塾を出た直後はショックで気持ちが直滑降してたけど、家に帰りながら、雨宮のことを考え
ていたら、アイツの態度に段々腹が立ってきた。
　大体、オレを知らないわけないだろう？それがなんだよ、「誰？」だと？
散々周りとは、笑いあってたくせに。オレだって見たことない、あんな雨宮の姿。ちょっと
悔しいじゃねえか。小学校の時なんて、オレがいなけりゃ誰ともしゃべらなかったくせに。
なんだ、あの変貌は。いい男になったじゃん、なんて少しでも思ったオレが馬鹿みたいだ。
　アイツ、オレのことだけ、無表情で「知らない」って言いやがった。
「ふざけんな！」
むかついて思わず叫んだら、通りすがりのじいちゃんがびっくりしてオレを見ていた。
「じいちゃんのことじゃないです、すみません」
後はもう、恥ずかしいやら腹立たしいやら、ぐちゃぐちゃの気持ちを抱えたまま家までダッシュ。
自分の部屋に戻ると、オレは、疲れてそのまま眠ってしまった。


　次の日からは、受験の戦いなのか、雨宮との戦いなのか分からなくなった。
一晩明けて、オレが出した結論は、こうだ。
「無視されたなら、無視されないまで、追いかける」
オレはコレを標語に雨宮に何度も何度も、ホント自分でもどうしたんだって思うほどしつこく
付きまとった。オレってこんな性格だったか？この熱さは何だ。体育大会の100M走だって、
こんなにしつこく粘って、走ったことないぜ。
　おかげでオレに付いたあだ名は「ストーカー」。そのまんまじゃん。
「お前さ、塾に何しに来てんの？」
オレが帰りがけに毎日猛アタックをかわしてるのをみて、来本にまで呆れられる始末。
だけどさ、やっぱりむかつくじゃん。雨宮がオレのこと忘れてるなんて絶対ありえないしさ。
なんでオレだけ無視するのか知りっておきたい。気になるんだよ、こういうのって。
「雨宮は、お前みたいなずうずうしいヤツとは知り合いになりたくないんだよ」
取り巻き連中には明らかな厭味を貰うけど、オレは気にしない。雨宮の口からちゃんとした
答えを聞くまでは。

「なあ、雨宮、お前さ、中学行ってもやっぱりちゃんと勉強してたんだなー。すげえな」
オレの日課は、帰り際の僅かな時間に雨宮に話しかけること。朝から塾で缶詰にされて、
貴重な休み時間まで使って話しかけて、さすがに玉砕するのはしんどい。
　だから、一日一回、おみくじじゃないけど、帰り際に話しかけて上手くいくかいかないか
賭けてる。
「･･･」
あーあー、今日も無視ですか。
　雨宮はオレを無表情で見下ろすと、取り巻きににっこり笑って
「じゃあまた、明日」
などと言って、教室を出て行ってしまった。
　雨宮、お前の考えが、オレには全く分からないぜ。それから、自分のこの意地の意味も。

　それから1週間そんなことがずっと続き、（っていうか1週間もよくそんなことが出来ると
我ながら感心してしまうんだけど）そろそろオレも諦めかけてきたって言うときに、雨宮の
とある反応で、この均衡は一気に崩れることになった。
　金曜日はその週の総まとめらしい。と言ってもやることは一緒なんだけど、但し、模擬テスト
の結果の成績が発表される。帰り支度をしていると、上位10名の名前と点数が黒板に張り出された。
　その周りはすぐに人だかりができて、わー、とかおー、とか歓声があがった。
「天野、俺達も見に行こうぜ」
「えー、オレ、別にいいよ」
「なんで、ノリ悪い。もしかしたらお前入ってるかもしれないだろ。それに、アイツの順位も
気になるしな」
来本はそう言って、席で帰り支度をしている雨宮の方を見た。
　確かに、雨宮の成績はちょっと知りたいような気もするけど。アイツが頭いいって、自分と
どれくらい差があるのか、知っておきたいと思った。
　来本に促されるまま、黒板前の人だかりに近寄ると、オレの前で人が割れた。そして、おおっ
という歓声のような驚愕のような声にオレは包まれる。
　顔を上げて、黒板に張り出された紙を見れば、その順位に、オレの方が驚いた。
「すげえ、天野1位」
後ろから、来本に背中を叩かれて、びくっと身体が跳ねた。自分でも信じられなくて、何度も
紙に書いてある文字を追う。
「マジかよ･･･」
　どうみても、オレ、一番･･･。
そのうち、周りの奴等から賞賛のようなものが、オレに向けられた。
「雨宮に勝った」
「ストーカー、やるじゃん」
「ストーカー君、おめでとう」
賞賛･･･か？
　既に、ストーカーのあだ名はクラス中に浸透していたらしい。
「天野だってーの」
オレはため息を吐いて、もう一度紙を見る。オレの一つ下には雨宮の名前があった。
　オレ、まぐれでも雨宮に勝っちまった･･･。

