☆special―俺の橋をこえてゆけ―6




すっかり暗くなった夜の神戸を僕たちはオデッセイを駐車したところまで歩いた。この街の シンボルのように明石海峡大橋が光を放ち、その存在を誇らしげに佇んでいる。
「車、どこ停めたんだっけ?」
「うちの私有地」
「え?」
「あるんだ。この辺に来る時はいつもそこに車停めてるの。あと10分も歩けば着く」
知らない街並みの夜なんて、どこを歩いているのか全く分からず、ただ僕は板橋の後ろを ついていくしかなかった。



車は広い空き地の隅っこに停められていた。周りに外灯もなく、携帯の明かりを頼りに僕 たちはなんとか車に戻ることができた。
「お疲れさん」
「ふう、なんとかたどり着けた」
僕は助手席に座って大きく伸びをした。梨香に会い、マスターと話し、長い間緊張して いたらしく、どっと疲れが溢れた。
「まだ帰らないといけないけどな」
「でも、オデッセイに帰ってくると、ホッとするよ」
オデッセイは今では自分のホームのようなもんだ。両手を上にあげ伸びをしていると
フロントガラスの前に広がった景色を目にして、僕は一瞬のうちに大量の記憶が逆流する 思いがした。
「あっ!!!」
フラッシュバックした記憶と目の前の景色が重なる。
「……ここ……」
窓の外で輝いている明石海峡大橋に、僕の身体が震えた。
だって、ここは……ここは、初めて板橋と繋がった場所……
僕が呆然としていると、板橋も驚いたように僕を見下ろした。
「あんた、覚えてたんだ」
「ええ?!」
「忘れてるのかと思った」
「忘れるわけないでしょ!板橋の方が、忘れてると思ってたよ」
「俺、自慢じゃないけど記憶力いい」
「でも、板橋、あんまり僕との思い出話しないじゃん」
「あんたが忘れてるのかと思ってたから」
「僕はこんな重要な場所忘れられる訳ないよ。板橋こそどうでもいいんだと思ってた」
「言わないだけで、覚えてるよ。当たり前でしょ。橋見に行ってその思い出にあんたも 一緒にいるんだから」
「……そりゃそうか」
ああ、やっぱり橋ありきなわけね。まあいいんだけど。
「あの橋見ると、直哉を思い出す」
「え?」
「ここで、この車で、初めて直哉とセックスした事思い出すんだ。邪念ばかりでまともに 橋を堪能できない」
板橋はハンドルの上に顎を乗せ、明石海峡大橋を眺めていた。その横顔がわずかに紅潮 しているように見える。じっと見つめていると、板橋がゆっくり視線を合わせた。
「橋を見てるのか、あんたを見てるのか時々分からなくなって、ホント困るんだよ」
板橋が苦笑いして、僕を引き寄せた。僕も素直にその腕の中に収まって、板橋の身体に 巻き付いた。
「板橋、やっぱり変わったね」
「ん?」
「前は橋のことしか頭になかったのに」
「変わったとしたら、あんたのことくらいだよ」
「え…」
「今だって、橋と直哉のことくらいしか頭にないし」
ああ、すっごい殺し文句。だって、1番以外頭になかった人間が、2番を作ったんだよ? 橋が1番で、僕が2番だって僕は全然構わない。橋に勝とうなんてさらさら思ってないし 板橋から橋を取ったらもう何にも残らないから、僕が橋の次に板橋の中で存在してる というなら、それは恋人冥利に尽きるってことだ。
「あの時、拾ってくれたのが板橋でよかった」
「まあ、俺じゃなきゃ拾ってなかっただろうけどね」
よく言うよ。そう思いながらも板橋の体温にとろけそうになる。耳にかかる板橋の息に 身体がピンと反応した。
ここのところ忙しくて夜一緒にベッドに入っても普通に寝てしまうことが多々あった。 まるでオアズケを食らった犬みたいで、「よし」を言われたらすぐにでもがっついて しまいそうな自分がいる。
したい、目で訴えかけると、板橋はちらりとフロントガラスの向こうに目をやった。
明石海峡大橋があの時と同じように僕らを見ている。
「あの時、したんだよな……」
ポツリと板橋が呟く。
「身体だけの関係でもいいから、板橋としたいって僕は思ってた」
「あんたそんなこと思ってたの?」
板橋は驚いて僕を振り返った。
「だって、板橋の気持ちが手に入るなんて思ってなかったから」
相変わらず意思の疎通ができてない。板橋が3年経って始めて知る真実。言わなかったのは 僕だけど、話のきっかけができなかったのはお互いの所為だ。
僕たちはお互い仕方ないといった顔でキスをした。





