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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 僕の長いようで短い、放浪の旅は終わった。


 神奈川に入ると、板橋は殆ど橋を見ることなく、横浜へと向かった。
通過するたび、橋の名前やら由来などを教えてくれるので、興味がないわけではないと
思うけど、どうして止まらないんだろう。
 そう思って、聞いてみたら、
「この辺の橋は、見尽くした」
という、橋オタクらしい答えが返ってきた。
 ただ、ベイブリッジが見える場所は、きっちり止まって、何時ものように、板橋は橋を
楽しんだ。
「これ見ると、ああ、帰ってきたんだって思わない?」
「うん」
確かに、それはそうだ。
 僕達の故郷の風景は、いつもこの橋がある。


 ぐるぐると回り道をしてやっとたどり着いた神奈川。だけど旅の終わりはあっけないほど
あっさりしたもので、僕は拍子抜けしてしまった。
 このペースで帰ってきたら、きっと2日もあれば、帰ってこられただろうに。
僕達の旅を数えてみると10日もかかっていた。5倍以上のスローペースで旅をしてきた
ことになる。
 湯布院を飛び出したのが、遥か昔のように感じた。
 最後の追い込みなんて、テスト勉強だけでいいのに。
僕は、自分のアパートの前で降ろしてもらうと、また連絡するという板橋を見送った。
「ありがと、おやすみ」
「うん。じゃあ、またな」
そんな挨拶を交わすことになるなんて、旅の初めに、僕は想像できただろうか。
 もう二度と会うこともない、一期一会の旅だと思っていたのに。
僕は星の見えない夜空を仰いだ。都会の空だけど、僕達の街だ。地方で見た澄んだ空気
も、満天の星空もないけど、帰ってきたという安堵感は、ここでしか感じられない。
 今日は久しぶりにゆっくり風呂に浸かって、ベッドで眠ろう。それから、明日は会社に
顔をだして、いろんな人に謝り倒さないといけない。
 心地よい疲れと、目の前の問題で、僕はアパートにたどり着くと、あっという間に眠って
しまった。




 結局、僕は会社を辞めることになった。
会社には僕の席は残っていたけど、社長とは気まずいままだったし、他の人に迷惑掛け
られないし、何よりも、今はフリーターでいたかった。
 いつでも板橋と旅に出られるように。
親には心配されたし、友人には馬鹿にされた。でも、まだこの年だし、何とかなる。
言い切って、僕は暫くプータローになる決意をした。


 板橋が僕を下宿先のアパートに誘ってくれたのは、旅から帰ってきて一週間後のことだった。
僕も自分の仕事のことでゴタゴタしていたし、板橋も家のことで忙しかったらしい。
 板橋のアパートは新築で、僕の住んでる部屋よりも綺麗だった。
「お坊ちゃまなんだよな、板橋って」
「そうか?」
「あ、そうそう。いろいろおごってもらったお金、返すよ」
僕はポケットから下ろしてきたばかりの一万円札を何枚か出すと、板橋は首を振った。
「いいって、別に」
「よくないよ!お金のことはきちんと、大切に!」
この金銭感覚の適当さは、絶対後で痛い目に遭うぞ?
「いいの。あれは俺があんたに奢ってやったんだから」
「なんでだよ、そんな義理は・・・」
「何、俺とあんたの間には、そういう義理はないっていうの?」
恋人同士なのに?
板橋はその言葉をさらっと付け足して、僕の一万円札を突っ返した。
 ずるい、板橋。
そんなコト言われたら、しまうしかないじゃないか。

 板橋の部屋は、雑然としている。いや、けして汚いわけではない。モノが溢れているのだ。
その多くが本で、本棚に収まりきらないものが床に積み上げられていた。
 そういえば、白板橋の部屋も部屋中にモノが溢れてたな。尤もあの部屋はゲーム機で
溢れてたんだけど。
 こういう所、双子だな。
 僕はさっきから、板橋の部屋の中を、落ち着かずにうろうろと歩き回っていた。
キッチンでコーヒーを淹れている板橋が、そんな僕を見兼ねて言う。
「座れば?」
「うん」
そうは言われても、どこに座るか決まらない。
 よく考えると、車って強制的に座るところが決まっていて、嫌でもその距離は決まって
いて、何も考えることなく、あんなに近くにいれたんだ。
 助手席に座ると、恋が芽生えるって、多分、簡単にお互いのテリトリー内に入れるから
だと思う。
 板橋はコーヒーカップを両手に持って部屋に入ってくると、それをテーブルの上に置く。
そして、いつまでもうろうろしている僕に、
「いいから、座れ。落ち着け」
と命令すると、板橋の隣に座らされてしまった。

