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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 自由人と自由人が旅をするって言うのは、他の人には分からないテンションの盛り上がり
方なんだと思う。
 車内の空気は、クリーン。
板橋は僕を拾ったときのように鼻歌交じりで上機嫌だったし、僕もそんな板橋を見て、
嬉しくなっていた。
 旅は楽しい。
板橋といると、自分の感情が忙しくて、忘れてしまいそうになるんだ。社長の事とか、
自分の立場とか。
 現実から逃げて、板橋と逃避行・・・・・・って実際は現実に戻るために、この車に乗っている
んだけどさ。少しずつだけど、確実に神奈川に近づいている。
 この旅が終わったら、多分もう二度と会うこともない。同じ神奈川県民なのだから、どこか
で出会うことはあるかもしれないけど、こうして僕が助手席に座って旅をすることもない
だろう。
 一期一会、板橋にとってヒッチハイカーとはそういうものに違いない。だから、僕との
旅も楽しそうにしてるんだ。
 僕も、この旅を終えるとき、「楽しかった」って笑顔で別れられるんだろうか・・・。



京都っていうのは、京都の市街地、ど真ん中だけが、碁盤の目のようになっていて、他の
市や町までもがあんな風になってるわけじゃない。
 せっかくの京都だっていうのに、僕達は山道ばかりを走り、小さな町を幾つか抜けて、
気がついたら、目の前に大きな水が広がっていた。
「海・・・?」
「湖だって。琵琶湖だよ、琵琶湖」
京都は抜けてしまったようだ。
「へえ、これが琵琶湖かあ・・・・・・。でっかいね」
対岸は霞んでよく見えなかった。もっと天気がよければ向こうまで見渡せるんだろうな。
車は湖沿いを走る。湖と道の境がこんなにも近くて、湖の水がこっち側に溢れてくるんじゃ
ないのかって、心配になった。
「今度は、どこに?」
どうせ、ここにも「お得意の橋」があるんだろう。僕は相変わらず橋には興味なかったけど
板橋の見るものがどんなものなのかは知りたかった。
「瀬田の唐橋」
板橋は迷いなく言うと、アクセルを踏んで車を加速した。
 勿論、僕にはそれが何の橋なのかさっぱり分からないけど、板橋の横顔に浮かぶ笑みが
可愛くて、僕も釣られて笑った。


 琵琶湖が見えてから1時間ほど走って、やっと「瀬田の唐橋」というところに着いた。
市街地の真ん中に堂々と掛かった橋だった。
「昔は木造だったけど、今はコンクリ。だけど、擬宝珠とか見るとなんとなく歴史のある
橋みたいに見えるよな」
擬宝珠っていうのは、欄干の上についてるたまねぎみたいな飾りのことらしい。板橋は、
橋の説明もそこそこに、僕を置いて「橋を楽しみ」始めてしまった。
 相変わらずだなあ・・・。
だけど、ほっとしてた。相変わらず橋オタクでニコニコ笑ってる、そんな板橋が戻って
きた。原因不明の怒りや突然僕を抱いたことや、悩んだり吹っ切れたり、そういう心が
擦り切れるような想いは、暫くは考えたくなかった。

「琵琶湖から注ぐ川って、この瀬田川一つなんだ。その所為か、この橋にはさ、色んな
伝説とか物語とかあってな」
板橋はぐるっと回って戻ってくると、そんなことを言った。
 日暮れて、ぼんやりとした夕焼けになった。オレンジの柔らかい光が橋を照らす。その
照り返しで板橋の顔もオレンジ色に輝いていた。
「物語?」
「うーん、俺もよくしらん。多分、あの人の方がよく知ってると思うけど。『急がば回れ』
って諺あるだろ?あれって、この橋が題材の、歌だか物語だかから来てるんだってさ」
「急がば回れ、ねえ・・・」
この旅のことか?と思わせる言葉だけど、よく考えたら、回ってるけど、急いでるわけじゃ
ない。けして、それが近道でもない。
 ただ、恐ろしい勢いで、板橋という人間に近づいてはいる。急接近して、色んなものを
追い越してしまった。感情も順番も、全部すっ飛ばし。
急いで近づくと、ろくな事がない。
 ああ、だから、回り道しなさいってことなのか。
 僕は勝手な解釈で自分を納得させたまま、板橋の隣に立った。僕よりも頭半分くらい大きい
身体。腕は僕よりも黒くて逞しい。それで、きっと僕よりも大きく見えるんだろうな。
 実際にはそんなに変わらないのに。
・・・・・・僕はこの身体に抱かれたんだ。

