なかったことにしてください  memo  work  clap
時は昔も かに流れける―来臨―



 その頃のオレは天から貰ったありがたい言葉を大事にしていた。

「人はデキの悪いことを、複雑な家庭環境の所為にする」

 確かにこの言葉には一理あると思う。非行に走って夜の街を徘徊する中学生の中には、親が
離婚して母親しかいなかったり、夫婦喧嘩ばかりする親を持っている奴もいるし。
 でも。
だからって、父親がゲイだからって、そのことを理由にオレをダメな人間として決め付け
られるのだけは絶対我慢できない。
 まあ、父さんに今更、天と別れろなんていうのは無理にきまってるから、家庭環境を改善
するなんてことは諦めてる。だったら、そっちがダメなら、自分がダメじゃなければいいわけで。
だから、オレは父親がゲイでダメな人間でも息子はちゃんと育つことを証明したくて、必死で
勉強していた。
 それはもう、タケやヒデキに
「お前、J高受かるんじゃねえの?」
といわれるくらい、死に物狂いだった気がする。
 だって、絶対に「とーちゃんホモだからデキが悪いんだ」なんて思われたくない。オレはオレ。
父さんは父さん。
 オレは父さんがアレでも立派に育つって決めたんだ!

 オレが 難関といわれる公立高校、J高を本気で目指すことになったのは3年の1学期中間テスト
の後だった。
 担任との面談で
「天野、J高受けてみるか?」
といきなり言われたのがきっかけだった。
「J高って!先生、いくらなんでも、オレの成績じゃ・・・」
オレだって自分の成績くらい分かってる。偏差値あと幾つ上げればいいと思ってんだよ。
「まあまあ。ほら、コレ見てみろ。天野の中間テストの結果」
「え、ええ?!」
見せられた結果を目の前に、オレは思わず叫んでいた。
「お、お、お」
「お?・・・天野落ち着けって」
「だって、だって・・・先生!オレ、1番?!」
オレの見間違いじゃなければ、順位の隣の数字は「1」だ。今までも、けして悪い成績じゃ
なかったけど、1桁なんて初めてだったし、しかも初めて取った1桁が1番だなんて・・・。
「せ、先生!」
オレは椅子を蹴倒して立ち上がると、先生に食って掛かるような体勢になった。
「な、なんだ」
のけぞる先生を前に、オレは机をバンと叩くと、声高らかに決意表明。
「オレ、J高受ける!」

 こうして、オレのJ高合格の旅は始まったわけだが。
 実際のところ、たかだかテストで1度1位を取ったくらいで安心して受かるほどJ高の壁は
低くはない。
 テスト順位が1桁の常連組だとて、J高に志望すると決めてるヤツはそれこそ死に物狂いで
勉強してる、らしい。
「天野もJ高受けるんだって?余裕じゃん」
テスト順位を今まで1位か2位しか取ったことない富田という隣のクラスの厭味なヤツには
そんなこと言われるし、何度かしゃべったことのある来本(くるもと)という1組のヤツには
「本気でJ高狙うなら、せめて夏期講習だけでも塾行ったほうがいいよ」
と勧められた。
 今まで塾になど世話になったことのないオレは、正直塾に行くのを躊躇っていた。だけど
来本や富田の必死さを見てると、なんとなく自分もそうしなければならない気がして、結局
オレは、来本の勧めるまま、J高対策で定評のある駅前の塾に、夏の間だけ通うことになった。
 父さんなんかは塾に行ってまで、J高に行くことないって言うけど、オレはどうしても
「いい高校」に入りたかった。
「父さんの所為で、バカだって思われたくないんだ、オレは!」
そう言ったら、父さん少ししょげてたけど、それ以上は突っ込まずに、無言で塾の費用を
ポンと出してくれた。
「塾なんかより、アツシの相手してくれればいいのに」
そう嘆いたのは天。確かに一人ぼっちで遊んでるアツシを見るとちょっとかわいそうな気も
するけど、オレだって大事な受験が控えてるんだ。