　オレが黒板の前で口を開けて突っ立っていると、雨宮の取り巻きがやってきて、オレの
後ろから順位を眺めた。
　彼らは、そろって頬を引きつらせて、順位の紙とオレを見比べている。
「ま、まぐれだろ」
「そうそう。それに、雨宮君、誰かに付きまとわれて、大変だったし」
「それだ、誰かに邪魔されて･･･ああ、そういう作戦か？」
「そういう作戦って、何だよ」
「ストーカー行為に悩まされて、成績を落としたところで、自分が1位を取るってやつだろ」
･･･
「そんなことするか、馬鹿！！」
いい加減、頭来た。
　オレは取り巻きの一人の胸ぐらを掴むと、睨みつけて、そして後ろに飛ばしてやった。
「うぐぅ･･･」
ふん。オレがそんなことするわけないだろうが。何で雨宮の成績をオレが落とさなきゃなら
ないんだ。それに、雨宮はオレを無視してるだけだろう。
　その所為で成績が落ちるわけないっつーの。
　でも、周りのギャラリーは取り巻きの言葉を受けて、ひそひそと話し始めた。
「確かに、何時もの雨宮君より、点数悪いよね」
「そういわれると、いつも、結構ぶっちぎりで1位だもんね」
え･･･？
　振り返ると、来本もなんだか神妙な顔つきになっていた。
オ、オレの所為っていうのかよ。
　ざわつく教室の中が、一層騒がしくなった。
見れば、帰り支度を整えた雨宮がオレのすぐ後ろに立って、オレの頭越しに順位表を眺めて
いたからだ。
「新旧の1位対決だ」
なんてどこからか、馬鹿げた声が聞こえてくる。
「身長は、頭一つ分、雨宮がリードだな」
･･･雨宮がでかすぎるんだよ！
　オレが雨宮を見上げると、雨宮はオレが見ていることに気がついて、そして、一瞬顔を
歪めたかと思うと、笑ったのだ。
　ニコでもクスでもなく。言葉にするなら「ふん」だ。鼻から抜ける短い息と共に、オレを
見下ろしていた顔を逸らして、雨宮は教室から出て行った。
　あ、あ、あのやろう！

　残されたオレとギャラリーは唖然としていた。そして、誰かが「宣戦布告」だなどと言い
だして、クラス中は軽い騒ぎになった。
「バトルが勃発するぜ」
「ストーカーへの反逆だ！」
･･･お前等、好き勝手いってんじゃねえよ。それにバトルは既に勃発してるってーの。
　多分、オレの意地と雨宮の意地。雨宮がどうしてそこまでしてオレを避けるのかわかんない
けど、きっと何かの意地なんだと思う。オレが無理矢理にでも雨宮としゃべろうとしてる
ように、雨宮も意地でオレを無視してる。そんな気がするんだ。
　その雨宮がオレをみて、初めて反応した。確かに気持ちのいい反応じゃないけど。でも、
雨宮がオレのこと視界に入れてるってことだろ？だったら、これはチャンスじゃないのか？
　オレは席に置きっぱなしだった鞄を持ちに行くと、ダッシュで教室を出た。
雨宮を追う！
残されたギャラリーが何を言ってるのか、想像も付かなかったけど、オレには関係ない、
そう思って、雨宮を追った。