ダメだ。板橋の隣にいると、どうやってもそれが戻ってきてしまう。素直に喜べないこの
気持ちは、一体どこへ向けたらいいんだろう。
 ぐるっと、回り道でもすれば、板橋の気持ち、分かるんだろうか。




「うーっす。よう来たな」
マンションの玄関先に現れたのは板橋よりもデカイ男だった。年齢も多分僕よりもいってる
んじゃないかな。
「こんばんはー、滋賀来たから、寄らせてもらいましたよ。っていうか泊まりに来たんだ
けど」
板橋は珍しく頭を下げた。
「あはは、気にすんなって。で、そっちが噂のヒッチハイカー君だな」
「小島です」
僕も慌てて頭を下げた。

 今晩の泊まる宿は、やっぱり全国に広がる橋ネットワーク(僕命名)の中の1人の家で、
清水という28になる男のワンルームマンションだった。
「清水さんは高校の物理の先生なんだよ」
それで、板橋が他の人より丁寧な対応してるんだ。高校の物理なんて、高校の頃、一番縁
のない先生だったな。文系だった僕は物理なんて一度も受けたことないし。
「おまけに、柔道部の顧問なんだって。あんた行儀よくしてないと締めワザ喰らうぜ?」
じゅ、柔道・・・。確かにガタイがいいし、Tシャツから覗いた腕なんて筋肉の塊だ。
「こんな細っこいのに技かけたら折れるやろな」
清水は本気か冗談か分からないような言葉で僕を脅した。
「お、お手柔らかに、お願いします・・・」
清水はがははと笑った。



 橋好きというのは、どこにいても、橋を肴に酒を飲む。板橋は今回の旅で撮った写真を
見せながら、3本目のビールに手を掛けた。
「ホントはもっとあったんですけどねー、ちょっとアクシデントで消えちゃって」
ほろ酔い加減の板橋が僕を見る。
「こいつか〜。ハッシーのブログが消失したのも、こいつのせい?」
清水も真っ赤な顔で僕を指差した。
「そうそう。おっそろしい程の機械音痴で。前に一度ブログに書き込まれたときは、また
壊れるんじゃないかって、こっちもビビリまくり」
「あ!じゃあ、あの『はしま』ってのが君か」
「・・・・・・そのせつは、ごめーわくかれまし〜」
僕の呂律も随分怪しい。板橋と同じペースで呑んでいたら、あっという間に酔いが回った。
「はしま君はどこまでヒッチハイクされてくの」
「えっとお・・・かながわあたりまで」
「じゃあ、ゴールまでか。いいなあ、若いのは」
清水は手にしていたビールの缶を机に置く。それだけでぐしゃっと缶が潰れた。怪力だ。
怖い、こんなのに追い込まれたら、終わりだ。
 そう思っていたら、清水がいきなり立ち上がって、後ろのベッドに寄りかかっていた板橋
にいきなり圧し掛かった。
「俺も、のんびり休みたいぜ。この放蕩大学生が!」
「うわあっ、センセやめてくださいよ」
柔道で言うところの、何とか固め(残念なことに僕にはそれがなんのワザなのかさっぱり
分からない)で板橋を押さえ込む。
 板橋も本気ではないことを知っているのか、大して抵抗を見せることなく笑っている。

 ちょ、ちょっとぉ〜、あんたら、なにしてんだよ!
酔ってる頭でも、僕にはそれが面白くなかった。
だって!


板橋が組み敷かれてるみたいなんだもん!!


