なかったことにしてください  memo work  clap
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「まっちゃん!」
大阪駅のホームで5人は何年ぶりかの再会を果たした。慎吾は満を見つけるとぶんぶんと腕を振り回して
満を呼んだ。
「よう、慎吾ー。相変わらず、頭悪そうな挨拶やな」
「なんだよ、まっちゃんだって、エセ関西人みたいなしゃべり方して」
「似非ってなんだ、似非って。俺は元々生まれはこっちなの」
悠は満を見て照れくさそうに笑った。その後ろには翔が康弘としゃべりながらホームを見渡している。
「すげー、オレ、大阪来るの初めて」
「俺も、久しぶりに来た」
「よう。翔、お前、なんか痩せたか?」
「・・・満。お前は挨拶もなしかよ」
翔が呆れてため息をつく。
「あはは、いつもの満だ」
「ホントだよ。今年の震災の時だって僕達すっごい心配してたのに、3ヵ月後にハガキで一言『生きてる』
だなんて、人がどう思ってるのか全然考えてないんだから」
「そうそう、震災といえば、甲子園球場は大丈夫なの?」
「うーん、大丈夫なんじゃないの?」
「ミツル、相変わらず、適当だなあ」
康弘も笑った。
「でもさー、亮太、ホントに甲子園出場きめちゃうんだもん、すげーよ!」
「僕は、絶対出場すると思ってたけどね」
「俺も」
 久しぶりの再会は嬉しいものだ。満なんて特に数年ぶりの再会だから、みんな少々テンションが上がる。
「で?今日はこれからどーすんだ?」
「満が大阪観光してくれるんだって」
悠がうそぶく。
「あー?」
満が面倒くさそうな顔をした。悠は満を見上げながら自分の想像が割と正確に当たっていたことを
確信する。高校になっても身長は伸びているのだろうか。180は超えているだろう。端正な顔立ち、
均整の取れた身体。縁なしの眼鏡は賢そうなのか、エロティックなのか悠は考える。
「満、俺、道頓堀行きたい。グリコの看板みたい」
慎吾が嬉々として言う。
「お前ねえ、そんなベタな・・・」
満は左手を首の後ろに当て、悠を見下ろした。見上げていた悠と目が合う。悠は昔と変わらないその
癖を見て笑った。
満は思う。悠は時々すごいことを平気でやってのける。今回だってどんな手を使ったのか分からないが、
本当に翔を連れてきた。地方大会を優勝に導いた小田南は10年ぶりの甲子園出場を盛大に祝った。
 その様子は熱中甲子園でも放映された。
 満は亮太が優勝することはほぼ確実に考えていたが、悠が翔を連れてくることは難しいだろうと思っていた。
だが、悠は満の予想を裏切って、翔を連れてきた。満は些かびっくりしたが、悠の今までの行動力を
考えれば意外と納得してもおかしくはない。
「ったく、悠にはホント驚かされることが多い」
悠はにいっと笑ってVサインを作った。
「あーあー、わかった、わかった。道頓堀でも心斎橋でも、たこ焼きでもラーメンでも好きなトコ
連れてったる」

 大阪ミナミをたっぷり満喫して、5人は大阪駅まで戻ってきた。
「そういえば、お前ら、泊まるトコどーしてんだ?」
「俺さ、従兄弟のうちに泊めてもらうことにしてるんだけど、康弘も昔一緒に遊んだ兄ちゃん
だから、康弘も一緒に連れて行こうと思って」
「悠と翔は?」
「もちろん、満の家」
悠が即答した。
「家って・・・寮だぞ?」
「どーせ、入っても大丈夫なんでしょ?」 
「どーせ、ってな。まあ夏休みだから部外者が入ってもバレないだろうけど・・・そんな広い部屋じゃ
ないけど、いいんだな?」
「ああ、俺もかまわない」
「僕も。お金持ち学校、拝みに行きたいし」
「あのな・・・」
そう言いながらも満はあっさりと悠たちを受け入れた。そのあっさりした態度に悠は既に満の思惑が
動いていることを知る。
「じゃあ、明日は、また大阪駅集合でいいのかな?満の寮ってこっからどうやって行くの?」
「梅田から電車乗って20分くらい」
「梅田ってどこ?」
「ココ」
「ここ、大阪駅だよ」
「JR以外は梅田なの」
「あー?よくわかんねー」
慎吾が頭を抱える。満は苦笑いを浮かべた。
「俺も、梅田の地下は得意じゃない。どこが繋がってるのか平衡感覚がおかしくなるからな。慎吾たち
どこに行くんだ?」
「うーんとねえ、高槻ってトコ」
「じゃ、コレ乗ってけばいい」
満はJRの改札を指差す。
「小田原みたいに「東海道線」と、「伊豆っ箱」だけならバカでも乗れるのになぁ・・・」
不安そうに呟く慎吾に回りは笑った。
「大丈夫だ。京都方面に乗っていけばいやでも着く」
頼りなさそうに歩く慎吾と康弘を改札まで見送る。
「じゃあ、明日は10時に、ココにしよう」
「慎吾、降りるとき、出口間違えるなよ。二度と会えなくなる」
「大袈裟な・・・」
そうは言ったものの慎吾は自信がなかった。
「あ、僕のベル貸すよ。どうせ、明日の昼までなら友達からメッセージなんて入ってこないだろうし。
こっちは翔のベルがあるから、最悪それで連絡つけよう」
「悠〜。おまえっていいヤツ〜」
慎吾は悠からベルを借りるとぶんぶんと手を振って改札へ消えていった。
「ゲンキンなヤツ」
2人を見送って満は時計を見る。夜の10時を少し過ぎたところだった。
「夏休みは門限ないけど、あんまり遅いと守衛がうるさいから帰るぞ」
「満、相部屋なんだよね?大丈夫?」
「ああ、同居人は実家に帰ってる。大抵のヤツは実家だ。この時期寮にいるやつなんて殆どいないぜ」
「そーいうもん?」
「まあな」

