3時間
近く掛かる。
 太陽は典型的な田舎の少年だ。田舎のスニーカー好きの高校生だった。太陽に言わせると
「大都会」のこの街で、行き交う人の靴を眺めていたところに現れたのが店長だった。
 そうして偶然店長に出会い、店長の履いていたスニーカーを追いかけているうちに
店まで辿り着いてしまったのだ。その際、店長にはストーカーと勘違いされるという不名誉
なオマケまで付いてきたのだが。
 だが、事態は太陽の思い描いていた方向とはまるで別の方向に進んでいった。
 太陽はそこで、ビナデルマーというアディダスの復刻版スニーカーを貰うかわりに、有無
を言わせず太陽のファーストキスを奪われたのだ。勿論その店長に。
 それ以来、太陽の頭の中にはこの店長の顔が消えなくなっている。まるで好きな女の子
を思い出すように店長を思い出す。しかもそれは受験勉強の原動力にまでなった。
太陽は店長の顔を思い浮かべては死に物狂いで勉強し、この街の大学に進学を決めて
しまった。そしてこの春、この街に越してくると同時に太陽はこの店の「常連」となったのだ。
 そんな不純な動機は誰にも言えない。自分自身にも言い訳しなくてはならない非常識な
思い。けれど店長に会うたび、こうやって優しく微笑みかけられる度、太陽の心は店長へと
確実に引っ張られてしまっている。

「ねえ、それよりも開けてごらんよ」
「あ、はい!」
太陽は店長に促されるまま手にした箱を開けた。
「あっ」
太陽は箱を見て顔を上げる。店長はニコニコと笑ったままだ。
「早く、開けてごらんよ」
はやる気持ちを抑えて、箱を開けると中から出てきたのはピカピカのスニーカーだった。
「オニツカタイガー!」
「太陽君、前に『メキシコ』のローカットとハイカットで悩んでたでしょ?」
それで、結局その時太陽が購入したのはメキシコ66というローカットのスタンダードモデル
だった。
「メキシコ66買った後も、ずっとこっちも気になってたみたいだから。どうかな?足の
サイズはぴったりだと思うよ」
「ホントに貰ってもいいんですか!?」
太陽は目を輝かせていた。店長に言われるまでもなく、太陽はずっとこっちのモデルも気に
なっていたのだ。
「もちろん。気に入ってくれるとうれしいよ」
「店長さんは、なんで俺欲しいスニーカーがわかっちゃうんだろう・・・」
こみ上げてくる喜びに太陽が呟くと、店長は太陽の顔が更にニヤけるようなことをサラリ
と言う。
「太陽君の事は、何でも知ってるつもりだからね」
太陽は嬉しくて何度も店長に頭を下げた。




「そんなことは、ここで店番してれば誰だって分りますよ」
そんな2人に水を差すような言葉を発したのはこの店の店員だ。
「並木君」
並木と呼ばれた店員は、呆れた顔つきで太陽を見た。
「大体、古川君は分り安すぎるんだよ。欲しいスニーカーがあればそればっかり手にとって
眺めてるし。そんなに欲しいならさっさと買ってくれよ」
「こらこら、お客さんになんてこと言うの」
「そのお客さんに公私混同してるのは誰ですか」
「あ、あの・・・すみません・・・」
「いいの、いいの。気にしないで。並木君は別のことで怒っててただの八つ当たりだから」
「八つ当たり・・・?」
「八つ当たりなんかじゃないですよ!間違いなく古川君の所為です」
「俺・・・?」
太陽が不審な顔をして並木を見上げた瞬間、店の奥の方からパンパン、と何かが爆発する
ような音がした。
「?!」
驚いて回りを見渡す太陽に、並木は溜息を漏らす。
「ほら、まただ」
「な、何なんですか、この爆発。それが俺の所為なんですか?!」
「太陽君は気にしなくていいよ」
店長が笑ったまま太陽を制するが、並木はそんな2人に食ってかかった。
「いんや、気にしてください!」
「並木君」
「この際だから、ちゃんと言っておきますよ。爆竹だよ、この音は。先月辺りからずっと
続いてる。店の後ろにある郵便ポストやら、玄関に向かって投げ込まれてるの」
「爆竹?!いたずらですか?!」
並木は怒ったままの顔で太陽を見た。
「古川君、君、店長がストーカー被害に遭ってるの知ってるよね?」
「・・・・・・」
太陽は一番初めに店長と遭遇したときに、ストーカーと間違えられている。
「君がこのお店に通いだしてから、その手口がどんどんエスカレートしてるの!この前
なんて店の商品に傷つけられたんだからね!―――店長もちゃんと自覚してくださいよ。
ストーカーに見られてるんだから、特定のお客さんと仲良くしてたら、余計にストーカー
の気持ち煽るだけですよ」
もう一度溜息を吐かれて、流石に太陽も他人事ではいられなくなってしまった。
「ストーカー被害ってそんなひどいんですか」
「電話に手紙なんて毎日。それだけなら可愛いもんだけど、店長が相手にしてくれないと
分ると今度は嫌がらせ―――破壊行為に走り出して・・・郵便ポストなんて今年に入って3つも
壊されてる」
「ほ、本当なんですか?」
「うーん、まあねえ」
当の本人はそれほど深刻にはなっていないようだが、太陽は不安がよぎる。店長の身に
もしもの事が起きたら、そう考えると心がざわめいた。
「その被害エスカレートの原因は間違いなく古川君。君なんだからね。店長が君と仲良く
してるのを、多分ストーカーも見てる。君が暢気にお店に来ること自体、ストーカー行為
を助長してるんだから」
「並木君、それ言いすぎだよ。僕はそんなに困ってないし。太陽君は大切なお客さんなんだ
から、そんな敵意むき出しに責めなくてもいいじゃない」
「店長がぬぼーっとしてるから、オレが言ってるんですよ!」
「ひどい言われようだなあ・・・」
店長は茶化して言うが、確かにこの店長から危機感が感じられない。どんなに深刻な事に
なっても、大丈夫だよなんて笑って言ってしまいそうなのだ。
「その、ストーカーって誰か分ってるんですか?」
店長がバツの悪い声で言う。
「うちの常連さん、だった子かな」
「プラス、店長に好意を持ちまくりだったアホな大学生」
その一言は、まるで自分のことを指摘されている気がして心がえぐられるような気分だった。
(俺も、一歩間違えるとストーカーになり兼ねないかも・・・)