「待てよ！」
今まで、塾の中以外で雨宮を追いかけたことはなかったけど、雨宮の家を知ってるオレは
雨宮の後を追うことなど、容易なことだった。
　案の定、雨宮は塾から家の方角に向かって歩いていた。
「雨宮！･･･待てってーの！」
あいつ、歩くの速ええ！オレは小走りで雨宮を追う。雨宮はオレが追ってることに気づいて
もよさそうなのに、全くもって無視だ。
　オレは漸く雨宮の隣に並ぶと、息を切らせながら、雨宮に話しかけた。
「なあ、待てよ･･･お前いい加減にしろよ。何だよ、会った日からずっと無視って」
「･･･」
雨宮は前を向いたまま、オレの事なんてやっぱり見てなかった。だけど、オレは構うこと
なく1人で話し続ける。
　傍から見たらひどく間抜けな光景だろうな。
「何？お前、オレになんか恨みでもあるのか？･･･オレ小学校卒業してから、一度もお前と
会ってないよな？そんな恨まれること、あったか？」
「･･･」
「ってか、お前、ホントにオレの事忘れちゃったのか？小学校の同級生だった天野だよ？
お前が小学校の時の思い出、消したいって思うのも分からんくもないけどさ」
雨宮に必死に話しかけるけど、雨宮の表情はぴくりとも動かない。
　その表情に、さすがのオレも不安になってくる。コイツ真逆本当にオレのこと忘れて
るのか？そんなことない、そう思い続けてきたけど、ここまで無視されると、ホントに
オレの事なんて知らないって思われてる気がして。･･･それに、それが本当だったら、いい
迷惑だよな。
　さっき塾でギャラリーが言っていた言葉が急に頭に浮かんでくる。取り巻きに、成績が
悪かったのはオレの所為だって言われて、実際に何時もより点数が悪くて･･･。
「あ、のさ･･･さっきの順位、お前何時もより点数悪かったって。それで、オレがお前の事
しつこく付きまとった所為だって言われて･･･」
「･･･」
「ごめん。･･･お前が、オレの事覚えてないなら、オレ、もうお前の事付きまとったりしない
から。オレの事忘れたいなら、それでも仕方ないしさ･･･」
雨宮を見ると、真っ直ぐ前を向いたままだった。仕方ない。

　オレが諦めて、雨宮の前を通り過ぎようとしたその時、雨宮の喉が鳴った。
「くっ･･･」
「？」
びっくりして、振り返ると、雨宮は口を押さえていた。
「･･･ダメ、天野、もう限界･･･」
雨宮はそう言ったかと思うと、にわかに笑い出した。
「へ？雨宮？」
オレの気のぬけた声に、更に腹を抱えて雨宮が笑う。目に浮かんだ涙を擦って、雨宮はオレ
を見下ろした。
「･･･お前の事、忘れたわけでもないし、気づいてないわけでもない。それに、天野の所為で
成績が落ちたなんてことも、全然ないよ」
ぽかんとして立ち尽くす、オレに、雨宮の笑いが振ってくる。
　え？え？どういうこと？
「ちゃんと初めから、天野が塾に入ってきたってこと、気づいてたよ」
雨宮はまだおかしいのか、さっきまでの無表情が嘘のように、ニヤニヤと笑いを浮かべている。
体中の熱が顔に集まってくる。オレ、雨宮に踊らされた？
･･･この雨宮も、オレの知ってる雨宮じゃないんだけど。
「じゃあ、なんでオレの事ずっと無視してたんだよ」
「秘密」
「はあ？ふざけんなよ」
オレが本気で怒り出す前に、雨宮はニヤニヤ笑いを止めた。
「あんなに、一生懸命、天野が追ってきてくれるなんて、ちょっと感激だったから」
「はあ？」
「追いかけられるって結構おもしろいもんだね」
コイツ、オレが必死に追ってたときに、心の中で笑ってやがったのか。なんか頭来たぞ。オレ
って、完全におちょくられてたってことだろ。
　オレが雨宮を睨み上げると、雨宮は少しだけ拗ねた顔つきになって、声を潜めた。
「だって、天野、小学校卒業してから、一度も連絡くれなかったからさ」
なんだよ、そんなこと恨みに思ってたのか、こいつは･･･。
「それはさ･･･その･･･」
「その、何？」
何でって言われても･･･
「そんなの、お前が連絡してこないからだろ！」
「あ、天野それずるい」
そう言って、雨宮はオレにデコピンを食らわせてきた。
「いってえ！」
突然おでこに熱い痛みが走って、オレは思わずデコを押さえて立ち止まった。
　雨宮はその間にも、先に進んでいく。そして、一度だけ振り返ると、何だかとても優し
そうな顔で
「天野、また来週な」
そう言って、門の中へと消えていく。
　気がつけば、雨宮病院の前だった。

「また、来週」
口に出して呟いたオレは、とても顔がにやけていた。






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