 満の案内で悠と翔は電車に乗り、寮までの道のりをそれなりに世間話など交わしながら楽しんだ。
駅に着いて10分くらい歩くと、大きな建物群の門の前に着いた。満がゲートにカードキーを差し込む。
「ココ?」
「ああ。学校と寮、隣接してるからな。夜はカードキーがないと入れないんだ」
「・・・満、ホントに金持ちのお坊ちゃんなんだあ、ねえ、翔?」
「あ、うん・・・すげえな」
悠は想像を超えた施設にあんぐりと口を開けた。
「まあ、家が金持ちなのは俺が凄いわけじゃないからな。あんまり自慢にはならん」
ゲートをくぐると守衛がいるの建物があった。そこで、満は軽く手を上げて挨拶を交わす。
「お疲れサマデス」
「松下満か、今日は早いな」
「ま、ね」
50過ぎに見える守衛は守衛室のテレビを見ながら声だけこちらに向ける。その横を悠は少しだけ
びくびくしながら通り過ぎた。
 守衛室を通り過ぎると、いくつか建物が乱立していた。
「・・・どれが寮なの?」
「一番右。あとは校舎やら、会館やら創立記念館やら・・・」
そう言って、満は一番右の建物に向かう。ワンルームマンションのようだ、と悠は思う。
 入り口で再びカードキーを差し込み、エントランスに入る。そこで、エレベーターに乗り込み
満の部屋へと向かう。
「・・・寮にエレベーターって・・・」
悠は軽い眩暈を感じる。金銭感覚が狂いそうだった。悠がため息を吐くと翔がそれを見て複雑な
顔をした。実のところ、翔は過去に2度ほどここを訪れたことがある。翔はそれを誰にも(悠にも)
告げていない。隠すつもりはなかったのだが、なんとなく取り立てて言うことでもない気がして
今までずっと黙っていた。満にどんな思惑があるのか翔は知らないが、満もまた誰にも告げていない
ようだった。悠は、このことを知らない。
 この妙な連帯感が翔には気持ち悪かった。こんなことなら、悠に話しておけばよかった。出来るだけ
あっさりと。『この前、満に会いに行った』とでも。多分、悠は少し驚いてそして笑うんだ。
 それで終わる。ただそれだけのことだったのに、翔は悠に満に会いに行ったことをいえなかった。
それは、自分が負っている満への劣等感が、「満に会いに行ったことは負けを認めた」ことだと心の
どこかで思っているからだった。
 亮太との関係が拗れたとき、なぜか満に会いたくなった。満に相談しようとか、話を聞いて欲しいとか
そんなものは微塵もなかったのに、満の皮肉たっぷりに笑う顔を思い出して、翔はふらふらと大阪まで
会いにきたのだ。
 そして、会った後は必ず後悔した。満の顔をみて安堵した。そして、満に散々詰られ、自尊心を傷つけられ
ぼろぼろになって帰ってきたのだった。
 どこに行っても後悔ばかりだ。翔は満と悠の後ろを躊躇いながら歩く。悠に大阪に誘われたとき、
断らなかった自分が恨めしかった。
「・・・翔?」
悠が振り返って翔を見た。
「・・・ああ?」
「大丈夫?」
「大丈夫ってどういう意味だよ」
翔は軽く笑ったが、内心を見透かされた気がして声が上ずった。
「いや、なんか疲れてるのかなって思って」
「ああ、なんかちょっと疲れたかな」
「だったら、翔、先に風呂でも入って来いよ。っていっても、夏休みは風呂使えないから、
シャワーだけで我慢してもらうしかないけどな」
満は部屋に入ると、クローゼットから手早くタオルを出すと翔に手渡す。翔はいきなりの展開
に戸惑うが、満は追い出すように、一言「行って来いよ」と軽く手を振った。
「じゃあ、僕も翔が出たら後で貸してもらえる?」
「どーぞー」
満は部屋に入ると中央に置いてるテーブルの前に座った。悠もその隣に座る。翔は持ってきた
荷物を降ろすと、部屋を出る。
「じゃあ、お先に」