「だって、店長さんにあんな風に微笑まれた日には・・・」
店長の顔を思い出して溜息を吐く。あの日以来なんとなく店には近づけなくなってしまった。
 ストーカー被害がエスカレートした原因が自分にあるなどと言われては、それを無視して
行くわけにもいかなかった。
 それでも、うじうじと悩んで半月が過ぎた頃、店長から「ナイキの新しいスニーカーが
入荷したから見においで」なんてメールを貰ってしまうと、ストーカーのことが気になり
ながらも、嬉しくて店に足が向いてしまう。
 もはや太陽にとってスニーカーを見たいのか店長に逢いたいのか分らなくなっている。
(俺、相当重症かも)
自嘲しながら裏通りに入ると、店の前がなにやら騒がしかった。
 胸騒ぎがして駆けつけてみると、店の前で店長と並木が1人の男となにやら揉めていた。

「だからね、君がしてる事は営業妨害だよ!これ以上おかしなことすると、警察に被害届
だすよ!」
並木は男を羽交い絞めにして怒鳴っている。店長も珍しく笑ってはいなかった。
「お、おれは!店長と話をしにきただけだ!」
「だから、店長は君と話す事なんてないってさっきから言ってるでしょ?君は常連だった
からこっちも我慢してるけど、ホントいい加減にしてくれないか」
男は店長を睨んだ。
「・・・・・・僕に何かするのは構わないけど、うちの商品に傷つける様な事されると、正直困る
んだよね。それとも全部買い取ってくれる?」
店長が切り裂かれたスニーカーを突きつける。
「あなたが、おれに、それをプレゼントしてくれればいい!」
「うーん・・・そうは言ってもねえ」
「・・・・・・だから、公私混同するなって言ったじゃないですか」
並木の呟きは太陽にもはっきりと聞こえた。男は店長が太陽に誕生日プレゼントを贈った
こともちゃんと知っていたのだ。
 まずい現場に来てしまった。太陽は3人から数メートル離れた場所で立ち尽くしている。
「?!」
初めに太陽に気づいたのは羽交い絞めにされた男――どうやら店長を付け狙うストーカー
だった。
 並木が顔を上げて、店長が振り返る。
「あ、太陽君・・・」
「え?・・・うわっ」
並木が太陽に気を取られている間に男は並木から逃れた。そして、並木に殴りかかると、
並木が倒れた隙に店長からスニーカーを奪い取った。
「あ、ちょっと!」
「これで、おれもプレゼントやっともらえたことになりますね」
店長の顔が曇る。
「買い取ってくれないなら、返してくれるかな。僕は君にそれをあげるつもりはないよ」
「あなたが、おれのものになってくれるなら、いつでも返しますよ」
男が店長ににじり寄る。店長は数歩後ずさりして店のドアにぶつかった。


「や、やめっ・・・」
男の手が店長の肩を掴もうとした瞬間、太陽は動き出していた。
「止めろよ」
太陽の手が男の手を払いのける。ばしっと鈍い音がして、男は顔を顰めた。
「ちっ」
「店長さん、困ってるじゃないですか!」
体格は太陽の方が明らかにいい。見下ろすように睨み付けると、今度は男の方が後ずさった。
「迷惑なことしないでください」
「うるさい!お前になんて何が分る!」
腕を振り回して叫ぶ。その腕を太陽が捕まえようと手を伸ばす。しかし、男はポケットから
カッターを取り出して太陽に向けた。
「おれに近づくな!」
手を引っ込めた隙に、男は走り出す。
「待てっ・・・!」
「あ、スニーカーが・・・・・・」
男は切り裂かれたスニーカーを持ったまま逃げ出してしまったのだ。
「俺、追いかけて取り返してきますから!」
太陽はそういい捨てると、店長の制止も振り切って男を追いかけていった。





<<2へ>>




よろしければ、ご感想お聞かせ下さい

レス不要



  top > work > 短編 > 晴れた空に靴を飛ばそう2-1
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13