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はしま道中流離譚―俺とあなたに架ける橋―



 板橋の優しさって勘違いしそうになるから、ホント困る。



 しまなみ海道からの四国への玄関口は愛媛県の今治市。タオルの生産が有名らしいけど
そんなことは一度も聞いたことが無い。読み方だって、看板に書いてあるローマ字を必死に
読んで漸く読めたくらいだし、発音も怪しい。
 しまなみ海道上級者の板橋にはお馴染みらしいけど、そもそも四国になんて来たことの
ない僕にとって、何もかもがもの珍しかった。
「愛媛って言ったら、道後温泉くらいしか思いつかないよ」
「道後温泉?・・・ああ、そういえば一度も入ったこと無いな。松山の前は何度か通ったけど」
板橋の感覚ってつくづくよく分からない。四国に渡って、一体何してるんだ。温泉とか、
うどんとか、名物いっぱいあるだろうに。道後温泉を素通りって!・・・・・・ああ、橋か。
 きっと愛媛にも、お気に入りの橋が何本もあるんだろうな。
 板橋の横顔はニコニコ笑っている。彼が橋の事を考えているときは大抵そんな顔だ。だけど
その顔は嫌じゃない。見ている自分もなんだか、嬉しいんだ。
 そして、自分の悩んでいる社長のことがどうでもよくなってしまうから恐ろしい。
下手な慰めよりもずっと癒される笑顔。
板橋は無意識だろうけど、そういう天性の何かがあるんだろうな。本人至ってオタクだけど。


 夕暮れが過ぎると、辺りは一気に暗くなる。田舎の街は、都会に比べて圧倒的に暗い。
そういうのを認識するのは、この夕暮れから夜になった瞬間だ。
 コンビニの駐車場に入ると、板橋はケータイで誰かとメールを始める。そして、何度目
かのやり取りの後で、よっしゃ、と軽い声をだした。
「今日泊まる家、ゲット〜」
今日てっきり車の中に泊まるのかと思ってた僕は、内心ほっとしてしまった。
「友達のとこ?」
「うーん、まあ、そんなトコ」
そんなトコっていうと、橋仲間・・・?
「大丈夫、そんな顔すんなって。あんたの事も泊まれるように頼んだから」
「大丈夫って・・・いきなり押しかけて平気?」
「平気だって。どうせ1人暮らしだし。いつもここに来ると泊めてもらってるんだ」
1人暮らしの部屋にいきなり2人も押しかけて、寝る場所なんて、あるんだろうか・・・。
 一抹の不安を抱きながら、車は東へと向かって行った。



 玄関を開けたところで、僕は固まった。
僕は、泊めてくれる家主をずっと男だと思ってた。
だけど、目の前で扉を開いてるのは、どっからどう見ても女性なわけで。
「よう、頼姉、ちょっと一晩泊めて」
「全く、ハッシーは突発過ぎるんだから」
頼姉と呼ばれた女性は呆れながらも、快く部屋に迎え入れてくれる。いいのかな。躊躇って
ると、板橋がさっさと入れとせかした。
「早く入れよ」
「あの・・・」
板橋は靴を脱いで、さっさと部屋の中に入っていく。
「さあ、あなたも入って。あ、あたし頼子。よろしくね。あなたが、ヒッチハイクで捕まっ
ちゃった子でしょ?」
・・・僕は別に捕まったわけじゃないです。僕が捉まえたんです。
「小島直哉です。突然すみません」
頭を下げると、頼子さんは豪快な笑いで首を振った。
「いいわよー、一人も二人もかわんないから」