 このスキンシップは毎度のことなのか、板橋は、「先生の押さえ込みは解けないからな」
なんてのん気なことを言っているけど、僕は正気ではいられなかった。
 酔いなんて吹っ飛ぶ。(いや、泥酔コースかな)
「なんだ、なんだ、ハッシー。こんなのが解けないなんて、軟弱だな。ほら、さっさと
しないと、襲っちまうぞ?」
「ぶはは、先生、ジョーダン止めて下さいよ〜」
板橋は複雑に絡みついた(ように見える)腕を引き剥がそうともがいてるけど、押さえ込み
って上手い人がやると、ピクリとも動けないんだよね?
 ベッドの上でばたんばたん。その動き、とってもいやらしいんですけど!!
頭に血が昇る。
板橋の腰がくねる。清水の身体が板橋を覆って、色んなところが密着した。
「おーら、さっさと抜け出さないと」
何、何してんの、この人たち!清水の口調がさっきからどう考えても、エロ親父なんだ。
うえー、止めろー。僕の板橋を汚すな!
・・・別に僕のじゃないか。
心の中で叫んで自己嫌悪。
「うはは、先生、ギブギブ!」
清水の暑苦しい胸板の下で板橋が叫んでる。清水は余裕の表情で・・・いや、これはそんな
表情じゃない。
 この顔がどんな意味を持ってるのか、僕に分からないわけがない。僕の一番よく知ってる
顔。相手にこの顔させた瞬間、ゾクリと背筋に快感が走る。
 ベッドの上で何度も見てきた表情だ。
ヤバイ、板橋、ホントに襲われる。


くっそー、このやろう。板橋相手にチンコ勃ててんじゃない!!


「そんなの、ダメーーーーー!!!」
気がついたら、叫んでいた。清水と板橋の動きが止まる。清水が僕の方に顔を向けて、目が
合った。
 頭に血が昇った僕は、そのまま後ろにひっくり返ってしまった。





「まさか、あんなところで叫ばれるとはな」
清水は苦笑いして僕を見下ろしている。
 一夜明け、僕達は再び唐橋にいた。
あれから、ひっくり返った僕はそのまま気を失ってしまったのだけど(飲みすぎたのが
主な原因だと思われる)朝にはけろっとして起き上がっていた。
 だから僕がひっくり返ったあとで、2人が何をしてたかなんて知らないけど、板橋が抱か
れたってことはなさそうだった。
 第一、僕の前で「入れられるのはゴメンだ」って言ってたしな。ありがちなスキンシップ
として処理したに違いない。
 板橋の鈍感橋オタク男め!
日が昇ったばかりのすがすがしい朝の中で、板橋はまたも橋の写真を撮っている。
僕と清水は橋の袂でその姿を並んで見ていた。

「やっぱりと言うか、はしま君も、同じだったとはな」
「え?」
「昨日の反応」
た、試したの?
 見上げた清水は自嘲気味に言った。
「最近、ハッシーのブログ、ちょっと雰囲気変わってたやろ?何かあったんかと・・・」
「僕、あれ以来、一度も見てないので・・・」
「そう。荒れてたり、私情で書いてたり。でも、分かるな。今のハッシー楽しそうだし」
「楽しそう?」
「人生って楽しいな〜って顔してるやろ。橋の事しか考えてなったヤツが、ふと、あれ、
こんな人生も意外と面白いんじゃない?って思ってるカンジ」
そんなこと言われても僕には全然ピンと来ないんだけど。
 だけど、一つだけはっきりと分かったことは、清水も板橋に本気だってこと。昨日のアレ
は遊びじゃなくて、あわよくば貞操をいただいてやろうって思ってた・・・かどうかは、分か
らないけど、あのスキンシップをヨコシマな気持ちで楽しんでたのは確かだ。
 ゾクっとした。こんな人間までが、板橋を狙っている。
板橋って、妖しげな魅力も目を引くほどの美男子でもないのに、どうしてみんな好きに
なっちゃうんだろう・・・。