 初めての受験。人を蹴落とす、落ちる、受かるという過酷な受験戦争。天王山の戦い――オレ
の中三の夏休みは、こうして火蓋を切っていったのだった。


「あーっと、コレか?」
 塾というシステムがイマイチ理解できなくて、初めて入る建物におっかなびっくりして、
入り口の掲示板に書いてあったクラス番号と、手元にある出席番号を5回も見直して、それでも
ドキドキしながら、「Sクラス」と書かれた教室に向かった。
 入り口できょろきょろ見渡すと、中には何人か知ってる顔があった。どれも学年トップ
クラスの「頭いい子ちゃん組」の奴等だ。
 人っていうのは、どうしてか、普段なら絶対しゃべらないヤツでも、知らない人間の中に
紛れ込むと、少しでも知り合いの方に近づいてしまうらしい。
 オレは来本の姿を確認すると狭い机の隙間をすり抜けて、来本に近づいた。
「おはよ」
「ああ、天野。迷わなかった?」
「うん。・・・すごい人だな」
「夏期講習だもんね。毎年3年のクラスはこんなもんらしいよ。・・・隣座る?」
「あ、うん」
どの机もそうだったから、オレも3人掛けの長テーブルに真ん中一つ空けて隅に座った。
「あのさ、来本は夏休みだけじゃなくていつも塾行ってるのか?」
「あ?そうだけど。っていっても、入ったのは3年に入ってからだけどな。でもこのクラス
のヤツなんかは1年の頃から通ってるヤツ多いらしいぜ。ほら、富田だって1年からずっと
通ってるって言ってたし」
来本は4つほど右前に座る人間を顎で指した。その視線を追ってみれば確かに富田の後頭部が
あって、富田は講義が始まる前にも関わらず、何かの問題集を解いているようだった。
・・・ああいうのを、天性のがり勉っていうんじゃねえのか?
 オレは更に教室中を見渡した。数人の同じ中学のヤツ以外は全く知らない。どいつもコイツも
頭がよさそうに見えて仕方ない。でも、オレはコイツら全部と戦っていかなければならないのだ
から、気後れしてるわけにもいかないんだ。
 教室を眺めて、ふと3つほど左前の机に座る人間の前で目が止まった。
「あっ・・・」
思わず上げてしまった声に、来本も振り返った。
「どうしたの」
「あ、あいつ・・・」
来本はオレの視線の先に自分の視線を重ねると、目を細めて軽く息を吐いた。
「ああ、アイツね」
「知ってるの?」
「知ってるっていうか、アイツも元々塾通ってるヤツだし。・・・頭いいよ。模擬試験の結果は
何時も上位だし。さすが病院の息子ってカンジ?」
「ふーん」
「何、天野こそ、知り合いなの?」
今でも、頭いいんだ、アイツ。
 見間違えようがない。あの頃より随分と背が高くなって、顔も大人びたけど、アイツは
どっからどう見たって・・・
「あまみ・・・」
オレは思わず席を立って、その後姿に声を掛けようとしていた。
 しかし、丁度そのときに、講師が入ってきて辺りはしんとしてしまったので、オレの上げた
左腕は虚しく空をかくこととなった。


 雨宮に会うのは二年半振りだ。小学校を卒業してから結局オレは一度も連絡を取ることは
なかった。別に電話の一つくらいすればいいんだけど、なんだか照れくさくて、それで、その
うち、大事な用事があればアイツからだって連絡あるんじゃないかってほったらかしにして
しまった。
 それで気づけば2年半。気にならなかったわけじゃない。会いたかったし、どんな風に生活
してるのか話してみたかった。
 後姿と僅かに見える横顔。
雨宮、なんか大人っぽくなったな。垢抜けたっていうか、昔みたいな暗いオーラがないって
いうか。友達とか出来たのかもしれない。よく考えれば雨宮、オレと話す前だって全く友達が
いないってわけでもなかったしなあ。
 あー、何て話しかけよう。何かすげえドキドキする。あいつも驚くかな。はみかみながら、
「なんで天野、こんなとこいるの」なんて言いそう。
 オレは雨宮に話しかけるのが楽しみになって、1人でニタニタ笑い続けていた。