 頼子さんは笑い方の通り豪快な人だった。おまけに、板橋の橋ブログの常連さんらしく
板橋の橋談義に普通に参戦している。
 世の中には変わった人がいるんだ、僕の認識したことはそれ。だけど、自分も世間から
見れば十分「変人」に違いない。
 橋をつまみに酒を飲む。板橋は運転疲れか(よく考えればずっと運転だもんな・・・)ビール
3本目あたりで酔いつぶれてしまった。
 僕は残った頼子さんと二人ローペースで飲みなおす。
「小島くんって幾つ?」
「24ですよ」
「あら、じゃああたしと同じなんだ」
「そうなんですか?ホントに板橋のお姉さんみたいなんですね」
そうやって振ると頼子さんは少しだけ淋しそうな顔で頷いた。
「ハッシーって面白い子よね。天真爛漫って言葉が似合わなそうな顔と体格なのに、性格
は多分そのものよ」
「・・・橋のことしゃべってるときはそんな感じだね」
「私の事、全然女扱いしないしね。まあ、いいんだけど。頼子の「頼」は信頼の「頼」って
ね。頼られるの嫌いじゃないし」
「仲、いいんんだね」
「そうね」
板橋に頼りにされる女性。それは少しだけ羨ましくもあった。出会ってまだ二日だけど、
板橋の隣にいるのがすごく心地いい。
 そんな人間と信頼関係が結べるってちょっといいなって思った。橋談義は引くけど。
「いつも、泊まりに来るの?」
「四国に来るときは大体ね。この子、あたしのこと、気のいい姉ちゃんくらいにしか思って
ないから容赦ないのよ」
ビールを片手に頼子さんは笑う。確かに板橋の態度を見ると、親戚のお姉ちゃんの家に泊まり
に来てるくらいの勢いに見える。
 二人で酔いつぶれた板橋を見ると、板橋は眠りながらも3度くしゃみをした。
「噂されてるのわかるのかしら」
そう言って、頼子さんはベッドの上からタオルケットを持ってくると、酔いつぶれた板橋に
優しく掛けてあげる。
「・・・ホントにどうしようもない子だよね」
そう呟く頼子さんは、先程の豪快さが消えて、優しい一人の女性の顔をしていた。

あ・・・・・・、頼子さんは板橋の事が好きなんだ。
 どうして、こういうのって分かってしまうんだろう。頼子さんはそんなこと一言も言わ
ないし、きっとこれからも言うつもりは無いだろう。例え僕が聞いたところではぐらかして
終わってしまうだけだろうけど、その板橋を見つめる視線や、板橋を見たときにだけ出る
笑い、そういうの全てが板橋が好きだと物語ってる。
 ・・・・・・板橋は全然気づいてないみたいだけど。
多分板橋にとっては、頼子さんは本当に「気のいい姉」なんだろう。同じ趣味のよき理解者。
板橋にとってそれ以上でもそれ以下でもない。
 もしかしたら、頼子さんの今の性格は板橋の前で作ったものなのかもしれない。
 会いたいとも言えず、たまに会いに来てもこんな調子だし。恋愛に発展させるのを諦めて
この地位にしがみついてる、そんな気までする。
 板橋って、無意識に優しいから、そこに惹かれるんだ。だけど、それに他意はなくて。
好きになったら、厄介な相手だよな。
そう思ったら胸がぎゅっと痛くなった。・・・あれ、なんだこれ。
僕は、板橋なんて、好きにならないよ・・・?



次の日、頼子さんと板橋は朝から橋の話で盛り上がっていた。このテンションは、いつ
まで経っても慣れない。
 頼子さんも昨日垣間見たあの顔をすっかり隠して、豪快な姉になっている。
「あんたさ、せっかく小島君連れてきたんだから、伊曽の橋にでも連れてってあげたら?」
「すぐ近くだもんなあ。でも、全然橋に興味ないんだけど、この人」
指されて何のことだか分からない僕は首をかしげた。それにしても、板橋って完全に僕の
こと、年下扱いしてるよね。
 初対面の時から思ってたけど、大学3年って言えば21でしょ?一応僕の方が3つも上なん
だけどな?
「橋に興味ない人だからこそ、ああいう橋っていいんだと思うけど」
「そういうもん?」
「うん」
頼子さんの提案を板橋は素直に受けて、「じゃあ、いってみっか」と僕の賛成も得ない内に
荷物をまとめ始める。
 どうして、君は橋の事になるとこんなにフットワークが軽くなるんだ!


 昼前に、頼子さんの家を出て、昼食を済ませると、板橋は本当に「なんとか橋」(3回くらい
聞いたのに忘れた)に連れて行ってくれた。
「何ココ」
車を降りて、暫く川沿いを歩く。なんていう川か聞いたら、「加茂川」というので、京都
の方を想像してしまった。
「字が違うと思うぜ、多分」
板橋は加茂川のほとりを目を細めて、眺めている。反射する日差しが眩しい。夏の空気が
体中にまとわり付くけど、思ったよりべたべたはしていない。
 さらさらとした暑さだった。
「着いた。伊曽の橋」
「これ?ただの橋に見える」
見た感じの橋はただの橋だった。特にへんてつもない、普通の橋。
「はい、あんたはこれで、遊んでな。俺は下から写真撮ってくるから」
板橋に渡されたのは、バチ。あの・・・なんですかこれは。これで欄干でも叩いて遊んでろって
いうのか?
 板橋は僕の文句を待たずにあっという間に消えていく。
残された僕は仕方なく、橋の上まで行ってみることにした。