「あ、やば……」
板橋がシートに垂れたローションに思わず声を漏らした。
「うわあ、シミになるよこれ」
「もう後部座席も誰も乗せられないなあ……」
そう言いながらも、ここ最近、後ろの座席がフラットじゃないときを見たことがない。 それどころか、後部座席の小物入れはゴムやらローションやらが常に置きっぱなしになって いるから、他人なんて乗せれる状態じゃない。完全エロ仕様の車だ。
「あとでカバー外して……あっ……」
洗えばと言おうとしたところで、板橋の指がローションとともに僕の中に入ってきた。
ぐりんと中をかき混ぜられると身体中が板橋を思い出したかのように疼きだした。
「ああっ……板橋、いい……」
「きついな、さすがに」
「あん……はやく、したいよ」
「急かすと切れるよ」
わかってるよ。わかってるけど、板橋が欲しくて欲しくて、たまらなくなるんだ。
落ち着けと言われているのに、言った本人も既に二本目を僕の中に捩じ込もうとしている。 気持ちよくて身体中が余計に堅くなって板橋の指を拒んでいるみたいになってしまった。
「力入りすぎだって」
「分かってるんだけど……なんだか感情と身体が思うようにコントロールできなくて」
板橋の過去を知って、ちょっとだけ生まれた嫉妬心。そして今板橋を独り占め出来るのは 僕なんだという独占欲。こんな感情が自分にあったんだと思うとびっくりする。
「とりあえず深呼吸でもしてれば?」
「そうする」
素直に助言を聞いて深呼吸していると、すぐに板橋が二本目の指を埋め込んできた。グリン グリンと二本の指が内壁を押して僕のいいとところを探していく。
「ああっ」
「ここ触ってないのに、カッチカチ。刺激したらどうなんの?」
「ダメ!絶対イっちゃうから!」
「いいじゃん、イけば」
「力尽きちゃったらどうすんのさ」
僕は無理矢理板橋の指を抜き去った。
「ああっ」
「中、トロットロ」
「はあっ……はあっ……」
僕は手早くゴムを付け、板橋の上にまたがった。対面で向かい合い、板橋が少し身体を 反らす。僕は自ら、板橋のペニスに手を添え自分の中に招き入れた。
「あああああっ」
「ああっ……うぐっ」
身体がぞわぞわと小さく震えた。気持ちよくて苦しい。完全に収まると、やっとひと呼吸 ついて、板橋と口づけを交わした。
キスを繰り返してくると、板橋のペニスが僕の中で更に膨れていく。板橋は僕の腰に手を 伸ばし、僕の腰を動かし始める。僕は板橋の首に巻きついて、身体を上下に揺らした。
「ああっ……ああ……!いい……なんか、凄い……」
「……久しぶり、だから?」
「それも、ある……う、ふう……ああっ」
多分、ここだから。僕がここでこうして再び板橋とセックスしてるから。
顔を上げると、目の前に明石海峡大橋が輝いて僕を照らしていた。思い出す3年前の記憶。 あの時よりも、板橋は優しくて大人になったけど、相変わらず僕の隣で橋オタクをやって いる。こみ上げる気持ちが強くなって、ぽろっと涙がこぼれ落ちた。
「はあっ……うう……」
「直哉?」
「ご、ごめん……なんか、勝手に涙が」
板橋の動きが止まる。腰を支えていた手が離れ、僕の頬に優しく触れた。
「ちょっと、テンパってた」
「え?」
「余裕、なかったんだ。……俺も」
聞き返すと、僕は押し倒されて板橋は僕を下に、勝手に腰を動かし始める。
「ああっ、な、に?はぁ……んん。どういう……ああっ」
「あの時、あんたの気持ち無視しても、ただ抱きたかった。そんで、やったあとすっげー 後悔したの。自分本位過ぎて、どうしていいかわかんなかった」
またぼろっと涙が落ちる。反則だ。こんなの。どんだけ僕を泣かせれば気が済むんだ!
板橋の前でなんて泣いたことないはずなのに。
あの時、身体が繋がって嬉しくって、浮かれてた僕に「いまのなし」っていう一撃を 食らわされて、僕は勝手に被害妄想を繰り広げていた。
3年経ってようやく誤解が解けて、それが思ってもみなかった板橋の気持ちだった。
嬉しくて身体が悲鳴をあげている。板橋は真顔を見つめられるのが恥ずかしいのか、腰の 動きを止めなかった。
「……僕を、天昇させる作戦、なの、これ……ああっ」
「あんたをここに連れてきてよかったっていう、率直な感想だよ」
「ふぅ……うう……僕も、来れて……よかった。あんっ!」
板橋の腰の動きが早くなる。奥の方、僕の好きな場所を突かれ目の前にチカチカと火花 が飛び散った。
こうなると僕も板橋も限界は近い。我慢する余裕もなく僕は一気に駆け上ってしまった。
「板橋、もう……出そう、だよ」
「いいよ、俺も、イキたい」
「ああ!ああ!」
「出すよ?!」
「ああ、あああ!」
僕がゴムの中に欲望を吐き出すと同時に、板橋は僕の中に白濁を打ち込んでいった。