 塾の講習がこんなにもハードなもんだとはオレは全然知らなかった。午前中は模試試験で、
午後からはその解説。僅かな休憩時間は、ホント「休憩」の為だけにあって、友達と無駄な
おしゃべりなどする気にはなれない。オレは休憩時間になるたびに机につっぷして、来本に
笑われた。
「大丈夫?」
「・・・あんまり。なあ、塾の授業ってこんなんなのか?」
「まあ、通常の塾の授業と夏期講習は違うからね。こんなに詰め込まれるのは休みの時だけかな」
「でも、お前等みんな平気な顔してるよ・・・。あー、しんどい」
「慣れるよ、夏休みが終わる頃には」
あー、そうなんだよな。夏休み終わるまでこれ、続くんだよな。はあ。
 オレが隣でため息吐いてると、来本が声を潜めて聞いてきた。
「なあ、天野って雨宮とどういう関係?」
「は?」
どういう関係って・・・。た、ただの友達だよな?自分で確認して何故か慌ててしまう。勿論
来本が深い意味で「どういう関係」なんて聞いてきてるわけじゃないんだろうけどさ。
「・・・?」
「あ、いや。小学校の友達だよ」
「え?そうなん?・・・ああ。そういうもんなのか」
来本はびっくりしてオレを見た後で、何故だか1人で納得してしまった。オレは意味が分からずに
頭の上にはてなマークを幾つも飛ばした。
「何?なんのこと?」
「俺、てっきり雨宮って小学校から私立だと思ってたからさ」
来本とは小学校が違うから、そう思っても不思議じゃない。医者の息子が小学校から私立なんて極
当たり前のことだ。だけど、来本は何に納得したんだろう。
「雨宮がオレと同じ小学校だとなんかあるの?」
来本はうーんと唸った。
「雨宮、分からないところとかあると、誰でも結構気さくに教えてくれたりするんだ」
「あ、雨宮が?」
信じられない。どういう進歩だ。あの暗メガネが。でも、まあみんなと仲良く出来るようになった
っていうのなら、オレは一安心だぜ。
「そういう反応するんだ、小学校のツレは」
「・・・」
「雨宮すごい優しくて、女の子からもモテるよ。・・・それでさ、前に雨宮に苦手なものないの
かって、誰かが聞いたとき、アイツ『小学校のツレ』って答えたんだ」
「そ、う・・・」
そんだけの変貌を遂げたのなら、昔の暗い自分を知ってるヤツになんて会いたくないかもしれない
よな。でも、オレは違うだろ?
「雨宮、小学校の頃、結構暗いヤツだったから・・・」
雨宮の小学校時代の数少ない友達だと、オレは勝手に思い込んでる。
「それじゃ、小学校のツレが苦手っていうのも分かる気がする。昔のダサい自分知ってるヤツに
なんて会いたくないもんな」
「そういうの知られるの嫌なのかな。あ、でもオレとは仲よかったんだけど・・・」
オレはなんだか嫌な予感がしていた。
 仲がよかったとしても、昔の自分をしっているオレが雨宮に話しかけたら、あいつどんな
反応するんだろう・・・。
 普通に話せるだろうか。オレの心が急激に蔭りだす。ドキドキがただの不安に変わる。
あんなに面影残してるのに。雨宮は変わってしまったのだろうか。

そして、その嫌な予感は当たってしまった。

 やっと長い一日目の授業が終わって、多くの生徒が教室から逃げ出すように帰っていく。
オレもそんな心境だったけど、その前にどうしても雨宮に確かめておきたかった。
 雨宮は数人の生徒に囲まれて、楽しそうに話していた。雨宮ってあんな風に笑うんだ。
オレは何故か胸が苦しくなった。そういう笑い方、オレ見たことない。
「あ、あの・・・」
オレがその集団の後ろから声を掛けると、一斉にその集団がオレの方を振り返った。
「あっ・・・雨宮!ひ、久しぶり。オレもこの塾、夏期講習受けることになってさ。そしたら
お前の姿見つけて。びっくりしたぜ」
なんだか声が震えてしまった。そんな臆することもないのに。オレ達みんな同級生だろ。
 オレが雨宮に話しかけると、ギャラリーはオレの方から雨宮に視線を戻して、雨宮の返事を
待った。ごくんと生唾を飲み込む音が隣のヤツに伝わりそうなくらい、その場が一瞬しんと
なった。

「誰?」
だ、誰だと〜?
 雨宮から返って来た言葉は、オレが想像していたどの言葉よりも痛かった。
「お、お前、オレの事忘れたのかよ!天野だよ、天野丘!同じ小学校だっただろ?」
食いかかるように雨宮に近寄ると、雨宮は席を立った。で、でかい。
「知らない」
雨宮の顔から笑が消えていた。さっきまであんなに楽しそうにしゃべってただろ、お前。
「雨宮・・・?」
う、嘘だろ。お前どうしちゃったんだよ。
「なに、友達?」
「別に。・・・帰えるよ、俺。じゃあね」
 呆然と立ち尽くすオレを置いて、雨宮はそのまま立ち去っていった。残ったのは雨宮を取り巻く
ギャラリーと、虚しく取り残されたオレ。
 そのうち、ギャラリーがクスクス笑い出した。
「あんたのことなんて、知らないってさ」
「かわいそー」
「嫌われちゃった」
「雨宮君に近づきたいからって、そんな近づき方するからだよ」
散々好き勝手言って、お互い大笑いすると、そいつらも教室を出て行った。

 な、な、なんなんだよー!

気がつけば、後ろから来本がオレの肩を叩いていた。
「まあ、あの取り巻きは気にするなって。雨宮の金魚のフンみたいなヤツらだし」
「・・・」
別に、周りのヤツなんてどうでもいい。
 そうじゃない、雨宮、お前、一体どうしちゃったんだ?!オレの事、本気で忘れたわけじゃ
ないだろ?
 それとも、オレも含めて小学校時代のヤツの顔なんて見たくないっていうのか?!
オレは全然回らない頭で雨宮が出て行った方を唖然として見つめていた。





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【天野家古今和歌集】
時は昔も かに流れける(ときはむかしも かにながれける)
昔の懐かしい思い出を吹き飛ばすほど、時の流れとは人を変えてしまう。
「あんた、何でそんなに変わっちまったんだよぉ」と嘆いても、取り戻すことは、けして
出来ない。時間というものは、いつの時代も人には無情なものである。






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