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天 体 観 測 



「ただね、先輩。この噂・・・前半は本当ですけど、後半は全くの捏造ですよ」
「捏造!?」
一真は驚いて叫んだ。
「そうよ、嘘よ!そんなのは、全部嘘だわ!」
我慢していたものが急激にあふれ出したのか、雛姫の表情は先ほどとは打って変わっていた。
要がそれを肯定するように頷く。
「そう、嘘なんですよ、二股云々のくだりは」
「だけど!!」
一真は食い下がった。要はそれを和らげるような口調で続けた。
「一真先輩は、その噂・・・武田先輩と英恵ちゃんがしゃべっているのを偶然聞いてしまったん
ですよね?」
(あの口調は武田先輩のものだったのか)
驚いたように一真が反応し、そして頷いた。
「・・・偶然、本当に偶然だった。学食で俺が飯を食っていたら、俺の真後ろに並んで座って、
武田が英恵ちゃんに話していたんだ・・・」
「そして、その真相を確かめるために、木久先輩を問い詰めた」
「ああ」
「木久先輩は、肯定、してしまったんですね?」
「・・・こいつは『そうだ、といったらどうする?』、『知らないのはお前だけだ』って」
 そこで、一真は過去と、捏造された今を知った。木久が雛姫と付き合っていたこと、隼人は
それを承知で雛姫と一真を引き合わせたこと。そして、今でも雛姫と会っていることも。
 隼人が頭をガシガシ掻き毟って、机を叩いた。木久にそんな風にあしらわれた一真は、その足で
隼人に詰め寄った。それが、春樹が目撃した「激昂した一真」だった。結果、一真は隼人に
「隠すことなどひとつもない」と言われ、一真にとってそれはより「事実」となった。後はいくら
雛姫が否定しようと、一真には何も信じられなくなっていたのだろう。
 親友の裏切り、恋人の裏切り、一真は罠に引っかかっただけだと言うのに。一番真実に遠い
人を信じてしまったのだ。
「う、嘘・・・」
一真が愕然としながら呟いた。
「そう、一真先輩は、一番信じてはならない選択肢を選んでしまったんですよ」
勿論、信じるだろうと思って木久はそう言ったのだろう。
「だけど、なんで、木久はこんなことをっ!!」
ダンと机を叩いて一真は木久を睨む。木久は黙ったままだった。要は逡巡した挙句に、こう
呟いた。
「・・・木久先輩は、本当に雲になってしまったんですよ」
「雲?」
「はい。『雲』です。2人の恋路を邪魔する『雲』です。木久先輩は劇中だけでなく、本当に
雲になったんですよ。・・・理由は僕には分かりません。でも、木久先輩は、一真先輩と雛姫さんを
本気で別れさせようとしたんだと思います。違いますか、木久先輩?」
要に振られて、木久は仕方なく口を開く。
「・・・俺が。俺が、彼女と付き合ってたのは本当だ。だけど、それだけのことだ」
机を挟んで一真が木久の胸ぐらを掴む。机の上のペットボトルが転がって、床に落ちた。
「だったら、お前は何であの時、あんなことを言ったんだよ!俺は、お前が思わせぶりなこと
言うから・・・傷つけなくてもいいところで、こんなにも傷つけて・・・」
木久のTシャツを鷲掴みにした腕が震えている。木久は締め上げられて苦しいのか、顔を蒸気
させて、詰まりながら言った。
「・・・そうだな。望月の、言葉を、借りるなら、本当に、『雲』になってみたかっただけ・・・」
「なんだよ、それは!」
「お前等の、邪魔がしたかっただけだ・・・」
その途端、一真の拳が木久の左頬を直撃した。木久が後ろによろめく。一真は目を赤くしていた。
「ふざけるのもいい加減にしろよ」
肩で息をしながら、一真が睨みつける。要は、木久の代弁をするかのように、語り続けた。
「ふざけてたっていう訳でもないかもしれないです。・・・『雲』はただ恋路を邪魔するもの
ではなくて、ライバルなんですよ」
「お前、まさか、まだ雛姫のことを・・・」
一真の憂いを含んだ目が木久を見る。木久は一瞬ひるんだ後に言い捨てた。
「はん、そんなわけあるかよ」
「・・・だったら、何のために、俺達の仲を裂こうとなんてしてたんだよ!」
「お前には関係ないことだ」
「関係ないわけないだろう!!」
一真の罵声と木久の低音が部屋の全ての音になった。2人のいがみ合いは机を挟んで果てしなく
続いていくようだった。
 平行線のまま怒鳴り合いが続いた。誰もそれを止めることは出来ないかのようだった。
 だが突然、事態を静観していた春樹が立ち上がって2人の間に入った。
「・・・ああ、もうごちゃごちゃうるさいよ、要は月だとか雲だとか、なんか例えて言ってるけど
そうじゃないだろ。これは神話じゃない。何千年前の寓話じゃない。今、ここで起きてるあんた
達の問題だろ?木久先輩、全部腹割ってしゃべれよ。あんたが、言わなきゃ、あんたが、謝罪
しなければ、これは終わらないんじゃないんですか?」
隣で要が僅かに微笑んだ。懐かしい春樹の姿を見たと思ったのだ。
 春樹は2人が納得せざるを得ないくらいの気迫で交互に見渡した。一真は息を漏らし、椅子に
深く座った。
 木久は暫く固まったままだったが、ぽつりぽつりと、言葉を発し始める。
「あいつが・・・」
木久はじっと雛姫を見つめた。雛姫の身体が硬直する。