「うわ、結構ベトベト……お風呂でも入って帰る?」
「僕もそう思ってたところ」
「とりあえずウェッティーで拭いて近くのお風呂検索だな」
板橋に言われて、そのとおりにして、僕の手がふと止まった。
「直哉?」
「……板橋といるとやっぱり最後は生活感丸出しの会話になるんだよね」
「あんたは、下半身ドロドロのまま、腕枕して愛の言葉紡いで欲しいの?」
一瞬想像したけど、板橋に似合わなすぎて吹き出した。
「いや、全然。イったあと、風呂行く人!って聞いてくれる方がよっぽどありがたいよ」
「だろ?」
ドヤ顔で頷かれて僕は完全に吹き出した。板橋は後処理もそこそこにナビでスーパー銭湯 を探し始める。こんな板橋を愛おしいを思う僕もよっぽど変人の分類なのかもしれないな。





家に着くと、空は白み始めていた。車中で殆ど寝ていたとはいえ、身体は重く、このまま 帰って眠ってしまうと二度と起きれない気がした。
「朝まで寝ていきなよ。起こしてあげるから」
「でも板橋は?」
「今日は講義があるわけじゃないから、別にいいよ。あんたが起きたら寝る」
僕はどこまでも板橋の言葉に甘えることにして、板橋のベッドに潜り込んだ。隣で板橋が 何やら難しそうな本を広げている。よくもまあ、セックスして夜通し車走らせたあとに そんな本が読めるもんだな。
「興奮して眠れないんだ」
板橋は聞いてもないのにニヤニヤして教えてくれた。僕は笑いながらも、もう瞼は 閉じていて、まどろみの中で板橋の言葉を聞いた気がした。



日帰りの短い旅だったけれど、濃縮された時間を過ごした。板橋の過去を巡る旅はまだ 途中。少しずつ見えてくる昔の板橋と、変わっていく板橋に僕は胸をときめかせながら、旅を 続けるんだ。
いろんな橋を渡る度、いろんな人の気持ちを越える度、また一歩板橋に近づける気がして
この旅はやめられなくなる。寄り道や回り道をしながら、板橋と永遠に旅していたいと思い ながら、僕は夢の世界へと旅立っていった。

ああ、次はどんな橋に出会えるんだろうな……!



←back


top>☆special>俺の橋をこえてゆけ6





 © hassy  .2006