翔がシャワーを浴びて部屋に戻ってくると、満は1人、部屋で本を読んでいた。悠を探すと部屋の
右隅にあるベッドで既に眠りこけている。
「・・・悠、寝てるのか?」
「ああ。翔がシャワー浴びに行って、すぐにダウン。張り切ってたからな」
翔はテーブルを挟んで満の正面に座った。
ぐるっと見渡すと、あまり生活感のない部屋だ。前回部屋に入ったときも生活感のなさに驚かされたが
相変わらずだった。8畳ほどの部屋に、左右シンメトリーにベッドと机が配置されている。その真ん中には
ラグマットと、同居人と共有で使っているのであろう、黒いテーブルが置いてある。真ん中で区切る
アコーディオンカーテンは、使われたことはないのだろう、壁にぴっちりと寄せてあり、その前には
小さな冷蔵庫が置いてあった。
 満はその冷蔵庫から缶コーヒーを2本出すとそのうちの1本を翔の前に置く。
「サンキュ」
翔は出されたコーヒーで喉の渇きを潤す。満は緩慢な動作で読んでいた本を書棚に戻すと、掛けていた
眼鏡を外して、目頭を押さえた。
「・・・満っていつから眼鏡だったっけ?」
「中1。初めは近視だけだったのに、今じゃ乱視まで入って、眼鏡は手放せないよ」
「コンタクトとかにはしないのか?」
「体育とかの時間はコンタクトにするけどなー。やっぱり視界の端が歪むから」
「何か眼鏡に理由でもあんのか?」
「・・・レンズ一枚隔ててるって自分も相手もその意識を共有してるとな、少し位、考えが歪んでても
許されると思わないか?」
「は?」
翔が不可解な顔をして満を見ると、満は明らかに小ばかにした笑いを浮かべていた。多分、眼鏡に
大した理由なんてないのだろう。自分で作った屁理屈がバカバカすぎて笑っているのだ。
 その仕草に翔は腹が立つ。満はいつだってそうだ。自分よりも少し上から見下ろして、何でも自分は
お見通しなんだって顔をして、自分の背中を見て笑う。
 自分ではそんな態度を取っているつもりもないだろうが、翔には極僅かな(例えば今のような)会話
ですら、頭に血が上るほど自尊心を傷つけられる気がする。
 翔はイライラして、着替えのパンツからタバコを取り出した。そして、満に断りもなく火をつける。
一息吸うと、メンソールの香りが肺に浸透し、幾らか心が落ち着いた。そこに満の低く篭った声がした。
「アホか」
 翔が口からタバコを外すと、満はタバコをもぎ取る。そして翔の飲みかけたコーヒーの缶の中にねじ込んだ。
じゅうっと火の消えた音がする。
「何すんだよ」
「アホか、ここは寮だ。勝手にタバコなんか吸うな。規律を守れ」
その言葉に翔は、少しばかり挑発的になる。
「満の口から規律なんて言葉が出てくるとは思わなかった」
「そうか?俺はね、昔からルールが好きなんだ。ルールを理解したうえで自分の最大限の幸福を
手に入れたほうが、人生楽しいじゃないか」
 そういわれると、満は昔から面と向かって校則を破ることなどしたことがなかった。結果的に
校則を破っていることはあっても、大抵は許される形で決着がついていたように思う。
 高校に入って呼び出しばかり受けている自分は、ルールなんて守るべきものでも破るべきものでも
なかった。自分にとって「ルールの存在自体が無効」だったのだ。自分の生きたいように生きる。
それが全て。それは子どものわがままだと、翔は気づいてなかった。
 翔はイライラしながら、机の上にタバコの箱を投げ出す。その姿を見て、満は
「相当、重症だな、お前」
と、意味不明なことを言った。
「はあ?」
「適応性ゼロになる前に、戻って来いよ」
そう言うと、満はベッドで眠る悠を振り返る。そして、軽く悠をゆすって起こしてみるが、悠は
一向に起きる気配はない。
「ま、悠はここにおいていけばいっか」
独り言のように呟いて振り返ると、翔に、
「来いよ」
と言った。
 立ち上がり、机の上にあった翔のタバコをポケットにしまう。
「どこに?」
「別のルールが適応できるとこ、かな」


<<9へ続く>>



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