「この橋はね、いろんな言い伝えがくっついてる」
「昨日、板橋君に聞きました。急がば回れって」
「そうそう。そんな話もある。でも、一番有名なのは、『唐橋を制する者は天下を制す』
ってね。この橋は戦略上、重要な場所だった」
唐橋を制する者は・・・・・・橋も制すんだろうか。
「清水さんにとっても、この橋は重要なんですね」
板橋を繋ぎとめておく重要な・・・・・・。全国の板橋ファン(大袈裟?)の中から、自分を
忘れないでいさせるための、重要な橋。
 って橋で板橋のこと釣ってるんじゃないか!
 あーあ、いやんなっちゃうな。

「で、はしま君はどこまでイッちゃったん」
「は?」
「付き合ってるようには見えないけど」
「ぜ、全然そんなのと違います」
僕は思いっきり首を振った。付き合うどころか、告白もしてないし、第一誰が誰を好きか
って話!
 僕、一言だって、板橋を好きなんて・・・・・・言ってないよね?
「違うの?のんびりなやっちゃなあ」
「のんびりって、僕は別に、そんなつもりは・・・・・・」
「そんなに、もたもたしてると、俺がハッシーの身体、いただいちゃうぜ?」
身体中の毛がびょ〜んと立ち上がった。上を見上げて、睨みつける。ネコだったら威嚇
のポーズでも取ってるだろう。
「ダメです」
息が荒くなる。
 清水がため息交じりに笑ってみせた。
「冗談だよ。・・・・・・本気にはならないようにしてるから」
「ならないでください」
力んでしまう。それが、どんな理由でもやっぱり板橋の隣を取られたくない。響子の事で
散々嫌な思いをしたんだ。きっと相手が誰だって僕はムカツクんだ。
「はしま君も、相当ハッシーが好きなんだな」
「え?」
「違うの?」
違うのと聞かれて、違うとはいえない。でも、とその前にストッパーが掛かってしまう。
「本気じゃないヤツに止められて、はいはい言うこと聞くようなお人好しじゃないよ、俺は」
「・・・・・・」
「本気じゃないなら、俺が貰うよ?」
「ダメです!!」
清水に抱かれる板橋を想像して、叫んだ。そんなのって絶対ヤダ。僕が板橋を抱くのも微妙
な妄想だっていうのに、それが僕じゃなくて他人だなんて、絶対許さない。
 清水に煽られて、僕の最後の砦はあっという間に流された。
「じゃ、本気なんだ」
そういわれて、口からぺろっと出てきた言葉は、自分でもびっくりするような牽制だった。

「板橋君を、誰にもあげるつもりはありません」

「言うね」
清水がピュッと口を鳴らした。
 呆れてる顔の中に、羨ましさも含まれている。この人もまた、「仲のいい橋仲間」という
保険を失うのが怖い人なんだろう。板橋との関係を縺れさせるより、気持ちが伝わらなく
ても、一緒にいる方を選ぶ。
 四国で出会った頼子さんと同じだ。
抱けといって抱かれて、関係を悪化させた響子。多分、頼子さんも清水もそれを知ってる。
だから怖くて、手も足も出ない。
 板橋の自由な心は出会った人を魅了し、だけど、捉えようとすればするりと逃げてしまう。
誰も板橋の心を見ることは出来なかった。

「僕、板橋君の事、好きです。多分・・・」
尻つぼみな口調を清水は呆れて返す。
「多分ってーのは、なんだ、その最後のおまけは」
「だって、出会ってまた1週間も経ってないのに・・・そんな急激に人って好きになるのか・・・」
「馬鹿、俺なんて出会って3分後にはやりてえって思ったぜ?」
「・・・・・・僕も、出会った瞬間、そう思いました」
白状すると、清水は豪快に笑った。その姿が頼子さんと被る。

 それから清水は、餞別だといって、頭を殴っていった。
「痛った〜」
「俺の失恋の痛手に比べたら、このくらいどってことないだろ?」
「僕だって、まだ実るかどうか、わかんないですよ!」
「分かるさ・・・・・・あいつのブログにヒッチハイカーが登場したのなんて、はしま君だけ
なんだぜ?」
清水は言い捨てて、僕の元から離れていった。
 橋を眺めている板橋に飛びついて、羽交い絞めにして遊んでいる。
僕はそれを心の詰まる思いで眺めた。



そう。
僕は、板橋が好きだ。
この想いを、どうやって伝えよう・・・・・・。








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