なかったことにしてください  memo  work  clap
二階から目薬―丘の沈没―



じゃあ、先生、男同士はどうやるんですか?――小学校5年・男子


 学校には「モデル校」という制度がある。これは、各分野の先駆者みたいな位置付けで
今後どんな風に全市、全県、全国の学校に広めていくのかを考えながら研究していくのだ
そうだ。最新の教育を受けられる反面、失敗も付いて回る、ハイリスクハイリターンな制度
だと、先生は言った。
 モデル校と言ってもいろんな種類のモデル校がある、らしい。隣の小学校では、学力向上
のためのプログラムを取り入れていたり、情報教育の推進モデル校というのもある。この
モデル校っていうやつは、教育委員会というお偉いさんが
「ねえ、ちょっと頼むよ、やってくれ」
と言う場合もあれば、お金がちょっともらえるので、先生がやりたいって言って手を上げる
場合もあるらしい。
 うちの小学校の場合は、どっちなのかわからないけど、代々「エイズ撲滅推進校」という
仰々しい肩書きを貰っている。
 実のところ、オレはそのことについて、その時まで知らなかった。
知らなかったとは、うちの学校が「エイズ撲滅」について勉強していることにではなく、
「どうしてエイズになるのか」にだ。

 夏休み明けに先生が言ったことは次の2つだった。
「みんなも知ってる通り、うちの学校ではエイズについて何年も前からみんなで勉強して
きたのね。だから、みんなも今学期から、ちょっとずつ勉強していきましょう。まずは、
今からプリントを配ります。このプリントははエイズについての簡単なクイズが載っています。
図書室で調べたり、お家の人に聞いたりしながら、来週の総合の時間までにやっておくようにね」
配られたプリントを見て、その殆どが自力では埋められないと分かった。