 初めて見る板橋の日常。あんだけ四六時中一緒にいても、やっぱりドキドキしてしまった。
だけど、板橋の語ることは、相も変わらず橋だらけ。
 板橋の部屋においてある本棚の中も橋の本で埋め尽くされている。
「・・・・・・でさ、フランスには世界で一番高いところを走るミヨー橋って言う橋があるんだ。
今のところミヨー橋を生でみるのが夢。夢って言うか目標?」
「あ、そうですか・・・」
「なんだよ、詰まらない反応。あんたも、あれだけ橋見てきたんだから、1本くらい、好き
な橋、見つからなかったのかよ?」
こんにゃろう、思わず拳を握って、板橋を睨む。
「橋、橋って、僕は橋ネットワークの橋オタクと語り合ってるわけじゃないんだよ?君、
さっき言ったよね、僕のこと、恋人同士だって!」
すると、板橋はきょとんとした顔をした。
「好きなヤツに、自分の好きなモノ知ってもらいたいって思うのは、普通の感情じゃない?」
「・・・はい?」
「好きなモノ、知ってもらいたいって思わない?俺、変か?」
「それで僕に、橋のことばっかり語ってたの?!」
「うん。そうだけど?」
そうだけどじゃないよ!ホント、板橋の行動って分かりにくいんだから。
 睨んでいた顔が緩む。参るよな。自分でも、どこを好きになったのか、わからなくなり
そうだよ。
 こんな橋オタクで、だけど優しくて、惹き込まれる。

「で、あんた、好きな橋、見つかった?」
「好きな橋か・・・」
僕は一瞬考えて、そして板橋の胸に指をさした。
「見つかったよ」
「マジで?明石大橋?あ、しまなみ海峡の橋も結構よかっただろ?」
ホントに、君って橋馬鹿だよね。
「どれも違うよ」
「うーん。じゃあマイナーなヤツかな・・・」
この、橋馬鹿オタク。
 うーんと唸る板橋は、本気で僕がどの橋がよかったのか、悩んでるんだろう。
 僕は板橋の胸にさした指に力をいれて、板橋を押した。板橋が一瞬よろける。

「僕の好きな橋なんて、板橋に決まってるじゃないか」
「は?」

ポカン。
その反応は、なんだよ。相変わらずムードの欠片もないヤツ。
 板橋は、自分を指して固まった。
「そうだよ、板橋が好きなの!」
こくこく頷く僕に、板橋は再び、うーんと唸った。
 え?そこ、考え込むところ?
「ダメだ。あんたには、まだまだ橋の修行が足りない」
は?その反応何?今、僕結構甘い気持ちで言ったつもりなんですけど!
「橋の修行って何!」
「橋の魅力が、全然分かってない。そんなことを言ってるようじゃ、ダメだ。修行だ。修行
が必要だ」
この、板橋の、大馬鹿橋オタクが!
「全国行脚だ。旅だ、よし。橋巡りに行こう。それがいい」
「ちょ、ちょっと!帰ってきたばっかりだっていうのに、何言ってるんだよ」
今にも旅立とうとする板橋を、僕は腕を掴んで引き止める。
 一体、君の頭の中はどういう構造になってるんだ。僕と橋を比べるなんてことしてない
とは思うけど、僕、負けてるのかな・・・。
勘弁してよ。

 でも、この調子じゃ、近いうちにまた、橋巡りの旅に出かけることになりそうだ。
まあ、それもいっか。
 あの助手席は僕の指定席だって、板橋本人が言ってくれたし。僕もあと1週間で、晴れて
プータローの身となることだし、2人でまた旅をするのも悪くない。
 そう思うと、ワクワクしてくる。旅先で板橋と色んなものを見て、分かり合って。
僕は、気分が高揚して、思わず板橋に抱きついていた。
「わかった、わかった。暫くは旅に出ないから、そんな全力で阻止するなって」
「板橋、それワザと?」
肩に顔を預けて、耳元で囁くと、板橋は答える代わりに、僕をぎゅっと抱きしめた。
 耳元で笑い声が聞こえるから、多分、板橋なりの冗談だと思う。

 板橋の身体に密着して、この旅を振り返る。
大分でヒッチハイクされてから、上下に動く橋や、本州と四国を結ぶ橋、天然の橋、天下
を取れる橋、色んな橋を見てきた。
 海を渡る橋、川に架かる橋、山を登る橋。ぐるっと回る、不思議な橋だった。
橋。橋。橋。
どこにでもあるのに、どれも違った個性があって、今思えば、楽しかったかもしれない。
「橋巡りに行くときは、ちゃんと僕にも連絡してよ」
「分かってるって」
顔を上げて、板橋を見ると、今度はきちんとこっちを見ている。
 お互いの頬に触れ、おでこをひっつけて、目を閉じる。
板橋の唇に触れると、甘い香りがした。僕は、板橋の唇の感触を楽しみながら、次の
旅への思いを馳せる。


 ああ、次はどんな橋に出会えるんだろうな・・・!









2007/09/03

お読みくださりありがとうございました。
まだまだ橋熱は下らないので、そのうち続編も書きたいです。








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