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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 ぐるっと回って、問題って言うのは、忘れた頃に舞い戻ってくるんだな。



 板橋は夜遅くに戻ってきた。
僕は白い方の板橋と何故か机上旅行をしていて、板橋は帰ってくるなり呆れていた。
「別に、やりたかったわけじゃないよ!」
「その割りに、楽しそうじゃない?」
冷たい視線に、白板橋が楽しそうに笑った。
「わっはっはー。カケルは妬いてるのか。かわいそうに。はしま君は橋には興味ないけど、
時刻表には興味あるらしい。そうだ、お前も橋なんてくだらない建造物など追っかけてないで
一緒に机上旅行をするといい。それがいい。うん。そうしろ」
板橋も、白板橋も「普通」の感覚を持ち合わせてない人だとは思うけど、白い方は更に暴走
という人を困らせる行為まで持ち合わせている。
 この人の近くにいたら絶対ペース崩されて振り回される!
顔はソックリだけど、板橋より「危険」な男だ。危険というより、「危険球」な男。
 更に、この白板橋の出現によって、僕の告白騒動は完全に有耶無耶になってしまい、
もはや自分が告白したことですら、嘘だったように思えてくるのだから、ホントに、白板橋
の存在は恐ろしい。
 だって、板橋が橋巡りから帰ってきて、僕達は3人でなぜか「大富豪」をやることになり、
そんなことに白熱して、気がついたら明け方になっていたんだよ?
 大人が明け方までトランプで白熱するって、一体なんなんだ!


 そうやってすっかりペースを崩された僕達は、次の日、遅い朝食を食べると、長野を後
にした。
 帰りがけに、白板橋が
「カケルのこと、頼む」
ともう一度念を押すように言って来たので、僕も勢いで頷いてしまった。
「うんうん。これで一安心だ。はしま君、君は顔はカワウソみたいだけど、性格は犬みたい
だから、カケルの隣につけておくのがぴったりだ」
「・・・・・・はい?」
カワウソって、そんな動物に例えられたの初めてだ。
「カケルはああ見えて淋しがり屋さんだからな。ほら、淋しい人はペットを飼うというだ
ろう?」
「ぼ、僕はペットじゃないです!」
「もののたとえだ」
白板橋はしれっと言うと、僕達を見送ることもせず、玄関の扉を閉じてしまった。

 板橋の性格は、遺伝なのか生まれ育った環境の所為なのか・・・・・・。



 車は一度は高速に乗ったものの、岡谷のジャンクションを過ぎた辺りで、また降りて
しまった。丁度、眼下に諏訪湖が見えて、僕はそれをぼうっと眺めていた。このまま順調
に行けば、今日中には確実に家に着くだろう。そうすれば、この旅は終わりで、僕と板橋
を繋ぐものは何もなくなる。このまま切れて終わりなんだろうか。板橋は告白の答えを
ちゃんと用意してくれてるんだろうか。そんなことを思ってた矢先のことだったので、板橋
が高速を降りてしまったことが、嬉しいやら苦しいやら、複雑だった。
「また・・・橋?」
「まあな。高速ばっかりじゃ、ゆっくり景色見れないし。とりあえず山梨までのんびり
行くぜ?」
「うん・・・・・・」
板橋と一緒にいられる時間が少しだけ長くなった。
 長くなったところで、関係が変わるわけでもない。でも、少しでもいいから一緒にいたい
なんて、そんなことを思ってる時点で、僕は相当板橋に囚われてる。
 車を降りて、板橋と離れ離れになったら、僕はどうなってしまうんだろう。
考えると胸が痛んだ。板橋のいない生活に僕は耐えなくてはいけない。失恋の経験がない
わけじゃないから、想像は付く。きっとあんな痛みをまた繰り返すんだろう。
 時間がじわじわと傷口を広げて、そして時間が傷を癒す。そしてまた人は立ち上がる。
だけど、その時間は廃人のようにただ「生きてるだけ」だ。
 あんな気分をまた味合わなければならないのか。
板橋の横顔は、相変わらず薄っすらと笑みが浮かんでいて、それが何を意味しているの
か、僕にはわからなかった。



 国道20号と書かれた看板が目に入る。高速を降りてから板橋はずっとこの道を走り続けて
いた。左手には大きく山が迫っていて、夏場の青々とした木々が眩しい。
 看板で、僕はそれが八ヶ岳であることを知る。
 山の景色に見惚れて、思わず溜息が漏れた。
「綺麗な山だね」
「避暑地になるくらいだからな。・・・・・・っと、ここだ。ここ」
板橋は交差点でウインカーを出すと左に曲がった。
「・・・また、橋?」
「うん」
「こんなところに?山ばっかりで、大きな川なんて流れてないみたいだけど・・・」
「そう。川はない。この先にあるのは、天に昇る橋・・・かな」
「天に昇る・・・?」
板橋はニヤっと笑って山に向かっていく。何もない山道だ。天に昇るって一体どういう意味
なんだよ。
 木々の合い間を縫って走る。板橋の走りは何時も通り迷いがない。ハンドルを握る手が
小さくリズムを刻んでいて、それが機嫌のよさを物語っているようでもあった。
 今、絶対、板橋の頭の中、橋のことしかない!絶対、僕の告白忘れてる!
なんか、それってすっごく敗北した気分・・・。