 放課後、いつものようにタケとヒデキと3人で帰った。勿論話題は6限の授業で触れた「エイズ
勉強」について。
 タケが面倒くさそうに言う。
「やっぱり、図書館で調べるしかないかー」
「だな。数値とか患者の人口とか、カンじゃ書けないからな。それに、親になんて聞けないしな。
あーあ、面倒くせ」
その発言にオレは不思議になって聞いてみる。
「なんで?」
「は?」
タケが不思議そうなオレの顔を見て不思議がった。
「なんで、エイズのこと親に聞けないの?」
「お前、聞けるの?」
「え?聞けると思うけど・・・」
タケは驚いて目をくりくりさせ、ヒデキは、お前の父さんオープンそうだもんなと笑った。
「すげえ、さすが丘の父さん」
「え?え?なんで?なんか聞けない理由でもあるの?」
確かに父さん、結構変わったところもあるけど、こういう病気には真剣に答えてくれると思う
んだけど・・・。
「だってさー、お前、なんでエイズになるのかって普通親に聞けないだろ?」
「タケは聞けないの?」
「聞けるか、そんなの」
タケはぶるぶると首を振った。病気の原因がなんで聞けないんだ?
オレが顔中にハテナを浮かべてると、ヒデキは何か思ったらしくたっぷり考えた後に、
オレに聞いてきた。
「お前、エイズってどうして感染するのか知ってるの?」
そんな恐ろしい顔をして聞くことじゃないと思うけど・・・?
「知ってるよ、輸血だろ?」
「他には?」
「他だよ、他。輸血の他にどうやって感染するかだよ!輸血で感染なんて今じゃ殆どないんだぜ?」
え?他?他って、他になんかあるのか?
・・・空気じゃ感染しません。手を繋いだだけじゃ感染しません。同じ箸でご飯を食べても感染
しません。
 パンフレットの見だしにはそう書いてあった。それから、輸血でエイズになった人のビデオ
も見た。・・・オレのエイズに関する知識はそれが全てだ。
 ヒデキとタケがオレを食い入るように見つめる。
「そんなこと言われても・・・他なんて思いつかないよ」
観念して、降参のフラグ上げたら、タケとヒデキが大笑いした。
「お前、それ、マジで言ってんの?」
「丘、マジボケしすぎ」
「なんだよ、じゃあ、他にどうやって感染するんだよ!」
ヒデキとタケが顔を見合わせる。タケは少しだけもじもじして、小声で言った。
「エッチすると移るんだよ」
は?何、こいつ今なんて言った?そんなもんで移るわけないだろ?オレが信じられないって
言う顔をしたら、タケの顔つきが変わった。
「うっわー、お前、ホントに知らないのか」
タケが呆れた顔でオレを見る。
え?
ええ?
えええ??
え、エッチって・・・その、あの・・・テレビの大人の恋愛ドラマとかで、ちょこっと映ったり
してるあの、アレ・・・?
・・・それって、ホントのホント?ホントにそれで移るの?
 段々薄ら寒くなってくる。いや、でも待てよ。そんなので感染する人なんて殆どいないん
じゃないのか?
 オレはテレビのドラマの中だけしかソレのシーンを見たこと無いけど、そんなのをするのは
普通じゃない人だろ?
 オ、オレは絶対そんなことしないしっ!オレ関係ないし、父さんにだって関係ない!
 そんなことを考えてたら、それを見透かしたようにヒデキが言った。
「お前だって、エッチ、将来するんだぜ?」
「しないよ!」
「しない訳ないだろー」
タケが笑う。ヒデキも頷いた。
「結婚したらみんなするぜ?」
「絶対しないってば」
「はあ?」
あんな恥ずかしいこと、普通の人はしないんだ!!怒って言うと、ヒデキは意地悪そうに
オレの脇腹を突いた。
「なあなあ、お前、子ども、どうやってできるかしってるか?」
「な、なんだよ急に。今、そんな話と関係ないじゃん」
「うわ、こいつ赤くなってやんの」
タケがオレの顔を思いっきり覗いて笑った。
「なってねえよ、そんなの・・・」
「何、丘、子どもの作り方知らねえの?」
「・・・」
そんなこと言われても・・・。でも、素直に知らないというのは何故か恥ずかしくて。どうやって
作るかなんて、今まで誰にも聞いたことないけど、だけどそういうのって、誰にでも簡単に聞いて
いいものじゃないっていうのは雰囲気でわかる。
 押し黙ってると、ヒデキが割り込んできた。
「丘、それマジ?」
「マジって?」
「マジで子どもの作り方知らねえの?」
・・・。
悔しくて、恥ずかしいけど、オレはこくんと頷いた。
タケはニタニタ笑い出すし、ヒデキは手叩いて爆笑。
 なんだよ、ちくしょう。
「いいよ、俺たち教えてやるって」
そう言うと、2人はオレを挟んで横一列になって歩き出す。小声が漏れないように、なるべく
顔を寄せて。
「お前さ、テレビでイヤラシイシーン流れたのとか見たことないの?あれだよ、セ、セックス」
タケが最後の言葉だけを異様に小声で言った。でもその言葉だけで体中が熱くなって恥ずかしく
てたまらなくなる。
「それくらい、みたことあるよ」
ドラマの中でベッドで男の人と女の人が裸になってシーツに包まってるシーンが頭の中に浮かぶ。
すごい気まずくなって、誰もいなかったのに、すぐにチャンネルを代えてしまったことや、でも
気になってもう一度チャンネル戻したら、もう別のシーンになってたこととか。
 その一瞬にいろんなことが頭の中で湧き上がって、身体が熱くなった。
「それだよ」
「は?」
「それで子どもができんの。エイズもそれで移るし」
「え?」
一瞬、タケの言葉の意味が分からなかった。
「子どもの作り方だよ。みんなそうやって作るの。お前のとこの父さんと母さんもそうやって
お前作ったんだってーの」
タケは何故かすべてを悟ったようなしゃべり方をしていたが、オレの頭の中は気持ち悪さと
居心地の悪さと、恥ずかしさでグルグルになってしまった。
 マジで?
「ホントにホントに?」
 ホントにそんなんで、子どもが出来るのか?だって、ああいうのって、イヤラシイ人が
遊ぶためにやってるんじゃないの?
エッチとかセ、セックスとかそういう言葉はいつの間にか知った。知ってたけど、それ自体に
どんな意味があるのか、オレは全然しらなかった。
「ホントのホントだよ。お前のとこの父さんも、うちの親父だって、やってるし、世の中の
子どもを持つ親はみーんなしてるってこと!」
 がーん、と効果音を付けてオレはその場にうずくまりたくなった。
「なんで、抱き合ってるだけで、子どもが出来るだよ・・・」
 更に、その不用意な一言がオレの運命を分けた。
「お前さあ・・・」
 ヒデキがオレの首に手を回してひそひそ声でしゃべる。
「何だよ」
「お前さ、ひょっとして、エッチするってどんなことするかわかってないんじゃないの?」
「え?」
「裸で抱き合ってるだけじゃないんだぜ?」
え?違うの?不安げにタケとヒデキの顔を交互に見た。
「・・・」
「おおい、タケ、こいつどーするよ?」
「お前んち、行けば?兄ちゃんの本、あるだろ」
「ん・・・まだこの時間なら帰ってないか。よし、来いよ、俺んち」
 そう。それどころか、オレはそのエッチのことについても全然分かってなかった、ってことをヒデキ
によって、嫌と言うほど教えられることになる。