「全部、雛姫が悪いんだ」
ぐっと顔を上げると、木久は雛姫に向かって叫んだ。その声の大きさに誰もが驚いた。
「雛姫が悪いんだ、お前が、お前が、一真なんて選ぶから」
「・・・わ、私、悪い事なんてしてないわ」
泣きそうになりながら、雛姫もその罵声に答えた。木久はむっとして更に声を荒らげた。
「じゃあ、なんで俺たちがつきあってたこと、誰にも言わなかったんだ?お前、俺に言った
よな?恥ずかしいから、つきあってることは二人の秘密にしてって。なのに俺と別れてすぐに
つきあったこいつとは学校公認のカップルなんて言われてはしゃぎまくって。俺が、どれだけ
惨めな思いしてきたか、分かってるのか?俺との仲は誰にも言えない。俺は確かに、そんなにいい
容姿じゃない。あのころ、暗かったし、人気もあった一真とは雲泥の差だったんだろ?だから、
俺とつきあってるのは恥ずかしい事だから言えないけど、こいつとなら、恥ずかしくないって
ことなんだろ?」
「ち、違うの、そうじゃない…」
「どこが違うんだよ!」
「・・・わたし、あなたの思ってるような、煌びやかな道を歩いてたわけじゃない。皆はあまり
信じてくれないけれど、人生で初めて付き合ったのは、木久君、あなただったのよ」
雛姫は悔しそうにも悲しそうにもみえた。木久の瞳の奥が揺れる。その容姿には似付かない
セリフに、春樹だけでなく、要も隼人も驚いている。
「私、高3の夏休み、あなたに告白されて、初めて付き合ってみようと思った。告白されたことは
何度かあったわ。だけど、どれもしゃべったこともない、どこのクラスの人かも分からない人達
ばかりだった。木久君は覚えてるか分からないけれど、1学期、隣の席になって、何気なく話掛けて
くれた時、すごくうれしかったの。男の人と話すことが苦手だったから。みんな私のこと『お高く
止まってる』とか、『ガキとは話さない主義なんだ』とか適当なこと言ってたけど、本当は、ただ
単に臆病で、恥ずかしくて、しゃべられないだけだったの。木久君と付き合って・・・って言っても
僅か3ヶ月くらの期間だったけど、すごくドキドキしっぱなしだった。誰かに見られることに慣れて
なかったから・・・だから、秘密にしてってお願いしたのよ。だけど・・・」
だけど、織り姫は彦星出会ってしまった。出会って、演じて、そして本当の恋に落ちてしまった。
 ごめんなさいと何度も謝って、本当の事を素直に言った。あのときの涙は心からの謝罪だった
はずなのに、木久にはそうは映らなくなってしまった。
「一真に会って、こんなに人を好きになったことはないって思った。大槻君に紹介してもらって、
思い切って、自分で告白した。一真や大槻君の明るい性格に引っ張られて、段々友だちが変わって
自分の性格も変わった。それは自分でも自覚してるわ。私、一真にも初めは付き合っていること
内緒にしてって頼んだのよ」
「・・・」
「でも、一真も友だちも、内緒にするなんておかしいって言われたのよ。みんなに自信持てって
言われて、内向的な自分を捨てようって思った・・・だから、一真とのことは秘密にはしなく
なったの。ただ、それだけのことなの。・・・別に木久君を蔑ろにしようと思ってたわけじゃない」
涙声になりながらも、雛姫は木久に本意を伝えようとしている。それでも木久には届かなかった。
「だけど、結局は俺を捨てて、いい顔してこいつとつきあったりしてたんじゃないか。お前の事情
なんか知らない。俺は俺が感じたことが全てだ。俺は惨めにお前に踏みにじられた。・・・だから、
壊してやりたかった。俺と同じように惨めに捨てられてしまえばいいそう思ったんだ」
「ひどいわ・・・」
「そんなの、ただの逆恨みじゃないか」
一真が憤る。
(信じられない・・・そんな馬鹿な考え方ってあるかよ)
春樹もその考え方に賛同できない。雛姫のした事に対しては確かに心の傷になるようなこと
かもしれないが、同じような目に遭わせるなど、あってはならないことだと、春樹は思う。
「俺は高校卒業近くの頃から、どうしたら雛姫と一真の中を一番ダメージのある方法で壊す
ことが出来るか、ずっとそんなことを考えてた」
そこまで言うと、木久は突然、ケタケタと笑い出した。気が狂ったような笑いに春樹は背中が
寒くなった。
「・・・そんな時、俺は大槻の思いを知ったんだ。本当に偶然だけどな。コイツも、ホント馬鹿
なヤツだ」
「や、辞めろ、そんなこと、今更言うな!!」
瞬間的に隼人の顔が青ざめる。勢いよく立ち上がって、パイプ椅子が激しい音を立てて倒れた。
隼人は慌てて叫んだが、木久は悪意のある顔のまま、その先を続けた。
「一真、いいこと教えてやるよ。こいつはな卒業式の日、誰もいなくなった教室で一真の
学ラン握りしめて泣いてたんだ」
「・・・?!」
「そ、それって・・・」
一真が硬直した。春樹も隼人を凝視する。
(嘘だろ・・・それって、まさか・・・)
瞬間、要の告白が頭の中でリフレインする。身体の中の血が倍の速度で駆け巡っていくようだ。
 木久が鼻で笑った。



<<17-2へ続く>>




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