 心の中で5回くらい板橋に悪態を吐いてると、ナビの地図が不思議な道を描いている事
に気づいた。
 ん?この地図、どうなってるんだ?・・・こう、ぐるっと、回って・・・
「回って?」
口に出して、前を見る。
「あ!道が回ってる!」
「あったりー。ループ橋だ」
「ループ橋?」
「短い距離で一気に上ったりする時に、こういう道を作るんだ」
カーナビの地図は本当に道がくるっとわっかを作っていた。どうなってるんだって思って
よく見れば、螺旋のスロープ階段のように、車は一周ぐるっと登ったのだ。
 登ってる最中は確かに、「天に」昇ってるような気分にもなる。珍しく板橋がロマン
チックなことを言ったな。
 おかしくって、小さく笑った。

「すずらん大橋って名前まで付いてる」
「へえ・・・」
登り切ったところで、小さな駐車場みたいなものがあり、板橋はそこに車を停めた。
 下を見下ろせば、見事に一回転。螺旋状になって道が上っている。
ループ橋なんて誰が考えたんだろうな。
ナビを見ると、真下の道と、今の場所とが重なって表示されてるから、同じ場所に戻って
来たように見える。
 だけど、二次元の世界から、三次元に目を移せば、全く別の場所だ。
最小の移動距離で、高く上ろうとすると、こうするしかないんだって、板橋が説明して
くれた。ループ橋の中には二重になってるのもあるらしい。
 そんなにくるくる回って、目回らないんだろうか。



 そんなことを考えていたら、ダッシュボードに放置していたケータイが着信を知らせた。
板橋がこちらを見る。今朝、メールチェックしたあと、電源を落とすの忘れてた。
あれから、何度か電源を入れてメールをチェックしたりしてた。相変わらず社長からの
メールは何通も届いていたけど、それには一つも返事をしていない。
 手にとって見れば、やっぱりというか、発信先は社長だった。
もう一度向き合って、きっちり言うべきなんだろう。
社長との恋愛は終わった。
スリリングで楽しかったけど、辛いことも多くて、何時も限界を感じていた。不毛も不毛。
ホモで不倫なんて、救いようがない。
 だけど、社長がくれる愛の言葉が僕の感覚を麻痺させて、僕はずるずると窒息しそうな
沼に足を突っ込んでいた。
 それでもよかったんだ。あの瞬間まではそう思ってた。
だけど、社長は追いかけてくれなくて、僕は泥沼から這い上がってしまった。
一度抜け出せば、もうそこに足を突っ込むほどの勇気はなくて、自分の熱がはっきり
冷めていくのが、自分でも分かる。
 そして、目の前には新たな沼。・・・・・・いや、こっちは、どこに繋がってるのか分からない
橋か。
「出れば?」
 板橋は横目で促す。
「でも・・・・・・」
「逃げてても、問題は解決しないぜ」
「そうだね」
社長からの連絡を喉から手が出るほど待った日もあった。無理して予定空けて、危ない道
を通ったこともあった。
 なのに、何だろう、この乾いた気持ちは。
一つ、息を吐いて通話ボタンを押した。

「もしもし・・・」
『直哉か!』
「・・・・・・」
社長の声は相変わらずデカイ。1週間声を聞いてなかっただけなのに、既に懐かしい気分
だった。
『直哉、直哉!聞こえてるのか!?』
「・・・・・・はい」
『今どこだ!?もう帰ってきたのか?』
「あ、いや、まだ・・・・・・」
『どこだ、どこにいる!まだヒッチハイクなんて馬鹿なことしてるのか!?』
「馬鹿なことって」
『馬鹿なことだろうが。金がないなら、タクシーで来い。こっちで払う』
ヒッチハイクを馬鹿なことだと社長は一蹴する。確かに馬鹿なことかもしれない。だけど
僕はもう知ってしまったんだ。
 この旅の楽しさを。
「・・・・・・いやです。僕、最後までこれで帰ります」
『いじけてるのか?・・・・・・あの時は悪かった。もう一度話し合おう。上手くやっていく方法
だっていくらでもある、な?直哉!』
焦っているのか、苛立っているのか、社長の声は途中で裏返った。
「僕は・・・・・・」
僕は、答えが出るまでは、帰りたくないんだ。
そして、社長の元には、もう帰らない。
『いいか、直哉、お前の席はまだある。早く帰って来い』
「でもっ」
『お前は風邪で有休消化してることになってる。何もなかったように来ればいい。俺も
待ってるから』
必死に這いずりあがったのに、沼の方が近づいてくる。
『・・・・・・直哉、愛してる』
聞きなれた優しい言葉。何度も何度も僕の耳元で囁いた言葉。
 ベッドの中や、誰もいない会議室や、社長の車の中や、僕の部屋で。
聞くたびに身体が痺れて、不安になった。だけど、やっぱり嬉しかった。
身体が震える。蓋をしたはずの思い出が逆流して、脳を支配する。