ありえなーい、ありえなーい・・・・。
父さんと母さんがあんなこと・・・?
家に帰るなり、ベッドに倒れ込んだ。タケやヒデキの言った言葉が忘れられない。もうエイズの
勉強どころではなくなってる。
 だって、あれっていうのは、その、い、いやらしい気分の時にすること・・・なんじゃないのか?
根本的に違ってたことの恥ずかしさと、そんないやらしいことを父さんと母さんがしてたって
ことへのショック。そして、そのイヤラシイことをした結果、出来たのがオレ。
 しかも、その肝心のイヤラシイってこと自体、オレの想像を超えていたわけで。
「なんで、男にしかチンコがついてないのか、考えたこと無かったのかよ」
ヒデキの家でヒデキの兄ちゃんの「秘蔵本」を見せられて、オレはおかしくなりそうだった。
 女の人の裸と、男の人の裸の写真がいっぱい映ってるやつ。「エロ本」っていうやつを
オレは生まれて初めて見た。
 タケなんて、超興奮して
「チンコがでかくなるー」
って騒いでたけど、オレはその情報量に眩暈と吐き気でどうかなりそうだった。
 女の人のおっぱいをあんな風に写している本があるなんて。オレは無理矢理その映像を頭の
中から追い出そうと堅く目を瞑った。
(いつか、オレもアレを見て興奮する日がくるんだろうか・・・)
今はそんな気分にはとてもなれそうにない。

  テレビドラマで流れていたシーンが浮かび上がる。だけど、そこにいるのは、父さんと母さんの
顔で、いやらしい顔した母さんがこっちを見た、気がした。
「うわあっ」
びっくりして跳ね起きる。
ゆ、夢か。
目を閉じると、またあの映像が浮かび上がるんじゃないかって、心臓がばくばくしている。時計を
見ると、午後6時。家に帰ってきてから、ベッドの潜り込んで少しだけ寝ていたらしい。

「兄ちゃ?」
ドアを開けてアツシが入ってくる。
「あれ、お前帰ってたのか?」
「天先生、送ってくれたよー」
ああ、天か。そういえば、今日はなんか飲み会があるとか。オレが眠ってるときに一度帰ってきて
ついでにアツシもつれて帰って来たんだろう。
「天は?」
「おしごと、いったよ」
「そう・・・」
ふと、オレの心の中で疑問が湧き出してきた。
『最近はねー、結婚してなくても、好きな人同士なら、やるらしいよ。中学生とかさ』
『ちゅ、中学生もー?好きな人となら・・・?結婚してなくても・・・?』
『お前だって、案外中学行ったらやってたりしてな』
『んなわけあるかよ!』
ヒデキの家で交わした会話。あん時は中学生て方に驚いて、何も思わなかったけど・・・。
・・・父さんと母さんは、好きだから、エッチなことして、エッチなことしてオレが産まれた
んだ。
 もう、そのことは、オレがどんなに駄々こねても、天地がひっくり返らない限り、曲げ
ようのない事実だってことは納得した。
 だけど・・・。
だけど、天は?
天と父さんは男同士だけどお互いどうやら「好き」らしい。
それってどういうことなんだ?お、男同士でも好きなら、エッチなこと・・・するのか?
わかんない、わかんない。
ヒデキの家で見たあの写真は、男と女じゃなきゃ、出来ないことばっかりだった。
じゃあ、男と男だったら、一体どうなっちゃうんだ?
考えたら、急激に脇の下の辺りから嫌な汗が吹き出てきた。嫌だ、嫌だ。考えたくない!
そう思ったら、さっきまで頭の中で流れてたあのテレビドラマのシーンの2人が、父さん
と母さんから、父さんと天に摩り替わっていた。
「ぬああああっ」
頭を抱えてしゃがみこむ。
「兄ちゃ?」
「ヤダヤダ。何これ」
無理。それってどういうことなの?男同士でもホントにそんなことするの?でも、どうやって?
 疑問と恐怖で軽いパニックだ。
「兄ちゃ、壊れた」
アツシが泣きそうな顔でオレを見る。オレも泣きそうだ。どうしたらいいんだよ、どちくしょう。
 そう思ったら、オレは次の瞬間、アツシの手を引いて、玄関を飛び出していた。
「兄ちゃ、どこいくの?」
「わかんねえ」
アツシが途中で転びそうになって、オレは抱きかかえて、更に走った。余裕のない脳みそで
一生懸命考える。この爆発しかけた不安を解消してくれる人。タケ、ヒデキ、父さん、天・・・。
 ダメだ。どれも絶対に聞けない。
 
・・・そうだ。
アイツだ。
 アイツしかいない。
走ってる最中に、頭の中に描けたたった一人の人間。もう、アイツに頼るしかない。
オレはまっしぐらにそこに向かって、玄関のインターフォンを鳴らしていた。
「雨宮ーっ!大変だ!オレの一大事だ!助けてくれー!」


――>>next

【天野家ことわざ辞典】
二階から目薬(にかいからめぐすり)
思うようにならずもどかしいこと。まわりくどくて、効果がおぼつかないことの喩え。






よろしければ、ご感想お聞かせ下さいvv

レス不要



  top > work > 天上天下シリーズ > 天上天下我家が奥さん6
nakattakotonishitekudasai ©2006-2010 kaoruko    since2006/09/13