「メロディー橋・・・?」
伊曽の橋というのは、メロディー橋の愛称の方が馴染んでるらしい。橋にくくりつけられた
鉄琴を順番に叩いていくと音楽が奏でられるというものだ。
「それで、頼子さんは僕みたいな人にぴったりだって言ったのかな」
手渡されたバチで鉄琴を叩く。ゴーンと鈍い音がして、それがひどく懐かしい気分になった。
昔、拾った木で欄干を叩きながら学校に行ったとか、そんなありきたりな思い出だけど。
 次の鉄琴を叩くと、同じ音がした。
「何の曲、だろう・・・」
気になってもう一つ。また同じ音だった。5つくらい叩いたところで、何の曲かやっと分かる。
「こういうのって、やっぱり懐かしさを呼ぶ曲なんだろうな」
鉄琴に合わせながら、曖昧な歌詞のまま僕は口ずさむ。
「ふ〜る〜さ〜と〜」
昼間の暑さで、橋を渡る人は殆どいない。1人鉄琴を叩きながら、鉄琴の音に心を癒された。

 懐かしい記憶から、自分の失恋に繋がるのは直ぐだった。初めての失恋は中学の時。クラス
の人気者だった男の子。自分の気持ちに気づいたときには、彼女と仲良く手繋いで歩いてた。
 その頃から、僕は人とは違ったんだ。
初めて男とセックスしたのは高校の時。大して好きじゃなかったけど、興味があったし、
何しろ、初めての「同士」だった。
 それから、身体だけの関係が何人も続いて、漸くたどり着いたのが社長だった。
二人の時は「直哉愛してる」が口癖だった社長。それは心地よくて、くすぐったくて、
怖かった。
 だけどその言葉だけが頼りだった。
 分かってたはずなのにな。社長には奥さんも子どももいることくらい。この関係が永遠に
続くわけないことくらい。
 鉄琴が終わって、僕は橋の下を眺める。
板橋は、相変わらず色んな角度から写真を撮っていた。
僕に気づくと軽く手を上げる。僕もそれに手を振って答えた。板橋の笑顔が眩しい。あの
笑顔に包まれていたい・・・・・・。
 って、何考えてるんだ僕は。
板橋なんかに恋したら、それこそ社長よりも悲惨だ。優しくされる度に、僕の心は切なく
なってしまう。
 これは、ただ、社長から逃げてるだけの気分で、板橋になんて、何にも思わない・・・!



「面白かっただろ?」
車に戻ってくると、板橋は満足気に聞いた。橋を見た後はいつもこの顔。
「うん。そうだね」
僕も笑って答えた。板橋といるのが楽しい。だけど・・・。
「さてと、そろそろ次向かうぜ」
板橋は勝手知った道であるらしく、ナビも見ずに走り出す。何度も来たんだろう。
「頼子さんの家も何度も泊まったことあるの?」
「ん?・・・ああ、何回か。寝心地悪かった?」
悪いとか悪くないとかそういう問題じゃないよ。君は、本当に鈍感なんだな。
「ううん、いい人だったよ、頼子さんは」
「だろ?豪快で面白い。酒癖わるいけど」
板橋は何にも気づいてない。頼子さんの笑い方を真似てがははと笑った。
 それに耐えられずに、思わず口をついてしまった。

「・・・・・・君の優しさって、ちょっと罪だよね」
「は?何それ」
「頼子さんのこと、どう思ってるの?」
「どうって、別に気のいい橋仲間、かな」
「鈍感橋バカ!」
切れ気味に言ってしまって、さすがの板橋もそれにはむっとした。
「なんだよそれは」
「別に」
言ってから後悔。頼子さんがひた隠しにしてることを自分が言っていいわけがない。口を
噤んでしまうと、板橋は一層不機嫌になった。
「何だよいきなり。訳分かんないぜ」
気まぐれ屋だって思われたかな・・・。車は愛媛を抜けようとしている。頼子さんの気持ちは
ここに置いていくしかない。
 自分の気持ちとシンクロしてひどく惨めな気がした。



 香川に入ると、実に様々なことが起きた。それは、どれも今後の僕達の関係を大きく
揺るがす出来事で、その第一が、止まったコンビニで出会った男。


「あのさ、ヒッチハイクしてくんない?」


波乱の幕開けだった。









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