 瞬間、僕は天秤に掛けてしまった。
泥沼でも愛してくれる社長と、答えをくれない板橋を。
 ぐらぐら揺れて、どっちが自分の中で重たいのか。僕には見定めることもできない。
「社長・・・・・・」
『戻って来い』
そんなこと言うのなら、何故あの時手放したんだ。何故、追いかけてくれなかった?!
 揺さぶられる気持ちに、ケータイを持つ手に力が入る。
『直哉』
自分を呼ぶ声が耳に痛い。

 固まっていると、隣の板橋がもぞっと動いて、ぼくに近寄ってきた。
そして板橋は、次の瞬間、僕の予想を遥かに超えた行動に出たのだ。


え、ええ?えーーっ!?


「あー、えっと、お取り込み中すんませんけど、あんたが社長さん?」
『な、直哉?!』
板橋は僕を抱きかかえるようにして、僕からケータイを取り上げてしまったのだ。
 僕の耳元にあったはずの電話は、今板橋の元にある。
「残念、直哉じゃありません」
『誰だ!』
「板橋です」
素直に名乗る板橋は、この緊迫した空気の中でマヌケに映った。
『そんなことを聞いてるんじゃない』
突然入り込んできた邪魔者に社長も敵意を見せる。
「誰だって聞かれたから、名乗ったんですけどね」
『・・・・・・君はヒッチハイクの人か?だったら、今まで直哉が世話になった。悪いが、至急、
横浜まで送り届けてくれないか?用事があるのなら、途中で降ろして、タクシーにでも乗
せてくれ』
社長の声は、僕の元までしっかりと届く。機械音で割れて聞こえるくらいだ。
 だけど、板橋はそんな社長の声に、僕を見てにやりと笑った。
 そんな不敵な笑みの板橋、初めて見る。

「どうしようかな」
『何!?』
社長の声がまたひっくり返る。あまりにもでかい声で、板橋もケータイを耳元から少し
ずらしているくらいだ。
 社長の興奮する声に対して板橋は落ち着いて見える。
「返して欲しい?」
『・・・・・・今すぐ、直哉を下ろせ』
完全に戦闘態勢の声だ。板橋、なんで社長に喧嘩なんて売ってるんだよ!

「勘違いするなよ。あんたに指図する権利はない」
『何?!』
「言っとくけど、俺が拾ったの」
『は?』
「ヒッチハイクで俺が拾ったの。捨てられてたから、拾ったんだよ。だから煮ようが焼こう
が、何しようが俺の勝手でしょ?」
い、板橋?!
 板橋はびっくりするくらい強い力で僕を抱きかかえる。
何、何なの、これ!し、心臓が飛び出るんですけど!

『直哉は、俺のだ!手を出すな!』
手を出すな、だって。小声で板橋が僕に言う。
 聞こえてるよ、社長の声デカイから!
それよりも、なんだよ、この展開は!
「もう遅いよ。あんた、自分のものだったら、名前でも書いておくんだったな」
『何を言ってるんだ?!』
「・・・・・・あんた、捨てたんだろ?自分の欲望で抱いて、そんで自分の保身の為に捨てて。
こいつがどんな思いしてるのかわかってんのか?」
板橋、君は・・・。
 じんわりと、涙が込み上げてくる。これは何の涙なんだろう。
『それは!悪かったと思ってる。だから、もう一度やり直そうとしてるんじゃないか。・・・
用事があるのは君じゃない。直哉を出してくれ』
板橋は、僕に向かって言った。
「って言ってるけど、どうする?」
僕は首を横に振った。
 天秤はがたんと音を立てて、片側が下って止まる。
「あんたとは、話す事ないって」
『直哉!』
「残念だったな。って、まあ、俺にだって、こいつの気持ちなんて分かんないけどな!」
板橋、君ってヤツは・・・。
 笑い出しそうな勢いで、板橋はしゃべると、最後に
「じゃあな」
と言って、めちゃくちゃな空気のまま、板橋はケータイを電源ごと切ってしまった。


「はい、返す」
 抱きしめられていた肩から、板橋の腕が外れる。そして、僕の手の中にケータイを置くと
板橋はそれ以上何も言わずに、ハンドルの上に腕を乗せて、眼下のループ橋を眺めた。



 螺旋スロープは真上から見れば、同じところをぐるぐる回ってるようにしか見えないけど、
本質は違う。
 もう、二度と同じところには戻れない。
あの場所と、ここが違うように、あの時の僕と、今の僕は違う。

 僕は、板橋の腕に、手を伸ばす。
僕の手に気づいた板橋が、こちらを振り返る。
「ホントは僕の気持ち、わかってるくせに」
そして、僕はその腕を引き、思いっきり板橋の唇を奪ってやったのだった。









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